合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 脱出からの逃走

子供の頃から、彼の周りには常に人が居た。
誰かに嫌われることなく、彼は常にクラスの人気者であった。
デュラン=ラフラス。
空襲で身寄りを失って施設にいた彼は、やがてラフラス家に養子として引き取られる。
一時たりとて孤独を味わうことなく真っ直ぐ正しい方向へ成長した彼は、中学卒業後、軍に入隊した。
たった一つ、それまでの人生に不満があったとすれば、義理の両親が厳格な点。
どれだけ優秀な成績を残しても、彼らがデュランを褒めるのは稀だった。
しかし、それもベイクトピア軍で出会った辻健造が解消してくれた。
辻健造は、空襲に紛れてベイクトピアを襲ってきたニケア軍に所属していた研究者だ。
逃げ遅れて捕虜になったものの、ベイクトピア軍は彼を丁重に扱った。
まだ、他国の技術が互いに極秘とされた時代だ。
ニケア出身の研究者である健造が大事にされたのも、当然と言えば当然だった。
ベイクトピア軍は彼から、ニケアの技術を引き出したかったのである。
待遇の良さに気をよくしたのか、彼は手詰まりになっていた人型ロボットの開発に貢献してくれた。
ライジングサンは量産計画さえ出たぐらい、優秀なロボットになった。
もっとも、実際にはコストの都合で計画は潰えてしまったが。
初代パイロットにはデュランが選ばれ、健造は彼にライジングサンの全ての知識を与えた。
彼が勝てば手放しで喜び褒め讃え、何度も頭を撫でて、時には抱きしめてくれた。
間違った真似をした時には、心から叱ってくれもした。
ロボットの操縦方法や、パイロットとしての心得だけではない。
人としての喜びや教訓、その他学校では教えてくれない知識を、健造はデュランに叩き込んでくれたのだ。
やがて健造は政治利用でニケアに戻され、デュランの心には彼が教えてくれた正義魂と愛が残る。
ライジングサンは、退役するまで彼の愛機となった。
帰郷の際、健造にはベイクトピア軍から多額の謝礼が贈られていた。
だからニケアに戻った後も幸せに暮らしているはずだと、デュランは信じて疑わなかった。
だが息子殿、鉄男の反応を見た限りだと、そうでもなかったようだ。
ニケアに戻り結婚して一子をもうけた後、健造に何が起きたのか。
赤の他人のデュランを、あれだけ可愛がったのだ。
血の繋がった息子なら、もっと可愛いだろう。
しかし、鉄男は実の父親の死に対し『やっと縁が切れた』と言った。吐き捨てた。
可愛がられていたとは、到底思えない。虐待されていたと考えるのが妥当であろう。
弱きを助け強きを挫く熱血精神を、デュランに教えたのは健造だ。
けして弱者に手をあげるな、曲がった方向に進むなと諭した彼が、何故自分の息子を虐待したのか。
考えられるのは、鉄男の中に紛れこんだ空からの来訪者に彼が気づいた可能性だ。
きっと、絶望しただろう。
人類の敵が、よりによって自分の子供に混ざっていたと知れば。
ただ、健造にそのような能力があると聞かされた覚えはない。
あくまでも、これはデュランの推測だ。
寝室の扉を開き、そっと中に入り込むと、ベッドに眠る鉄男へ忍び寄る。
鉄男の寝顔は安らかで、やはり健造の面影を多く残しているように感じる。
彼の頭を撫でてやり、デュランは僅かに微笑んだ。
「鉄男くん……必ず、俺が守ってやるからな」
本当は寝顔にキスなどしたかったのだが、鉄男の隣には木ノ下も寝ていたので自重しておく。
入ってきた時同様、音もなく部屋を抜け出ると、デュランは階段を降りていった。


候補生で最初に「警察や軍隊にだけ任せていちゃ駄目だよ」と言い出したのは、誰であったか。
中里拳美だった。
「駄目っていうけど、乃木坂教官の失踪事件とは状況が全く異なるんだぞ。まず、犯人が推測でしかない」
真っ先に反論したのは昴で、傍らでは辻教官の教え子である亜由美も慎重な意見を唱える。
「そうですね……現場に残された手がかりが少なすぎて、動きようもありません」
本音じゃ心配で仕方なかろうに、よく冷静でいられるものだと飛鳥は感心する。
