合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 教官の心得

生徒が利用する食堂とは別に教官用の食堂もあるとデュランに案内されて、鉄男と木ノ下がやってきたのは白い家具で統一されたテラスであった。
「ここだけ黄色じゃないんだ……」と呟いた木ノ下を見て、デュランが微笑む。
「全面黄色だと、目が疲れてしまうからね」
しかし先ほどの教室は後ろの壁が黄色一色であったし、廊下には黄色のラインが一本入っていた。
全ての場所に黄色い塗装があるのでは、と木ノ下が考えるのも当然であろう。
「黄色は、うちのカラーなんだ。もっとも、ライジングサンを専用機として登録する前は黄色くなかったようだが」
「そういや、デュランさんがスパークランに着任したのって十年前なんですよね?」
椅子に腰かけながら、木ノ下が尋ねる。
「よく知っているね。調べたのかい」と微笑みながらデュランは自分の対面へ座れと鉄男を促してくるが、鉄男は気づかなかったフリをして木ノ下の対面に腰かけた。
「えぇ、まぁ、はい。生徒たちに説明するため、鉄男が」
「ほぅ、鉄男くんが。勉強熱心なことだ」
ちらりと横に並んだ鉄男を見、しかし、すぐにデュランの視線は木ノ下に戻る。
「それで?」
「あ、はい。なんでスパークランで教鞭を執ろうと、お考えに?」
デュランは「退役軍人に教官の依頼が持ち込まれるのは、さして珍しい話じゃない」と断ってから、もう一度鉄男へ視線をやり、今度は、じっと彼の顔を見つめて話を続けた。
「隠居生活を営むには、まだ若かったし、未来の戦力を鍛えるのも悪くないと思ってね。軍を追い出されたのに何故、軍へ貢献するような真似をするのか?と諸君らは思っているんだろう。だが世界を平和に導くためなら、俺は軍も利用してみせるよ」
鉄男が疑問に思っていたことまで語られて、尋ねる手間が省けた。
「デュランさんが来る前のスパークランは大会で鳴かず飛ばずだったってのも聞きました。どんな手腕でスパークランを強豪に仕立て上げたんですか?」
さらに突っ込んだ質問を木ノ下が飛ばし、さすがに企業秘密ですと断られるんじゃないかと鉄男は予想したのだが、デュランは意外や「俺一人の功績ではないよ」と謙遜してきた。
「生徒たちが自ら、やる気になってくれたんだ。俺はただ、彼らに手を貸したにすぎない」
教官ってのはと前置きして、デュランは二人の顔を交互に眺める。
「教える立場にあるんじゃない。あくまでも、手を貸す立場なんだ」
「え、でも教官って先生でしょう?先生ってのは生徒に教える立場で間違っていないんじゃあ」
木ノ下は首を捻り、対面に腰かけた鉄男も眉間の皺を濃くする。
デュランは顎に手をやり、「うーん、よく混合視されるが教官は先生じゃないんだ」と、ポツリ。
唖然となる二人に、その違いを説明する。
「一般に教師と呼ばれる職務は国が定めた正規の学校、小中高大で教鞭を執る者。教官は私設の場、国非公式の専門学校や塾などで教鞭を執る者。一見は同じ職務のように見えるが、中身が違う。教師は基本の知識を与え、教官は知識の応用を提示する」
申し訳ないのだが、説明されればされるほど、訳が分からなくなってくる。
ますます鉄男の眉間の皺は濃くなり、デュランに苦笑された。
「もっと簡単に説明するとなると、そうだなぁ……基礎は知らないと人生で困ったことになるけれど、応用は知らなくても生きていけるだろう?俺達教官が提案するのは、ただの応用、知恵袋だ。上から目線で叩きこむような知識ではない。だが、そうした応用知識を必要とする職業がある。その一つが、パイロットだ」
「そういうのって、どこで教わるんです?そういう豆知識みたいなものは」と、木ノ下。
デュランは「人によりけりだね。俺は家庭教師から教わったよ」と答え、ちらりと鉄男の眉間を伺う。
皺が多少減っているのを確認し、朧気に理解できたと判断して、先を続けた。
