合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act1 紛れこむもの

来たる、翌月頭の休日。
候補生からスタッフまでもが浮き足だつ中、黒光りする車がラストワンの門扉に横付けされる。
「見てヨ、あれ!クルウズ]じゃない?シリーズ最高級ジャン、さっすがベイクトピア軍だよネ」
寮宿舎の窓から眺めていた候補生の一人、ニカラが意外な雑学を発揮し、側にいた友人勢も目を見張った。
「車の種類なんて全然判らんわ。要するに高級車っちゅうこっちゃろ?」
モトミが大雑把にまとめ、マリアは双眼鏡を目に当てて降りてくる人物に注目する。
車から降りてきたのはスーツに身を固めた若い男性、ヨボヨボの老人と続いて青い髪、最後は金髪女性の四名だ。
どれが研究者でパイロット選考員なのかはサッパリだが、内何名かは学校内を見学すると聞かされている。
もしバッタリ出会えたら、ここぞとばかりに自分を売り込んでおくのも悪くない。
輝かしい未来の為にも。
「ベイクトピア軍かぁ。他の軍隊の人達も来たりしないのかな?」
ベイクトピア軍は入隊志望先ではないのか飛鳥がポツリと呟くのへは、相模原が反応した。
「それはないんじゃない?だって、うちの学長が繋がりを持っているのって、ベイクトピアだけでしょ」
「何それ、繋がりって?」と聞き返してくる飛鳥に、相模原は肩をすくめる。
「あら、知らないの?学長って、元々そこの研究者だったらしいわよ。ね、モトミちゃん。確かそうだったわよね?」
モトミからの又聞きなのに、まるで知っていて当然と言いたげな態度に、思わず飛鳥は苦笑する。
相模原は時々、こうやって物知り顔をしたがるのが欠点だ。
そこも直しておかないと、辻教官の好感を得るのは難しかろう。
友人である飛鳥でさえ苦笑ものなのだから。
「せやで」と振り返ったモトミが言うには「今でも軍とのコネがあるっちゅうハナシで、今回の来訪もそれ絡みと見たほうがえぇやろ」とのことだ。
半分以上がモトミの憶測だとしても、軍とのコネがあるのは確実なようだ。
彼女が見せてきた、端末の情報を信じるのであれば。
「あ、見て、学長が出てきた」と誰かが指さし、皆の意識もそちらへ動く。
眼下では御劔学長がスーツのヨボヨボと握手をした後、順繰りに他の面々とも挨拶をかわしている。
察するに老人が他二人の上司兼リーダー格で、元英雄はオマケだ。
学長に促されて全員が校舎内に入っていき、ここからは見えなくなってしまった。
「難しい話して、見学したら帰っちゃうのかぁ。軍人っていっても研究者は暇なのかな」
「なわけないでしょ、むしろ忙しい合間をぬって来てくれたんじゃないの?」
適当全開な雑談をしつつ見物もお開きとなり、ばらばらと部屋へ戻っていく中、亜由美はカチュアとマリアを引き留めた。
「何?亜由美」と振り返るマリアの耳元で、ひそひそと囁く。
「あのね、遠埜さんから伝言なんだけど。校舎内で来客を見学するのに最適なスポットがあるんだって」
えっとなって亜由美の顔を見返してみると、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
メイラの話に乗るだなんて、模範生徒な彼女らしくもない。
「それって、どこかに登って下を眺めるってやつ?危ない場所じゃないでしょうね」
一応確認を取ってみると、亜由美は簡素な地図を見せてきた。
曰く、メイラが作ったラストワン校舎の略図らしい。
赤丸のついた場所が、そのスポットか。
「屋上と、下駄箱影と……男子トイレと、教官用お風呂場ぁ!?そんなとこ、どうやって入れってのよ!」
「休日だと鍵が解放されているんだって。清掃の業者さんが入るから」
「や、鍵がどうとかいう問題じゃなくて!」
どちらも女子禁制の場所である。普通に入りにくい。
しかし、マリアの動揺など亜由美は知らぬ存ぜぬで話を続ける。
「興味があるなら遠埜さんへ連絡してね。それじゃ」
伝えるだけ伝えると、さっさと自室へ帰っていった。
彼女自身はノゾキに興味がないようだ。
伝えていないことでメイラに怒られるのを気にしていたのかもしれない。
帰り際のホッとした表情を見た感じでは。
「そこまでして見たいかって話よね……」
廊下に取り残されたマリアはポツリと呟き、カチュアは既に踵を返して自室へ戻りつつあった。


「では私は、しばらく御劔さんと話をしよう。その間、諸君らは、どうするかね?」
