合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 誘拐事件の真相は

休日に教官が二名も誘拐される大事件が発生したラストワン。
だが、この事件が公にされることはない。
なんせ彼らを誘拐したのは、ベイクトピア軍の元関係者。
さらに軍が自ら出向させたとあっては、大っぴらに公開するわけにもいくまい。
学長室には軍部の人間、アニス少尉と本郷研究室長、それから木藤選考員も残り、御劔らと額をつきあわせた。
「脱出ルートは窓。これは間違いのない処です。向かいの樹木には、かぎ爪の刺さった跡やロープでこすれた跡も残っておりました」
アニスの報告を受け、ツユが眉間に皺をよせる。
「なんだってラフラス氏は只の見学訪問で、そんな重装備を隠し持っていたんですかね?」
受け応えたのは木藤だ。
「判りません。しかし彼は教官宿舎を見学したがっていましたし、最初から誘拐が目的だったのでは?」
それにしたって何故が、つきまとう。
軍の元パイロットが鉄男を誘拐して、何のメリットがあるというのか。
これは私の推測ですがと前置きして、本郷が口を開く。
「デュラン=ラフラスは皆さんが知っての通り、我が軍の元パイロットですが、もう一つ特技を持っておりました。それは、空からの来訪者の気配を察知できる能力です」
「えっ!?」とラストワンの教官三名が驚くのを横目に、本郷は意味ありげな視線を御劔へ向ける。
「彼は正義感の強い男です。辻氏に何かを感じ取って拉致したとは考えられませんか?」
「ま、まさか本郷さん、あなたは辻が来訪者だと!?」
泡を食って尋ねる剛助にも目を向け、「さよう」と本郷は頷いた。
「でなければ正義感の塊みたいな男が、意味もなく誘拐事件を起こすとは思えません」
「ですが」と本郷の結論を遮ったのは、御劔だ。
「木ノ下も誘拐されています。彼も来訪者だったと言うおつもりですか?」
それに、と続けてアニスや木藤へ視線を移していく。
木藤が顔色を無くしてオロオロしているのと比べると、アニスは幾分冷静に見える。
現場に出撃する者と、しない者の違いなのか。
「もし仮に辻が来訪者だったとしたら、何故ラフラス氏は我々にそれを教えてくれなかったのでしょうか」
「教える暇もないほど、激しい抵抗を受けたのでは?」と、木藤。
しかし傍らのアニスは首を振り、「ですが、それなら脱出は不可能だったはず」と木藤の推理を否定する。
「恐らくこれは、彼のスタンドプレイかと思われます。ラフラス氏は過去の栄誉を自分の手柄と勘違いして、天狗になっていたと考えられます」
だとしても、辻と木ノ下両名を殴り倒して窓からロープで飛び降りて逃走?
いくら元パイロットといえど、そこまで機敏に動けるものだろうか。
首を傾げる面々には、アニスがすまして言う。
「ベイクトピア軍では、一通りの脱出手段と束縛方法を学びます。そこに火事場の底力も加われば、不可能ではないかと」
デュラン=ラフラスが辻鉄男と木ノ下進を誘拐したという前提で話を進めてきたわけだが、疑問が一つ二つ残らないでもない。
まず、デュランは何が目的でやってきたのか。
見学と言っていたが、鉄男に会うのが目的なのは木藤の話にもあるように明白であった。
しかし来訪者を見分ける能力があるなら、養成グランプリで初めて出会った時には、もう知っていたはずだ。
鉄男の中にシークエンス――空からの来訪者が混ざっていたことを。
何故彼は、何もしなかった?
