act6 追撃からの反撃
目を開けると、そこは車の中で、慌てて身を起こした鉄男は自分の乗った車が長いトンネルを走っているのだと判り、動揺した。「やぁ、鉄男くん。お目覚めかい?君が起きるのを待っていたよ、これでやっと本題に入れる」
ハンドルを握っているのは、デュランだ。
助手席には憮然とした表情の木ノ下も見える。
鉄男が起きるまで、二人で雑談でも交わしていたようだ。
「しばらくは別荘に引きこもって有力情報を待とうと思っていたんだがね、千の目を相手に戦うのは分が悪い。俺の姿を誰かに目撃されていたようだ。だから、作戦を変えることにした」
何処を走っているのかと問えば、ラフラス家専用地下道路だと言う。
一面荒野の非開拓地を買い取って地下に高速道路を造ったというのだから、金持ちの発想には呆れかえる。
「一体何の情報を待っていたんですか」と尋ねる鉄男へは、涼しい顔で答えた。
「君達の学長、御劔高士に関するデータさ。ゼネトロイガーはライジングサンより柔軟な動きの出来る二足歩行ロボットだ。しかし何故彼は今になって、それを軍へ売りつけようとしているのか。一度は軍を飛び出した彼が、だ。軍に売る算段があったのなら、軍をやめる意味もなかった。それに彼は何故、軍に自分の知った出来事を報告しなかった?」
「シークエンスの件なら、鉄男を庇うために」
木ノ下の言い訳を遮って、デュランは持論を話し続ける。
「シークエンス以外にも彼は空からの来訪者――いや、木ノ下くんの弁を借りるならばシンクロイスだったか、それの生態について詳しそうだがね」
「どういう意味ですか……?」
言われた事が何を意味するのか判らず、鉄男は首を傾げる。
シークエンスという言葉自体は、御劔もエリスも最初から知っていた。
しかし鉄男が問い質した答えによれば、彼らは都市伝説として認識していたはずだ。
万が一発生するかもしれない可能性に便宜上、名称をつけた。それがシークエンスなのだと。
では幾多の可能性にシークエンスと名づけたのは、一体誰なのだろう?
もっと具体的に言うなれば、何をきっかけに発生した言葉なのか。
御劔達の言うシークエンスとは。
言葉の意味を追及するばかりで発生源を尋ねなかった自分に、今気づく。
「シンクロイスがベイクトピアに襲撃をかけてきたのは君達が産まれるよりも昔、五十年以上も前からだ。無論、その頃には俺や御劔氏だって産まれちゃいなかったとも。軍へ提出された履歴書を見る限りだと今年で四十三歳らしいからね、彼」
「意外とオッサン!?」と驚く木ノ下を横目に、話を続けた。
「ライジングサンが健造殿の設計で完成し、俺がパイロットになった頃にも御劔氏は軍にいなかった。彼が軍属だった時代は、とても短い。三十代でチームリーダーとなって、数年後には辞めている。退役の理由は表向き、パイロットの養成学校を作りたいとの事だったが、彼は学内でロボットを造り上げた」
「え、でも養成学校は他にもオリジナル機体を持った学校がありますよね?」
デュランは木ノ下の質問に頷き、ただしと注釈を加えるのも忘れなかった。
「養成学校の所持ロボットは、殺傷力の低い武器だけが許されている。訓練中の事故で候補生が死んでも困るからね。だが君達の学校ラストワンのロボットは、シンクロイスを撃破した。たかが一機二機のロボットで何度も撃破するとは、軍でも為し得なかった偉業だ。恐るべき殺傷力の高い武器を積んでいると見える。そして軍は、それを黙認している。いや、そればかりか出撃も要請したと言うじゃないか。どういうことなんだろうね?」
「それは……軍属時代の繋がりが、あるから?」
ぼそりと答える鉄男をバックミラーに捉え、デュランは意味ありげに笑う。
