合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 開花

ラストワンへ戻った御劔達を待ち受けていたのは、候補生全員の失踪ニュースであった。
休日だし揃って遊びに出かけただけかと思っていたのだが、いつになっても戻らない。
そう伝え、青くなって狼狽えるスタッフを宥め、御劔は思案する。
学習内容に不満を持って脱走したとは考えにくいし、何かを探して遠出した――
そう考えるのが妥当であろう。その捜し物が何かと問われれば、一つしかない。
「辻くんを探しに行ってしまったのか」
えっ?となって、その場にいた全員が学長を見やる。
「あいつらが、どうして?それに探すったって、手がかりは」
「エリスがいる。相沢さん、我々が連れ戻してくるまで保護者には内緒にしておくんだ。他のスタッフも、皆が見つかるまでは外に出ないで待機していてくれ」
颯爽と踵を返して学長室を出て行きかける御劔を引き留めたのは、ここまで同行してきた伊能だ。
「え、エリスさん、というのは?あと、探しに行くのは全員でですか?僕も行きますよ、けど他の人達は」
「もちろん俺も同行します!学長一人でなんか、行かせやしません」
鼻息荒く伊能を押しのけ、乃木坂は御劔の真横に立つ。
御劔も頷き、「当然だ。教官は全員同行してくれ。春喜、お前も来い」と促した。
今、この場に後藤がいる事自体が誰の目にも信じられなかったのだが、もっと信じられない事に当然文句を言うと予想された春喜が案外素直に「いいぜ」と頷いたのには二度驚かされた。
「えっ、来るの?アンタがいたって役に立たないでしょ」などとツユには悪し様に突っ込まれ、春喜は肩をすくめると「サボッたらサボッたで嫌味を言われちまうからなァ」と返してきた。
鉄男や木ノ下が心配で同行する、というわけでもなさそうだ。
要は、自己保身と義務感か。
「伊能くん、エリスは勘が鋭い。何かに気づいたのかもしれん。彼女達が遠方に出向くとすれば、使う交通機関は列車あるいは馬車だと予想できる。車で追いかけていたのでは間に合わない。まずは私の家へ急ごう」
「君の家?何があるのかね」とは本郷の質問に、御劔は微笑んで「行けば判ります」とだけ答え、早足に出ていくものだから、皆して慌てて追いかけた。


襲い来る敵をブチュブチュと荒技でノックダウンさせ、デュランと鉄男と木ノ下は、ついに地下九十九階へ辿り着く。
ここへ来るまでに鉄男は、めっきり口数が少なくなった。
木ノ下が何度話題を振っても、ほとんどが仏頂面の頷きで返される。
全てはデュランのセクハラ技が原因であろう。
あんな突破方法、木ノ下にも予想外であった。
最深階の廊下には、人っ子一人いない。
警備の者もいないとは、不思議な感じがした。
「ぎっちり廊下一本、警備員で詰まっているかと思ったんスけど……」
ぽつり呟いた木ノ下の一言に、デュランが振り返って笑う。
「ここへは滅多に人が来ないと想定しているからね、普段は誰もいないんだ」
そういうものなのか。
しんと静まりかえった真っ暗な廊下を、デュランが先導する。
灯りもないのに躊躇なく歩けるのは、これも元軍属の成せる技だろうか。
「て、鉄男、大丈夫か。夜目は利くか?危ないから手を」
繋ごうかと言い出す前に、ぎゅっと手を握られて、木ノ下はグビリと喉を鳴らす。
「てっ、鉄男……?」
上擦った声で手を握ってきた相手を見てみれば、青い瞳とかちあった。
「ってぇ、デュランさんじゃねーかっ!」
鉄男は、というと木ノ下の真後ろをピッタリついてきている。無言で。
木ノ下の手を熱く握りしめ、デュランはカラカラと笑った。
「いやなに、木ノ下くんは手を繋がないと不安なのだろう?なら、俺が手を握って先導してあげようと思ってね」
「結構ス!!」と勢いよく振り払い、木ノ下は後ろを振り返る。
「鉄男は暗いの、平気なのか?」
「あぁ。闇には耐性がある……それに、見えはせずとも気配で判る。今、この場所にいるのは俺達だけだ」
間髪入れずキッパリ答えが返ってきて、少々残念な気分になった。
手を繋いできてくれたのが鉄男だったら、どれだけ心がときめいたことか。
――いや、今は浮ついている場合ではない。
民間人には一切御法度の、軍の機密へ近づこうというのだ。
気を引き締め直し、青い髪を追いかけた。
やがて先頭のデュランが立ち止まり、大きな扉を手でこじ開けようとする。