鉄男と争う素振りさえ、見せなかったではないか。
来訪者は今以て、人類の敵である。
あの後、軍が鉄男を捉えに来る事もなかったのは不自然だ。
今回だってアニスや木藤が一緒だったのだ。まず、彼らに協力を仰ぐべきでないのか。
誰にも言わず失踪するのは無意味であろう。木ノ下まで誘拐した理由も判らない。
木ノ下が来訪者でないことは、ラストワンの全員が知っている。
来訪者たるシークエンスが、はっきり認識していたではないか。
木ノ下は、この星の原住民だと。
人質に使ったのだとしても、二人抱えて飛び降りるよりは鉄男一人を誘拐したほうが楽だ。
同時にいなくなったから、てっきりデュランが二人を誘拐したのだとばかり思いこんだ。
だが、この前提自体が間違っているとしたら?
「今、本部ではラフラス氏縁の場所を軒並みデータベースで検索しています。何か掴み次第、こちらへも連絡が届く手はずです」と、アニス。
「縁の場所?」と首を傾げるツユには、こうも説明した。
「彼は過去の栄誉により、莫大な財産を築きました。それらを元手として各地に別荘を所有。潜伏するとしたら、そのどれかでしょう」
「各地ってのは、ベイクトピア内の?」
さらなるツユの質問へも頷き、アニスは断言する。
「軍のデータベースには、過去現在で軍と関わりを持った人間全員の所有財産、及び家族構成や入隊するまでの学歴など、本人にまつわる基礎データが入力してあります。ラフラス家は歴代ベイクトピア軍に所属しておりますし、全ての別荘が登録済みです」
他国まで及んだら捜索は困難になっていたが、国内限定ならば虱潰しに探せば、いつかは見つけられよう。
それまで二人が無事でいてくれると、いいのだが……

教官達が学長室で頭を悩ませていた頃、候補生達も宿舎に集まり、独自に会議を開いていた。
「じゃあ、最後に見た時には、まったく誘拐をこれからしそうには見えなかったんだね?」
昴の問いに、飛鳥が頷く。
「うん。人当たりの良さそうなオジサンに見えたよ。誘拐犯になるとは思えないぐらい、さわやかだった」
飛鳥の答えをノートに取っているのは、まどかだ。
最後にデュラン容疑者と出会ったマリアと飛鳥、二人への事情聴取を行っていた。
「正直に言って、木ノ下教官が人質に取られても辻教官なら助け出せると思うのよね」
腕を組み、メイラが言う。
「えっ、でも進を、こう、がっちり掴まれていたら取り戻せなくない?」
マリアの反論にも首を振り、メイラが言い返す。
「辻教官の強さ、あなた達は知らないから、そんなことが言えるのよ。あの人、四方を囲まれたって突破できるぐらい強いんだから!」
来訪者の巨大人型から脱出した時の事を言っているのは判るのだが、あの時とは状況が違いすぎる。
あの時、仲間は誰一人として黒い軍団に囚われていなかった。
もし木ノ下の頭に銃を突きつけられて脅されたら、いかに強かろうと従う他ないのではあるまいか。
「辻教官が強いのは僕も知っている。けど、木ノ下教官を庇いながら戦うのは不利じゃないか?」
昴の言葉に、脳内で状況イメージしたメイラも渋々頷いた。
「……そうね。相手は元パイロット、元軍属ですものね」
「けどさぁ」と、口を挟んだのは飛鳥だ。
「やっぱり、信じられないんだよね。あの人、デュランさんが辻教官達を誘拐したっての」
「けど現状を見る限りでは、限りなくクロに近いんじゃなくて?」
混ぜっ返してきたまどかにも、飛鳥は首を傾げてみせる。
「三人が一緒にいなくなっていたから誘拐されたって決めつけるの自体、安直すぎない?っていうか、辻教官と木ノ下教官の姿を見た人は誰もいないんだよね」
「えぇ、そうだけど、それがなにか」と言いかけるまどかを遮って、飛鳥は全員の顔を見渡した。
「二人が一緒だったという前提自体が、間違っていた可能性もあるんじゃない?」
