合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 スパークラン

日曜日がやってきた。
スパークラン見学に行くのは鉄男組の他に、木ノ下組も一緒だ。
ふたクラス合同での見学など初めてゆえに、当然少女達は全員が全員、浮足立つ。
「やばい、ウチ朝からテンションアッゲアゲやぁ!」
甲高く叫ぶモトミは、何を詰め込んできたのやら大きなリュックを背負っている。
「お菓子なら任せて!全員分あると思うから☆」
レティの鞄は片手持ちのハンドバッグだ。
きっと、あの中にはギュウギュウにお菓子が詰まっているのかもしれない。
「おーい、お前ら。はしゃぎすぎて失礼かますんじゃないぞ?」と注意する木ノ下も、ニッコニコの笑顔である。
傭兵育成学校は学校とついているものの、実質的には専門学校、つまりは塾や講座に分類される。
義務教育で通う小中学校とは異なり、学校行事なんてものは一切ないのが一般的だ。
それが、今日は学校行事並の他校見学をやるとあっては、木ノ下が己の学生時代を思い出して笑顔になってしまうのも致し方ない事なのだった。
普段は無口で俯きがちなカチュアでさえも、浮かれている。
目線はまっすぐバスを見つめ、どこか、そわそわしているようにも見受けられた。
彼女は義務教育を通過していないから、他の者よりも期待度は大きかろう。
「ね、早くバスに乗り込もう?そういや、鉄男は?まだ寝てんの?」
マリアが急かしてくるのへは、木ノ下が答えてやる。
「ん、出がけのトイレだ。お前らも大丈夫か?スパークランまではノンストップで行くからな、途中の道では止まらないぞ」
すぐに、大丈夫でーす!と、元気な合唱が返ってくる。
ややあって走ってきた鉄男を迎えてバスは出発する。一路、スパークランへ。

「到着する前に、目的地の簡単な説明をしておこう」
バスの最前列に座っていた鉄男が立ち上がり、話し始める。
早くもお菓子の袋を開けてモグモグやりながら、モトミが相槌を打つ。
「ん、多少なら知ってまっせ。創立二十年の中堅養成学校でっしゃろ?」
「そうだ。ベイクトピア軍をスポンサーに持ち、中古のライジングサンを払い下げしてもらい、英雄デュラン=ラフラスと、その妹ミソノ=ラフラスを教官に迎え入れたのが十年前の話だ」
この一週間、ネットを駆使して調べ上げた情報だ。
「英雄デュランが来る前までは、グランプリでも冴えない成績だったらしい。だが、彼を迎えてからは強豪に生まれ変わり、毎年上位を飾るようになった」
「へー。じゃあ、英雄様って教え方うまいんだぁ」と、マリアは素直に感心する。
ついでに「鉄男も見習ったら?」と余計な一言を付け足して、隣に座る亜由美を慌てさせた。
「マ、マリアちゃんっ」
こういう時、木ノ下や乃木坂みたいに軽口で流せたなら、立派な教官と言えるのだろう。
横合いからの冷やかしを鉄男は一切スルーして、情報の続きを伝えた。
「全校生徒数は常に八十人で満了締め切り。面接ありの入試形式だ。毎年四月に入学生を募集しており、例年男子八割、女子二割が合格している。三年制で卒業を迎え、ベイクトピア軍に優秀なパイロットを数多く輩出している。訓練用の機体はライジングサンの他に、有人陸動機を四台所有。教官は全部で四十名」
ひぇ〜っと悲鳴をあげて、モトミが仰け反る。
「えっらいマンモス学校なんやなぁ!キョーカン覚えるだけでも一苦労や。あ、ついでといっちゃなんやけど、イケメン度は、どんぐらいや?」
「……イケメン度、とは?」
ピクリと神経質に、鉄男の眉が跳ね上がる。
「それは、この場において必要な情報なのか?」
モトミとしては、ほんの冗談のつもりで言ったのだ。
仏頂面でマジレスされても困る。
「あ、すんまへん。言う相手間違えましたわ」
モトミは小声でぼそっと謝り、くだらない冗談を引っ込める。
「三年で物にならなかった人は、どうなるんですか?」と、これは亜由美の質問に、やはりニコリとも笑わずに鉄男が答えた。
「卒業ではなく、退学扱いになる。紹介状を書いてもらい、企業へ進む道もあるが……優秀な生徒のみに限られた手段のようだ」
うぇ〜っと悲鳴があちこちであがり、杏がバスの座席に沈み込む。
「……ラストワンにしといて、良かった……」
小さな呟きであったが、聞き逃されずにモトミからは突っ込まれる。
