合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 ハヤリ

「女の子の間で今流行っているもの、ですか?」
放課後、鉄男に呼び止められた亜由美は首を傾げて、一つ二つ、今のブームを口にする。
「そうですね……中央街だとCOP、ネットではDDCなんかが流行っているみたいですけど」
いきなり知らない単語が出た。
眉間に縦皺を深くして、鉄男は聞き返す。
「そのコップだのディディシーというのは何の略称だ?」
「あ、すみません」と、いつもの癖で謝ってから亜由美が言い直す。
「COPはコントロール・オーディオ・ポップスの略で、自作の曲に併せて踊る……そうですね、大勢で踊る創作ダンスです。それからDDCはデジタル・ドラマティック・コンステレーション……だったかな?えぇと、簡単に言うと物語を作って、自分たちで演技したのを動画でネットにアップするんです」
ダンスはさておき、後者は女子だけでやるにしては些かマニアックだ。
鉄男は、ますます仏頂面になりつつ尋ねた。
「それは本当に女子だけで流行っているのか?それとも」
「あ、全体です、ネットのは。でもCOPは主に女子の間で大人気なんですよ」
いかに自分を可愛く見せて踊るかがポイントだと言われ、意味の分からなさに鉄男は頭を抱える。
「この学校では、あまり流行っていないようだが……」
周囲を見渡す鉄男に、すかさず亜由美の突っ込みが入る。
「あ、だってラストワンには音響設備が殆どないですから。体育館で音楽を流せればいいんですけど」
一般の学校、特に高校や中学の女子に大流行で、一時期はTVで特別番組まで組まれたと聞かされて、普段どれだけ自分がTVに対して無関心なのかを気づかされた鉄男であった。
考えてみれば、TVなんぞ緊急ニュースの時ぐらいしか見ていない。
「非公式ですけど大会も時々やっていて、チームで出場するんです。楽しそうですよね」
「楽しそうと言われても、想像つかん。どういうものなのか、試しに踊ってくれ」
真顔のリクエストに亜由美は「え!ここで、ですか!?」と驚いた顔を見せたのだが、すぐに鉄男が一歩も引かないと判ったか、「た、たとえば、ですね」と小声でブツブツ呟きながら、ステップを踏んだ。
何度か軽快にぴょんぴょん飛び跳ねた後、クルンとまわって片手でブイサインを作り、にこっと微笑む。
「こ、こんなふうに、ダンスの途中途中で決めポーズを入れるのがポイントで……一人でやると馬鹿みたいですけど、皆でやると形になっているというか可愛くなるというか!」
真っ赤になって必死に説明する亜由美は、踊っていずとも充分可愛い。
しかし脳裏に浮かんだ感想など、おくびも出さず、鉄男は亜由美に次の質問を投げかけた。
「それをラストワンで流行らせるのは可能だと思うか?」
「え、えぇと……?あ、はい。今現在、世間で流行っていますから、踊れる環境さえあれば流行ると思いますよ」
細々ゼロから百まで説明しなくても、すぐに理解できるのは彼女の最大の長所だ。
「もしかして大会に出る予定があるとか」
何故かうきうきする亜由美の弁を遮り、鉄男がぼそっと呟いた。
「大会はさておき、ブームを取り入れる必要がある。それも早急にだ」
「そ、そうですか……あ、でも、うちでも流行ればチームが組めますね!」
亜由美は非公式の大会とやらに興味津々なようであったが、鉄男は最後まで聞いちゃいなかった。
もう既に思考は体育館へ飛んで、いかに学長を説き伏せて音響設備を入れるかにあった。
学長は金持ちだ。
飛行船を持っているぐらいだから、学校の設備にも金を出してくれるに違いない。
もし渋るようであれば、杏の為だと言い聞かせるしかあるまい。
唯一の問題は、ダンスという激しい動きに杏自身がついてこられるか否かだ。
彼女を乗り気にさせる導き役が必要であろう。
それも普段から、杏と親しい者でなくてはいけない。
「……横溝と今、一番親しいのは誰だ?」
前後に繋がりなく突拍子のない鉄男の質問に亜由美が固まったのも一瞬で、またしても彼女は頭脳を高速回転させて答えを弾き出した。
「あ、えっと、ミィオちゃんだと思います」
「ミィオ?レティシアではないのか」
「はい。ミィオちゃんは私達より年下だけど、一番物知りで多趣味なんです。杏ちゃんとも文学の話で、よく盛り上がっていますよ」
ミィオは水島組の一人で、大人しそうな少女だ。
杏も大人しい少女だし、共通の趣味をもつのであれば、最適な導き役となろう。
「ならば、横溝の誘導はミィオに任せよう。それと」
「はい、教官の思惑だと判らないよう、それとなく流行らせるんですね?」
先回りして尋ねてきた亜由美に、鉄男は頷く。
やはり相談役に彼女を選んで正解だった。マリアやカチュアじゃ、こうはいかない。
「頼んだぞ」
ほんの少し、恐らくは無意識にだろうが鉄男の口元が綻んで。
「は、はい……」
亜由美は、こちらも無意識に頬をほんのり赤く染めて頷いたのであった。


