合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 パイロットの使命

「さて、俺にパイロットの心構えを教えてほしいという話だったね」
皆が空いた席に腰掛けるのを見届けてから、デュランが話し始める。
「心構えと言っても、大したことはない。世界を平和に導くのが、俺達軍属の役割だ。ただし命をかける覚悟は必要だがね」
「そりゃそうでっしゃろ」とモトミが相槌を打つ。
「最前線で戦うのがパイロットでおますし」
「うん、それもある。それもあるが、そればかりではない」と、デュラン。
怪訝に眉をひそめるマリアや、きょとんとするレティらを見渡し、口元に笑みを浮かべた。
「ロボットを駆るだけがパイロットの役目ではない。戦車に乗り込み、無人機のフォローをやることもある。味方機が危機に瀕した時は、自らを犠牲にする覚悟も」
「え、でも軍隊はパイロットが主戦力って聞いたけど!?」
すかさずマリアが反論する。
デュランは首を真横に振って、彼女の間違いを正した。
「いや、有人機は主戦力じゃない。ロボット一騎で戦える相手など、たかが知れている。大型との攻防戦では、有人機は無人機のフォローとして出撃する」
デュラン曰く、ベイクトピア軍は無人機での砲撃が主戦力だと言う。
パイロットを乗せた有人機は、無人機の補助ないし後方援護が担当だ。
「昔は逆だったんだがね。パイロットの質が落ちて、死傷者が増えてからは逆転した」
昔と言うと、デュランが現役で活躍していた頃の話だろうか。
それにしても、パイロットとはロボットに乗る人間だと鉄男も思っていた。
最近のパイロットは戦車が主流だとは、知らなかった。
「そいや」と言葉を発したのは、モトミで。
「ライジングサンは結局量産化せぇへんかったっちゅー話ですけど。今、ベイクトピア軍で稼働しているロボットって、なんて名前ですねん?」
世間では電撃ロボことライジングサンのみが有名で、他の有人機は、とんと噂を聞かない。
「あぁ……ライジングサンの後継機か。いや、あれを後継機と呼ぶのも、おこがましいが」
少しばかり顔をしかめて、デュランが言う。
「名称はクレイジーデュオ、現在の型番はG176。しかし、性能はライジングサンS233と比べると弱体化が否めない」
「その、SとかGって何の略なの?」
さっそく横道に逸れ始めたマリアへ鉄男が眉間に皺を寄せるのにも、お構いなく、元英雄は気軽に答える。
「なに、ただの記号によるナンバリングだ。ライジングサンの開発はAから始まり、Sで完成した。S233の量産は計画に上がったものの実現が難しく、結局断念された。それでクレイジーデュオが後継機として開発されたのだが、劣化の道を辿っている。総戦力では勝っていても、我々の技術はニケアに遥か追いついていなかったということだね。だから、それらに代わって新しく、ゼネトロイガーの導入検討を」
「ぅわーーーーーー!」
うっかり口を滑らせそうになったタイミングで、木ノ下が大声を出す。
何事かと候補生達が凝視する中、彼はこっそりデュランに耳打ちした。
「だ、駄目ですよ。それって、まだ公に出しちゃダメな話だったはずです」
ゼネトロイガーを軍に売り込み、量産化する計画が上がっている。
ただ、今の段階で公にしたら問題になると鉄男と木ノ下に教えたのは、他ならぬデュランだ。
その本人が、さらっと口を滑らせるとは。
まったく、口の軽い英雄だ。見ているこちらが、ひやひやする。
鉄男も、こっそり額に浮かんだ冷や汗を腕で拭った。
「あぁ、そうだったな。すまない」
にこやかに笑うデュランからは罪悪感が微塵も伺えない。
恐らく、こうした失言は日常茶飯事なのだろう。彼にしてみれば。
「え?ゼネトロイガーが何??」と興味津々マリアが突っ込んでいくのは、しかめっ面で制止する。
「話が逸れているぞ。今はパイロットの心構えを聞く時間だ」
説教したら、彼女には「ぶー、何よぉ。鉄男だって聞きたいくせに」と口を尖らされる。
「聞きたいと、いつ、誰が言った?」と鉄男もやり返し、デュランを本筋へ促した。
「脇道に逸れてしまってすみません。引き続き、パイロットの心構えを教えていただけますか」
デュランは興味津々鉄男を眺めていたが、満面の笑みを浮かべて、およそ予想外の言葉を吐き出した。
