合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 居場所とは

杏は必死だった。
とにかく、居場所を作るのに必死だった。
過去これまでの人生で、ここまで必死になったことが、あっただろうか。
なんで自分だけが――とも、思う。
あの時あの場で偶然シンクロイスなんぞと出会ってしまった不運が、全てを物語っている。
ここに居場所がない、なんてチラリと思った時点で、敵の隠れ家に飛ばされるのだ。
たまったものではない。
いくら死にたい願望が強いといったって、死ぬ場所ぐらいは自分で選びたい。
拒否権一切なしは、お断りだ。
それに、まだ。まだ、死にたくはない。
自死を計画するたびに杏の頭をチラリとよぎるのが、木ノ下教官の存在だった。
この世で、ただ一人。杏の存在を認めてくれている人である。
世の男子はメンヘラだの自意識過剰だの陰気だのと杏を罵ったが、木ノ下は、そうした悪口を一切口にしなかった。
代わりに、感受性が強いと杏を評価した。
感受性が強いから、周りの人間を気にしてしまうのではというのが木ノ下の推測だ。
この世には自分の居場所がないと嘆く杏に、唯一の居場所を与えてくれた。
唯一の居場所。それは、木ノ下の側だ。
彼の側にいると、なんでもない雑談すら楽しく感じる。
どんな苦手な科目でも、彼が見てくれていると、頑張ろうという気持ちが沸き起こる。
木ノ下の横顔を盗み見るだけでも、胸が早鐘を打つ。顔が熱く火照る。
世間では、それを恋と呼ぶ。
ともあれ、まだ自分の気持ちを木ノ下に伝えてもいない。
そんな状態では、死んでも死にきれない。
そもそも、まだ死にたくないのだ、自分は。
死ぬのはパイロットになってから、と決めている。
今の時点で死を免れるには、自分の居場所を木ノ下の側以外にも作るしかない。
そんなことが起きては困るのだが万が一、木ノ下がラストワンを不在にした場合に備えて。
居場所を作る為なら、苦手なダンスだろうとやってやる。
皆と一緒にいて、ここが自分の居場所だと思い込めば飛ばされないで済む。
だからラストワンでCOPなるダンスが流行り始めた時、すかさず手をあげた。
自分から飛び込まない限り、誰も杏を誘ってくれそうになかったので。
最初に杏の誘いに乗ってくれたのは、ミィオであった。
小説の話題で盛り上がれる、知人よりは多少親しい間柄。そう呼んでも差し支えないだろう。
彼女も運動は苦手なクチだが、聞けば、COPには以前より興味があったとのこと。
だが中央街で一緒に遊べる友達はいないし、彼女の受け持ち教官は出不精だしで手をこまねいていた。
そこに体育館の音響設備完成のお知らせがきて、誰かがダンスも出来るね!と言い出したのを、きっかけに、ぱぁっとCOPの波がラストワン内にも広がったのだ。
設備が出来て、二、三日もしないうちに。
ミィオも、やりたいと考えた。
杏がチームを募集しているのは、モトミからの又聞きで知ったらしい。
モトミとはチームを組まなかったのか?と杏が問えば、既にメンバーは決まった後だったと言う。
モトミは活発が服を着ているような女だから、インドア派なミィオを仲間に入れたくなかったのだろう。
仲間に入れることで、運動音痴が足を引っ張るだろうと予想したのだ。
杏に対しても、そうだ。やたら辛辣に接してくる。
ミィオからは逆にレティを誘わないのかと尋ねられたが、杏は黙って首を真横に振った。
それにしてもモトミには内緒で募集していたつもりだが、いつの間に聞きつけていたのだろう。
予想以上の耳年増だ。
もしかしたら、杏が抱える木ノ下教官への恋心も看破しているのかもしれない。
だから、冷たいのか?