開けられるのか?と二人が訝しがる暇もなく、ギチギチと大きな音を立てて、扉は完全に開け放たれた。
「さぁ、ご覧あれ。ここが最深層にしてベイクトピア軍最大の頭脳がある場所だ」
デュランに促され、一歩部屋に入った二人が見たものは、壁一面に埋め込まれた機械と中央に据え置かれた巨大なビーカー。
遠目には机が幾つか、それから本棚も置かれている。
ビーカーは水で満たされており、中には人型らしき生物が、たゆたっていた。
「え、え、なんですか、このベタな設備」
思わず突っ込みを入れずにいられなかったのか木ノ下が呟くのへは、「なに、全部フェイクさ。ここで働く者達の遊び心だ」と返し、デュランが部屋の電気をつける。
壁に近づいて鉄男がよく眺めてみると、機械に見えたのは全て、平面に描かれた絵であった。
ビーカーでぷかぷか浮き沈みしている人型も、人間ではなく人形だ。
鉄男は人形の造形に既視感を抱く。
誰と特定できるのではない。
なんとなく、誰かに似ているような気がする。
細く、華奢な指さき。細面で青白く、きめ細かい肌……
「鉄男くん、随分と熱心に人形を見ているね。気に入ったのかい?」
後方のデュランへは振り返らず、鉄男が答えた。
「誰かに似ている、そう思っただけです」
「まぁ、美人ではある」と軽口を叩きながら、デュランの手は休まず本棚を物色する。
本棚と机だけは本物であった。
ぎゅうぎゅうに詰められたファイルのうちの一冊を取り出して、二人にも見えるよう広げてみせる。
「ここは全作業をアナログでやっていてね。あぁ、もちろん機密漏洩を防ぐ為だ。機械だとハッキングされる恐れがあるから……よしよし、ここを見てごらん」
紙一面にびっしり文字が書き込まれていて、見ているだけで目眩がしてくる。
眉間に縦皺を寄せて凝視する木ノ下と、視線を外した鉄男を見て、デュランは僅かに苦笑したようだった。
「見たところで諸君らには何だか判らなかったか、申し訳ない。かいつまんで説明すると、ここに書かれているのはシンクロイスの生態調査結果だ。彼らは"空"からやってきた。しかし、生命体としての構造は我々と瓜二つらしい」
それは、そうだろう。
彼らは、その土地の原住民に乗り移って生命を維持するのだから。
そろそろ、こちらの持つ情報を彼に話してもいい頃だと鉄男は考えた。
最下層へ辿り着く頃までには、こちらの警戒も和らいだ。
性格には多少の難があるかもしれないが、デュランは悪い人間ではない。
自分を騙し打ちにする予定だったなら、ここへ至るまでに何度となく仕掛けるチャンスはあった。
なのに何もしてこなかったというのは、裏がない。そう確信していいだろう。
「デュラン」
ぽつりと名を呼ぶ鉄男に、デュランが瞳を輝かせて受け応える。
「なんだい、鉄男くん!?」
「実は――」
鉄男は全部話した。
これまでにラストワンが掴んだ情報と、車の中でシークエンスと話し合った内容を。

学長が行動を起こした時分には、候補生も目的地に到着していた。
ただしデュランが散々かき回した後だから、施設への侵入は難しくなっていた。
遠目に眺めても入口付近は銃を所持した黒服の警備で、びっしり堅められている。
あきらかに一騒動あったぞと教えているようなものであった。
「どうしよう。あの中から感じるんだよね?辻教官の、気配」
亜由美がエリスに確認を取ると、彼女は「えぇ」と無表情に頷き、じっと施設を見つめる。
「監禁するに相応しい場所ってわけね……」
まどかも険しい視線で施設を睨みつけ、どこかに隙がないかと注意深く見渡す。
「国境沿いに、こんな建物があるなんて聞いたことないけど」と飛鳥も呟き、建物を見やった。
一見は看板も何もない、四角い二階建て建築だ。
こんなところに民間の会社があるとは思えないから、国に絡んだ何かの公共施設だと予想できる。
物々しい警備が、ただの施設ではないと物語っていた。
「ねー、こんな辺鄙な場所にデュランさんが辻教官を拉致監禁?」
「おまけに進も一緒だよ?ちょっと、わけわかんないよね」
メイラとマリアは首を傾げ、眺めていても埒があかないと判断した相模原が憤然と煽ってくる。
「理由や原因なんて後回しでいいのよ!今は、辻教官の安否を確かめないと」
「だから、どうやってあの警備を抜けるかを今、考えているんじゃないか」とは昴の宥めに、ずっと黙っていたカチュアが口を開いたのは、ちょうどその時であった。
「――あの」
皆が一斉に振り向き、視線が彼女へ集中する。