「え、杏はスパークラン行く予定あったん?ほなら、頭めっちゃエェんやん!なんで普段の授業じゃ実力隠しとんの?」
「あ……うん……」と、座りなおして杏も答える。
「昔は、ね。今は全然」
「学力高いって聞きましたけどォ、ほんとですかぁ?キャピィ☆」とはレティの質問だ。
木ノ下が「あぁ、推奨学力はB……いや、Aだったかな?」と、うろ覚えの知識で答える。
「うちはCだから、かなりの学力差があるな」とも呟いて、鉄男を驚かせた。
「Cだったのか!?」
学力ランクはAから始まり、Aが一番高くDが一番低い。
小学校の問題が解ける程度の学力がDだとすれば、Cはその上、中学生レベルの学力と考えてよい。
ラストワンは新設校だし、てっきり進学校レベルの学力かと鉄男は勝手に思っていた。
「ん?あぁ、うん。パイロットに学力は必要ないって考えらしいぜ、うちの学長」
木ノ下は気楽に言ってくれるが、程度の低いバカが来ても困るだろう。受け入れる軍隊側も。
御劔は現役時代、博士号を持っていたではないか。相当頭が良い証拠である。
なのに自分の教え子に学力は必要ないと判断したとは、おかしな話だ。
「その割には義務教育みたいな授業が幾つかあるやん。語学とか」
モトミのぼやきには「一応、基本ぐらいは抑えておかないと困る奴も出てくるだろ?」と返し、ついでだからと木ノ下は鉄男の知りえないであろう情報を教えておいた。
「うちは一般入学だけだけど、スパークランは推薦入学も受け付けているらしいぜ?ほら、クイズ大会に出てきた正治って子がいただろ……眼鏡かけた、ストイックそうな子。あの子さ、あとで調べてみたら、やっぱ推薦入学枠だったんだ」
木ノ下曰く、学力にはAの上を行くA+というランクがあり、推薦枠に入れる子は全員その域に達している。
推薦枠で入学してきた子は、なんのテストも受けずに軍隊入りが可能だそうだ。
軍隊へ入るには、一般だと入隊テストを受けなくてはいけない。
スパークラン以外の養成学校卒も、卒業試験合格が入隊の条件となっている。
それらと比べると、スパークランは軍への就職に関しては、かなり有利な状況だ。
「伊達に軍がスポンサーやないんやな」
腕組みして考え込むモトミの横では、「ずるいですぅ〜、ぷん☆」とレティが頬を膨らます。
「学力で全てが決まる世の中なんて、最悪ですぅ」と怒るからには、レティの学力もお察しだ。
「学力の低い奴は卒業試験で篩い落とされるって寸法なんだよ。だから、うちは特殊な条件なのかもな」
ぼそっと木ノ下が鉄男に耳打ちして、一旦スパークランの話は、お終いになった。

お菓子を食べる音や女の子たちの雑談で盛り上がるうちに、目的地へ到着する。
スパークランはベイクトピアの首都ベイクルにあった。
列車で行くと何度も乗り換えするせいで遠く感じるのだが、バスで行けば道路一本で楽ちんだ。
「中央街に来たの、久しぶりって気がするわぁ」
田舎者丸出し発言な級友に、レティの辛辣な突っ込みが入る。
「あら〜、モトミちゃんは木ノ下教官と、もう何年もお・で・ぇ・としてないんですのぉ?」
「何年もたぁ言うてへんやん!例えや、例え」
モトミが顔も真っ赤に怒鳴るのを聞き流し、木ノ下と鉄男は真正面に建つスパークランの校舎を見上げた。
「はぁー……マンモス校っていうから横にでかいのかと思いきや、まさかの高層ビルかよ」
目の前に聳え立つのは超高層ビル――と言っても差し支えのない、縦に細長い建物であった。
学校の建物としては不思議な構造にありながら、周りも高層ビルで囲まれているので違和感はない。
校庭らしきスペースが見当たらないが、ここではない別の場所を借りているのかもしれない。
ぼけっと突っ立っていると、校舎から誰かが出てきて、こちらに走り寄ってくる。
「よく来たね、ウェルカム鉄男くん!あぁー会いたかったよ、久しぶり!!」
走り寄ってきたばかりか勢いよく鉄男に抱きついてくるもんだから、鉄男は泡を食って振りほどき、抱きついてきた相手を睨みつけた。
「あれからまだ、一週間しか経っていません」
「一週間でも長く感じたんだよ。しかし元気そうで何よりだ。鉄男くん、それからラストワンの皆さんも、ようこそスパークランへ」
「て、鉄男くん?」と、モトミや杏なんかは、あからさまに目を丸くする。
他校の教官、しかも来賓に"くん"付けする大人など、初めて見たのであろう。