……今度、ブティックセンターで大会が開かれるんだってよ?
じゃあ、アタシ達も練習しておかなきゃネ……
最初に言い出したのが誰だったのかは、判らない。
……十八人でチーム組んだらさ、優勝間違いなしじゃない?
優勝したら、お祝いに何か奢ってもらおうよ!……
しかし、その動きは静かに、それでいて確実にラストワンの中で浸透していった。


「いちにっさん、ぽーん!」
体育館に、マリアの元気な声が響く。
「ここでキメッ!や」
ビシッと両手を高くあげて謎のキメポーズを取るモトミに、容赦ない駄目出しが飛んでくる。
「え〜ダサッ!今時そんなキメポーズ、オッサンでも取らないよぉ」
辛辣な評価を下してきたのは誰であろう、ユナだ。
剛助組のユナと木ノ下組のモトミ、それから鉄男組のマリアが一緒になって何をやっているのかといえば、近頃街で大流行のCOP、創作ダンスの練習であった。
創作ダンスの波は今やラストワンにも上陸し、昼休みには場所の取り合いが起きるほどの大ブームとなった。
そのきっかけとなったのが、体育館に音響設備が整えられた件だ。
音響設備を整えることにより、授業の一環としてダンスが採用された。
体育の授業が、ダンスに置き換えられたのだ。
嫌々運動するよりも楽しくダンスで体を動かそうと朝礼で乃木坂教官に言われ、全員が受け入れた。
そう、全員だ。
運動を苦手とする相模原やメイラ、それからミィオ、そして本命中の本命である杏までもが満場一致で大喜びの大喝采だったのである。
この段階で全員が頷くとは思っていなかったので、乃木坂は勿論のこと、学長も鉄男も驚かされた。
そして昼休みはダンスの練習に明け暮れる候補生の姿で、体育館が賑わうようになった次第だ。
「よぉ、精が出てるな!」
覗きに来た木ノ下に、踊っていた三人が一斉に振り返る。
「そりゃ〜そうよ。明日の昼休みには、まどかチームと勝負するんだもんね」と、鼻息荒く答えたのはマリアだ。
音響設備をつけたと発表されて翌日には、何チームかに分かれて練習する生徒の姿が目立った。
中にはチーム戦と称して、審査員を決めて遊んでいる本格的な連中もいる。
普段の練習では音響を使って音楽を流さない。ここぞという時に使う。
例えばチーム同士で勝負する時に。
「お前らが、そんなにダンス大好きっ子だったとは知らなかったぞ?」
微笑む木ノ下に「ウチも、こんなハマるとは思わんかったんやけどな」と、モトミが受け答える。
COPには前々から興味があったものの、練習する場所なしで仲間もおらず、手を出せずにいた。
しかし学内で大々的に練習できるとなったら、やらないわけがない。
「ねぇねぇ、木ノ下教官はユナのポーズとモトミちゃんのポーズ、どっちが可愛いと思う?」
「ん?どんなポーズだ、見せてみろ」
話を振られて、ひとまず木ノ下が催促してみると、ユナは頬にブイサインを押し当てて、ウィンクしながら片足を跳ね上げる。
モトミは先ほどやっていた、謎の万歳ポーズで対抗した。
「これや!教官がエェと思うポーズは、どっちや!?」
可愛いの物差しで比べるというのに、何故モトミは万歳ポーズを選んだのか。
万歳の格好で仁王立ちされて、しかも満面のドヤ顔を浮かべられても、可愛いと思う人間は少なかろう。
「え、えー……まぁ、ユナかな。どっちが可愛いかって聞かれたら」
心なしドン引きした様子の木ノ下を見て、マリアが深く溜息をつく。
「そうだよねぇ、やっぱ。あーチームメンバー選び、失敗しちゃったかも」
「なんでや!?なんで誰も、このポーズの良さが判らへんねん!」
絶望に叫ぶモトミなんぞには目もくれず、マリアは遠くを見やって怪訝に首を傾げる。
体育館の端と端、離れた場所では別のチームが練習しているのだが、そこへ近づいていったのは鉄男のようだ。
こういったものには興味を示さなそうな男だけに、様子を見に来るとは珍しい。
「ねぇ、鉄男も興味あんの?ダンス」
「ん、あぁ。授業の一環だからな」と木ノ下に言われ、そんなものかとマリアは一応納得した。