いや、それはないなと杏は即座に自らの推理を否定する。
入学初日から、ずっとモトミは杏に対してだけ風当たりが強かったように思う。
運動が苦手だと判るや否や、それをダシに、からかいのネタにしてきた。
レティが同じ教室にいなかったら、嫌になって学校を辞めていたかもしれない。
あの頃は自分自身に絶望しており、周りの人間にも失望していて、木ノ下教官のことも好きではなかった。
好きになったのは放課後、宿舎へ戻る前に彼が声をかけてくれたおかげだ。
それも毎日、無口で不愛想な杏を相手に飽きもせず、いろんな話題を振ってくれた。
彼の優しさが人づきあいの苦手な杏の心を溶かし、人並み程度のコミュニケーションを取れるまでに成長させた。
話を戻してCOPだが、レティシアをチームメンバーに誘うというのは一番最初に考えた。
しかし、日頃彼女に迷惑をかけているのを自覚していない杏でもない。
これ以上レティに迷惑をかけたくないとミィオに伝えると、そうでしょうか?と彼女は首を傾げる。
「レティシアお姉様は杏お姉様と仲良くなりたいと、お考えですわ」
「どうして、そんなことがミィオちゃんに判るの?」
杏が当然の質問を投げかけると、ミィオは優雅に微笑んで杏を見つめ返した。
「私も杏お姉様と、もっと仲良くなりたいと考えているんですもの。レティシアお姉様が同志であるのは、すぐに判りましたわ」

レティシアは、自分から杏の元へ売り込みにやってきた。
「ねー、モトミちゃんってば酷いの〜。レティはウンチだから来るなって☆もぉ、ぷんすこっ!」
迫力皆無に怒りの言葉を吐き出すと、明後日の方向に可愛いポーズを決める。
彼女のこうした謎のリアクションも、一年が経過する頃には杏も慣れてしまった。
最初の自己紹介で、レティビンレティビンと踊り付きでやられた時には些か面食らった。
だが杏はモトミと違ってニッチな方面でのカルチャーに詳しかったから、すぐに理解できた。
レティシアは永遠のドリーマー気質なのだ。
それでも口汚いモトミと比べたら、付き合いやすい相手だ。
「う、うんち……ですか?それは、いくらモトミお姉様といえど、許しがたい中傷でございますわね」
ドン引きするミィオに、「あ、ウンチってゆぅのは運動音痴の略語だヨ☆ぺろりん☆」と、レティが注釈を入れる。
「あら、そうでございましたの……嫌ですわ、私としましたことが、お恥ずかしい。ですが、下品な中傷でなくても短所を面と向かって嘲笑うのは、感心できませんわ」
ミィオはミィオで、どこか浮世離れした少女だが、物分かりの良さはラストワン内で随一だ。
「ん〜、まぁ、モトミちゃんも悪気があって言ったんじゃないと思うの。あの子がビックリするぐらい上手くなれば問題なしよね。ダンス、がんばろ♪」
モトミに怒っていたかと思えば、モトミをフォローするような発言もする。
レティシアの、こうしたフワフワした主軸のなさは、時として杏を苛立たせた。
しかし二年目の今となっては、これもこういうものだと受け止めるしかない。
要は全員と仲良くやっていきたいのだろう。杏とも、モトミとも。
「レティシアお姉様、私達のチームにお入りになって下さるんですの?」とミィオに尋ねられ、レティシアは満面の笑みを浮かべて杏とミィオ、双方の肩を掴んでくる。
「ン?もう、ミィオちゃんってば他人行儀☆レティと杏ちゃんとミィオちゃんは、ラストワンのトリプルうんチームでしょ☆」
学内で限定するならメイラや相模原も運動音痴なのでは?と杏は思ったりもしたのだが、有無を言わせぬ勢いで机にノートを広げて、レティが颯爽と仕切り始める。
「さぁ〜、まずはレティたちでも踊れそうな振り付けを考えましょ♪それが決まったら、練習、練習。めざせ!ラストワン・ナンバーワン・ダンサーズ♪きゃぴぃ☆」
ナンバーワンとは、えらく大風呂敷を広げたものだ。
しかしレティのポジティブに前向きなテンションは木ノ下同様、好ましく感じられる。
ただ騒がしいだけのモトミとは大違いだ。
レティシアも、ラストワンにいてくれてよかった。
木ノ下の側以外の居場所は、割合近くにあった。
ただ、自分が気づいていなかっただけで。
レティの横顔を盗み見ながら、杏は、そっと独りごちた。


休み時間が来ると、あちこちで体を動かす候補生が見られるようになり、以前よりも活気に包まれたラストワンを満足げに見渡し、木ノ下が鉄男を振り返る。
「お前って、すごいよな!」
いきなりの賛辞に目を丸くする鉄男へ、重ねて笑いかける。
「俺達が思いつきもしない方法で、杏に居場所を作っちまうなんてさ。見ろよ、あの生き生きした顔!俺が今まで見た中で一番楽しそうに笑ってらぁ」
