合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 天国への階段

ランチタイムも終わり、再び最初の教室に集まった。
聞きたいことは大体聞けたし、あとは適当にスパークランを見学して帰る予定だ。
「はー……正治さん、かっこよかった。キュンッ☆」
ほぅ、と溜息をついて自分の携帯電話を握りしめるレティを見て、木ノ下がモトミに尋ねる。
「どうしたんだ?レティは」
モトミは、いかにも興味なさそうに「紳士な振る舞いに酔ってるだけや」と答え、傍らのマリアが独り言を呟く。
「ここって、皆あんな感じなのかなぁ」
それを「あんな感じとは?」とデュランに聞き咎められたので、改めてマリアは聞き直した。
「全員優等生なのかなってコト。だったら、あたし、やっぱラストワン選んで正解だったなーって」
規律正しい優等生に囲まれた環境は、マリアにしてみれば息苦しいようだ。
自由奔放な彼女の性格を考えると、納得である。
ハハッと笑い、デュランは首を振る。
「そうでもない。他と同じように落ちこぼれや不良もいるよ」
「え〜!」と大合唱する少女達へ、さらに付け足した。
「不登校の子や、心が不安定な子もいる。だが、そうした子達も導いてやるのが養成学校の役目だ」
義務教育と異なり、養成学校は自分で希望して入った学校だ。
不登校になる意味が判らない。
そうマリアが言い返すと、デュランは顎に手をやり物憂げな表情で遠くを見やった。
「うーん、不登校になった生徒も最初は、そう思っていたんだろうがね。慣れない環境や人間関係での不和、ついていけない授業で次第に心が壊れてしまう子もいるんだよ」
「ラストワンには、不登校なんておらんで」と、モトミ。
デュランは「きっと、そちらは毎日が楽しいんだね。授業が面白くて休む暇もないんだ」と微笑んだ。
ピクリと杏が微かに反応する。
他の候補生は気付かず、亜由美がモトミの発言をフォローする。
「うちは全寮制ですから、不登校になりたくても、なれないと思います」
「だよね〜!病気ってんじゃなかったら、ぐずぐず言ってても同室の子が連れ出しそう」
マリアも笑い、場は明るい雰囲気に包まれた。
だが、直後。
モトミの口から「心の不安定な奴なら、そこにおるけどな」などと空気を読まない発言が飛び出して、亜由美も木ノ下も泡を食う。
モトミの視線は、まっすぐ杏に向かっており、射竦められた杏も顔を強張らせる。
「すぐ腕かっきったり、ウジウジウダウダ悩み事をぶちまけてくる奴って、相当ウザイんやけど、デュランはんは、どうやって、そーゆー奴を立ち直らせるん?ウチも知りたいわー、その秘訣」
およそ普段の能天気なモトミと同一人物とは思えないほど、今のモトミは語気が荒くて毒百パーセントだ。
紳士な正治との談話で何かあったのか?と勘繰る鉄男を余所に、木ノ下が宥めに入った。
「お、おいモトミ、言葉を選べよ。どうしたんだ?普段は、あまり気にしてないのに」
ふてくされた調子でモトミが言い返す。
「気にしてないんとちゃう。面倒やから、今まで問題にせんかっただけや。けど正治はん見てたら、そういう奴って、このギョーカイに必要なんかなーと思ったさけ」
「正治を見ていたら?」とデュランも驚き、モトミに聞き返す。
「せや。正治はんは、そーゆーのと無縁な世界で生きとるさかい。明るく真っすぐな目ェで世界を平和にしたろと本気で語りよった。パイロットになるんは正治はんみたく正義に燃える奴だけで、エェんとちゃう?それとも自分のことしか考えてない後ろ向きな奴でもなれるほど、パイロットってチョロイ職業なん?」
一刀両断な物言いに、ついつい木ノ下のお説教も声が跳ね上がる。
「いい加減にしろ、モトミ。ラストワンに来た子は皆、自分の意志でパイロットを志願した。パイロットになる為なら、成長だってするはずだ!」
つられてモトミのボルテージまであがり、彼女は叫び返した。