「繋がりなら俺も持っているが、スパークランに出撃要請が来たことなど一度もない。本来、養成学校に戦力はないものだ。だが、ラストワンは特別に許されている……それも軍の公認で。コネだけではない強力なラインが見えてこないか?軍と御劔氏の間には。それに」
「それに?」と、木ノ下。
「それに、ゼネトロイガーの動力に関しても疑問点だ。何故彼は怒りでも殺意でもなく、煩悩などという面倒な感情を選んだんだろうね」
「怒りや殺意は計画的だから駄目なのだと以前、聞きました……本人から」
鉄男の答えにも、デュランは首を傾げてみせる。
「そうかな?煩悩のほうが計画的だと俺は思うがね。だって意識しないと出せないじゃないか、煩悩なんて。無意識でも発動する怒りのほうが扱いやすい」
もっとも、軍に売り渡す機体は全く別の仕様にするような旨を学長は言っていた。
それを鉄男が伝えると、デュランは思案顔で考えていたようであったが、次に出た言葉は全く違うものだった。
「ゼネトロイガーの不思議な動力源や、女性をパイロットに定めた点。それから軍との深い癒着やなんかも含めた上で言うんだが、御劔氏はシンクロイスについて、我々の知らない知識を多々持っているのではないかと俺は疑っている。他にも履歴書での学歴詐称といい、不審な点を上げたら、きりがない。何かと調べがいのある人物だよ」
学長の身辺調査をする為に人を遣わせたのだが、調べる前に先手を打たれたので逃げ出したのだと締めくくる。
今は何処へ向かっているのかと鉄男が聞くと、軍所有の極秘施設だとデュランは答えた。
「退役後の俺に極秘施設の場所を教えたのは、上層部のミスと言えなくもない。何故なら俺は、もう二度とベイクトピア軍とは深く干渉しないつもりでいたからね。だが……今となっては有益な情報だったと言わざるを得ない」
「一体、どんな施設なんですか?」と尋ねる木ノ下へは、片目を瞑って微笑む。
「少尉に命じた連中が、鉄男くんを放り込もうとしていた場所さ。そこを占領してしまおうかと思ってね」
その施設は、ミッドナイト区の地下道路を抜けた先にあった。
表向きは軍属病院として建っていたが、内情は空からの来訪者の研究施設であった。
まんまとデュランに出し抜かれ、もぬけの殻と化した別荘を調べている最中に、アニス少尉の携帯電話が激しく通知音を鳴り響かせ、受信した少尉がハッとした表情を見せる。
「どうかしましたか?」と尋ねる木藤を遮る勢いで、皆を振り返った。
「皆様、申し訳ありませんが私は今から別行動を取らせていただきます!」
えっ?と驚く一同を見渡して、忙しなく締めくくる。
「緊急指令です。病院が襲撃されているとの事、急いで現場へ向かわねばなりません」
なにやら酷く焦っているようだが、今、移動手段に使っているのはアニスが運転してきた車である。
これを取り上げられてしまうと帰るのは勿論、デュランを追いかける事も、ままならない。
「我々も同行して構いませんでしょうか」
御劔の申し出にも首を真横に振り、アニスは断言した。
「危険です。とても民間の皆様を、お連れできるような状況ではないと予測されます」
「襲撃って、どこのテロリストの仕業ですか。あっ、いや、まさか、まさか空からの!?」
泡を食う木藤にも答えず、アニスは踵を返して車へと走り寄る。
そのまま運転して去っていきそうな勢いだったもんだから、本郷は急いで呼び止めた。
「まてまて、どうしても行くと抜かすなら金を貸してくれ!我々は列車賃も持ち合わせておらんのだぞ」
「あ、列車代なら僕が」と伊能が言いかけるも、排気ガスとエンジン音でかき消される。
同僚への返事もフォローもそっちのけにするほど、大事だったようだ。
どこぞの病院が何者かに襲撃された事件とやらは。