「横溝は……」
照れ隠しに視線を外し、鉄男も言い返す。
「……木ノ下といる時は、大抵笑顔であるように見える」
「ん、まぁ、懐かれてっからな。けど、俺以外と仲良くなったのは鉄男の撒いたブームのおかげだ」
正しくは鉄男が起こしたブームではない。
きっかけは鉄男の発言だったかもしれないが、生徒が自発的にブームとして定着させた。
体育館で音楽を流せるならダンスも出来ると叫んだのは、亜由美ではない。マリアだ。
亜由美以外の候補生とは、杏の居場所を作る方法を相談していない。
にも拘わらず、マリアがダンスの発想にいきついた。
鉄男が想像する以上に、巷では創作ダンスが大流行していたのだ。
それとなくどころか一斉に広がって、自分の監視が行きわたらないほど全域でのブームとなった。
休み時間になった瞬間から、廊下も教室も体育館も特別教室も、少女たちのダンス練習場に早変わりだ。
音楽に併せて体を動かす。
ただ、それだけなのに皆の楽しそうなこと。
杏はレティやミィオと組んで、下手くそなりに楽しんでいる。
涙が出るほど笑い転げるような少女には見えなかっただけに、彼女の笑顔は鉄男にも新鮮に感じられた。
問題は、このブームが終わった時にも彼女の居場所がラストワンに残るかどうかだが……
「大丈夫なんじゃないか?」とは木ノ下の答えで、何故そうと言い切れるのかと訝しむ鉄男に、一年上の先輩は屈託なく笑う。
「いいか、鉄男。居場所ってのは誘い受けで待つものじゃない。自分から作らなきゃ駄目なんだ。杏はダンスブームのおかげで、その結論に気づけたんだ。ほら、みんな、三人でチーム組んで遊んでいるだろ?杏は自分に友達が少ないの知ってっからさ、自発的に募集しないと余っちまうんだよ」
それで最初に思い浮かんだメンバーがミィオで、次がレティシアか。
一人も思いつかなかった場合は、どうするつもりだったのか。
「まぁ、この学校は優しい子がいっぱい居るから、俺は何も心配しちゃいなかったけどな。万が一あいつがブームに乗り損ねても、亜由美や香護芽が何とかしてくれるんじゃないかって」
「香護芽……」と呟いて、鉄男は脳裏にあれこれ少女の顔を思い浮かべる。
なかなか思い出せない様子に「剛助さんとこの候補生だよ。がっちりした女の子!」と木ノ下がヒントを出してきて、やっと鉄男の脳裏に該当少女のヴィジョンが浮かぶ。
姫崎香護芽。
名前の可憐さとは裏腹に腕も足も胴体も、どこをとっても筋肉ゴリラな生物上女子だ。
いつも何十にも重ねた着物を纏い、わらわだのそなただのと古風な言葉遣いで一人だけ浮いている。
あれが亜由美並に優しい子だと、木ノ下は言う。人は見かけによらない。
「鉄男は自分の居場所、持ってるか?」と木ノ下に尋ねられたので、鉄男は間髪入れずに頷いた。
「あぁ」
故郷ニケアを完全に出てきた今、居場所と呼べるのはラストワンしかない。
ラストワンを居場所にするつもりで、故郷を捨てた。
ラストワンの面接に落ちていたら、どうなっていたのだろう。
他の勤め口を探し続けたか、或いは路上暮らしが待っていた?
なんにせよ、カッとなった勢いで退職しなくて良かった。
素質しか認められない職場に人生を捧げたいと思わない――
退職を考えた時に、鉄男が学長へ放った言葉だ。
あの時、人生を捧げられる職場なんて簡単に見つからないと学長は言っていた。
だが今なら鉄男は、こう考える。
人生を捧げられる職場があるとすれば、ラストワン以外にはない。
ここには唯一無二の友人、木ノ下がいる。
亜由美やカチュアなど、自分を慕ってくれる生徒もいる。
コミュニケーションの苦手な自分が、せっかく受かった場所でもある。
ここを辞めていたら、今頃はきっと就職先が見つからずに難儀していただろう。
自分の居場所は、ここだ。確信をもって言える。
「俺の居場所は、ここだ……お前のいるラストワンだ、木ノ下」
じっと木ノ下を見つめて、そんなことを呟いてみせると、木ノ下は一気に頬を赤らめて、ぐびっと喉を鳴らす。
鉄男が、いつもとは違う発言や動作をするたびに見せてくる仕草だ。
「そっか、鉄男の居場所も此処だったか。俺もラストワンは俺の居場所だと思っているよ。お前がいるし、生徒達も教え甲斐があるし、みんな可愛いし、給料は高いし中央街も近くにあるし!」
最後のほうは利便性も含まれていたが、彼が全般的にラストワンを気に入っているというのは充分伝わってきた。
もうすぐ休み時間が終わる。
授業開始のチャイムが鳴るギリギリまで、鉄男は木ノ下との雑談を、じっくり楽しんだ。


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