合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 人類家畜化計画

杏がシンクロイスの手によって、肩に装置を埋め込まれた後――
ラストワンへ戻ってすぐ、摘出手術が始まった。
手術が終わるまでの間、急遽緊急会議が開かれる。
その中にはスパークランの教官、デュランの姿もあった。
「まさか敵の首領自らが、こちらへ接触してくるとはね……」
難しい表情で考え込む学長に、鉄男が修正する。
「いえ、学長。カルフはリーダーではないようです。カルフとロゼが全信頼を預けている、ベベジェが実質リーダーだそうです」
脳内にて、シークエンスから得た情報だ。
「ベベジェ?」と聞き返す木ノ下へ頷くと、鉄男は続けた。
「主格と呼べるのがベベジェとカルフ、それからロゼだ。ミノッタはチンピラ雑魚、シャンメイは諜報員……なのだそうだ」
あくまでもシークエンス視点での話だから、人類にしてみればミノッタも充分強敵だ。
「シークエンスさんは、どこらへんの立ち位置にいたのかな?」と、これはデュランの質問に、鉄男は言葉に詰まって首を傾げる。
「いえ、それは……聞いていませんが」
彼女は仲間の評価には饒舌だったが、自分自身については、ほとんど教えてくれなかった。
抜け出しても問題なかったところを見るに、あまり重要なポストではなかったのだろう。
「シャンメイってのは、俺とヴェネッサが遭遇したやつか。あいつの話だとレッセってのがゼネトロイガーを目撃したらしいが、そいつは、どうなったんだ?」
乃木坂の問いには即答した。
「我々が撃破したことにより、爆死したのではないかとシークエンスは予想しています」
今までずっと巨大生物だと思っていた相手はロボット操縦だったと判明済だが、相手が脱出できたかどうかまでは確認していなかった。
「じゃあ、これまでに撃退ないし撃破した奴らは死んでいると考えていいのか?」
木ノ下が念のために確認を取ると、鉄男は頷く。
「シンクロイスに脱出ポッドという発想はないらしい。道具に乗っていて脱出しなければならなくなった事態に、今まで陥ったことがないんだそうだ」
「え、でもゼネトロイガーには、ついているよな?脱出ポッド」
木ノ下の疑問には学長が、さらりと答えた。
「あれは後付装置だよ。脱出方法がなかったので、私がつけたんだ」
「今の爆撃はアベンエニュラがやっているとして……昔の爆撃は誰がやっていたのかな。そいつは今も生き残っている?」
ツユの呟きを聞き取って、乃木坂が混ぜっ返す。
「さすがにそれは、シークエンスちゃんにも判らないだろ。五十年前のクローズノイスご一行とは違う一派なんだから」
しかし、それにしても。
てっきり何処かに潜伏していると思ったはずのカルフは何故、地上に出ていたのだろう。
「新しい雌の補充に出ていたんじゃない?」とは、ツユの予想。
「だって、あいつらは人類を量産したいんでしょ」
「量産するぐらいだったら、殺さないでほしかったよな……」
眉をひそめてぼやく木ノ下には、鉄男も同感だ。
杏が女子でなかったら、或いはカルフは接近してこなかったのかもしれない。
だが、いまさら何をどう予想したところで意味がない。
「コミュニティーから、あぶれてしまった人々を集めているような言い分だった。進んで奴らの牧場へ身を投じてしまった人も、いるかもしれないね」
物憂げなデュランの呟きに、即座に乃木坂が突っ込みの手を入れる。
「それで知らない奴とマッチングされて子供を強制的に作らされるって、たまったもんじゃないですよ!そんなとこに行って、幸せになれるとは」
「けど、杏は一時心が揺らいでいたんだ……」
ぽつりと呟いた木ノ下に、皆が注目する。
「だからこそ、カルフは勧誘したんじゃないですか?自分たちの隠れ家へ」
爆撃の回数は以前と比べて遥かに少なくなったものの、言葉巧みに騙したり強制的に道具を埋め込んだりして、奴らが男女を誘拐しているのだとしたら、人類の脅威は未だ去っていないことになる。
「奴らの隠れ家を早急に見つけ出さねばな」
険しい表情で剛助が言い、その場にいた全員が頷く。
ただ、問題は、どうやって見つけるか――
会議が行き詰った矢先、手術の結果を知らせにスタッフが入ってきて、例の道具は簡単に摘出できないと判明したのであった。

「人類家畜化計画って、要するに今いるシンクロイスの寄生木を作る計画よね。だったら、全員乗り移ってしまえば不要になるんじゃないの?」
単純計算なメイラの意見に、はぁっと落胆の溜息をついたのは昴だ。
「シンクロイスが増えない種族だったならね」
母星に住んでいた頃は、シンクロイスだって多くの人口がいたはずだ。
それに、増えない種族であるなら寄生木の牧場を作る必要もない。
そうした旨を昴がメイラに説明すると、悪趣味な冗談が返ってきた。
「そのうち配合なんて言い出したりして」
「やぁね、下品なんだから」とヴェネッサが眉を顰める横で、昴は考え込む。
メイラの予想は案外冗談じゃ済まないかもしれない。
優秀な子孫を作る研究は、人類の中でも各国で行われていた歴史がある。
優劣意識は差別を生み出すという理由で廃止された、いわば人類の黒歴史である。
シンクロイスが同じ結論に行きつかないとは、限らないのではあるまいか。
そのうち優秀ではない人々を殲滅する、などと言いかねない。
彼らにとって、この星の原住民は下等生物扱いなのだから……


