合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 三派

鉄男目がけて一直線に現れた、招かざる客デュラン=ラフラス。
彼の口から語られたのは、突然の来訪よりも衝撃的な内容であった。
「軍が鉄男を狙っているって、どういうことですか!?」
驚く二人を、じっと見つめ、「ここで説明してもいいんだが、時間が足りないな。ひとまず、俺の別荘へ身を隠そう」と言うが早いか、がらりと窓を開けたデュランに木ノ下の追及が飛ぶ。
「別荘?っていうか、窓から飛び降りるつもりですか?ここ、三階ですよ!?」
その、どれにも答える気はないのか、デュランはくるりと振り返ると、鉄男を促した。
「俺とて無駄に軍属だったわけじゃないさ。体術、兵法、撤退術など一通りのやり方は教わっている。さぁ鉄男くん、俺につかまってくれ。そこの彼も、真相が知りたかったら俺の背中におぶさるといい」
知りたいとも知りたくないとも答える前から、ぎゅっと抱きしめられて鉄男は身を固くする。
判らない。何もかもが唐突すぎて、考えが追いつかない。
学長はデュランに気をつけろと言っていた。
彼が軍へ鉄男を引き抜くのではないかと懸念もしていた。
しかし、デュランは軍が鉄男を拉致しようとしていると言ってきた。
鉄男に空からの来訪者が混ざっていることを、軍の関係者も知っているかのような口ぶりだ。
ちらりと彼を見上げると、真剣な眼差しで窓の外を伺っている。
ふざけているようには見えない。
「お……俺も行きますっ。あなたの話が嘘だったら、困りますから!」
木ノ下も、ぐっとデュランの背中に掴みかかる。
前に鉄男、後ろに木ノ下を抱えた状態で、デュランが窓から身を乗り出す。
ひゅっと何かを前方へ投げつけると、長い紐のついた何かは、くるくると向かいの樹木に巻き付いた。
「よし、いくぞ。怖くても悲鳴なんてあげたりしないように。見つかる確率があがってしまうからね」
「ま、まさか――」
最後まで木ノ下は言わせてもらえず、デュランの身体が窓を乗り越える。
言われた通り悲鳴を出すまいと歯を食いしばって、ついでに両目もぎゅっと閉じて木ノ下は彼の背中にしがみついた。
ごうごうと耳鳴りがし、しかし冷たい風は全部手前の身体が防いでくれて、あっと思う暇もなく地上へ降ろされたかと思うと、すぐさま「走れ」と指示を飛ばされる。
見れば鉄男もデュランを追いかけて走っていく。奴を信用すると決めたのか。
遅れずに、木ノ下も走り出した。

デュランが窓から教官宿舎を飛び出す、少し前。
「やぁ、ここの生徒さんは、どの子も礼儀正しいですね」
のんびりと学舎の廊下を歩きながら木藤が話を振ってくるのへは、傍らのアニスも微笑んで受け返す。
「そうですね。休日訪問だというのに、はしゃいだ子も見かけませんね」
「きっと事前に連絡がいってたんでしょう」
「それにしたって、一人二人は騒ぎ出すかと思っていたんですが。年頃の女の子ですし」
「そうですねぇ……そういうところは、かえって男子のほうが子供っぽいのかも」
他愛のない雑談をかわしながら、食堂からテラスへ抜けるスロープを降りてきた途端。
「あぁ、すみません。そこのお二人方、ラフラスさんを見かけませんでしたか!?」
やたら息せき切った様子の剛助とツユに、呼び止められる。
「ラフラス氏ですか?いえ、こちらにはいらっしゃっておりませんが」と答えたのは、アニス。
「格納庫に興味津々なようでしたし、そちらを見てまわっているのでは?」
木藤の思いつき発言に、ツユが首を振る。
「いえ、そちらには鍵がかかっているので入れないはずなんです。おかしいな、どこ行っちゃったんだろ」
「ラフラスさんに何か用事でも?」と木藤が問うのには、剛助が答えた。
「えぇ、一つ二つ言い忘れていた事項があったので、お伝えしたかったのですが……」