体育館の反対側で練習していたチームこそ本命中の本命、横溝杏が仲間にいた。
チームメンバーは、ミィオとレティシア。
大方レティシアが二人を熱心に誘っての参加だと鉄男は予想したのだが、話を聞くと意外なことに。
「ミィオちゃんも杏ちゃんもリズム感バッチグーでレティ、追いつくのに必死ですぅ、キャンッ☆」
言っている傍からレティが盛大にすっ転び、杏とミィオは爆笑する。
「も〜、レティさん、さっきから転んでばっかり!」
なんと、杏は笑いすぎて涙が出るほどのウケっぷりだ。
杏は文学少女だと聞いている。
そのインドア派より運動神経のニブイ奴が、傭兵学校にいたとは。
鉄男は尻餅をついて「あいたた〜」と、おどけるレティを見下ろした。
先ほどから転んでばかりと言われる割に、どこか怪我をしているようにも見えない。
もしかしたら運動が苦手な二人の為に、わざと道化師を演じているのかもしれない。
「いつから練習を?」と尋ねる鉄男に答えたのは、ミィオ。
「昨日からですわ。けどレティシアお姉様が全くリズムに乗れなくて、練習が一向に進みませんの」
道化師ではなく、ガチで鈍くさいようだ。レティの運動神経は。
「難しい振り付けなのか?」と鉄男に問われ、杏は首を真横にふる。
「一番簡単なワンツーステップです。でも、レティさんはワンツーのワンで転んじゃうから……」
最早ダンスどころではない。
にも拘わらず二人がレティを見捨てないのは何故かと鉄男が問うと、二人は揃って答えた。
「だって私とミィオちゃんがチームに誘って乗ってくれたの、レティさんが一番最初だったし」
「それに、絶対に諦めないレティお姉様を見ていると、私達も励まされますの」
「うん、今は上手く踊れているけど……そのうち難しいステップがきたら、諦めちゃうかもしれない」
「そうならない為にも、根性のあるレティシアお姉様を、いの一番にお誘いしたのですわ」
レティシアが二人を誘ったのではなく、二人がレティシアを誘ったのか。
驚く鉄男に、ミィオが言う。
「レティシアお姉様がリズム感皆無なのは、私達の間では有名でしてよ?辻お兄様」
生徒に"お兄様"などと呼ばれるとは予想だにしていなかった鉄男は咄嗟に相槌を打つことすら出来ず、ポカンとする教官をチラリと見、杏がミィオの言葉を引き継いだ。
「レティさんもチームメンバーが見つからなくて困っていたらしくって……私達は利害一致でチームを結成!したんです」
「そうなんですぅ〜☆」
立ち上がったレティが、かわいこぶったポーズを取る。
「決めポーズは完璧なんですけどォ、そこへ行くまでを杏ちゃんとミィオちゃんに手伝ってもらおうと思って♪」
ほがらかに笑う彼女を見て、鉄男は今度こそ確信した。
この少女は、お人よしの道化師ではない。百パーセント、混じり気なしの天然だ。
「このチームの目標は何だ?」と鉄男に尋ねられ、「目標?」と三人が尋ね返す。
「ダンスは踊って終了、ではあるまい。巷では非公式の大会も開催されているときく」
鉄男の言葉に「え!出ていいんですか、大会」と食いついてきたのは、意外や杏だった。
いや、チームメンバーを自発的に募集するぐらいだから意外ではない。彼女は、やる気満々だ。
「……大会に出るのも一興だが、頑張った者には褒美を出すという案が教官会議で出ている」
あまり自分一人で話を盛りすぎても良くないと考え、鉄男は言い直した。
大会参加は学長に許可を貰わねば難しい。恐らくは無理であろう。
体育の授業をダンスと交換するってだけでも、説き伏せるのは大変だったのだ。
「何か欲しいものがあれば、木ノ下教官に話を通しておくが」
鉄男に話を振られ、レティが即座に手をあげた。
「あん、だったらレティは木ノ下教官とのキッスを希望します☆」
「え〜、ずるい!そういうのでいいんだったら、私だって木ノ下教官との一日デートがいい!」
興奮する杏に、木ノ下とは日曜日にデートしていないのかと鉄男が尋ねると、「一年目は遊びに連れて行ってくれることもあったんですけど、最近は全く!!」と鼻息荒い答えが返ってきた。
木ノ下め。鉄男には先輩ぶってくる割に、受け持ち生徒の扱いが意外と雑ではないか。
遠目にマリアと話す彼を眺めながら、鉄男は杏たちに約束した。
「学内で大会を開けないか学長に検討してみる。褒美は大会の報酬にしたほうが、お前達も盛り上がるだろう」
「そうですね!いいと思います!!」
とても文学少女とは思えないぐらい張り切った杏の返事を背に、体育館を立ち去った。


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