学長室では老人に行動の希望を聞かれ、若者が手をあげる。
「あ、では私は校内見学を」
「私も、ご一緒して宜しいでしょうか?」と声を揃えたのは金髪の女性。
「もちろんです、一緒にまわりましょう」と若者が答えるのを横目に、老人はデュランにも同じ事を尋ねた。
ぐるり一周、学長室の額縁等を眺めていた元英雄が振り返る。
「そうですね。格納庫を見学したいのですが」
「格納庫、ですか?」と素っ頓狂な声をあげたのは乃木坂で、直後、ツユに脇腹を突かれて「うっ」と呻く。
「こちらの本郷さんとのお話が済んだ後、格納庫へご案内しますが、その時で宜しいでしょうか?」
御劔に念を押され、しばし顎に手をやり考えこむ仕草を見せたデュランは尋ね返す。
「それは、どれくらいかかりますか?」
「すぐに済むとは言えんな」と答えたのは、御劔ではなく本郷と呼ばれた老人だ。
「最低でも一時間、いや長くなれば半日以上は」
「では」と本郷の返事を遮り、デュランは最初の希望を覆す。
「教官宿舎などを見てまわりたいと思います」
「あーっと、それは!今っ、清掃業者が入っておりますんでッ!」
あからさまに嘘ですと丸わかりな乃木坂の言い訳には、剛助、ツユ、学長も苦い顔になる。
こうした交渉の場において、彼は全く役に立たない。
言い訳や弁明が、とことん下手なのだ。こと、仕事相手や苦手な対象が相手だと。
乃木坂の弁が達者になるのは、女性との恋の駆け引きぐらいなものだ。
「ふむ、清掃業者ね。それらしい車は何処にも見あたりませんでしたが」
きっちりデュランにも突っ込まれ、しかし彼は、それ以上追求せずに目的を変える。
「なら、しばらく校内を適当に見学してまわることにします」
すかさず「では我々と、ご一緒しますか?」と尋ねてくる若者には手を振り、「いいえ、一人で」と答えた。
「お一人では迷った時に不便でしょう。私がご一緒しましょうか」
剛助の申し出にも首をふり、「一人で見たほうが見方が変わってくる事もあるのです」とデュランは笑顔で言う。
笑顔ではあるが、これ以上のしつこい誘いは断固拒絶するといった圧を感じる。
それに、あまりしつこく誘ったら、逆に何かあるのかと余計な勘ぐりをされかねない。
重要拠点には厳重な鍵がかかっているし、問題は鉄男との接触だが、そちらは木ノ下のガードに期待しよう。
御劔は素早く思考をまとめると、デュランを解放した。
「では我々の話が終わるまで、退屈かもしれませんが皆様は校内の見学をなさっていて下さい」
「退屈だなんて、とんでもない!」と勢いよく若者が応え、両拳を握りしめる。
「私は、ここの見学が、もう楽しみで楽しみで、昨日の夜から眠れませんでしたから!」
「木藤さんのお気持ち、判ります。女の園ですものね」
傍らの女性にはクスリと苦笑された上で突っ込まれ、慌てて木藤は訂正した。
「ち、違います!そこは大した問題ではなくっ」
「ほらほら、散った散った。では諸君、また後でな」
蜘蛛の子を散らすが如く本郷に追い払われた三人は、それぞれ思い思いの場所へと歩き去っていった。
去っていく青い髪を見送りながら、ぼそりと剛助がツユに囁いた。
「……あとをつけるぞ。それとなく勘づかれないようにな」
ツユも黙って頷き、一定の距離を置いてから動き出す。

宿舎に一日中こもっていれば、何がこようと安全だ。
ただし、この宿舎には一つの欠点があった。
それは、個別の部屋に鍵がかからない点だ。
そして今日というこの日ほど、木ノ下がその欠点を悔やんだ日はなかった。
何故なら今日一日は絶対に開くことなどないと思っていた扉が勢いよく開かれ、青い髪の男がひょっこり顔を出し、「鉄男くん、こんにちは!おや朝食時だったかね、失敬失敬」などと宣って侵入してきたのだから。
「ぎゃあああ!なっ、なっ、なんで、なんでアンタがココにぃっ!?」
慌てふためいてラーメンの汁を盛大に床へぶちまける木ノ下なんぞデュランはとっくに視界外へ放り投げ、さりげなく木ノ下と鉄男の間に陣取ると、鉄男を上から下までじっくりと眺め回した。
「休日の鉄男くんは、意外や開放的なファッションなんだね。いやぁ、鉄男くんの健康的な太股を独り占めとはルームメイトも眼福だろう。羨ましい!」
木ノ下同様、予想外の来客には、鉄男も驚いて硬直してしまう。
警備員やスタッフに侵入を止められなかったのに驚きなら、鉄男の部屋をピンポイントに割り出したのにも驚きだ。
なにより、何故宿舎にいると判ったのだろう?
