合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act1 シンクロイス研究所

施設へつくまでは距離があると言われて、後部座席で微睡む鉄男の脳裏に声が響く。
――おかしいのよね。
何が?と声に出して問いかけそうになり、鉄男の意識がハッと目覚める。
今の声は木ノ下でもデュランでもない。
鉄男の中にいるシークエンスが発したのだ。
――やっぱり、おかしいわ。
――だって、考えてもみてよ。あたしが、この星に来たのが二十五年前でしょ?
――そんで、あいつら……アベンエニュラやカルフが来たのは、あたしより後なのよ。
――なら五十年も前に、この星を攻めていたシンクロイスって誰なの?
こちらに聞かれても困る。
シンクロイスの実態は、シークエンス経由でしか知らないのだから。
鉄男は脳裏で問いかけた。
母国を出たのは、アベンエニュラに乗っていた一団だけだったのか。
――あたし達より前に外宇宙へ出た人がいたか、ってこと?
――それは……判らない。あの星は、ここよりは小さかったけど、それでも何百人の人口が住んでいたしね。
――でも、もし仮に、仮によ?五十年前に、この星を攻撃した人がいたとして。
――何故、コンタクトを取ってこないのかしら。あたしやカルフへ。
それについては、一つの仮説が立てられる。
すなわち、もう死亡している説だ。
デュランは大型から人型に切り替わって、近年はまた大型の奇襲が激しくなったと言っていた。
人型から大型へ切り替わった時期が、シークエンスの来訪時期と重なるのではなかろうか。
――なるほど。一応筋は通っているわね。
――けど、それならそれで別の疑問もわくわ。
――五十年攻めていたにも関わらず、この程度の技術力な輩を支配できなかった謎が。
――最初に来た奴らって、本当にシンクロイスだったのかしら?
他にも似たような野蛮生物がいるというのか、外宇宙とやらには。
――いないとは限らないでしょ、宇宙は広いんだから。
――まぁ、同じにしろ違ったにしろ、この星が災難なことには変わりないわ。
――だから、軍のお偉いさんも研究施設を作ったのね。
『空からの来訪者』とは、この地上に存在しない、文字通り空から来た生物を指した総称だ。
もし他にも生物がいるのだとしたら、五十年前の襲撃はシンクロイスではない可能性もある。
しかし、それならば何故、気配を感じられる者は気づかなかった?
――あいつの言う気配察知って、要するに『同族か否か』を選別する能力じゃないの?
――だとしたら、外惑星の生物は全員同じ気配になるわよね。この星の原住民じゃないんだから。
――でも……そうか、あたしは鉄男と完全に同化していないから面倒なことになったのね。
――完全同化していたなら、気配なんて悟られないと思うんだけど。
どういうことだ?
口には出さず、鉄男が聞き返す。
――完全に同化するとね、その生物と同じ気配になるのよ。
――だから今回の騒動は、あたしに肉体権利を渡さなかった、あんたの自業自得よ。
勝手に乗り移ってきておいて、その言い草は何だ。
研究所とやらで切り離す手段を見つけたら、速攻切り離してやる。
――無駄ね、あんた達の技術じゃ魂魄離断なんて到底ムリ。
――まぁ、それはともかく……そうなってくると、御劔学長の言う『シークエンス』って何なのかしら?
――とりあえず、あたしを名指ししているわけではなさそうなんだけど。
――問題は、どこで、だれが、この名称を知ったか?って処よ。
――同族じゃない奴が、あたしを知っているとも思えないし、じゃあ、ただの偶然なの?
――にしても、一体どこから出てきたのかしら。シークエンスなんて。
ロゼやカルフってのがシンクロイス個体の名前だというのは、鉄男にも把握できる。
だとしたら、シークエンスの言うとおりだ。
御劔が軍属だった頃、すでに都市伝説は存在していた。
シークエンス本人が来る前から、『シークエンス』という単語があった事になる。
この地上で、一番最初にそれを口にしたのは誰なのだ?
二人揃って頭を悩ませていると、不意にシークエンスが「あっ!」と叫んだ。
どうした?と脳内で問いかける鉄男に、勢い込んで話し出す。
――もしかして、そうだわ、時空移動装置を誰かが作れたとしたら……?