「あ、でしたら我々が後で伝えておきますよ」
気の良い木藤の提案にも、剛助は、やんわりとお断りを入れる。
「いや、今じゃないと意味がないんです」
「そうですか……でも格納庫と教官宿舎へ入れないんじゃ、残りの見学できる場所も限られてきますよね」
木藤は不思議そうに首を傾げ、アニスも辺りを見渡してみる。
今、この廊下にいるのは自分達だけだ。
生徒も他の教官も姿がない。無論、デュランも。
「もしかして、おトイレにいらっしゃるのでは」
「だとしても、こう、何十分も入っていますかね」
「何十分も探し回っていたんですか!?」
木藤とツユの問答を聞き流しながら、アニスは何の気なしに一つの建物に目をやった。
ラストワンの敷地は広く中央に学舎、後方に宿舎があり、手前が生徒用で背後に建つのが教官用だ。
正門を抜けてすぐの左手に建っているのが格納庫で、こちらも扉には厳重な鍵がかかっている。
宿舎は、どちらも訪問者は立ち入り禁止だと二人に教えてくれたのは、ここの生徒達。
つまり現時点で自由に見学できるのは、学舎だけというわけだ。
それでも食堂、教室及び特殊ルーム、それから医務室に教官室に図書室と部屋数豊富で歩き回るのも一苦労だ。
エレベーターがなかったら途中でへたばっていたかもとは、木藤の談である。
アニスが目をやったのは、教官用の宿舎であった。
入れないのは知っていたから、なんとなく眺めてみただけである。
その窓の一つから、ひゅっと何かが飛んで、続けて人影がひょいっと飛び降りるもんだから、彼女は思わず声をあげた。
「あっ!」
「どっ、どうしました!?」
木藤と相談していた剛助が焦って呼びかけるのには返事をするのも、もどかしく答える。
「今、窓から誰かが飛び降りました!」
返事をすると同時にアニスは走り出した。教官用宿舎の真下を目指して。
まさか、まさかと思うが――こちらの思惑を見抜かれていたのではないか。
焦りは、彼女の胸の内にも広がっていった。


正門を飛び出し、定期列車へ乗り込み、途中で定期馬車に乗り換えて終着の停留所で降りる。
この辺り、ミッドナイト地域は中央街より遥か東にあった。
鉄男は勿論、木ノ下だって初めての土地である。
「ど……どこだよ、ここ……」
停留所の側には何もない。
遠目に小規模な街が見えるものの、停留所付近は荒野が広がり物寂しく感じる。
「ここへ来たのは初めてか、二人とも。まぁ無理もないな、俺もここへ来たのは久しぶりだから」
「お、俺達をこんなとこまで引っ張り回して、どうするつもりなんですかッ」
鉄男を庇う位置で怒鳴る木ノ下へ肩をすくめると、デュランは答えた。
「言っただろう。軍が鉄男くんを狙っていると。俺は、それを阻止する為に、ここへ鉄男くんを避難させた」
「軍が鉄男を誘拐して、何になるってんです!?」
キーキー騒ぐ木ノ下を、じっと見つめ、デュランは自分の頭を指で二、三度突く。
「……少しは頭を働かせたまえ。空からの来訪者、その気配を持つ者を捕まえたら、どうするかなんて判りきっているだろう。解剖だよ、解剖。俺は鉄男くんを切り刻まれたくないから助けたんだ」
鉄男の背を押し、こうも言う。
「さ、こんなところで立ち話もなんだ。俺の別荘へ案内しよう」
背中を押されては否応なしに歩くしかなく、鉄男も困惑の表情を浮かべたままデュランへ尋ねた。
「どうして、デュラン……さんは、俺を助けてくれるんですか?」
「あぁ鉄男くん、君にはデュランと呼び捨てで呼んでもらえると嬉しいな!」
デュランはキラッと歯を光らせて微笑んだかと思うと、真面目に戻って切り返す。
「そんなのも決まっている。俺が君の父上殿に受けた恩を、息子である君に返したいからだ。健造殿はベイクトピアの未来に貢献してくれた。だから、俺も彼のゆかりの者に貢献したいんだよ」
「……父とは……」