「ほな、はよ成長してもらわんとレティの心まで汚染されるやん!杏はエェよな、一人で自分に浸ってウジウジグダグダやってりゃ周りが心配してくれるんやから。けど同室のレティは、どないしたらエェん?毎日ウザイ奴を宥めてすかして学校行かせて!こんなに頑張っとるのにレティのことは、誰も心配してくれへんやん!はよぅ杏が成長してくれへんかったら、いつかどっかで疲れて倒れてまうで!!」
杏が不登校にならないのは、全部レティシアのおかげだとモトミは言う。
レティが毎日、ぐずる杏をおだてあげて、教室まで連れてきてくれているのだと。
後ろ向きな奴が気に入らないだけの文句かと思いきや、同級生の負担を心配しての攻撃だったとは、これには当のレティも驚きだ。
「あ、あの、モトミちゃん。モトミちゃんが心配してくれたの、ジューブン嬉しいな☆あ、杏ちゃんも誤解しないでネ?レティ、迷惑だなんて思ってないモン☆」
場を和ませようと必死で語尾をあげてカワイコぶってみせたのだが、杏は見てもいなかった。
突如バッと身を翻し、いずこかへ走り去ってしまう。
去り際、眼鏡の奥には涙が光っていたように、鉄男には感じられた。
「杏!」と叫んで木ノ下が後を追いかけ、鼻息の収まらぬモトミにはマリアが噛みつく。
「なんであんな酷い事言うの!?杏だって自分の性格、どうにかしたいと思っているはずだよ!けど、自分じゃどうにもならないことってあるじゃん!」
「どうにもならんのやったら、病棟から出なきゃよかったんや!!マリアはクラスが違うから判らんのや!アレがどんなに毎日ウザくて迷惑なんかを!!」
モトミも全然主張を譲らず、両者の議論は、どこまでも平行線だ。
ギャンギャンやりあう二人の少女に、デュランが、そっと割って入った。
「自分では、どうにもならないものは確かにある。心の悩みが、そうだ。だが自分一人では、どうにもならなくても、周りの人間を頼ってくれさえすれば、こちらにも手の貸しようは、いくらでもある」
「ほたら!」とモトミは最初に戻り、デュランに再度問う。
「根暗な後ろ向きを更生させる方法、教えてもらおやないかい!偽善の綺麗事な例え話やのぅて、実用性のある解決法を頼むで!!」
デュランは、じっとモトミを眺めていたが、ややあって僅かに口元を綻ばせる。
「君は、杏さんを助けたいんだね。なら、本人に直接聞きに行こうじゃないか」
「何を!」と怒鳴る相手へ、穏やかに続けた。
「我々に心を開いてくれるかどうかを、さ。今まで誰も聞いてくれなかったから、彼女も言い出せなかったんだと思うよ」


死にたい。
何もあんな、大勢の人がいる前で言わなくてもいいじゃないか。
拭っても拭っても涙があふれてきて、しばらく止まりそうにない。
中庭を突っ切って体育館まで走ってきた杏は、素早く左右を見渡した。
ずっと隠れられる場所で一人、落ち着きたい。少なくとも、涙が止まるまでは。
体育館の中に隠れたんじゃ、すぐに見つかってしまう。
かといって、余所の校舎に忍び入るのは気が引ける。
――外へ出よう。
木ノ下教官に何も言わずに出るのは悪いと思ったが、それ以上に今の自分を彼に見られたくない。
ダダ泣きな自分を見たら、きっとまた教官は杏を心配してしまうだろう。
彼を心配させたくて、死にたがっているのではない。
これは自分だけに起きている問題だと、杏には、ちゃんと判っている。
自分で解決しなければならない問題なのだと。
中学に入って、今まで自分がどれだけ狭い世界に生きていたのかを知った。
自分は世界範囲で比較したら、取るに足らないゴミクズみたいな存在であった。
他人より頭がよいと己惚れていた自分を恥じた。
他人より機転が回ると己惚れていた自分を恥じた。
他人より洞察力が高い、感受性が高い。
全部そんなの思い込みの空回りだった。
自分より、すごい人は山ほどいた。
自分なんて、いてもいなくても変わらない存在だった。
そして、それは、どれだけ努力しても埋められない溝なのだ。