――あ、時空移動装置ってのは、そうねぇ、あんたでも判るように言うと過去や未来に移動する機械よ。
――それだったら五十年前の奴はシンクロイスだと思って間違いないわね。
――そいつが五十年前に発言をもらして、シークエンスという名前が一人歩きした……とは考えられないかしら?
瞬間移動に加えて即席道具作成のみならず、未来や過去にも移動できるとなってくると、ますます倒せそうにない絶望ばかりが鉄男の脳裏に広がってくる。
――あら、絶望してんの?安心なさいよ、時空移動装置は誰でも簡単に作れるもんじゃないから。
――なんにせよ、仮説だらけじゃ対策も立てられないわ。
――まずは研究所とやらに乗り込んで、あたし達の身柄の安全を確保しなきゃね。
シークエンスは言うだけ言うと、あとは鉄男が何を問いかけても、だんまりになってしまう。
仕方なく鉄男も目を瞑り、つくまでに睡眠を取っておこうと心がけた。
睡魔に襲われる寸前、彼の脳裏に浮かんだのは、今の襲撃メンバーに時空移動装置を作れる奴がいるのか否か――
それを聞き忘れた事に気がついたが、眠気には勝てず意識が遠のいた。


学校を抜け出た少女達は、一路北へ向かっていた。
徒歩ではない。列車を乗り継ぎ、今は乗合馬車の中にいる。
「まだ追いつかないの?」とは飛鳥の問いに、エリスは緩く首を振る。
「何処へ行こうとしているのかはわからないけど、向こうが目的地に到着するまでは無理」
「ここって今」
ちらっと停留所案内を見上げて、メイラが囁く。
「ナルアード区域だって。昴くんは知ってる?」
「あぁ。モアロードとの国境沿いだね。そんなところまで来ちゃったか」
教官にも学長にも内緒で飛び出してきてしまった。
今頃は皆、カンカンに怒っているかもしれない。
しかし彼らは、昴らが学校を出るよりも前から留守にしていた。
無断外出に気づいたスタッフが連絡しているにしろ、追いつかれるまでには時間もかかろう。
「馬車って初めて乗ったけど、すんごい揺れるのね」と、ぶちぶち文句を言っているのは相模原だ。
先ほどから、しきりに尻をさすっているのは、座りすぎで痛くなってきたのだろう。
「大丈夫ですか?酔い止めの薬なら、えぇっと、確か、カバンの中に」
鞄の中をかきまわす亜由美には「あ、それは大丈夫」と本人が待ったをかける。
「座布団があればいいんだけど。運転手さん、持ってないかしら?」
「持ってないんじゃないかなぁ」
乗合馬車は貸し切り状態、全員一緒に行くとごねて他の客に遠慮してもらった。
おまけに、運転手に頼んでデュラン一行を追跡している真っ最中なのである。
これ以上、運転手に迷惑をかけるのは望まぬ展開だ。
キャピキャピワイワイ遠足気分で騒ぐ皆を横目に、ヴェネッサは思案する。
エリスの話だと何かに乗って高速移動中らしいのだが、ここより北はモアロードとの国境線があるだけだ。
今、馬車が走っている道のりだって辺り一面は未開拓の荒野が広がっている。
ベイクトピアの領土は広い。だが、栄えているのは首都周辺だけである。
辺境になればなるほど未開の地であり、こんな場所へ元英雄が何用か。
「あっ……」と小さく呻いて、カチュアが頭を押さえる。
「ど、どうしたの?カチュアちゃん」
すかさず隣に座った亜由美には心配され、俯いた格好で青ざめながら囁いた。
「嫌な……気配……お、思い出したく、ない……」
あぁ、と小さく頷いて、昴が目線で亜由美に合図する。
亜由美もまた、それ以上は問いかけたりせず、震える小さな体を抱き寄せた。
カチュアはモアロード出身だ。
モアロードは国全体がドームのようなもので覆われており、一切の侵入を受け付けない。
そこから抜け出てきたモアロード人は、二度と戻りたくないと口を揃えた。
同じく、そこを抜け出してきたカチュアも、戻りたくないに違いない。
「大丈夫だよ、あそこには入らないから。その前に辻教官を見つけ出して、一緒に帰ろうね」
何度も優しく背中を撫でてやったら、やがて腕の中からは啜り泣きが聞こえてきて、しんみりした雰囲気になり誰もが黙り込む中、馬車は北へ疾走した。

