合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 心構え

乃木坂救出事件以降、シンクロイスの攻撃は止んで久しい。
爆撃空襲すら、このところは発生していない。
救出騒ぎの際に攻撃した後のロゼやカルフが、どうなったのかも木ノ下には判らない。
判らないが、しかし、彼らが去ったとも考えにくい。
きっと彼らは、まだ、この地上に潜伏している。家畜化計画を続ける為に。

月が替わった一日目。
学長室には春喜を除く教官が集まり、会議を開いていた。
乃木坂が誘拐される事件が起きて以降、定期的に会議をおこなうようになったのだ。
「今、生き残っていると思わしきシンクロイスの個体名は、カルフ、ロゼ、ミノッタ、ベベジェ。それからアベンエニュラ、シャンメイ、シークエンスの七名だ」と、切り出したのは学長。
彼は軍の本拠地へ出向いた際、シークエンスの報告を全て聞いた。
それによると遊園地で鉄男が出会った影も、アベンエニュラ内で襲ってきた黒タイツ軍団も、それから今まで軍やラストワンが戦った大型も、全てが彼らの作る道具であった。
シンクロイス本体は、意外や数が少ないらしい。
「シークエンスの弁によれば、故郷を脱出した時には、他にレッセ、グルーエルという名の者もいたそうだが、アベンエニュラの中で再会できなかった。死亡したか、あるいは地上に潜伏していたかの、どちらかだろうと推測される」
背後のホワイトボードに貼られた世界地図を振り返り、物憂げに続ける。
「我々の住む地へたどり着いたシンクロイスの数は、思った以上に少ない。人類を家畜化すると決めたのは、この地上で繁殖する意思があるのかもしれない。敵対しているのは六名だけだと侮っていたら、取り返しのつかない事態に陥るだろう」
シークエンスやカルフ達は、五十年前に襲撃してきたグループとは別の一派だ。
五十年前の一派にクローズノイスという親人間派の者がいて、そいつが御劔学長に情報の一部を与えた。
だがクローズノイスは、たった一人で、この地上にやってきたわけではない。
彼の没後、仲間が全滅したとも限るまい。
潜伏しているシンクロイスは、現状判明している六名だけとは限らないのではないか。
他にもいる可能性は高い。
これまで、デュランやエリスなどの気配の判る者が感知した分も含めて。
「ひとまず、俺たちに出来ることってのは」と乃木坂が切り出すのへ、学長が首を振る。
「我々にできるのは、未来のパイロットを育成するのみだ。提供できる情報は全て話した。これ以上の深入りは、命にかかわる」
「け、けど、これだけ深く関わっておいて、今更知らんぷりって!」
声をあげた木ノ下にも、学長は力なく首を振る。
「やろうと思えばエリスの能力に頼って、混ざり合う者を見つける事は可能だろう。だが見つけたとして、どうする?彼らの生活を犠牲にさせる権利が、我々にあるというのかね。それにゼネトロイガーは本来、実用化へ向けた実験品として作ったものだ。実戦向きではない」
量産化計画が軍に渡った以上、今の機体で戦う必要がないと言われ、鉄男も反論する。
「では、何故その実験機に高い攻撃力を持たせたのですか?六体ある理由も判りません。実験するだけなら一体で充分でしょう」
「それは……」と言いよどむ学長へ、ツユも反論に加わった。
「本音を言っちゃったら、どうなんです?学長。量産型計画とは別に、あなたは試したい発想があったから六体ものゼネトロイガーを作った。そうじゃないんですか?」
乃木坂から順繰りに全員の顔を見渡して、誰もが納得のいかない表情を浮かべていると知った御劔は、深い溜息を吐き出したのちにツユの指摘を認めた。
「……そうだな、そのとおりだ。量産化計画とは別の機能が、ラストワンのゼネトロイガーには備わっている。正確には、量産化では作れない部分だ。私は、それを六体に振り分けた」
「それは、クローズノイスの発想で得たものですか?」とは乃木坂の質問に、御劔は頷き、視線を窓の外へ逃がす。
「発想で得たというよりは、発想そのものだ。コンパクトにまとめきれなかったので、六体に振り分けたといったほうが正しいな」
一体どんな機能なんですかと尋ねる乃木坂へは一言、こう答えた。
「合体だ」と――