けど、と異論を唱えたのは杏だ。
「警備の人達が、言ってました。防犯カメラにデュランさんの姿が殆ど映っていなかったのは不自然だって。やっぱり状況的に見てデュランさんが二人を拉致したのでは、ないでしょうか」
防犯カメラに彼が映っていたのは食堂前、学舎男子トイレの前の廊下、そして入口の三箇所だけであった。
「でも、佐貫さんとマリアちゃんには姿を見せているんですよね……」と、亜由美も首を傾げる。
姿を見せたり、見せなかったり。
失踪前のデュランの行動は、実に不可解だ。
辻教官と木ノ下教官にしても、そうだ。彼らには失踪する理由がない。
いつも二人一緒に行動しているから、行方不明になった時も当然二人でいたと考えていたが、飛鳥の言うとおり一緒じゃなかった可能性もある。
だとしても、失踪の謎解明には繋がらない。
辻教官と木ノ下教官の部屋は、スタッフと乃木坂教官らの手によって根こそぎ調べ尽くされた。
結果、窓から誰かが脱出したのだけは間違いない事が判明している。
誘拐されたのではないとしたら、誰が何故そんな処から飛び出すというのか。
やはりデュランの手により二人が拉致された、そう考えるほうが自然であろう。
「窓を飛び出て、そこから何処へ行った……?」
昴は宿舎の窓へ近づいて、そこから下を見下ろす。
ここから誰にも見つからず、裏門へ近づくのは容易だ。
宿舎の監視カメラがあるのは、表玄関周辺だけなのだから。
飛び出してから軍人が駆けつけるまでの間に裏門を飛び出して、列車か車で移動したとしても迅速な行動だ。
二人も強制連行した割には。
「……二人が、もし、強制じゃなかったとしたら……?」
ぽつりと呟いた昴の推理に、誰もが耳をそばだてる。
「どういう意味?」とヴェネッサに尋ねられ、昴は脳裏に浮かんだ推理を並べた。
「辻教官と木ノ教官が何らかの理由でデュラン氏に同調して、一緒に抜け出した――という風には、考えられないかい?だって、考えてごらんよ。女性兵が窓の下へ辿り着くより前に、彼らは逃げ出していたんだ。二人もの成人男性を連れていたにしては、逃げ際が鮮やかすぎる。嫌がるのを無理矢理引っ張っていたら、女性兵に追いつかれていてもおかしくないだろ」
現場には、ロープで窓を滑り降りた程度の証拠しか残されていなかった。
ロープを回収する時間や二人の男を引っ張りたてる手間を考えると、どうも違和感を覚える。
「でも同調って、一体何に?」
マリアの問いに、昴は首を緩く振る。
「それは判らない。とにかく、今は学長達の次回報告を待とう。今頃はきっと、軍の手を借りて捜査しているだろうからね」
「捜査の結果を待つ必要は、ないわ」
お終いになりそうな会議へストップをかけたのは、戸口の前に立った相模原とエリスだ。
「待つ必要はないって、どうして?」
昴がエリスに尋ねてみれば、何故か相模原が鼻息荒く意気込んでくる。
「皆、ここはエリスちゃんに任せて!エリスちゃんってば、すごいのよ?あのね」
そこからは本人が話を継ぎ、部屋の中全体に響くような、良く通る声で言った。
「私には判る、辻鉄男の居場所が。いいえ、正確に言えば彼の中に眠る、シークエンスの可能性が」
一瞬の静寂を置いて。
「……シークエンス!?」
エリスと相模原以外の候補生は、声を揃えて叫んだ。


軍のデータベース検索結果が出るまでは、何も出来ない。
時間つぶしのつもりなのか、アニス少尉が御劔へ話しかけてきた。
「データベースの検索が終わる前に、一つ聞いておきたかったのですが」
「なんでしょう」
「御劔学長は、シークエンスという言葉をご存じですか?」
乃木坂とツユ、それから剛助もドキリとしたが、顔には出さずに学長を伺う。
御劔もまた、ポーカーフェイスで「えぇ、存じております」と頷いた。
