合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act1 日常の仕切り直し

誘拐騒ぎ事件も無事解決し、ラストワンは改めて軍との連携を契約する。
元々軍とは情報共有しあっていた。
それが書類上でも正式決定となり、ゼネトロイガー大量生産計画へも繋がった。
あの後、候補生達は全員学校へ強制送還され、御劔とシークエンスは軍の本部へ移動した。
洗いざらい情報を提供した後は割合あっさり解放され、ラストワンに戻ってきた。
シークエンスは鉄男の意識と交替し、やっとマリア達の授業も再開される。
全てが大会終了直後にまで戻った。九段下モトミには、そう感じられた。
「戻ってもいないんじゃない?アレとか」
メイラに指をさされてモトミが見たのは、キャッキャ騒ぐグループの一つ。
コイバナで盛り上がる、相模原と香護芽の姿が、そこにはあった。
「なんでや?相模原はんが辻教官好きんなったのは大会前やろ?せやったら大会後にまで戻ったゆうても、おかしかないんちゃう」
「それがねぇ」
目の前の最上級生は、さも残念そうに首を振り、「悪化しちゃったのよ」と小声で付け加える。
「悪化?」と首を傾げたのはモトミだけではない。
隣でシメ鯖ランチを食べていたマリアもだ。
ここは食堂。時刻は昼飯タイムでの雑談だ。
あれだけ大騒ぎした木ノ下辻両名の教官誘拐騒ぎがあっさり終わって、すっかり日常に戻ったねぇ、なんて話をマリアとしていたら、メイラが会話に割り込んできて先の一言を放ったのだ。
「ほらぁ、辻教官の中にいる人……シークエンスって人が、木ノ下教官にモーションかけていたでしょう?」
「あぁ、あれかいな。あれが、どないしたんや」と、少しばかりモトミは気分を害する。
あれは本当に不快だった。
木ノ下教官を進と呼んだ挙げ句、恋人気取りとは図々しい。
傍らのマリアも木ノ下教官を下の名で呼んでいるのだが、彼女は誰でもファーストネームで呼ぶから例外だ。
「それでね、焦っちゃったみたい。木ノ下教官と辻教官がくっつくんじゃないかって」
「ハァ?」
聞いた途端、モトミ及びマリアが素っ頓狂に声を併せて叫んでしまうのも無理はない。
だってシークエンスと木ノ下教官の間には、辻教官の意識なんて全く存在しないではないか。
そんな寝言を口にするのは目の前の先輩、メイラだけで充分だ。
「そりゃあ、あの二人がくっついてくれたら私は嬉しいけど、木ノ下教官を好きなのはシークエンスなのよね?辻教官ではなくて。でも相模原さんは全然人の話を聞いてくれなくて、一刻も早くカップル成立を止めないとって必死で」
では今、香護芽と和気藹々おしゃべりしているのは、その算段の練り中なのであろうか。
いくら二人が肉弾戦の重量級とはいえ、シークエンスに勝てると思っているところが愚かしい。
人間に寄生した形でも、あれは一応空からの来訪者の端くれだ。
聞けば、殺人道具を瞬時に創り出したり、タイムスリップや瞬間移動までするというではないか。
巨大な姿で襲ってこなくても、充分バケモノだ。勝てる気が全然しない。
しかし当のシークエンス本人によれば、空からの来訪者――シンクロイスにも弱点は、あるらしい。
ただ、その弱点とやらはモトミ達には聞かされず、真相は軍部の本陣で明かされたそうだ。
なんなんだ。味方だというのであれば、全員に教えてくれたっていいだろうに。
そういう勿体ぶった処も、モトミは気に入らない。
だが、現状では彼女だけがシンクロイスを詳しく知る唯一の情報源だ。
粗末に扱うわけにもゆくまい。
相模原が彼女に失礼な真似をしないよう、止めておくのが人類にとっても最上か。

