合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act3 シンクロ

辻教官が誘拐された。
それを聞いた直後カチュアの脳裏に浮かんだのは、助けなきゃという義務感ではなく、デュランなるポッと出の男なんかに鉄男を独り占めさせたくないといった拒否感であった。
亜由美がテストパイロットを申し出た時と、全く同じ感情だ。
いわゆる嫉妬である。
木ノ下教官は鉄男と一緒に居てもいいのだ、ルームメイトだから。
聞けばデュランは養成グランプリの頃から、何かと鉄男にベタベタしていたというではないか。
他校の、全く繋がりも縁もゆかりもないはずの人物なのに。
図々しい。
その上、今度は誘拐して鉄男をカチュアから引き離そうという魂胆だ。許せない。
馬車の中ではデュランを捕まえたらどうしてやろうか、という想いが、ずっとグルグル脳内を巡っていた。
途中、故郷の気配を感じて気分が悪くなったりしたものの、目的地に到着し、馬車を降り立った瞬間、カチュアはハッとなって前方を見やる。

――見える。

何重にも入り組んだエレベーターの作る通路が。
目がおかしくなったのかと瞼を擦ってみたが、結果は同じだった。
やはり見えている。
建物に張り巡らされたエレベーターが指し示す一本の通り道が、はっきりと。
道は地下へ深く深く潜り込んでいる。
きっと、その先に辻教官がいるのだと確信した。
どうやれば、そこへ辿り着ける?
建物の周りには、びっちり黒服のガードが立っていて、蟻の入る隙間もない。
やがて、二階の壁に扉を見つけた。鍵は、かかっていない。
何故それが自分に判るのかと問われたら、こう答えるしかない。勘、だと。
側面には非常階段がないので、扉には行き着けない。
昴は、クレーン車を使えば届くと言う。
重機は確かに駐まっていたが、残念ながらキーまでは刺さっていなかった。
あれを、動かせたら。
候補生は全員未成年だから、車の免許など誰も持っていない。
いや、たとえ持っていたとしても起動用のキーがないのだから、どのみち動かせない。
ならば。
自分が、動かすしかない。
今までの人生において、車の運転など一度もやったことがない。
しかし何故かカチュアには、あれを動かせるような気がした。
瞳を閉じ、強く念じる。
動け――と。
念じるだけではなく、実際に手を動かして操作のイメージを膨らませる。
脳内で黒服ガードを蹴散らし、建物の側面にクレーン車を停車させて、目を開けてみると、全てが脳内と同じ状況になっていた。
機械がまるで、自分に呼応しているようだとカチュアは考えた。
辻教官を取り戻したい一心が、機械にも通じたのか。
今ならゼネトロイガーも動かせるのでは。辻教官を無事救出できたら、やってみよう。
クレーン車に張りついて、順に登っていく。
登るのに難儀していた相模原は、香護芽が下から持ち上げる形で二階の廊下に押し込んだ。
周囲一面闇が覆い隠して真っ暗だったが、廊下は光り、エレベーターのある場所をカチュアに指し示す。
誰も廊下が光っていると叫ばなかったから、自分だけに見える現象であろう。
「内部にも銃を所持したガードマンがいるかもしれないね。慎重にいこう」
ひそひそと昴に注意を促されても、その必要はないとカチュアは考える。
エレベーターの示す目的地は何度も折れ曲がっては絡み合う、複雑且つ入り組んだ道の先にある。
恐らくは警備の者も把握していないのでは、あるまいか。
だが楽観的だと呆れられても嫌なので、カチュアは自分の考えを誰にも披露しなかった。
ただ黙って頷き、エレベーターのある場所まで皆を先導した。