合体ロボットのコンセプトは、これまでに数多く発表され、殆どが闇に滅された。
コスト面の問題もあろうが、一番の問題は合体にかかる時間と接合部分の製造の難しさ、それから燃費面や動作面でも問題が発生し、合体後はろくに動けないなんてのもザラで、およそ実用的ではない。
だがゼネトロイガーの神髄は合体だと学長は言った。
合体後には必殺ボーンよりも威力のある、最終兵器が用意されているのだという。
こんな危険な発想を残したクローズノイスも何を考えていたのやらだが、本人は既に死去している。
そこまでしないと倒せないのかもしれない。シンクロイスとは。
しかも本来の発想では掌に収まるサイズの道具だったというのだから、余計手に負えない。
何が手に負えないかと言うと、クローズノイスが作れるなら他のシンクロイスにも同じ物が作れるわけで、つくづく野蛮な生き物が舞い降りてきてしまったものだと鉄男は気が滅入る。
「合体かぁ。それって六体全部を動かさないと無理だよな。じゃあ、現状では合体なんて無理ってことじゃねーか」
学長室を出て、教官室へ戻る途中で木ノ下がぼやく。
だから今の時点で我々に出来るのはパイロットの育成のみだと繋げたのだ、学長も。
「あるいは急ピッチで全員を育てるか。けどなぁ、昴達だって慣れるのに四年もかかったんだぜ?どんなに焦って教えても、一年二年でカチュアや杏が乗りこなせるようになるたぁ到底思えねぇな」
乃木坂も木ノ下のぼやきに同調して、腕を組む。
カチュアや杏はロボット操縦以前に己の中で問題を抱えているから、そちらの解決が先であろう。
心の交流も必要だ。カチュアはまだ、自分を怖がっていると鉄男は考えた。
「今は無理でも、将来的には考えないと駄目でしょ。このまま滅亡を迎えたくなかったら」と、ツユ。
「だな。チンタラ道徳なんて教えている場合じゃねぇ」
「いや、道徳は必要だろう。人として」
乃木坂の問題発言に突っ込む剛助を横目に、木ノ下も鉄男へ話を振る。
「学長の話を聞く限りじゃ、合体さえ出来ればシンクロイスに勝てそうな雰囲気だったよな……一年二年での完成は無理だとしても、今後の授業内容を見直す必要が出てきたんじゃないか?」
ちらっと鉄男が見やると、木ノ下はメラメラとやる気に満ちているようでもある。
気が滅入ってしまった自分とは異なり、根っからの熱血教師気質だ。
「見直すと言っても……具体的には?」と小声で尋ねる鉄男の問いに、おっかぶせるようにして、剛助が二人の会話に割って入ってくる。
「お前達が真っ先にやらなくてはいけないのは、候補生とのコミュニケーションだろう。ゼネトロイガーは候補生との信頼で成り立つ操縦方法だ。辻、お前はカチュアを重点的に見てやれ。木ノ下は杏だ。彼女の精神状態を安定させねば、出撃もままならんぞ」
「いや、まぁ」と木ノ下は頭をかき、一応突っ込んでおく。
「うちの問題児は、杏だけじゃないんですけどね。レティも安定に関しちゃ不安だらけですし」
モトミだって緊急時で冷静に動けそうかと問われれば、答えはノーだ。
木ノ下のクラスは問題児しかいない。
鉄男の受け持ちも似たり寄ったりで、まずは運転の前に精神修業が必要だ。
改めて思い返すと、緊急時だというのに、いの一番でパイロットスーツに着替える余裕のあった拳美。
それから実際に出撃してシンクロイスの道具を撃破した昴とミィオには、感服する。
いくら教官の補助があったとはいえ、緊急時で訓練を生かせる度胸が昴とミィオにはあった。
もし、あの時乗り込んだのが亜由美やカチュアだったとしたら、きっと二人は動けもしなかっただろう。
鉄男だって何をどう指示すればいいのか判らなかった。
今でもそうだ。出撃する度胸は、自分にもない。
だが二回目の襲撃時には、マリアと一緒に出撃するつもりでいた。
何故あんなに、いきり立っていたのかは自分でも判らない。
或いは、焦っていたのかもしれない。
教官として、及び人として、未熟な自分に対して。
ツユや学長が止めなかったら、大惨事になっていたところだ。
鉄男はパイロットではない。教官だ。
教官こそ、冷静を欠いてはいけない。当時の自分を思い出すたびに、恥ずかしくなる。
とはいえ教師の仕事は、ラストワンが初めてとなる鉄男だ。
生徒とコミュニケーションを取れと言われても、具体的に何をどうすればいいのかが判らない。
――不意に、鉄男の脳裏にデュランの面影が浮かぶ。
彼は元英雄の元パイロット、現在はスパークランで教官を勤めている。
どちらの立場も経験済みな大先輩であれば、パイロットの心情や指導方法などのアドバイスを得られそうだ。
次の休みに、候補生をつれてスパークランへ出かけてみよう。
経験者の話は、パイロットを目指すマリア達にとっても役に立つ情報となるはずだ。
今しがた思いついた名案を、鉄男は木ノ下に話す。
すると、木ノ下には心配された。
「大丈夫か?あの人のこと、お前、嫌ってたじゃないか」
「嫌ってはいない」と答え、鉄男は目をそらす。
「少し、苦手なだけだ」
鉄男の様子を伺っていた木ノ下は溜息を一つつき、思い直したように付け加える。
「……けど、そうしたほうがいいと思ったんだよな?お前は。じゃ、次の休みは俺も一緒に行くよ。いや、俺達も、だな。モトミやレティも誘って、皆でスパークランを見学しに行ってこようぜ!」
「お、なんだ、お前らスパークランの見学にいくってか?」と乃木坂も話に乗ってきて、先輩諸氏には土産話を期待され、次の休みは木ノ下組と合同で見学に行くと決めた鉄男であった。


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