「教師は一度に複数名へ教えなきゃいけないから、個人に併せて教えられないデメリットがあるけれど、俺達教官は必要と感じたら、個別授業が許されている。生徒に寄り添って、的確な指示を与えられるんだ」
「なるほど、マンツーマン授業で強くしていったんですね!正治くんは中学時代、成績優秀だったそうですけど、パイロット候補生としても優秀だったんですか?それとも」
ぐいぐい突っ込んでいく木ノ下の質問には「それよりも」と、はぐらかして席を立つ。
「まずは食事にしないか?今日は、あいにくと休みだから厨房の職員も来ていないんだが……僭越ながら、俺が用意しよう」
「え!」と叫び、木ノ下が目を見開いてデュランを見つめてくる。
「デュランさん、料理なんて出来るんすか!?」
今時独り立ちした男性が料理の一つ二つ出来ないわけ、ないではないか。
木ノ下の脳裏では、目の前の男が一体どういうふうに映っているのか。
ラフラス家について全く詳しくない鉄男は、本人の代わりに突っ込んだ。
「木ノ下、デュラン……は、子供じゃないんだ。料理ぐらい作れて当然だろう」
「あ、いや、てっきりメイドさんがやっているのかと……す、すみません」
頭をさげて謝る木ノ下に、本人はというと気を悪くした様子もなく微笑んでいる。
「いや、いい。ここへ来たばかりの頃も驚かれたよ。俺に家事ができるってのがね。軍に入ると炊事やら何やらの技能を一通り教えこまれる。それこそ貴族も庶民も関係なく」
「メイド……貴族……貴族?」と小さく呟いた鉄男に、デュランは頷いた。
「ラフラス家は代々貴族の家系でね。ベイクトピア軍とも深い関わりを――っと、まぁ、これは知らなくてもいい知識だったな。うん、忘れてくれ」
鉄男は頷き返すでもなく、まじまじとデュランを眺め「貴族……」と呟いている。
もしかしたら、貴族が何なのか判らないのかもしれない。
そう思ったのは木ノ下もだったのか、迅速なフォローに入った。
「えっと、ニケアにいただろ?上流家庭ってのが。ベイクトピアじゃ、上流家庭を貴族って呼んでいるんだ」
鉄男は憮然とした表情で「それぐらいは知っている」と答え、横目でデュランを睨みつけた。
「貴族にしては破天荒な性格だと呆れただけだ」
本人を前にしての罵倒に木ノ下は慌てたが、デュランは全く意に介していない。
「まぁ貴族といっても俺は養子だし、両親は執事や家庭教師に任せっきりな放任主義だったからね。基礎勉学と帝王学は強制的に嫌というほど叩き込まれたが、所詮は机上の知識でしかない。庶民と同じ学校に通い、軍に入ったんだ。貴族って肩書は必要ない半生だったさ」
好き好んで自ら軍隊に入ったのだから、そりゃあ肩書も身分も必要なかったろう。
しかし軍隊を追い出されたのは、もしや身分も関係したのでは?と、鉄男は邪推する。
中核に深い関わりをもつ家柄の奴がパイロットにいたら、上層部は煙たく思うに違いない。
いつ、こちらに反旗を翻してくるか判ったものではないし、或いは軍を乗っ取られかねない。
黙ってしまった鉄男を見、デュランは再び苦笑すると、席を立つ。
「しばらく、お待ちあれ。簡単なランチを、ごちそうしよう」と言い残して、厨房へと消えていった。
デュランが去り、しばし静寂が訪れる。
ややあって木ノ下が、おずおずと鉄男に話しかけた。
「お前、ラフラス家については何も知らなかったのか?」
「あぁ」と頷き、鉄男は視線を足元に落とす。
「俺はニケアにずっと住んでいながら、自分の父親が軍属だった過去すら知らなかった。家族や母国の過去も知らないような奴が、余所の国の英雄など知る由もないだろう」
硬い表情の鉄男を見た瞬間、木ノ下は胸のあたりがギュゥッと締め付けられる。
鉄男の父親、健造の名はデュランが口にしたことで木ノ下も初めて知った。
鉄男は今まで一度も自分の生い立ちや家族について、木ノ下には話していない。