全ての情報を総合した上で、デュランが呟いたのは「時間転移に瞬間移動まで出来るのか、絶望的だな」という、鉄男が感じたのと同意見であった。
しかし鉄男と異なったのは、その後に続けた言葉で。
「弱点があると言ったんだね?シークエンスは。なら、我々にも希望が残されているというわけだ。こいつは軍に対する最大のアドバンテージにもなるぞ。よく話してくれた、鉄男くん」
「アドバンテージ、とは?」と、鉄男が首を傾げる。
言葉の意味が判らなかったのではない。
何をどうすれば軍に対して有利になるのかが判らなかった。
「ん?だって、シークエンスさえいれば対策が整えられるんだろう?我々はシンクロイスが相手でも対抗策を得たってことじゃないか」
敵は多勢、こちらの味方はシークエンス一人だ。
そう鉄男が突っ込むと、デュランはニヤリと笑って否定する。
「そうでもない。彼女の話じゃ、完全に乗っ取れないパターンも存在するそうじゃないか。そうした者を捜し出して、我々の味方につければいい」
これまでに判った来訪者の気配についても尋ねたところ、デュランが感じたのは鉄男以外、全て大型であった。
人型は、戦車が襲われた事件で判明した。
戦車と生身で戦える生物など、シンクロイスぐらいであろう。
「人の中に混ざり合っているという発想が、なかったからね。だからこそ、君の中に気配を感じた時は驚いたんじゃないか」
どうして混ざっていると判断したのか、鉄男をシンクロイスと決めつけなかった理由についても話してくれた。
「俺達の能力はシークエンスが言うような、違う気配だけが判るものじゃない。違うものと、同じもの。両方の気配が判る能力だ。だから混ざり合っていると確信できたんだよ」
でも、と付け足し微笑んでくる。
「君が百パーセント、シークエンスに乗っ取られていなくて良かった。乗っ取られていたら、こうした出会いもなかっただろうからね」
そればかりかギュッと鉄男に抱きついてくるもんだから、即座に木ノ下の怒声が飛んだ。
「ちょっと、デュランさん!接近禁止令ィィーッ」
「木ノ下くんはシークエンスが表に出た時にイチャイチャすればいいじゃないか。彼女には好かれているんだろう?」と、おちゃらけるデュランにも、木ノ下はブチキレて叫び返す。
「俺が嫌です!俺が、す、好きなのは鉄男なんですからッ」
シークエンスが木ノ下に好意的なのも、デュランには話してある。
こちらの情報は全て出し切った。
鉄男の身柄はデュランが保障してくれるとして、あとはシンクロイスの弱点が判れば人類の勝利も手堅い。
ただし問題は彼女が今日に至るまで、その弱点を未だ鉄男に教えてくれていない点であった。
「それで、奴らの弱点って何なんだい?具体的には」と尋ねるデュランと「それが、まだ――」と答える鉄男の声を遮る形で、バタバタと足音が駆け寄ってくる。
「おっと。追いついたのは警備か、それとも研究者の方々かな?」
さして驚いた様子もなくデュランが呟き、二人を手招きする。
「ここに入ってやり過ごそう。何、大丈夫だ。こちらからは向こうが見えるが、向こうからは見えないマジックミラー仕様だよ」
入れと促されたのは本棚の背面だ。
どこに入れる隙間が?と訝しがる鉄男の前で、本棚が真横にスライドしたものだから驚かされた。
「す、すげぇ意味ねぇ隠し扉だ!」
鉄男、それから驚愕の木ノ下も引き連れて、デュランは本棚の後ろに現れた扉の向こう側へ身を隠す。
本棚が元の位置に戻ると同時に、複数の人影が部屋に転がり込んできた。間一髪だ。
じっと壁際で縮こまる鉄男の耳に、デュランの小声が囁く。
「軍の抱える機密ってのは、誰もが欲しがる重要な情報でね。ましてや、シンクロイスが人型を取れるとあっては、本人達が嗅ぎつけてこないとも限らない。そうしたわけで、この研究施設には秘密の小部屋が沢山用意されているんだよ」