午後の授業が終わり、教官室へ戻る途中で鉄男は亜由美に呼び止められる。
少しお時間いいですか?と聞かれ、鉄男は素直に頷く。
自分が騒ぎの元凶となった後では、さすがに断りづらいものがあった。
鉄男とて、受け持ちの候補生に心配をかけたことは申し訳ないと思っているのだ。
教室に戻り、改めて亜由美が発したのは、労いの言葉でも怒りの文句でもなく、「どんな感じなんですか?自分の中に、知らない人がいるのって」という質問であった。
「どんな感じ、とは?」
仏頂面で返す鉄男に、重ねて亜由美が問う。
「いえ、ですから……女性、なんですよね?女性が自分の中にいるのって、困ったりしませんでしたか」
困ったことになったのは、幸い一番最初の一度きりだ。
心の中に封じ込められて外に出られず、しかも木ノ下とのキスを見せつけられて大いに焦った。
二回目の入れ替わりは、乃木坂を救出しに行った時だ。
緊急という事もあり、乗っ取られるまでには至らなかった。
三回目は木ノ下と話したい彼女の要求によって、一時的に入れ替わる。
これまでに入れ替わりを行った状況を思い出しながら、鉄男は答えた。
「別に、どうということはない。入れ替わっている間、俺の意識はないに等しいからな」
「意識が、ない?」と首を傾げる少女に向かって、鉄男も頷いた。
「あぁ。やつが表に出ている間、俺は気を失った状態にある」
一番最初だけは、どうしたことか意識がはっきりしていたのだが、あれはシークエンスの陰謀ではないかと疑っている。
あの時、彼女は二度と入れ替わらないつもりでいた。
その意志を鉄男に見せつける予定だったのではないか。
しかし予定外の出来事、木ノ下に受け入れてもらえなかったせいで、彼女は傷つき引っ込んでしまった。
「えっと、その、入れ替わりなんですけど」
亜由美は首を捻りつつ、なんとか話題についてこようとしている。健気なものだ。
「辻教官の意志で行っているんですか?それとも」
鉄男は首を振り、極力簡潔に言い渡す。
「俺からあいつに交替は出来ても、あいつから俺に交替するのは、あいつの気分次第だ」
えっ?となり、慌てて亜由美が突っ込んだ。
「それじゃ、シークエンスさんに切り替わったままになってしまう危険があるんじゃあ!?」
その通りだ。
だから、あまり入れ替わりたくはないのだが、軍の関係者や学長その他は割合気楽に入れ替わりを要求してくる。
学長らはともかく、軍にしてみれば鉄男に戻らなくても問題ないのであろう。
彼らが欲しいのはシンクロイスの情報であって、一介の教官の生活など知ったことではないのだから。
暗く押し黙ってしまった鉄男を気遣ってか、亜由美が優しく声をかけてくる。
「で、でも、入れ替わらないと会話できないわけでもないんですよね?」
「あいつは、な。だが、俺は……」
シークエンスは鉄男が表に出ていても意識を保っていられるが、鉄男は表に出てこないと会話も出来ない。
もし、いつか本当にシークエンスに乗っ取られてしまったら、残りの人生全てを心の中で過ごす羽目になる。
事実上、死亡と同じだ。
かつての孤独な自分だったら、そんな結末でも受け入れていただろう。
だが、今は。友達が出来て教官として慕われるようになった今、二十五で人生を閉じるのは悲しい。
――安心なさいよ。
鉄男の脳裏でシークエンスの声が響く。
――あんたがいないと進も寂しがるし、あたしが表に出続けるのも面倒だから、すぐに替わってあげるわよ。
鉄男は声に出さずに尋ねる。
表に出続けると面倒だとは、どういう意味かを。
――うーん、なんて言ったらいいのかしらね?中にいる時よりも、精神の消耗が早いのに気づいたのよ。
軍の本部に出向いている間、ずっと彼女は出ずっぱりだった。
その前の研究所での入れ替わりから数えると、十二時間以上、表に出ていた計算になる。
これまでの入れ替わりは、ほとんどが短時間だった。
軍から帰ってきた直後、猛烈な疲労に襲われたと言う。
――余裕もって動けるのは六、七時間ぐらいが限度ね。それ以上は意識朦朧ってやつよ。
恐らく、これは乗っ取り損ねたシークエンスだけに見られる現象であろう。
稼働できる時間が六、七時間じゃ、人類家畜化計画も、ままならない。
しかし考えてみれば、彼女が延々表に出続けている意味もないのである。
軍は彼女の持つ情報が欲しいだけだし、シークエンスが他のシンクロイスと戦うわけでもない。
――もう!こんなところで、こんな欠陥が出てくるなんて!
――やっぱ、あんたを完全に乗っ取れないと判った時に出ていくべきだったかしら……
――あぁ、でも、そうすると進と会えなかったかもしれないのよねェ。悩ましいわっ。
一人で乙女ゴッコしているシークエンスなぞ放っておいて、鉄男は亜由美との会話に意識を戻す。
「シークエンスの活動時間は限られている。永遠に戻れないという事態も起こるまい」
心底ホッとした様子で、亜由美が溜息をもらす。
「あぁ……良かったぁ。それじゃ、辻教官。これからも、宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げられて、鉄男も力強く頷いた。
「あぁ、お前達の卒業まで絶対に此処を辞めないと誓おう」
「卒業まで?私達が卒業したら、辞めちゃうんですか」と亜由美には突っ込まれ、言い直した。
「……俺の力を求められるというのであれば、居続けたいと思っている」
「大丈夫ですよ」と、亜由美が太鼓判を押してくる。
何が大丈夫なのかと問い返すと、彼女は微笑んで言った。
「辻教官、すっかり教官っぽくなってきましたから。続けて欲しいって学長も思っていますよ、きっと」
そうだろうか。自分では全く、成長していないように思うのだが。
だがしかし、受け持ち生徒たる亜由美が鉄男を教官だと認めているのだ。
自分の生徒を信じてやらなくて、なにが教官か。
「ありがとう」
鉄男に自然な笑顔で微笑まれて、亜由美は、ぽうっと頬を染めるのであった。


Topへ