「……うん。教官している鉄男くんも凛々しいね。いやぁ、鉄男くんに師事を受けている生徒さん方が羨ましいよ!諸君らは全員鉄男くんの生徒なのかい?それとも、半分は木ノ下教官の教え子かな」
本筋に戻るどころか、どんどん横道に逸れていく。教官ともあろう者が。
ポカンとする大人二人とは異なり、子供たちは無邪気に答えた。
「そやで!ウチと杏とレティは木ノ下教官の生徒です」
「あたしと亜由美、それからカチュアが鉄男のクラスなの。ところで、なんで鉄男くんって呼ぶの?」
マリアの問いに「そりゃあ、俺と鉄男くんは友達だからね!」とデュランが笑って答えるのも、鉄男は見逃してやった。
自分まで雑談に混ざっては、永遠に本筋へ話を戻せない。
ふと、それまで大人しかったカチュアの視線に気づき、鉄男は背筋をゾッとさせる。
カチュアときたら親でも殺されたかのような殺気を放って、デュランを睨みつけているではないか。
何故だ?カチュアとデュランに接点は、鉄男以上にない。
この間の対面が初めてだったはずだ。
その時も、カチュアは一言もデュランと会話を交わさなかった。
現役時代の戦闘でカチュアの親族が迷惑をこうむったとも考えたが、彼女の故郷はモアロードだ。
デュランの行動範囲はベイクトピア内だけだったろうから、これも関係ない。
カチュアの憎悪の意味が判らず鉄男が困惑しているうちに、話題は本筋に戻ったかしてデュランが仕切り直す。
「さて、パイロットの心構えだったね。パイロットのみならず、軍人に必要なのは覚悟と勇気、そして正義の三点だ。敵を憎むあまり、目的を見失ってはならない。手段を選ばぬ外道行為に走ってもいけない。また、パイロットには味方への配慮と瞬時の機転なんかも求められる。忙しい立場だぞ、こと戦場においては」
「デュランは全部やっていたのね、だから英雄って呼ばれるようになったの?」
物おじしないマリアの質問に、デュランは力強く頷いた。
「そうだ。パイロットは、けして主戦力じゃないが、そうだな、戦場ではリーダーだ。全体の状況を把握する判断力も求められる。撤退か継続かを決めるのも、パイロットに委ねられている。なんせ、味方の八割方は人の乗っていないAI機だからね」
では実質上、主戦力なのでは?という気がしなくもないが、あえて主戦力ではないと繰り返すのは、パイロットであることへの慢心を避ける為なのかもしれない。
「無人機がやられないよう、攻撃を逸らすのも有人機の役目なんだが……今の軍で、それができているパイロットは少ない」
ほんの少し、勢いが弱まったのも一瞬で。すぐにデュランは持ち直し、全員の顔を見渡した。
「だからこそ、諸君らパイロットの卵には期待している。いつか完全にシンクロイスを撃退して、この地上に平和を戻してくれるのだろうと!」
「でも――」「けど……」
亜由美と杏の声が重なって、杏に先を譲られた亜由美は下がり眉で元英雄へ質問する。
「今のお話を聞いた限りですと、有人機は無人機のフォローとして出撃するんですよね?無人機の攻撃頼りというか……無人機が全滅してしまったら、私達に勝ち目はないんじゃないですか?」
「うん」と素直に頷き、デュランは、しかしと続けた。
「本来は、パイロットが前衛に出るべきだと俺は思っている。いや、俺が現役時代の頃は、そうだったんだ。有人ロボットを前衛に出していた。それが出来なくなったのは機体の弱体化と、パイロット自体の質低下が原因だ。逆に言えば、この二点さえ克服してしまえばロボットで奴らを撃退できるはずだ」
「そんなに優秀やったん?ライジングサン。ほなら、なんで英雄はんは死ぬまで現役でおらんかったんや。あと、ライジングサンも軍に残せばよかったんちゃう?なしてスパークランに払い下げしたんです」
さりげに失礼とも取れる発言がモトミから飛び出し、木ノ下は慌てて止めに入る。
「む、無茶言うんじゃない、モトミ!いくら本人が死ぬまで現役でいたいと思ったって、肉体の老化が許してくれないだろ」
気遣う木ノ下とは裏腹に、本人は穏やかな笑みを浮かべている。
「そうだな。モトミさん、君の言うとおりだ。ベイクトピアの平和を願うなら、死ぬまで軍人であるべきだ。だが、実のところ、俺は追い出されたんだ。俺の能力を胡散臭いと考える連中によって」
いくら裏表なく明け透けに何でも話すタイプとはいえ、自分の退役理由まで話すとなると、多少は躊躇するのが普通ではなかろうか。