だが、よくよく眺めてみれば亜由美の手は細かに震えており、焦りと緊張を感じさせた。
「実家は当然警察が押さえているとして……別荘や避暑地なんかも軍隊が知っているよねぇ」
「けど、そんな判りやすい場所に隠れたりするもんかな?軍属だった人が」
ともあれ推測だらけで何も掴めていない。
憤って動こうにも、どうしようもない――
誰もが、そう思っていたのに、エリスと相模原の出現でひっくり返される。
「あのね、エリスちゃんは空からの来訪者の気配が判るんですって!」
興奮して唾を飛ばす相模原の勢いに押し負けながら、飛鳥が本人へ確認を取る。
「空からの来訪者が、すなわちシークエンスってわけ?」
「えぇ」と頷きエリスが言うには、感知できる能力は珍しいものではなく、全国各地に似たような感覚の持ち主が多数いる。
ぼんやりとあぁ、この人は人間ではないといったふうに感じるのだそうだ。
過去に、その気配を感じた人はいたのか?と尋ねるまどかへも頷き、エリスは断言する。
「辻鉄男。彼の中にシークエンスを感じました」
言ってから、付け足した。
「いいえ、正確には彼の中に混ざった気配を感じるのです」
意味を何度か反芻して、数秒遅れで「えぇっ!?」と候補生が驚く中。「その、シークエンスって言葉だけど、あなたは誰に教わったの?」と尋ねたのは亜由美だ。
エリスは、しばし沈黙し、尋ね返した。
「どうして、それを今、聞き出したいの?」
今は辻教官と木ノ下教官を捜す方が先決なのは、亜由美にも判っている。
しかし空からの来訪者をシークエンスと呼ぶのは、エリスと御劔学長ぐらいなのだ。
これだけ長い年月、空からの来訪者が各地で認識されているというのに、気にならないほうが、おかしいではないか。
亜由美の指摘にエリスは再び沈黙すると、ややあって、ぽつりと答えた。
「私は御劔高士に教えてもらった」
「御劔学長か……いっちゃん聞きづらい相手やなぁ」と、モトミもポツリ。
それよりも、と相模原が話題を戻してエリスの肩を軽く叩く。
「さぁ、エリスちゃん。私達を辻教官の元へ連れていって!」
エリスは感情の見えない瞳で彼女を見つめ返し、答えた。
「……違う気配を見つけるかもしれないけれど、それでもいい?」
「全然オッケー!下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、よ!」
さりげに失礼な発言をかましつつ、しかし誰も相模原の勢いには口を挟めず。
「さぁ、行くわよ行くわよ皆!辻教官と木ノ下教官を助けに!!」
鼻息の荒さに押し流されるようにして、深く考える暇なく全員が表に飛び出した。


「――くそっ、気取られたか!」
アニス少尉率いる学長及びその他がラフラス家の別荘に駆けつけた頃には、別荘は既にもぬけの殻であった。
壁をガンと殴りつけ、少尉が悪態をつく。
「こういう時は布団を触って『まだ暖かい……敵は去ったばかりです』ってやるんだっけ?」
小声でボケる乃木坂に、こちらも小声でツユが叱咤する。
「バカ言っている場合じゃないよ、勇一。手がかりが、また途切れちゃった」
二階を調べてきた剛助は、学長の「どうだった」に首を振り「いませんね」と答える。
報告を受けてから、車をぶっ飛ばして一時間弱で到着したのに逃げられたのだ。
「こいつは偶然たぁ思えねーな」と呟く乃木坂を、怪訝な表情で木藤が見やる。
「と、言いますと……?」
「誰か情報を流した奴がいるんだね」
ツユが、ちらりとアニスへ目をやる。
「内通者が、まさか我が軍にいるとおっしゃりたいのですか?」
軍人に鋭い眼光で睨まれても、臆することなくツユは頷いた。
「いてもおかしくないでしょう?ラフラス氏は、今でも軍部と繋がりを持っているんですから」
「しかし、だとしても誰が?我々がデータベース検索したと知っているのであれば、士官に内通者がいるという結論になってしまうが……」
御劔も腕を組んで考え込む中、本郷は眉をひそめて吐き捨てる。
「ありえん。この状態で奴に味方して、何のメリットがある?」
「えぇ、それに上層部は満場一致でラフラス氏を速やかに捕獲する方針で動いています」とはアニスの解。
