合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 ここではない場所

木ノ下は教室を出て、すぐに見つかった。
一階の廊下をウロウロしていた処に鉢合わせた。
彼曰く、杏が何処を探しても見つからないらしい。
校舎の奥に入ったのでは?と推測する木ノ下に、最初に通した教室以外は施錠してあるとデュランが答え、鉄男の視線は自然と校門へ向けられた。
「外に出た可能性か。充分ありえるな」と、鉄男の視線を辿ったデュランも頷く。
「俺に黙って、ですか?」と不服そうな木ノ下にも、重ねて頷いた。
「自分に例えて考えれば判るだろう?誰にも見られたくない場所で泣きたい彼女の心情が。そうなると体育館やトイレは隠れ場所に適さない。すぐ見つかってしまうからな」
身に覚えがあるのか鉄男が無言で頷くのを横目に、木ノ下は尋ねる。
「じゃあ外に出たとして、今はどこにいると予想できますか」
「いったん地上街へ出て近場のシェルターに向かったか、或いは地下街の隠れられそうな場所を探したか」
地下街と一口に言っても、地上街並に広い。
隠れられる場所は無数にある。手がかりが一つもないのでは、探しようがない。
「ここから一番近い階段は?」と、木ノ下。
デュランは少し思案して、「西口階段かな」と答えた。
スパークランへ来る時は、東口にある階段を降りてきた。
西口だと、バスが止まっている駐車場とは反対側に出てしまう。
そこから最寄りのシェルターへ向かったとしても、杏に、この辺りの土地勘があるのかどうかが疑問だ。
「横溝は、これまでに何度首都へ来ている?」
鉄男の問いに、「何度も来ているから、大体の地図は把握しているはずだ」と木ノ下は即答する。
西口から一番近いシェルター内を探すか、それとも、ここで待つのが得策か。
デュランと二人して悩んでいると、不意にハッと気づいた木ノ下が携帯電話を取り出した。
何度か呼び出しコールを鳴らした後、「駄目だ、全然繋がらない」と舌打ちして電話を切った。
「杏のやつ、ケータイの電源を切っているみたいだ。こりゃ相当おかんむりだな」
「……あの三人」と鉄男がポツリ呟いたので、デュランも木ノ下も注目する。
「仲が良さそうに見えたが、そうでもなかったのか……?」
「ん、まぁな」
どこか決まり悪げに頷くと、それでも木ノ下は鉄男の疑問に答えてくれた。
「普段は、あんなギスギスしてねーんだけど、時々モトミが癇癪起こして。あぁ、もちろん杏の件で。杏は、その、ちょっと他の子と比べてメンタルが弱くてさ。いや、メンタルが弱いっていうか自殺願望が強いんだ。何度か理由を聞いたけど、全然話してくれなくて。あいつの過剰反応で授業が横道にそれることも、たびたびあって、それでモトミは、ずっとストレスを貯めていたんじゃないかと思うんだ」
一気に吐き出すと、木ノ下は視線を下に向けて小さくぼやく。
「……全部俺のせいだな。いつも適当にごまかして、あいつらの衝突を改善できてなかったんだから」
いつも元気な木ノ下が、ここまでしょぼくれたのを見たのも初めてで、鉄男は慌てて彼を励ます。
「そんなことはない。木ノ下、お前は頑張っていると思う。あれだけ個性の異なる三人を、毎日上手くリードしている、と……それに、お前は俺の生徒にも好評だ。マリアは木ノ下の受け持ちになりたかったと、いつも俺に言ってくる」
個性が異なるといったら鉄男の受け持ちだって、そうだ。
どこの養成学校でも大抵は個性バラバラな生徒を複数受け持つことになろう。
しかしデュランは下手に混ぜっ返したりせず、二人の話を黙って聞いた。
目の前では後輩に慰められて、ちょっとばかり元気を取り戻した木ノ下の姿がある。
「う、うん、ごめん。悪い、今はこんな弱音吐いてる場合じゃないよな。早いトコ杏を探し出して、ラストワンにも居場所があるってのを教えてあげなきゃ」
「あぁ」と鉄男も嬉しそうに頷き、捜索は振り出しに戻る。
すなわち、杏が逃げた先は、どこなのか。
緊急警報は今も街中ガンガン鳴り響いているから、彼女が聞き逃した可能性は限りなく低い。
杏が教室を飛び出して、木ノ下が彼女を追いかけるまでの間は、わずか数秒だったはず。