ぼそっと鉄男が呟いたので「ん?なんだい」とデュランが聞き返すと、やはり視線は下に固定した状態で鉄男は呻くように呟いた。
「父と、俺とは、もう縁が切れて久しいんです……あれが死んで……やっと、縁が切れたと思ったのに。やっと、忘れかけてきたと思ったのに!」
最後のほうは怒鳴りちらす勢いで吐き捨てると、鉄男は怒りを孕んだ目でデュランを睨みつけた。
「あんな奴、全然偉くも凄くもない!死んで当然の奴だったんだッ」
あまりの剣幕の激しさに、木ノ下は「て、鉄男……」と驚いてしまって、続く言葉が見つからない。
デュランも然り、ぽかんと呆けた表情で鉄男を見つめていたが、やがて驚愕は憐憫へと変わっていく。
「そうか、君は……」
おかしいとは思っていた。
お父上は健在かとデュランが尋ねた時、鉄男は健造が生きているとも死んだとも言わなかった。
そればかりか自分の知らない父親像、ベイクトピアで父が、どう暮らしていたのかを聞き出そうともしなかった。
今の感情の爆発。間違いない。
鉄男と健造は、けして仲の良い親子ではなかった。
もっと言うなれば、父親が生きていた頃を思い出したくもないほど酷い関係だった――
「すまない。君の置かれた状況を考えもせず、無遠慮に言葉を重ねてしまった」
だが、と怒りに震える鉄男の両肩に手を置いて、デュランは真っ向から彼を見つめる。
「それならば、なおのこと君には生きていてもらわないといけない。つらかった青春時代、そんなものを忘れられるほど幸せになってほしいんだ、君には」
「……俺は……」
不意に、じわっと鉄男の両目に涙が浮かんできて、彼は慌てて目元を拭う。
ぎゅっと鉄男を抱きしめたら、脇腹を蹴ってくる足があり、ン?となってデュランが背後を振り向いてみれば、すっかり蚊帳の外に放り出され、逆さ八の字に眉毛を釣り上げて、ご立腹な木ノ下と目があった。
「なんだい、えぇと、サル顔の君。今、最高にいいところなんだから邪魔しないでくれたまえ」
「だーっ!誰がサル顔っすか!俺は木ノ下、木ノ下進です!あと、鉄男には五百メートル以内の接近禁止だと言ったでしょッ!」
「だから、五百メートルも離れたら抱きしめられないって。鉄男くんの独占も禁止法だぞぅ?」
先ほどまで真面目でいたかと思えば、もう、おちゃらけている。
パッと鉄男から腕を離すと、デュランは再び歩き出した。
「さて、つい井戸端会議をしてしまったが、この辺りは日が暮れると治安も悪くなる。別荘へ急ごう。そこで今回の拉致作戦及びベイクトピア軍の全貌を話してあげるよ、鉄男くん」
拭いてはこぼれる涙を拭って、鉄男が無言で頷くのを見、木ノ下は、そっと声をかける。
「その、大丈夫か?これ以上あいつと話をするのがつらかったら、ラストワンへ戻るって選択も」
しかし鉄男は気丈にも首を真横に振ると、小さく「平気だ」と呟き、歩き出すもんだから、木ノ下も仕方なく二人の後を追って別荘へと向かった。

「空からの来訪者の気配が分かる者の存在は、大昔から認識されていた。それこそ、やつらがベイクトピアの都心部に爆撃を始めた直後から既に存在していたんだ。まぁ、認識していたのはベイクトピア軍内部だけであり、一般にはシークレットとされていたはずだ」
別荘につくや否や、デュランが語り出す。
「気配が分かると言っても、そうだな、人間とは違う気配ってのが、ぼんやり判る程度なんだが、レーダーで確認するよりも前に接近が判るもんだから、俺も現役時代は重宝されたよ。やがて空からの来訪者が人型を取れると判った後は暗殺部隊が編成され、人型を捕まえるべく、近接戦の得意な武術の達人が部隊に投与された」
「えぇと、その、来訪者が人型を取れると軍部が知ったのは、いつ頃の話なんですか……?」
無理矢理話に割り込んでくる木ノ下にも、気を悪くせずにデュランは答える。