そこへ「大丈夫ですか!?」と飛び込んできた人影に、誰もがぎょっとなって振り返る。
「誰だ!」
声を荒げて誰何する木藤を手で制し、入ってきた人物には御劔が話しかけた。
「伊能くん、どうして、ここに?それに大丈夫って何がだ?」
「連絡をもらったんです」と答え、眼鏡の青年は、ちらりとアニスへ視線を向ける。
「あの、僕は貴方たちの敵じゃないので……銃を降ろしてもらえますか?」
少尉が銃を降ろすのを横目に、伊能は続けた。
「タレコミがあったんです。発信者は誰だか判りません。でも、そのメッセージには御劔さん、あなたの命が危険だと書かれていて、僕、もう矢も楯もたまらなくなって、急いで此処に駆けつけたんです!」
「よく、こんな場所まで来られたもんだねぇ」と訝しむツユへも視線をやり、伊能が力強く頷く。
「地図が添付してありましたから」
「発信者不明じゃ悪戯メールの可能性だってあったろうに。君は何で、信用したんだ?」
御劔本人に訝しまれ、伊能の眼鏡の奥がウルウルと激しく潤む。
「そんな……!だって、御劔さん、あなたの危機ですよ!?もし僕が悪戯だと放置して、それで貴方が死んだら、僕は一生悔やみます!!」
「具体的に、どのようなメッセージだったんですか?まだ、そのメッセージは保存してありますか」
興奮する青年を宥め、会話に割って入ったのは木藤だ。
伊能が「はい、ここに」と己の携帯を手渡してきたので、全員で覗き込む。
メッセージには『御劔が危険な探偵ゴッコをやっており、しかし向かった場所は罠で死ぬ可能性がある』といった物騒な内容が書かれており、ご丁寧にも、この周辺まで来る交通ルートが添付されていた。
「ピンポイントに学長を名指し、ここの場所にも詳しい……何者でしょう」
眉をしかめる剛助に御劔も「わからん」と答え、憐憫の目を伊能に向けた。
「もし、これが君を陥れる罠だったら、今頃屍をさらしていたのは君だったんだぞ、伊能くん。私の身の危険を案じる前に、自分の身の危険も案じたほうがいい」
だが、伊能ときたら「そんなこと言わないで下さい!」と、勢い余って抱きついてくるではないか。
「僕は……僕は、尊敬する貴方が死んでしまったら、生きている意味もなくなるんだ……!貴方の命が失われる事を考えたら、僕一人の命なんて安いものですッ!!」
どうも伊能からは尊敬以上の熱を感じるが、当面の問題は、そこではない。
デュラン=ラフラスに、まんまと逃げられてしまった。
「ともかく伊能くん、私はご覧の通り無事だから安心したまえ。さぁ、帰りなさい」
野良犬を追っ払うが如くの邪険な扱いに、伊能が憤慨したかというと、それはなく。
「いいえ!僕も同行しますッ。あなたを守る為なら休日消滅など安い代償です!」
忠犬よろしく尻尾があったらパタパタ振りかねない勢いで、同行を希望してきた。
「うわ……どうするんです、学長」
ドン引きした乃木坂が問うのには「どうしましょうかね?」と、御劔も少尉へ丸投げする。
アニスは心底嫌そうな顔で伊能へ目をやり、すぐに御劔へと向き直る。
「関係者以外の同行は、ご遠慮願いたいのが本音です。なんとか、お引き取り願って」
「嫌です!僕ァ、あなたが何と言おうとついていきますからね!」
本人は高々とストーカー宣言をかましてきた。
眉間に縦皺を寄せた本郷が結論づける。
「いずれにせよ、我々は此処で立ち止まっている暇などありゃあせん。それに、この若造は追い払っても、ついてくる気満々だ。仕方ない、つれていこう」
「しかしデュラン氏を追いかけるにも、もう手がかりが」と言いかける乃木坂は、木藤に遮られる。
「いえ、ここからの移動手段は限られていますからね。必ず尻尾を掴んでみせますよ」
「データベース検索が終了したと同時に、交通規制の手配をまわしてあります」と、アニスも続けた。
必ず目撃情報を見つけてみせると意気込む木藤を囲み、学長や教官にも一抹の安堵が広がる中、伊能が皆とは違うニュアンスの笑顔を浮かべたのに気づいた人物は一人もいなかった。


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