数秒のうちに振り切られたのか?というデュランの問いには、本人が答えた。
「俺が廊下に出た時、あいつは廊下を走っていくところだったんです。で、追いかけたんだけど途中で速度が上がって、こっちは息が切れちゃって……あいつ、普段は緩慢なのに、なんでこんな時だけ素早いんだ!?」
よほど泣いている顔を誰にも見られたくなかったとしか思えない。
死にたくなるほど毎日自分を嫌っている割に、意外と自身の見え方に関するプライドは高いようだ。
追跡途中で振り切られて完全に見失い、先ほどまで廊下を走り回って探していたとは木ノ下の弁。
「彼女、陸上をやっているのかい?」
「いえ、全然。だから、あんなに足早かったのかって驚いたんですよ」
木ノ下は学生時代、スポーツをやっていたと聞いている。
その彼が振り切られたとなると、杏は今まで実力を隠していたということになるが……
確認がてら、鉄男が木ノ下に尋ねてみると「学生時代って、いつの話だと思っているんだよ!」と、本人には逆ギレされた。
だが目を丸くする鉄男を見て我に返ったのか、木ノ下は頭を下げて謝ってくる。
「っと、悪い。お前に怒鳴っても仕方ないよな。俺は学生時代テニスをやっていたけど、そいつは、ずっと昔の話で今じゃ体力も脚力も落ちている。けど、それでも文学少女にかけっこで負けたってのは、ショックなんだよなぁ……」
担当教官に文学少女と称されるぐらいだし、杏は本来、本が好きで大人しいインドア派なのだろう。
やはり泣き顔を見られたくない一心で、火事場の底力が発動したか。
「じゃあ今頃は燃え尽きて走るのを、やめているかもしれないね」と、デュラン。
「探すアテがついたんですか?」と尋ねる鉄男には片目を瞑り、己の推理を打ち明けた。
普段の杏は、運動とは縁のない生活を送っている。
たとえ瞬発力で木ノ下教官を振り切ったと想定しても、逃げ続けているとは思えない。
走り続けるには、相当の体力を必要とするからだ。
彼女の華奢な体格を思い返すに、隠れてトレーニングしていた可能性はない。
地上へ出たにしろ地下に残っているにしろ、ここから、そう遠くない場所が隠れ家だ。
「木ノ下くんの話から推測される彼女の性格は、大人しくて引っ込み思案……そんな子が他人の持ちビル等へ不法侵入するとは考えづらい。出入り自由で、且つ、大通りからは死角になった場所を探すだろう。先ほども言ったが、トイレは駄目だ。始終人の出入りがあるからね。個室で泣いたりしたら、知らない人に心配されてしまう。それは彼女も本意ではあるまい」
きっぱり断言するデュランに、木ノ下が首を傾げて尋ね返す。
「確かに、あいつの性格なら人通りの多い場所は避けそうですけど……けど、そこまで断言できますかね?」
「君は彼女を自殺願望の強い子だと言っただろう」
デュランは言い返し、僅かばかりに眉をひそめた。
「自分の存在そのものが消しさるべき災厄だと思ってしまうほど自己肯定の低い子が、赤の他人に迷惑をかけるような真似をすると思うかい?これは俺じゃなくても行きつく予想だよ、大体のプロファイリングにおいてね」
どれだけ動揺していても、感情で飛び出したとしても、理性は冷静に働いている。
杏も恐らくは、最も近場で隠れるに適した場所を探したはずだ。
携帯の画面に周辺の地図を呼び出すと、デュランは二人を手招きした。
「半径五メートル内で少女が一人隠れられそうな場所は、となると……そうだな。地上だと、この電話ボックスが怪しいね。西口階段を登って、すぐ傍にある。壁に隠れた色つきボックスの中なんて、滅多に覗かれないだろう。とっておきの隠れ家だ」
「電話ボックスなんて、まだ首都にもあったんですか!?」
驚く木ノ下へ「とうに廃棄されて久しいんだが、業者が取り壊していないんだ」と注釈を加える。
「地下だと、ここだ、西口階段を降りて右手にある公園の、フリー駐車場。ここなら勝手に入っても怒られない上、通りから見れば木々に隠れて死角になる」
「割合パッパと見つかりましたね」と不思議がる木ノ下に、デュランは「なぁに」と頭をかいて、付け足した。
「感情で飛び出してしまう子は、スパークランでも珍しくないんでね」


