合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 ターゲットは辻鉄男

来月の休日にラストワンを訪れる来賓がいるので、粗相の無いように。
候補生への前もった呼びかけ。それが朝の集会を開いた理由であった。
来賓とは、軍の関係者だ。
軍人が何の為に、今の段階でパイロット養成学校へ来るのか。
そこまでは説明されず、ある候補生は下見だと予想し、また、ある候補生は様子見ではないかと懸念した。
実際、彼らが何をしにくるのかと言えば――
「ゼネトロイガーを軍部へ売り込むんですかぁ!?」と、木ノ下が素っ頓狂な声をあげてしまったのも無理はない。
なんせゼネトロイガーは男女二人で一組の操縦法である。
原則一人で動かす軍隊には不向きな機体では?
疑問に思う鉄男や木ノ下に、御劔が答える。
「あぁ、もちろん軍用のゼネトロイガーは一人でも動かせるように調整するさ。それと同行してくるデュラン=ラフラス氏だが、辻くんは絶対彼の側に近づかないよう」
「なんでです?」と聞き返したのは、乃木坂だ。
「デュランさんが辻の親父の知り合いだってんなら、警戒する必要なんてないんじゃあ」
それにデュランは元英雄パイロットだ。
新人教官が現場の経験談を聞くには、もってこいの相手ではないか。
「ラフラス氏の、辻くんへの執着が気になるんだ……引き抜きするつもりなんじゃないかと、ね」
眉根を寄せて複雑な表情を浮かべる学長には「大丈夫です」と、本人が力強く頷いてやる。
「俺は、ここを離れませんから。例え彼に何を言われようとも」
鉄男の顔をじっと見つめ、それでも浮かない顔で学長が言うには。
「うん、君のことは信頼している。だけど、あの男は軍にがっちり絡んでいるからね……正直どんな手段を使ってくるか、予想もつかない。だから、近寄らないに越したことはないんだ」
「そんなに根が張られるもんなんですか?引退しても軍とのコネって」
木ノ下が驚く横で、鉄男も、ぼんやり考えた。
そういや学長も軍にコネがあるといった話を、クリーが言っていなかったか。
コネvsコネで、奴の接近を阻止できないものか。
いや、鉄男が思いつくぐらいだから、御劔だってコネの一つや二つは思い当たったはずだ。
それでも懸念するからには、デュランのコネは御劔のコネよりも手強いのであろう。
「軍にどれだけ貢献したかでコネの範囲も変わってくる。ラフラス氏はパイロットとして多大に貢献した。その繋がりは研究者のみならず、上層部にまで渡る広範囲だ」
木ノ下の質問に答えた後、集まった教官――春喜以外の五人に御劔が言い渡す。
「私と乃木坂くんが軍の研究者代表と話している間、手持ち蓋差を利用して辻くんに近寄ろうとするかもしれない。その時は石倉くん、君と水島くんでの全力阻止を頼めるか?」
「二人も必要ですかね?引き留め役」と、ツユが肩をすくめる。
学長の言う、鉄男引き抜きに関しても彼は半信半疑であった。
ヘッドハンティングは、有能な奴が受ける行為だ。
鉄男は研究者ではないし、教官としても半人前だろう。
たとえ鉄男の親父が過去、デュランと友好関係にあったとしても、引き抜かれるという発想には至らない。
「なんでこいつがスパークランへ引き抜かれると恐れているんです?こいつ、そんな大した教官じゃないでしょ。まだ新人だし、無名だし」
御劔は一旦鉄男を見、それからツユへ視線を戻して首を真横に振った。
「私が懸念しているのは、スパークランへの引き抜きじゃない。ラフラス氏経由による、ベイクトピア軍への引き込みを恐れているんだ」
これには教官全員がたまげて、「え〜〜っ!?」と大合唱。
もちろん鉄男も例外ではない。
ポカンと学長の顔を見つめると、御劔は再度念を押してきた。
「この懸念が、ただの杞憂で終わればいいんだがね。来週の休日、辻くんは絶対一人にならないよう木ノ下くんと一緒に行動したまえ」
「……わかりました」
鉄男にしても軍への引き抜きは想定外であったが、木ノ下が一緒なら安心できるのも、また事実。
こちらの感情もお構いなしに、ぐいぐい距離を縮めてくる相手は苦手だ。
ましてや、それが親父の知人とあっては、どうしても嫌な想い出まで蘇ってしまう。
親父にまつわる想い出に、いいものはない。どれも忘れたい記憶ばかりだ。
忘れたいのに、でも忘れられない。親父が死んだ今でも、永遠に。
奴を思い出すだけで、鉄男の心はドス黒い感情で満たされてしまう。
ぶるぶると首を激しく振ってクソ親父の面影を脳裏から追い出すと、鉄男は木ノ下へ視線をやる。
我が友は心配そうな顔で、こちらを見つめていた。
彼が一緒なら、デュランも必要以上に接近してきたりはすまい。
木ノ下の肩に手を置き「頼んだぞ、木ノ下」と囁く鉄男へ、木ノ下も勢い込んで頷いた。
「お、おう、任せろ!」
次の休日は、何があっても木ノ下の元を離れなければ大丈夫だ。たぶん。

来月の頭にラストワンを訪れるのは、元英雄パイロットと研究者の二人だけではない。
パイロット選考員も一緒だ。
こちらは前二人と比べると目的が些か観光気分であり、今の時期でなくてもいいものであった。
「現段階での育成状況を調べるって、うちは新設校なのに?」
気が早すぎるよな、と木ノ下に話題をふられて、鉄男は考える。
これも御劔の持つコネ経由での訪問だとしたら、他の学校より有利な就職チャンスと考えられまいか。
「とりあえず、俺達に出来るのはモトミや杏が来客の前で失礼な真似をしないよう、注意しておく事ぐらいかな」
それでも浮き足立つ子が何人か出るのは、想定の範囲内だ。
鉄男の脳裏にも、はしゃぐマリアの姿が浮かんできて渋い顔になった。
「休日ってのがネックだよな。平日だったら真面目な姿を見せるだけで終われるのに」
木ノ下のクラスは問題児だらけだから特にそう思うのか、腕を組んでぼやく友に鉄男も混ぜっ返す。
「だからこそ、だろう。素のままの姿を見るのが目的とみた」
「うへー。抜き打ちテストってわけかよ。こりゃあ、一瞬たりともあいつらから目を離せないな」と言ってから、ちらりと鉄男に目を向けて言い直した。
「あ、いや、もちろん、お前からも目は離さないから安心しろよ?大丈夫、あの距離ゼロ英雄が何を言ってこようと、俺は絶対、お前の側を離れないから!」
距離ゼロ英雄、もといデュランの大会での態度には、木ノ下も思うところがあったようだ。
木ノ下にぎゅっと手を熱く握りしめられ、鉄男は、ほんの少し不安が和らいだ。


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