ただ、レティだけは反応が違っていた。
「すごーい、有名学校になると教官もチョーフレンドリーなんですね☆」
明後日の方向に喜んでいる。
フレンドリーと言っていいのかどうか、この場合は空気が読めないと言うのが相応しい。
「ラフラス様、今日はよろしくお願いしまーす!」
いつもは誰であろうと下の名前で呼ぶのが主流のマリアが、まさかの様付けで、こちらにもモトミと杏、それから鉄男と木ノ下も目が点になったのだが、当の英雄は笑顔で返す。
「ははっ。様付けは、くすぐったいな。遠慮なくデュランさんないしラフラスさんと呼んで構わないぞ」
「じゃあ、デュランって呼んでいい?」
言われるまでもなく、マリアは全く遠慮しない。
いや、これこそが、いつも通りの彼女か。
「いいとも」とデュランも屈託なく笑い、常識の違いを見せつけられた一行であった。
「立ち話もなんだ、まずは教室へ行こう。大丈夫だ。今日は休講だから、自主トレしにきた生徒以外は来ていない」
「自主トレ?わぁ〜熱心な人もいるんだぁ」
そのまま二人ともスタスタ歩いていくので、残りの面々も慌てて追いかける。
途中、中庭らしき広さのスペースにコートが見えたので鉄男の視線は、そちらに動く。
コートには一人、パイロットスーツの少年が激しいフットワークを見せていた。
立ち止まる鉄男に気づいたか、デュランが振り返って囁く。
「あれが、そうさ。熱心な自主トレマン。またの名を、二階堂 正治」
「……あれ、正治って確か……」
思い出そうとするマリアを遮り、付け足した。
「我が校の三年生で、グランプリには三年連続で出場している。優秀な生徒だよ」
ぞろぞろ歩いてきた一行に、正治のほうでも気がついたか、訓練をやめて近づいてくる。
「こんにちは、ラフラス教官。そちらが件のお客様ですか?」
「ああ、そうだ」とデュランは頷いて、右から順番に紹介する。
「こちらはラストワンの辻鉄男教官と木ノ下教官。それから、教え子の皆さん方だ」
随分と雑に紹介されてしまったが、少女達も愛想笑いを浮かべて横一列に並ぶ。
そのうちの一人に目を留めて、正治の顔が綻んだ。
「君は確か、亜由美といったか?あの回答は見事だったな。まさか彼を知るパイロット候補生が、俺以外にもいるとは思ってもみなかったよ」
そこまでマニアックな問題だったのかと驚きながら、亜由美は、ぎこちない笑みで返す。
「い、いえ。私も、辻教官の受け売りで知ったので……」
「ほぅ、鉄男くんの」とデュランが驚き、皆の視線が鉄男に集中する。
「辻教官は……移住二世ではなく、生粋のニケア人なんですね」と、正治。
何度も頷き「そうか、それで」と呟いた。
「志熊さんって、そんなにマイナーな軍人だったんですか?」
横入りしたのは木ノ下で、正治とデュランが声を揃えて切り返す。
「ベイクトピアにおいては無名も無名、知られざる名将です」
「まぁ、ニケア軍の活躍がベイクトピアのニュースで流れるなんてのは、昔は滅多になかったしね」
昔と言っても十五年ほど前の話だ。木ノ下や鉄男も生まれている。
だが、ベイクトピアにはデュラン=ラフラスがいた。
彼の活躍の陰に隠れた可能性は高い。
政治面で見ても、ニケアの英雄を持ち上げるよりは自国の英雄を持ち上げたほうが国民の士気も段違いだ。
「今日は眼鏡じゃないんですね」と、亜由美。
運動していたからなのか、正治は眼鏡をかけていない。
道理でパッと見、誰だか判らなかったわけだ。
「あぁ、あれは、大会専用の伊達なんだ」と答え、正治が微笑む。
「大会では眼鏡をかけたほうが賢く見える……他校生徒への牽制になると、そこの教官に助言されてね」
「えっ?でも」
木ノ下の話じゃ、正治の学力はA+だったのでは?
首を傾げる少女達に、眼鏡を提案した本人が説明する。
「正治は見た目、ただのイケメンだからね。眼鏡がある正治と、ない正治じゃ、あるほうがインテリっぽく見えるだろう?」
ただのイケメンとは何なのか。
眼鏡がなくとも鉄男の眼には、正治はシャープな顔立ちで頭が良さそうに見えたのだが、それに突っ込む隙も与えず、デュランは「それじゃ、またな」と生徒に別れを告げて先を行く。
再び後を追いかけ、一行は校舎に入って一番手前の教室に腰を落ち着けた。


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