合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 守るもの、守りたいもの

鉄男と木ノ下がデュランと共に行方をくらましたニュースは、瞬く間にラストワン全体に広まった。
「えぇ〜、せっかく隠し撮りしようと思ってスタンバッていたのにぃ」
カメラ片手にぶつぶつ文句を言うメイラには、ヴェネッサの叱咤が飛ぶ。
「そんなことを言っている場合?二人も教官が誘拐されたのよ」
今日一日、辻教官と木ノ下教官の姿を見た候補生は一人もいない。
乃木坂教官の情報によれば、二人は一日中、寮にいる予定だったそうだ。
「候補生とデートもしないで、二人っきりで何をするつもりだったのかしら?」
さっそく頭の沸き始めたメイラを余所に、昴とヴェネッサは思案する。
「今日の午前中、デュラン氏を見かけたのは飛鳥くんとマリアくんだ。マリアくんは一階の廊下ですれ違い、飛鳥くんは校庭を横切る彼と挨拶をかわしている。その時には、特に変わった様子も見受けられなかったらしいけど」
「午後になる前には、もう、誘拐されていた……最初に気づいたのは、軍からの出向者でアニス少尉……だったかしら?」
「うん。アニス少尉が窓を飛び降りる人影に気づいて、現場付近へ直行。しかし到着した頃には既に人影もなく、まんまと逃亡されてしまった」
「三階から飛び降りたのよね?」と、二人の状況確認にメイラが混ざってくる。
「あぁ、恐らくはロープを伝って滑車の如く滑り降りてきたのではないか――という話だけど」
昴は頷き、窓の外へ視線をやる。
宿舎は四階建てで、三階でも結構な高さがある。
あの高さから滑車のように滑り降りるなど自分には恐ろしくて真似できないが、さすがは元軍属というべきか。
いや、自分も軍へ入ったら、そのような真似をさせられるかもしれないのだ。
いずれ、そうした訓練も密かにしておこうと昴は考えた。
――意識が逸れた。今は、それどころではない。
ヴェネッサの言うとおり、我が校の教官が二人も拉致されたのだ。大事件である。
「現場は二人一緒にいたのよね。二人とも、抵抗しなかったのかしら?」
メイラの疑問に昴も首を傾げ、慎重な答えを出す。
「辻教官一人なら抵抗できたかもしれないが、木ノ下教官を人質に取られたら、どうしようもなかっただろう」
二人を抱えて、そして何処へ消えた?
今は学長や教官が懸命に探している。
場合によっては軍の協力を仰ぐ事にもなろう。
誘拐犯が元英雄とあっては、軍部も内密に事を済ませたいはずだ。


ひとまず、逃亡には成功した。だが、このままではジリ貧だ。
今頃は自分を誘拐犯に仕立て上げた作戦が展開されているだろうとデュランに言われ、木ノ下と鉄男は大いに焦る。
「ど、どうすんですか!このままじゃ、ここも見つかって結局捕まっちまうんじゃ!?」
「そうならない為にも」と、デュランの視線が鉄男を捉える。
「君の中にいる誰かについて、教えてくれないか?何者なのかが俺にも判らないのでは、軍を説得しようにも出来ないからね」
じっと見つめ返し、鉄男が言葉を発した。
「その、デュラン……さんは」
「んん、そこはデュランと呼び捨てで!」
「……デュ、デュラン……は……」
額に脂汗を滲ませ、目をそらして、それでも英雄の期待通りに呼ぶ鉄男を、木ノ下は生暖かい気分で見守った。
俺が呼び捨てをお願いした時は、あれほど頑なになって拒否したのに、デュランには文句一つ言わないのか。
「……そのっ、空からの来訪者について、どれだけ知っているんですか?」
「あぁ、そうだね。まずは軍の見解を諸君らに説明しておこう。来訪者は普段、人型を取って、街の中に紛れこんでいる。しかし大型機を操って襲ってくる事もある。空を飛ぶ巨大人型については、あれが連中の居住区ではないかというアタリがついている。連中の狙いはベイクトピアの中心部だ。田舎は無視。他国の被害も、さほどではない。最近になって、我々を家畜化するという目的も明らかにしてきた。時期的に、君達ラストワンが襲撃を受けた後だったかな」
真実とは多少異なる点もあるが、大体、こちらの掴んだ情報と似たり寄ったりだ。
デュランは、ちらりと鉄男を見、話を続ける。