車をぶっ飛ばしての到着は、アニスのほうが若干早かった。
しかし念入りに準備する時間までは彼女に与えられず、研究所へ到着早々、少尉はデュラン撃退へ出撃する。
『Aエリアに侵入者あり、職員は直ちに迎撃を!』
館内放送がけたたましく騒ぐのを、鉄男も頭上に聴いた。
「はは、確認もせずに侵入者扱いか。よほど見学の一人も入れたくないと見える」
車は地下道に駐め、そこからは徒歩で建物に入り込んだ直後、やかましく警報が鳴り、あとは駆け足で奥を目指す羽目になった。
「おっ、奥には何があるんですっ?」
息を切らせながら後を追いかける木ノ下の問いに、先頭を走るデュランが答える。
「来訪者に関するデータベースがある。この機関の頭脳さ」
デュラン曰く、最深層はエレベーターを何度も乗り換えた地下九十九階にあった。
乗り換え階は複雑に入り組んでおり、生半可な記憶では覚えきれないそうだ。
「デュッ、デュランさんは全部覚えてるんですか?」
「もちろんだとも」
三人してエレベーターに乗り込み、ホッと一息入れたのも、つかの間で、地下五階についた途端、進行方向からは銃弾の雨あられが飛んできて扉を盾に回避した。
「困ったな、向こうもこちらの目的が判ってしまったか。じゃあ、遠回りを使おう」
さして困っていなさそうな顔で言うデュランを見上げ、鉄男が首を傾げる。
「乗り換える階は、一箇所とは限らないのですか……?」
「あぁ、もしもの緊急時に備えて何パターンか用意してあるのさ」
それらを全部覚えているのだとしたら、すごい記憶力だ。
「もしもの緊急時って」と言いかける木ノ下を制し、デュランが地下二十階のボタンを押す。
「決まっているだろう。シンクロイスが、ここを攻めてくる可能性だ」
地下二十階には、まだ対応職員が配置されていなかったのか銃弾は飛んでこない。
その代わり廊下に一歩踏み出た三人の耳が、前方から駆けつけてくる足音を聞き取った。
「やれやれ、対処の早い。銃を撃たれたら、その辺の扉を引っ張って盾にするように」
何でもない事のように、とんでもない対抗策を聞かされて、木ノ下は「ひぇっ」と青くなる。
突然、戦地に生身で放り込まれた感覚だ。
こんなことなら、学校から何かしらの武器になりそうな物を持ってくるべきだった。
もっとも、あの時はバタバタしていたから、そこまで頭が回らなかった。
いざとなったら自分が盾になってでも、鉄男を守ってやらねばなるまい。
そう思って木ノ下が鉄男を振り返ると、鉄男もこちらをじっと見つめている。
同じ事を考えたのだろうか?
「こらこら、二人で見つめ合っていないで先に――」
二人の様子に気づいたデュランが入れた突っ込みを、甲高い声が遮った。
「そこの三人、抵抗するな!両手を壁につけて投降せよッ」
進行方向を塞ぐ形で、銃を構えた女性が立っている。
女性の顔に、デュランは見覚えがあった。
「おや、アニス少尉じゃないか。随分とお早い到着で」
「無駄口を叩いて良いと、誰が許可した!民間人は速やかに」
「だが騒がれると面倒なんでね、手早く片付けさせてもらうよ」
なにを思ったか軽口を叩いてズンズン近づいていくデュランには、木ノ下も鉄男も呆気にとられる。
アニスも然り、「――ッ!?この銃が見えないと」と言いかける唇をデュランに塞がれた。
「んっ、ふぅっ」
……唇で。
木ノ下が仰天して「んなっ!?」と叫ぶ横では、鉄男も動けずにいた。
てっきり近づく瞬間、素早い動きに切り替えて銃を叩き落とすのかと予想していたが、予想外の動きだ。
「んっ、んんんっ」と呻いてアニスはデュランを突き飛ばそうとしているのだが、如何せん体勢が悪い。
壁に押しつけられる格好でキスされた上、デュランの片手がアニスの服に潜り込む。
何をするのかと眺める木ノ下と鉄男両名の前で、少尉の服がめくれてブラジャーも上に押し上げられる。
肌は白く、見事な膨らみだ。
先っぽにピンクの乳首が、ちょんと彩りを添えている。