果たしてデュランの予想通り、杏は廃棄された電話ボックスの陰にいた。
ただし、一人ではなかったのだが。
座り込んだ杏の側では、もう一人、少年が座って話を聞いていた。
年の頃は杏と同じぐらい。
薄桃色の髪の毛を短く切り揃え、ほっそりした体を紺のブレザーに包んでいる。
しゃがみ込んで泣いていたら、声をかけてきたのだ。
どうして泣いているのか。
どうして最寄りのシェルターか地下街へ移動しないのか。
それに答えるでもなく、杏は彼に自分の気持ちを吐き出した。
何の取り柄もない自分は、どこにも居場所がない。
今いる場所も、自分の居場所ではなかった。
死にたいと考えているのに、いつも死のうとすると涙があふれて死ねない事などを。
全く見知らぬ赤の他人に、何故こんなことを話しているのだろうと冷静に考える自分が自分の中にいる。
だが、朧気に答えが分かっている自分もいた。
過去や今の杏を知らない相手であれば、きっと辛辣な言葉は吐かないであろう。
私は同情して欲しいんだ――
内面の苦悩を少年に語りながら、杏は、ぼんやりと考えた。
少年は黙って杏の話を聞いていたが、やがて彼女の論に異を唱える。
「そうか、君は今の集落に居場所がないと考えているんだね。だが一つ異を唱えるのであれば、君が誰かの役に立つ必要はない」
え?となって俯いていた顔をあげてみれば、少年は温和な笑みを浮かべて話を続けた。
「人間とは常に集落での生活を余儀なくされる。人間という種の大きな特徴だ。君は集落にいる他人の役に立ちたいと考えているようだが、その必要はない。だって、他人は所詮他人だろ?君の思い通りに動く存在じゃない。それに君が誰かの役に立ったとして、誰かが君に感謝してくれるとも限らない」
ざっと要約すると、マイペースに生きろと言われている気がする。
しかし、それでは他人との能力差が埋まらないし、誰にも必要とされないのでは行き止まりのままではないか。
「でも……それじゃ結局、どこに行っても居場所がなくなっちゃうんじゃ……?」
「集落に君を適用させるんじゃない。君に集落を適用させるんだ」
杏が首を傾げるのを見て、少年は言い直す。
「君がいい雰囲気だと感じる集落を探して、そこに住めばいい。特別な行動は何も必要ない。努力したりなんてのもね、意味がないよ。だって自分が思うほどには、他人は此方を気にしちゃいないんだから。今の集落は君の言う通り、君にあっていない。君の望む場所にいかないと、これから先の未来だって行き止まりも同然だよ」
引っ越して環境を変えれば住みやすくなる、というのは納得できる考えだ。
しかし現実と照らしあわせてみると、十四歳の少女が独立するには数々の困難が生じる。
ベイクトピアへの留学だって、親を説き伏せるのは大変だったのだ。
娘一人では危ないだの、ニケアに残れだのと、散々両親と押し問答で揉めまくった挙句、パイロットに絶対就職するという条件付きの元、全寮制のラストワンへの入学が認められた。
「で、でも、親を納得させるには、どうすれば……それに、お金も……」
彼は「簡単なことさ」と気楽に言ってくれる。
「何も一人で国境越えしろとは言っていないよ。僕が今いる集落なんて、きっと君にも合うんじゃないかなぁ。そこには誰かの短所をあげつらったり、他人が嫌がることをするような意地悪な奴もいないし」
「それって、どこ?」と食いついてきた杏には「ベイクトピアにあるんだけど」と頷いて、「興味があるなら、一緒に行く?」と笑顔で誘いをかけてくる。
間髪入れずに、杏は頷いていた。
「いく!」
「じゃあ行こう」と頷いて少年が立ち上がり、杏も腰をあげる。
名前も知らない少年だが、杏は、すっかり彼に気を許していた。
彼が長時間延々と、途中で文句も茶々もいれずに杏の愚痴を聞いてくれたおかげである。
だが歩き出して一歩目に、彼女は誰かに呼び止められた。
「待て、待ってくれ、杏!」
誰かなんて暈す必要は、あるまい。
声の主は木ノ下教官だ。
傍らには、デュラン=ラフラスと辻教官の姿もある。
もう追いついてしまったのか――杏の視界を、絶望が覆い隠した。


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