「そのせいで、軍はラストワンにスパイがいるのではと疑った。君達の中に、来訪者へ情報を渡している者がいるのではないかと疑われたわけだ。なにしろ、これまで一度も養成学校が狙われたことがなかったからね。ラストワンだけが何度も奇襲されるなんて、おかしな話だろう?この間の養成グランプリで、鉄男くんの持つ来訪者の気配に何人かが気づいた。暗殺部隊を動かそうと考えたのは今の将軍、グラツレイゴー氏だ。御劔氏から本郷氏へ渡りがついていたしね。ゼネトロイガーを売りつけたいという交渉だったようだが、将軍はそれを利用した。それで、本郷氏の出向にアニス少尉と俺が同行したというわけさ」
「えぇと、はい」と途中で割り込んできたのは、木ノ下だ。
「もう一人いましたよね?若い男性で」
「あぁ、木藤氏?彼は関係ないよ、今回の拉致作戦とは全くね。彼は本郷氏に頼み込んでラストワンの見学を希望した、ただのパイロット選考員だよ」
「何故そのような重要作戦の最中に、部外者を同行させたんですか」という鉄男の質問に、「おいおい、作戦に関係ないとはいえ、彼も一応軍人だぞ?」と茶化してからデュランは答えた。
「ちょうど良かったんだ。スケープゴートとして。パイロット選考員なんて、この上なく養成学校のお客様としては充分な役柄だろう?それに今の段階でゼネトロイガーが軍属ロボットに採用されると公表されるのも、都合が悪い。へんに噂が公で広まると、他の学校も騒ぎ出して大変な事になるからね。だから、本郷氏としても木藤氏の同行は願ったり叶ったりだったんだ」
「あー……」と騒がしいモトミやマリアの顔を脳裏に思い浮かべて、木ノ下は納得する。
あいつらならネットへの書き込みも、やりかねない。
学長は幸い、お客様が来るとしか彼女達には教えていない。
例え口の軽い乃木坂教官が情報を漏らしたとしても、メイラや昴ならば用心して外部に漏らすまい。
「それで……鉄男くん、君と来訪者の混ざり分配なんだが。普段は君の意識が表に出ている、という解釈でいいのかね。それと会話は、できるのかい?」
デュランの詮索に、鉄男がコクリと頷く。
「俺が意識を失えば、彼女は表に出てこられます。ですが俺の意識がある状態でも、俺とであれば会話は可能です」
「ほぅ、彼女。女性なのか」と驚くデュランに、補足した。
「はい。彼女が表に出てくると、体も女性になります。彼女曰く、俺達は別々の意識と肉体を持つ存在なんだそうです」
「へぇ、じゃあ彼女が表に出ている時は女子トイレに入らなきゃいけないのか。でも、そこで君の意識と体に戻ってしまったら、どうするんだい?」
下品な質問まで飛んできて、鉄男は顔を赤らめる。
まさか乃木坂でもあるまいし、英雄がこんな下衆な質問をかましてくるとは思わなかった。
「それは、その……っ、ひ、ひと気がなくなるのを待って出ていくしか……」
羞恥に染まってボソボソ答える鉄男をデュランは面白げに眺めていたが、鉄男の答えには相づちすら打たず、「彼女の名前は?」と全く違う質問を寄こしてきた。
「あ……」
からかわれていたんだと気づき、ますます鉄男の頬は赤らんだ。
散々鉄男と仲良くなりたいと言っていた割には、意地の悪い面もあるものだ。
怒りやら恥ずかしさやらで額いっぱいに汗を浮かべながら、それでも必死に会話を続ける。
「シークエンス……です」
「シークエンス。ふむ、その単語は訊いた覚えがあるな」
ぽつりと呟いたデュランに、鉄男と木ノ下の両名が驚愕する。
「し、知っているんですか!?シークエンスを!」
「あぁ、学者か研究者が言っていたんだったか、幾多の可能性だとか予期せぬ変化だとか。恐らく無限の可能性を秘めた存在だと言いたかったんだろうが、意味の判らん言葉だと感じたよ」
もう一度、ちらりと鉄男を見て、何度もうんうんと頷く。
「そうか、人の名前だったのか。ではスパイは、ラストワンではなく我がベイクトピア軍にいるのかもしれないな」
さらっと、とんでもない一言を呟かれ、木ノ下の動揺も激しくなる。
「ちょ、それってヤバくないですか!?」
「うん、ヤバイね」
「いや、ヤバイねって落ち着いている場合じゃないでしょーがッ!今からでも軍に連絡を取って……あっ、でも誘拐犯にされてんだった、チクショー!」