「俺が現役の頃は大型が多かったんだが、初めて人型で襲ってきたのは、いつだったか……そうそう、大型を一体撃破した後ぐらいだったと記憶している」
「撃破?撃退じゃなくて!?」
素っ頓狂な声をあげて驚く木ノ下に、デュランが笑う。
「そう、撃破だ。こいつは養成グランプリのクイズにも、よく出題されるから覚えておくように」
そういや、今期のクイズでも出ていたような。
やっと涙の収まった鉄男は、ぼんやり思い返す。
「向こうが人型で出てこられると、こちらも生身でしか出動できなくてね。俺の出番も減らされた。守るはずの街をロボットで破壊していたんじゃ、戦う意味もなくなっちまう」
人型ロボットは戦車よりも小回りが利かないし、場所を食う。
街を破壊する危険があった。
そうしたわけで空からの来訪者が人型で現れるようになってからは電撃ロボットも、お役後免になった。
「しばらく人型との交戦が続いていたんだが……ここ近年で戦場が他の国にも拡大してからは、また大型を見る機会が増えてきた。なんでだろうね」
突然話題をふられ、木ノ下がキョドった目で答える。
「え、いや、人型だと向こうもリスクが大きいからじゃ?」
彼の答えなど最初から期待していなかったのか、デュランは平然と話を続けた。
「恐らく向こうの準備が整ったのだ、と軍の上層部はアタリをつけた。我々を家畜化するにあたり、その準備期間が必要だったんだ。敵は人型を取り、我々の生態や耐久性を調べていたのだろう。街に潜伏し、じっくりと、ね」
乃木坂が予想したのと同じように、軍も同じ予想をしていたとは。
「ベイクトピア軍は大きく分けて、パイロット、研究者、士官の三派閥がある。暗殺部隊は士官に含まれ、陸動機の制作を一手に引き受けているのが研究者。本日ラストワンへ出向した本郷正敏氏は、現・研究チームのリーダーだ。君達の学長、御劔高士氏とは深い関わりを持っているようだね。俺の顔が効くのは古顔の士官上層部と研究者だが、暗殺部隊は知らない奴ばかりだ」
「えっ?でも暗殺部隊は、あなたが現役の頃から存在していたんでしょう」
木ノ下が尋ねるのには憂鬱な顔で答えた。
「あったよ。あったけど、こちらは大物退治、向こうは対人戦が主体だからね。全く現場が、かちあわない。従って、お互い不干渉の立場にあった」
ならば何故アニスが暗殺部隊だと判ったのか?に関しては上層部から情報提供があったと、あっさりバラした。
相変わらず、軍の内部機密を秘密にする気は全くないらしい。
「暗殺部隊の隊長が養成学校見物なんて、どう考えてもおかしいからね。空からの来訪者を捕まえに行くんだなって、すぐに判ったよ。そしてラストワンには確実に一人、該当する人物がいる……そう、君だ、鉄男くん」
上層部には彼女の手助けをしてほしいと頼まれていたのだが、何を助けるのか具体的な指示は受けていない。
それをよしとして、逆に情報を利用して鉄男を横から奪い取ってしまったのだ。
重ね重ね、とんでもない元英雄である。
「君を匿ったとなれば、俺と軍との繋がりも、これでパァだ。しかしね、鉄男くん。俺は後悔していないよ。自分が間違ったことをしたとは、微塵も思っちゃいないんだ。だって捕まえたら即解剖なんて、野蛮だと思わないかい?それに鉄男くんは、半分混ざり合っている状態だ。言葉の通じる相手だろ」
などと、にこやかに言われて鉄男と木ノ下が戸惑っているうちに。
「まぁ、スパークランは困った立場になるかもしれないが、それはそれ、これはこれ。俺を教官に呼んだのが、そもそもの間違いだったと言うことで!」
明るく言い放ったデュランには、思わず突っ込みを入れてしまった木ノ下であった。
「間違っているのか正しいのか、言動は一貫して下さいよ!」


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