いや、ジロジロ見ていいものではない。慌てて鉄男は視線を下に落とす。
「い、いやっ、いやいやいや!?何してんの?何しちゃってんのォ、あのオッサン!?」
パニックに陥った木ノ下が叫ぶも、誰も突っ込みの手を入れられない。
敵対相手にいきなりキスして、ブラジャーを外して、乳首を弄くり回している。
誰が見ても、そのように見えるはずだ。
「んーっ、んんっ、んんーっ!」
二人の前で、アニスがビクンビクンと激しく体を震わせる。
振りほどこうと必死なのだが、デュランにがっちり押さえ込まれて身動きが取れない。
片手は、いやらしく胸をまさぐり、もう片方の手がアニスのスカートの内側へ入り込み、怪しい動きを始めた。
「んーーッ!」とアニスの呻きも甲高くなり、顎を仰け反らせるが、デュランは彼女の動きに併せて唇を外さない。
――やがて。
「……ふぅっ」と小さく息を漏らしてデュランが唇を解放してやる。
アニスは、くたくたとへたり込んで、荒い息をついた。
続けて彼女が吐き出した言葉を聞いて、見物していた二人は、またしても驚かされる。
「はぁん……デュランさまぁ」
なんと彼女は熱っぽい目線でデュランを見上げ、恍惚とした表情を浮かべたのだ。
口元には涎を垂らして、デュランに対して欲情していると言ってもいい。
ちょっと前まで険しい顔つきで、こちらに銃を突きつけていた人物と同じとは到底思えない。
「い、一体、え?何これ?何コレェ!?」
アワアワする木ノ下へ何の説明をするでもなく、スタスタと歩き出していたデュランが振り返り「気にするな」と言ってきたので、慌てて追いかける。
「い、いや気にするなっつっても気になるでしょ!何で急に大人しくなったんです、あの人」
鉄男も後を追いかけ、デュランにそっと尋ねた。
「何故、この場でセクハラする必要があったんですか?」
「セクハラだと、君に言われるのはつらいね。だが、俺は昔から――おっと」
話途中で、また誰かが走ってくる。
駆けつけた男が銃を構えるより先にデュランは動いた。
アニスの時と同じように、まっすぐ相手に突っ込んでいって、黒服の男にブチュッと口づける。
「うっ、うえぇぇぇっっ!?」
木ノ下と鉄男の驚きは、先ほどの比ではない。
キスされた黒服がンーンー呻いてモゾモゾした挙げ句、くたっと床に崩れ落ちるまでを見届けた。
先ほどの女性と同じように男も熱っぽい眼差しでデュランを見つめて「デュラン様ぁ、好きぃ」と呟くのを横目に、全くの無視で先を急ぐデュランと一緒に、その場を立ち去った。
歩きながら、デュランは己の取った行動の意味を二人に説明する。
「俺は昔から、男でも女でも誰彼構わず魅了してしまうようで、俺がどんな悪戯をしても、大概の人は許してくれるんだ。不思議な事に、ね。だから、こんな必殺技を編み出してみたというわけだ。こちらから大サービスすれば、効果絶大じゃないかと思ってね。おっと、だが勘違いしてくれるなよ?鉄男くん。この必殺技を出したのは、今日が初めてなんだからな!」
要はカリスマが成せる、力業の魅了か。
しかし輝く笑顔で言われたって、こんな必殺技を褒める気には到底なれない。
鉄男は、そっと視線を外して小さく吐き捨てた。
「……最低です」
「うっ!グサッとくるなぁ、鉄男くんっ。これは咄嗟のピンチを素手で凌ぐ為の緊急処置だったんだぞ、もっと寛大に見てくれないと!」
緊急を凌ぐ手だったら、鉄男だって一応考えてあった。
セクハラの力業で無理矢理捻り伏せなくても良かったはずだ。
懐に飛び込んで気絶させてやれば、もっと穏便且つスピーディーに済ませられたのでは。
だが、もう終わってしまった出来事に、あれやこれや言っても虚しいだけだ。
隣で手振り身振り泡を食って弁解する男を置き去りに、鉄男は木ノ下を促した。
「行こう、木ノ下」
「お、おう」
言い訳を全スルーされていると気づいたデュランも鉄男を追いかけ、追い越す。
「待て、俺がいないと道が判らないだろう、鉄男くん!さぁ、急ごう最深層へ」
次のエレベーターへ、颯爽と乗り込んだ。


Topへ