故郷に嫌な思い出でもあるのかと気を遣って聞かずにいたが、デュランを前に彼の感情が爆発した時、なんで今まで聞いてやらなかったんだと木ノ下は自分を責めた。
鉄男が人づきあいに不慣れなのは生まれついての性格だと判断していたが、実は、そうじゃない。
彼は、ずっと貯め込んでいたのだ。
誰にも言えない、暗くて重たい感情を。
理性で抑えきれない感情が候補生達への対応で、ところどころ漏れていた。
それがコミュ障の正体だ。
「鉄男、その」
鉄男の肩に両手を置き、真っ向から木ノ下が見据える。
「お前の過去、いつか俺に話してくれよな。お前ひとりで悲しい思い出を抱え込む必要、ないと思うから」
「……別に悲しくはない。あの男との生活は人生の汚点だったというだけで」
何やら小さくぼやいた鉄男は次の瞬間、木ノ下に熱く抱きしめられて目を丸くする。
「俺、本気でお前の力になりたいんだ。お前が困っているなら全力で手伝うし、お前が何かやろうってんなら絶対協力する。俺じゃ頼りになんないかもしんねーけど!」
そんなことはと否定する前に抱きしめる力が強くなり、鉄男の頬も知らず火照ってくる。
「お前には、これからの人生で幸せになってほしいんだよ。あいつに先を越されたけど、俺だって」
「あいつというのは、俺の事かい?木ノ下くん」
意外と早く突っ込みの声が割って入り、「わぁぁぁ!」と勢いよく木ノ下が自分の元を離れるのを横目に見ながら、鉄男は振り返る。
戸口で声をかけてきたのは、思った通りデュランであった。
サンドイッチとスープ皿の乗った盆をテーブルに下ろし、真っ赤に染まった木ノ下へ追い打ちをかけてよこす。
「俺に散々接近禁止令を出しておきながら、自分はハグし放題とはね。やっぱり鉄男くんを独り占めする気満々だったんじゃないか」
「ちちち、ちが、ちが、ちがいますぅぅ〜〜!!!?」
目を白黒するライバルなど早々に視界の隅へ追いやって、デュランが鉄男に微笑みかける。
「さぁ、召し上がれ。即席のランチで申し訳ないけど、味は保証するよ」
デュランが用意してきたのは、ハムと青菜の挟まったサンドイッチとオニオンスープ。
凝った料理を作ってくるかと思いきや、ラストワンの食堂にもありそうなメニューで拍子抜けした。
いや、出ていく寸前、簡単だと言っていたのを思い出す。
鉄男は「いただきます」と小さく呟き、サンドイッチにかぶりつく。
「鉄男くん。子に親は選べない」
鉄男の隣に座ったデュランが唐突に真面目な話を切り出してくるもんだから、泡を食っていた木ノ下も冷静に返る。
「俺も貴族の息子だからってんで何一つ不自由なく育ったんじゃないかと誤解されたが、実際は、そうじゃなかった。面倒なお稽古、知りたくもない帝王学は苦痛でしかなかった。だが年老いた今になって振り返ってみれば、地獄のスパルタ家庭教師との生活も、あれはあれで面白い経験だった。君もいつか、ご両親との生活を懐かしく振り返られる日が来るといいな」
さては先ほど木ノ下にぼやいた愚痴を聞かれていたのかと鉄男は勘繰り憤りもしたのだが、デュランは何も野次馬のお節介で言っているんじゃない。
木ノ下同様、本気で鉄男を心配しているのだ。
デュランの瞳に優しい光を見つけ、鉄男は少しでも彼を疑った自分が恥ずかしくなる。
「年老いたっていうけど、デュランさんって今いくつなんです?」
立ち直った木ノ下の質問に「鉄男くんは、いくつだと思う?」とデュランに切り返されて、鉄男は首を傾げる。
外見だけで判断すれば、三十から四十代に見える。
しかし御劔が軍隊入りするより前からパイロットだったような話だし、そうすると現四十代の御劔よりも年上か。
「五十……いや、六十五?」
鉄男の答えに「うん、惜しいな。正解は四十八だ」と返したデュランの正解を聞いて、「全然惜しくないじゃないですか!老いてもないしっ」と、木ノ下は思いっきり突っ込んだのであった。


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