レティシアの朝は、TV番組で始まる。
人類が家畜化される瀬戸際でも、彼女とTVは意外や暢気だ。
特に最近は空爆が減ったおかげもあってか、TVのタイムテーブルは娯楽に偏りがちだ。
無論、真面目な討論をおこなっている番組も、あることはある。
そうした番組を、レティシアが見ていないというだけで。
「あっさひぃのようにぃ〜♪きっらめーいーてぇ〜♪輝くのよぉ〜♪」
TVの前に陣取ったレティが繰り出す少々調子っぱずれな歌声は最初小声であったものが、サビの部分では校内に響き渡るんじゃないかってほどの大声になるのだが、今や驚く人は殆どいない。
「ララピン・リリピン・マミムメモ〜、パラポレパワーでパラポレマジカルゥゥ♪」
すっかり、お馴染みの光景となっていた。日曜朝九時台の。
驚いているのなんて、それこそ今年ラストワンに来たばかりの鉄男ぐらいなものであろう。
TVは食堂に置かれている。
少し早くに目が覚めたついでに朝食を取りに来て、調子っぱずれな歌声を聞かされる羽目になるとは思いもよらなかった。
「鉄男、おはよ〜」とマリアに声をかけられて、呆然としていた鉄男は我に返る。
「何、どうしたの?ぽかんとしちゃって」と聞いてきたマリアは、すぐに原因を悟ると何度かウンウン頷き、「毎週日曜日の恒例行事だよ」と事もなげに説明した。
毎週やっている番組だったのか。
それを飽きもせずに、レティは毎週見ている?
気になった鉄男は、それとなくTVに視線を向けてみる。
画面ではデフォルメされた少女の絵が動き、甲高い声が、とりとめもない雑談を繰り広げている。
いつも教室でマリアとモトミが話しているような、他愛のない内容だ。
空襲が頻繁だった頃にも、この番組は作られていたのだろうか。
だとするとベイクトピア地下街の住民は、随分と爆撃を楽観視していたことになる。
実際には、既に敵側に地下街の存在を認知されていた。これ以上ないぐらいの危機感だ。
だが、カルフは地下街を見逃すような発言も放ってきた。
空襲を基準とし、地下に逃げ込むだけの知能がある奴は賢いのだと。
いずれ、地下街から優秀な子種を誘拐する予定があるのかもしれない。
ここ、ラストワンはベイクトピアに存在する傭兵養成学校で唯一、地上に建っている。
何故地上を選んだのかは、学校に戻ってきて、すぐ学長へ尋ねてみた。
答えは単純明快で、『ゼネトロイガーを素早く出撃させるため』だそうだ。
ゼネトロイガーは最初から、学校の訓練道具ではなく兵器として開発されていたのだ。
学校は資金源兼隠れ蓑。そう考えてもよかろう。
TV画面が、けたたましくフラッシュしたので、鉄男も意識をそちらへ戻す。
ピンクと水色の髪の少女が、二人揃ってカラフルな棒を振り回している。
そして――
「ララピン・リリピン・マミムメモッ!パラポレパワーでパラポレマジカル〜!」と叫んだのは、画面の中の二人だけではない。
番組を見ていたレティシアもだ。
なんと律義に、二人組の片割れのキメポーズまで真似している。
違うのは棒を持っていないのと衣類が変わらない部分、それから一人だけな点か。
不意に鉄男の脳裏でフラッシュバックしたのは、亜由美の言葉だった。

一人でやると馬鹿みたいですけど、皆でやると形になっているというか可愛くなるというか

学内でブームを生み出す相談をした時の発言だ。
レティシアも、本当は一緒にやってくれる友達が欲しかろう。
しかし続々食堂にやってきた他の候補生の反応を見るに、彼女はそれを誰にも要求していまい。
全員がスルーないし無反応だ。
驚かないのは慣れだとしても、誰一人ノッてくれないというのは寂しい話ではないか。
サケ定食を食べているマリアもモトミとのおしゃべりで忙しく、レティを視野にも入れていない。
こうしたゴッコ遊びなど、鉄男は一度もやった覚えがない。
男子は男子でヒーローゴッコ遊びがあったのだが、鉄男はいつも輪の外にいた。
あの頃はゴッコ遊びの楽しさが理解できなかったし、同級生の頭の悪さにも辟易していた。
もっとも、娯楽の楽しさが判らないのは今でもか。
レティに視線を向けてみれば、キラキラと瞳を輝かせて楽しそうにしている。
じっと彼女を観察する鉄男に、一番最初に気づいたのは杏であった。
隣に座ったミィオを、ちょいちょいと突き、小声で囁く。
「辻教官、さっきからレティさんを、ずっと見てるけど……なんかあったのかな」
小声だというのに、杏の疑問はミィオの更に隣にまで聞こえたかして「エッ、それって、もしかして恋!?魔女っ子がきっかけで!?」と何故かユナが騒ぎ出し、食堂は一気に騒がしくなった。


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