髪の毛をかきむしって大騒ぎする木ノ下と比べると、デュランは落ち着き払っている。
「ははは、木ノ下くん、落ち着きたまえ」
「これが落ち着いていられますか!!」
「大丈夫、俺が何の為に鉄男くんを手の内に置いたと思っているんだ?」
さわやかに笑い、さりげに鉄男の肩へ手を置くと、デュランは断言した。
「これから鉄男くんの身の安全をかけて、軍と交渉する。見つかる前に先手必勝だ。なに、言い訳は何とでもなる。なんせ鉄男くんのお父さんは、ベイクトピア軍への貢献者だからね」
言い終わると身を翻し、奥の扉へと歩いていく。
去り際、二人に向けて言い残しておくのも忘れなかった。
「君達は疲れただろう。二階に寝室がある。ゆっくり休んでおくといい」
ぱたんと扉が閉まるのを見届けてから、木ノ下が鉄男を振り返る。
「なんか、すっげぇ大事になってきちまったな……俺達、無事に帰れるのかなぁ?」
それよりも、と木ノ下を見据えて鉄男は言った。
「すまない」
頭を下げて謝るもんだから、木ノ下も驚きだ。
「すっ、すまないって何が?」
「俺のせいで、木ノ下まで巻き込んでしまって……」
俯き加減にボソボソ言う鉄男は、心底つらそうな表情を浮かべている。
今にも泣きそうで、でも木ノ下の手前、気丈に耐えているようにも伺えた。
「鉄男は悪くないだろ!」と、考えるよりも先に木ノ下の口からは慰めが飛び出した。
「そうだ、悪いのは鉄男に乗り移ったシークエンスだ。あいつが鉄男に乗り移ったりしなきゃ、今頃はこんなことにも、なってなかったんだからな!」
木ノ下の弁は結果論に過ぎない。
それにシークエンスが中にいなかったら、鉄男はラストワンの教官に採用されなかったかもしれないのだ。
それでも友の励ましは今の鉄男の心に、じんときた。
「ありがとう」
小さく囁いた鉄男の両目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
意識しないで出た涙だ。
それを見た瞬間、ゴビリと喉を鳴らす木ノ下を見て、そっと思う。
この友人は鉄男が普段と違う表情を見せるたびに唾を飲み込むようなのだが、そこまで驚くに値する事だろうか。
いつか、彼の心境も尋ねてみたいと鉄男は考えたのであった……

ミッドナイト地域は携帯電話の電波が届かないド田舎だ。
公共電波ではなく、専用回線でなければネットも繋がらない。
デュランの別荘には、家族専用回線が引かれていた。
通信先は実家。両親と妹、それから自分も今は実家暮らしだ。
軍と取引をする前に確認しておきたい事項が一つあった。懸念と言い換えてもいい。
ラストワンの学長、御劔高士の身辺調査だ。
ゼネトロイガーとラストワンが、彼の出資で作られたのは判っている。
だが、彼自身には謎が多い。
軍の研究者になる以前の経歴が雲を掴むように、はっきりしない。
本郷はベイクトピア出身の大卒だと言っていた。
疑うべき出生の謎は一つもない、とも。
しかしデュランが独自に調べた結果、御劔高士はベイクトピアの大学を、どこも卒業していないと判明した。
つまりは経歴詐称なわけだが、何故今まで誰も気づかなかったのだろう。
軍部が、そこまで間抜け揃いだったとは思い難い。
さりとて、こちらとて念入りに調べたのだから、調査結果が間違っていたとも考えづらい。
彼は、御劔高士は本当に来訪者とは無関係なのか。
ラストワンの襲撃原因は、本当に鉄男一人のせいだったのか否かを確かめておこうと思ったのだ。
「適任なのは……よし、彼がいい」
ラフラス家ゆかりの関係者リストを開き、じっくり吟味したデュランは、一つの名前に目を留める。
彼なら、御劔と面識がある。養成グランプリでも一緒に話していた。
あの距離の近さならば、大丈夫であろう。
相手に警戒される事無く、成し遂げられるはずだ。
さっそく回線を開くと、デュランは妹と連絡を取る。
「ミソノ、緊急ですまないが頼みがある。そうだ。至急、伊能くんを呼び出してくれ。あぁ、もちろん息子のほうに決まっているさ」


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