しかしカチュアは恥ずかしがって俯いたりせず、ぽつりぽつりと蚊の鳴くような小さな声で話し始めた。
「あの扉、開けられる気が……する」
「あの扉?」とカチュアの指さした扉を皆で見てみれば、二階の側壁に扉がぽつんとつけてある。
「非常階段がないのに、扉だけ壁に?どういう構造なの」
「窓をつけようと思って、間違って扉をつけちゃったとか?」
「間違わないでしょ、フツー」
たちまちピーチクパーチク騒ぎ出した仲間を横目に、エリスがカチュアを促した。
「あの扉を開けて中へ入ったとしても、辻教官の気配は地下にあるわ。どうやって、そこまで辿り着く計画なの?」
「地下!?」と、またまた一斉に騒ぎ出す仲間をカチュアも横目に、ぽそぽそと答えた。
「この建物……エレベーター構想……になっている、と、思う……」
「そうね、とても深いもの」
「下に長いんだ?」と横入りしてきたマリアへは無言の頷きで返し、「エレベーターを操れる自信が、あなたには、あるのね?」とエリスは確認を促してくる。
操るって?と誰もが首を傾げる中、やはりカチュアは小さな声で、ぼそっと答えた。
「……操れるかどうかは、判らないけど……使える自信、ある……道が、見えるの……」
「そう。じゃあ道案内は、あなたに任せるわ」
二人だけで話が進んでいる。
そうと判った他の候補生が口を挟んでくる前に、エリスは皆の顔を見渡した。
「道はカチュアが作るわ。私が突破口を作るから、皆は隙を見て、あの扉に張りついて」
「え、でも二階だよ?」と難色を示したのは飛鳥。
「どうやって張りつけっていうのさ、あんな高さに」
「……あれを使えばいいんじゃないかな」
昴の目線を辿ってみれば、奥にクレーン車を発見した。
高さ的には申し分ないが、誰があれを運転して、さらに扉まで持ってくればいいのか。
車のキーが、こちらに都合良く刺さっているとも思えないし、手段が出来ても実行は難しい。
「う〜〜〜〜ん」
子供だけでの追尾は、ここで打ち留めか。
スタッフでもいいから、誰か大人を連れてくるべきだった。
みんなして額を突きつけあって腕組みして悩んでいると、ガコン、と大きな音が聞こえる。
驚いて顔を上げてみると、微動だにしなかったはずのクレーン車が、何故か動いている。
「えっ!?」
もう一度重機を見てみたが、見間違いではない。
確かに動いている、真っ直ぐ例の扉のある場所へ突き進んでいるではないか。
運転席には、誰も乗っていないのに!
「なっ、なにあれ、幽霊?幽霊カー!?怖ッ!」
たちまちパニックに陥った候補生達だが、エリスの反応だけは違った。
彼女は、ちらりとカチュアを見ると、何かを確信したかのように小さく頷く。
カチュアは瞼を閉じて、じっと佇んでいる。
一心に祈っているようでもあった。
額には、うっすら汗が浮かび、時々ぶるぶると手が震える。
見えない、だが、そこに存在する物を引っ張るかのように、両手が握られては開かれた。
パニックに陥ったのは候補生だけではない。
黒服も、やはりパニックになっていた。
運転席は無人の、起動キーも刺さっていない重機が突然動き出したのだ。驚かない方が、おかしい。
何人かが張りついて止めようとしているが、無駄な行為だ。
重機はボンボン黒服を跳ねとばし、張りつこうとしていなかった者まで跳ねとばし、縦横無尽に走り回る。
警備に立てる者が一掃されたところで、扉のある側面へ到着すると、そこで停止した。
カチュアが、ふぅっと小さく溜息をつく。
額の汗をふき、エリスの視線に気づくと、こくりと頷いた。
「突破口、必要ないから……わたし達の、誰かが犠牲になったら、辻教官は、きっと喜ばない……」
「そうね、そのとおりだわ」とエリスも素直に頷き、カチュアを褒めてやる。
「あなた、だいぶ上手くなってきたわね。自分を表現するのが。その調子よ」
頑張ってとは言わない励ましに、カチュアは小さく「あり……がとう」と応え、自分を凝視してくる全ての視線にも答えを返す。
「クレーンに登れば、二階に届く……辻教官、助けよう……?」
数秒遅れて、「お……おーっ!」と全員が片手を突き上げた。
警備員はクレーン車が蹴散らしてくれたし、二階への高さもクリアした。
だがまだ、最後の難関が控えていることを昴は懸念する。
すなわち――忍び込んで辻教官らを見つけた後の話だ。
どうやって、彼らを救出するべきか。


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