壁の向こうでは、大勢の話す声が聞こえる。
不思議なことに、うち何名かは非常に聞き覚えのある声だった。
「いないじゃないか、辻教官」
特定の名前が飛び出して、木ノ下も鉄男も仰天する。
ひょいっと伸び上がってみるも、正面は壁で、当然ながら向こう側の様子は伺えない。
どこがマジックミラー仕様なんだと文句を言う前に、デュランが立ち上がって壁際のスイッチを入れる。
すると壁だと思っていた場所が透き通り、先ほどまでいた部屋の様子が見えてきて、二度驚かされた。
向こう側に集まったのは、全員女子。女の子だ。
私服なれど実によく見知った顔ばかりで、亜由美やマリアの姿も見える。
「なっ、なんであいつらがここに?」
小声で驚く木ノ下に、鉄男は言葉も出てこない。
驚く二人を面白そうに見つめ、デュランも囁いてきた。
「諸君らの知り合いかね?いや、何人かは見た覚えがあるな……そうだ、ラストワンの生徒だ。だいぶ引き離したつもりだったが、こうも早く追いついたとなると、能力持ちでも混ざっていたか」
「の、能力ってぇと……」
「気配の判る者だ。それを承知の上で生徒にしたと仮説を立てれば、諸君らの学長は、まだ隠している情報がある」
デュランと木ノ下がひそひそ話している間にも、向こう側のおしゃべりが聞こえる。
「いえ、大丈夫。辻教官の気配なら、ずっと感じているわ」と答えたのは、エリスだ。
デュランの推理通り、エリスが気配の判る者だとすると、やはり御劔は最初から何かシンクロイスの情報をある程度掴んでいたのではなかろうか。
それでいて、初めて聞いたかのようなリアクションを取っていた?
だが、そうと断定するには、おかしな状況も一つ二つあった。
真実は結局、本人に聞かねば判るまい。
それはそれとして、鉄男は集まった女の子達を凝視する。
スタッフと女医と教官達は何をやっていたのか、全員の遠出を許してしまったようだ。
ラストワンから此処までは、かなりの距離がある。
デュランの別荘で足取りを攪乱させた件を考えても、どうやって短時間到着できたのか判らない。
彼女達は別荘へは立ち寄らずに、こちらへ直行したのだろうか。
エリスの能力を頼りにして。
足は、ヒッチハイクすれば調達できないこともない。
何重にも入り組んだエレベーターの乗り換えに関しても、謎だ。
候補生は、誰もこの施設に入ったことがないはずだ。
九十九階へ辿り着くまで何度となくエレベーターを乗り換えて、鉄男は途中で覚えるのを断念した。
あれだけ複雑な乗り換えルートを、どうやって一発で弾き出せたのか。
カチュアがトコトコ此方へ向かってくると、壁にぺたりと手をつける。
何をするのかと首を傾げる鉄男の背後で、デュランが呟いた。
「む、マジックミラーに気づいたのか。勘の鋭い子だね」
続けて、鉄男の腕を取って後ろに引っ張った。
「ミラーに両手をつけたってことは手荒な方法を取ってくるかもしれない。少し下がったほうが安全だ」
何を予想したのかと鉄男が聞くまでもなく、マジックミラーがパリンと軽い音を立てて割れる。
弾け飛んだと言ったほうが正しいか。
とにかく鏡は四散して、それでいて誰にも破片が降り注ぐことなく、ぽっかりと四角い穴が空いた。
「なっ、何!?何したの、カチュア!」と叫んですぐ、マリアは突っ立っていた木ノ下と向かい合う。
「あっ、あれ?進!?えっ、鉄男は何処!?」
呼ばれて鉄男が立ち上がり、背後にいたデュランも身を起こす。
全員と向かい合う形で、しばらく見つめ合った後、一番最初に口を開いたのは木ノ下であった。
しかも「なんで、お前ら此処に来たんだよ?」という、あまり有り難くなさげな発言だったものだから、少女達は一斉に「ひどーい!」だの「せっかく助けにきてあげたのに」とピーチクパーチク騒ぎ出し、しまいには誰が何を言っているのかも判らなくなり、収拾がつかなくなりかけた。


Topへ