溝が埋まらないと判った瞬間、杏の考えはまとまった。
死のう。
生きていて他人の迷惑になってしまうぐらいなら、死んだほうがマシだ。
ただ、問題は自殺を実行する決心が、いつまでもつかない点であった。
飛び降り自殺、列車への飛び込み、刃物による自決……
どれも恐怖が先に立って、断念してしまった。
死ぬというのは、生きるよりも勇気のいる行動だ。
自分には死ぬ勇気もないと悟った杏が次に考えたのは、爆撃で死ぬ方法だった。
しかし爆撃が都合よく杏のいる地域に来るとは限らなく、襲撃されるのは、いつも首都周辺ばかり。
これじゃ、いつまで経っても死ねないではないか。
そんな折、傭兵養成学校のチラシが彼女の家に届けられる。
見た瞬間、これだ!と杏の脳裏にひらめいたのは、パイロットになって死ぬ選択肢であった。
爆撃は偶然に頼らないと遭遇できないが、パイロットになれば嫌でも戦地へ送られる。
どうせなるなら、ニケアの軍隊では駄目だ。
一番爆撃が多いとされる、ベイクトピアがよかろう。
そんなわけで、杏はチラシに書かれたラストワンを目指したのであった。
過去の記憶を脳裏に思い浮かべながら杏はスパークランの敷地を抜けて、地上街への階段を目指す。
階段は、すぐに見つかった。
来た時に降りてきた場所とは違うが、地上に出られるなら、どこだっていい。
泣いている自分を誰にも見られまいと全力疾走で駆け上がり、外の世界へ飛び出した瞬間、大音量のサイレンが鳴り響き、杏はキャッと飛び上がる。
『空襲警報、空襲警報。住民は、ただちに地下街かシェルターへ避難してください。これより一時間後、空からの来訪者の爆撃が予想されます。ただちに避難してください』
予定より早く、死が訪れそうであった。

空襲警報は、スパークランにいる鉄男たちにも聞こえていた。
「シェ、シェルターに避難ったって、今から!?」
泡食うマリアを手で押しとどめ、「うちのシェルターに避難するといい」とデュランが申し出る。
だが、その前に逃げた杏と追いかけた木ノ下。
二人を探して、連れ戻さなくてはいけない。
スパークランの校舎が建っているのは地下街だ。
とはいえ、全域に渡って安全とは限らない。
爆撃の振動で、一部が倒壊する可能性もある。
地下へ潜ってシェルターに集合したほうが、より安全だ。
「木ノ下を探してきます!」
飛び出そうとする鉄男の腕を咄嗟に掴み、デュランが慌てて引っ張り戻す。
「待て待て、鉄男くん。君が生徒の元を離れちゃいかん。木ノ下くんと杏さんは俺が探してこよう。シェルターまでの案内は、そうだな」
「俺に任せてください!」と廊下を疾走してきたのは誰であろう、正治ではないか。
マリア達とランチをご一緒した後は帰宅すると言っていたのだが、まだ学校に残っていたようだ。
「んん、自主練は午前中までという約束だったはずだぞ?」
まぜっかえす教官に「今は、それどころではないでしょう!」と怒鳴り返し、正治は手で皆を促した。
「さぁ皆さん、俺についてきてください!シェルターまで、ご案内します」と言われても、杏と木ノ下を置き去りにしての避難は気が引ける。
どうしよう、と顔を見合わせる少女達に再度避難を促してきたのは、鉄男であった。
「木ノ下と横溝は、俺が連れ戻す!お前たちは先にシェルターで待っていてくれ」
「いや、だから鉄男くんまで生徒の元を離れちゃ駄目だろう」
突っ込むデュランにも、鉄男は強い眼差しを向けてくる。
「俺が探しにいかなければ、全員が行くと言い出すでしょう。ここで言い争いをしているのは、一番時間の無駄遣いです」
何をどう説いたとしても鉄男の意志は曲げられないと知ったか、今度はデュランも言い返さず。
「よし、じゃあ行こう、鉄男くん。正治は皆を頼んだぞ!」と言い残し、鉄男と共に教室を飛び出した。


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