ひとまず乃木坂は木藤を安心させてやろうと、口を開いた。
「空からのってこたぁないと思いますよ」
「何故です?どうして、それがあなたに判るんですか!」
「だって、今は何処も警報を出してませんから」
食ってかかる木藤へ乃木坂は笑いかけ、己の携帯電話を差し出した。
ラストワンの専用回線によるネットワーク検索の結果では、警報のケの字も引っかかっていない。
今は、どこにも来訪者が出現していない証拠だ。
「なら、何故危険だと予測できたんだ?いや、一体何者が襲撃してきたというんだ……」
本郷も首を傾げ、全員で途方に暮れてアニスが車をぶっとばしていった方角を眺めた。
だが眺めたって何が判るわけでもなし、デュラン追跡まで打ち切られてしまった形になった。
「困ったな……完全手詰まりになってしまったぞ」
腕を組んで考え込む御劔に、伊能が話しかけてくる。
「御劔さん、列車賃なら僕の持ってきた分がありますから何とかなります。それよりも元英雄の手がかりがないのは、困りましたね……」
別荘を捜索中、それとなく伊能には状況を話してあった。
同時に伊能が何者なのかの紹介もなされ、乃木坂達の警戒心も多少は和らぐ。
伊能十四郎は伊能四郎の息子である。
伊能四郎は、ベイクトピア軍に所属している研究者の一人だ。
御劔とは同期であり、言われてみれば、そういう名前の眼鏡男がいたような気がしないでもないが、殆ど記憶にない。
当時のベイクトピア軍で、御劔の才能は数いる研究者の中で一番輝いていた。
従って伊能某という名の雑魚など、御劔の熱烈信者である乃木坂の記憶には残らなかったのである。
現在も軍で働いているそうだが、大した功績が聞こえてこないところを見るに、やはりその程度の研究員なのであろう。
十四郎が何故、軍属にならず養成学校の教官になったのかは本人から聞いた。
彼は、なりたくてもなれなかったのだ。ほんのちょっとばかり運が悪くて。
要するに、研究者となる為の入隊試験に落ちたのだ。
親のコネは使わなかったのかと尋ねたツユへは、とんでもない!と首を振り、使えなかったのだと本人は言う。
その後イェルヴスターとラストワンから教官募集の声がかかり、先着だったイェルヴスターへ身を寄せた。
自分は父よりも凡人だから、これで良かったんだと笑う十四郎に、乃木坂もぎこちない笑顔で返す。
先に声をかけたらしいイェルヴスターには感謝だ。
ラストワンだけだったなら、この凡人自覚の無向上マンが自分達の後輩になっていたかもしれないのだから。
「一旦、ラストワンへ戻りますか?誘拐だとしたら、何か連絡が届いているかもしれません」
剛助の意見に頷き、御劔が号令をかける。
「手がかりが見つからない以上、ここで時間を潰すのは得策ではない。一度ラストワンへ戻って、アニス少尉の連絡を待つとしよう」
駅へ向かって歩く間にも、伊能が御劔へ話しかけてくる。
「ラストワンは、最近ずっと大変だったみたいですね。父も心配していました。何度も襲撃されたそうじゃないですか、来訪者に」
「あぁ、そうだ。これまでは候補生や機体のおかげで何とかやってこれたが、そうそう偶然は続かないだろうね……」
親しげに話す二人の間には、乃木坂でも容易に割って入れない。
つまらなさげにムッスリする彼へは、親友の気遣いが飛んだ。
「勇一、もうちょっとの辛抱だから。学校へ戻れば追い返す口実も作れるでしょ」
「あぁ、判ってる。判ってっけどよ、なんなんだ、この疎外感は」
まさか研究者でもない昔の知己、それも親父繋がりの奴に学長の真横ポジションを奪われるとは。
ラストワンへ戻ったら、如何なる理由をつけて野良犬のように追っ払うべきか。
帰り道、乃木坂の脳裏は、その計画でいっぱいになった。