何のためらいもなく上層部の陰謀だと話す元英雄には、全員が「え!?」と驚愕に声をあげる。
「だから、もう二度と軍部には関わりたくないと思っていたんだがね。意外な場所で、それも意外な形で関わってしまったな。だが、その事に後悔はしていないから、気遣いは無用だぞ?鉄男くん」
鉄男は驚いた。
話を振られても、すぐに相槌を打てない程度には。
恐らくは国の為にと身を粉にして戦ってきたのに、邪魔者扱いされて追い出されて、それでも彼が、デュランがパイロット育成の教官を選んだのは何故なのだろう。
無意識に憐憫の色を瞳に浮かべる鉄男の前で、デュランが話を続ける。
「これはベイクトピアだけに限った話ではないが、軍隊というのは一枚岩じゃない。様々な思考の者が大勢集まった組織だ。その中で上手く立ち回るには、先ほど言った三点セットの他にも必要なものがある」
「うへぇー、まだあるんかいな、覚えなアカンこと!」
悲鳴をあげるモトミを微笑ましく眺め、「なに、大したことじゃない」と一応は安心させるかのように付け足して、話を締めくくる。
「絶対に自分のポリシーを曲げず、周りの戯言には耳を貸さず、それでいて役に立つ知識を吸収できる。そういった柔軟な意識を保つのが、理想のパイロットというものだ!」
「えぇと、つまり……軸はブラさず且つ役立つ教えには従えって意味ですか?」
亜由美の問いに「そうだ!」と頷き、ぐっと握り拳を固める。
「面倒な大人も多い世界だからな。全員の主張を受け入れていたんじゃ、こちらが潰される」
「じゃ、じゃあ、その精神修業に役立つ知識って、ありますか……?」
杏の質問にもデュランの答えは簡潔で、「まずは己の軸をきっちりさせ、理論を固めるんだ」との事。
「じゃあ、自分を保ってさえいれば勉強なんて必要ない?」
何故か嬉々として尋ねるマリアには、バッサリ答えが返ってくる。
「いや、最低限の勉強は必要だ。だから、その為にも傭兵育成学校は存在する」
「えー」と不満な表情を見せたのはマリアだけではなく、レティもだ。
「覚えることがいっぱいすぎて、頭がパンクしちゃいますぅ〜」
「ねー。この上、操縦方法まで覚えなきゃいけないんでしょ?」
ちらりと木ノ下及び鉄男へ目をやり、デュランが微笑んだ。
「安心するといい、諸君らは養成学校に通っているんだ。判らない部分は教官が教えてくれるだろう。手取り足取り、じっくりとね」
「キャピ〜ン☆手取り足取り腰取りだなんて、テレちゃいますぅ」
テンションの跳ね上がったレティとは異なり、マリアのテンションは低いままだ。
「え〜。だって、あたしの教官って鉄男だよ?鉄男に教えられるのぉ?そんなの全部ゥ」
悪し様に、しかも他校の教官の前で悪口を言われては、とても黙っていられず、鉄男は仏頂面で教え子を叱った。
「お前は知識を覚える前に、話の腰を折るような雑談をせず、質問されても横道に逸れず、且つ真面目に授業を受ける態度を身につけるべきだ」
「何よォ!そんなら鉄男だって――」と、ここで一悶着起こしそうなのへは、亜由美のマッタが入る。
「ほらっ、マリアちゃん。デュランさんも言っていたでしょう?役に立つ知識には耳を傾けないとって」
亜由美のナイスフォローに、デュランからは拍手が贈られた。
「亜由美さん、君にはパイロットの心構えの一つが、すでに身についているようだな!クイズ大会での回答といい、教官の知識も真面目に吸収している。喜ばしいことだ」
真正面から他校の教官、それも有名な元英雄にベタ褒めされ、亜由美は興奮に頬を火照らせテレまくりだ。
「あ、は、はい……いえ、それほどまででも……」
そんな彼女を横目に、デュランがそっと鉄男に囁いてきた。
「鉄男くんも、教官人生で判らないことがあれば俺に何でも聞いてくれ」
ここぞとばかりに、鉄男は頷き返す。
「……では見学の後に幾つか、ご教示をお願いします」
「ご教示と呼べるものになるかどうかは判らんが、俺の持つ知識は何でも教えてあげるよ」
ぎゅむっと抱きつかれて、鉄男が驚いたのも一瞬で。
「さて、そろそろ、お腹が空いてきたんじゃないかな?ここらで一旦ランチにしよう。そのあとは、自由見学の時間だ」
デュランは、すぐに身を放すと、見学者全員を食堂へ誘った。


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