「それは、どういった意味なのでしょう」と、アニスが尋ねるのへ。
「シークエンスかね?なら、前にも私が説明したじゃないか」と割り込んできたのは本郷だ。
アニスは頷き、ちらりと本郷へ目をやる。
「えぇ、お聞きしました。しかし、博士の説明は具体的ではなく私には判りかねましたので」
その遣り取りだけでピンときたのか、御劔も口を挟んだ。
「あぁ、なるほど。つまり幾多の可能性やら何やらが、実質どういう意味かをお尋ねしたいのですね?」
「その通りです」
笑顔で頷くアニスへ、御劔は簡素な説明で答える。
「実際の処、あれは都市伝説のようなものでしてね。空からの来訪者を指すのだという学者もいれば、人類の持つ可能性を意味するのだという学者もいる……人によって解釈が、まちまちなのですよ。特定の一つを指した言葉ではない。可能性の集合を指した言葉ではないかというのが私の見解です」
ひとまず鉄男の正体を軍部にバラす気はないと判って、剛助や乃木坂はホッとする。
半分混ざっているとはいえ、鉄男はラストワンの現教官なのだ。
下手に興味を持たせたりしたら、軍に研究材料として連行される恐れがある。
学長の判断は賢明だ。
「なるほど……」とアニスは感心したような素振りを見せ質問はそこで終わりかと思いきや、「では、その言葉を最初に言い出した人は、ご存じですか?」と第二弾を振ってきた。
「さぁ……私が軍属だった頃から、まことしやかに流れていた噂ですので、誰が最初の発言者かは」
涼しい顔でやりすごし、今度は逆に御劔が彼女へ尋ねる。
「少尉は何故、その言葉に関心を?」
「空からの来訪者に関する言葉だと、知人が言っていたので興味を持ちました」
こちらも表情を変えずにアニスが答える。
「ほう、その知人は学者さんで?」
「本人は商社マンですが、父親が学者だったそうで、父親から聞いたそうです」
アニスの答えには淀みがない。
一度も悩まないのは却って怪しさを感じるのだが、ここで彼女を疑ったとしてラストワンに何の益があろう。
今は一刻も早く、辻と木ノ下両名の行方を捜さなければいけない。
軍部と敵対している場合ではない。
データベース照合が終わるまでの間、彼らは悶々としながら待ち続けた。
やがてピーとアニス少尉の携帯が鳴り、即座に彼女が受信ボタンを押す。
「どうですか、何か判り……えぇ、了解です、ただちに現場へ急行します!」
ただならぬ緊迫感に、全員の顔にも緊張が走る。
「いきましょう、ミッドナイト区へ」
急かすアニスへは、剛助が尋ねた。
「そこにデュラン氏が?」
「えぇ、彼を目撃した住民がいたのです。急がないと逃げられます」
ミッドナイト区といえば、開拓放棄されて久しい田舎地域だったはず。
辺り一面荒野で閑散とした場所に、元英雄が別荘を持っていたとは意外だ。
だが青い髪に屈強な肉体、なにより全身からカリスマオーラを放っている男だ。
あれだけ目立つ風貌のデュランを、他の人と見間違える可能性は限りなく低い。
「では車を手配しましょう」
電話へ手を伸ばす御劔を止めて、アニスは言った。
「我々の車があります、ついてきてください」
全員を急かしながら、目まぐるしくアニスの思考は回転する。
やはりデュランが鉄男と木ノ下を連れ出していた。だが、何のために?
鉄男こと来訪者を誘拐するのは、自分だけの極秘任務だったはずだ。
デュランが同行すると聞かされたのは当日で、木藤と同じく只の見学だと思っていたのに。
何故、奴はアニスにも内緒で来訪者を勝手に連れだした?
見つけたら、速攻締め上げねばなるまい。
場合によっては口封じも吝かではない。
懐に隠し持った銃を、そっと撫でて、アニスは決意をかためた。


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