「ハハッ。鉄男くん、驚いているね?驚いた顔の君も可愛いよ」
顎をくいっと持ち上げられ、ようやく硬直の解けた鉄男は勢いよく身を離す。
「どっ……どうして、俺の居場所が」
「愚問だよ、鉄男くん。俺と君を繋ぐラインに、障害物なんてものは存在しないのだとも!」
即座に空いた距離を詰め、キラキラ輝く笑顔で力説するデュランに、こちらも混乱の収まった木ノ下が突っ込む。
「ラフラスさんっ、それ以上の接近はセクハラっすよ!?鉄男から最低五百メートルは離れて下さい!」
「デュランでいい」と断ってから、笑顔でデュランも突っ込み返しをしてくる。
「五百メートルも離れたら、部屋から出てしまうじゃないか。駄目だぞ、鉄男くんの独り占めは」
「べっ、別に独り占めしたくて言ってるわけじゃあ!!」
泡食う木ノ下を視界の隅へ追い出すと、デュランは鉄男だけに話しかける。
「鉄男くん、君との縁は君の父上殿と俺の間に生じた些細な絆がきっかけだが、この絆があったが故に君と出会えたのは、幸運であったと思う。だが此処のセキュリティーのガバガバさ加減は、君にとって不幸と言う他ない」
そうだ、それなのだが、何故警備員やスタッフは誰もデュランの侵入を止めなかった?
鉄男の脳内に浮かんだ疑問へ応えるかのように、デュランは話を続ける。
「まず、監視カメラの位置だが、あれじゃ侵入者に死角がありますと教えているようなものだ。非常口の鍵もチャチすぎる。もっと複雑な鍵をつけるよう、学長に申請しておきたまえ」
まさか、カメラの死角を通って非常口の鍵を破壊して入ってきたのか?
とんでもない英雄が、いたものだ。
鉄男の手を取って、デュランは微笑んだ。
「鉄男くん、俺と一緒にいさえすれば君は安全が保証される。どうだろう?今後は俺と同居生活するというのは」
「どっどっどっ」
どもる木ノ下は勿論スルーされているから、鉄男が代わりに言葉を引き継いだ。
「どうして、俺の身の安全を、あなたがそこまで心配するんですか……?」
「そりゃあ、君は狙われているからね、軍に」
なんでもないことのように、あっさり言われて、鉄男と木ノ下両名はポカンとなる。
「ついでだから、種明かししてしまおうか。鉄男くん、俺には君の居場所が分かるんだ。正確には、君の中に混ざっている何者かの波長が……ね」
何者かの波長。
シークエンスのことを言われているんだと気づき、鉄男はハッとなる。
しかも、デュランは混ざっていると言った。
鉄男を空からの来訪者だと決めつけるのではなく、鉄男とシークエンスが混ざり合った存在だと認識している。
驚愕の眼差しへ頷くと、デュランは先を続けた。
「気配を感じ取れるのは俺だけじゃないよ、ベイクトピアには何人かいる。軍の中にもね。鉄男くんに混ざっていると判った時には、さすがの俺でも驚いたが」
「シッ、シークエンス、いやっ、空からの来訪者の気配って判るもんなんですか!?」
口の端から泡を飛ばす木ノ下を一瞥し、デュランは短く答える。
「判る人間もいる、という話だ」
再び鉄男へ視線を戻すと、眉をひそめて言い切った。
「今日の来訪は、けしてゼネトロイガーの購入商談及び見学だけが目的じゃない。それならば本郷氏一人が出向けば、事足りるはずだ。鉄男くん、今回出向いた軍関係者には君の拉致を目的とする人間が一人混ざっている。用心したまえ」
一気に部屋内には緊張が走り、鉄男、それから木ノ下も、元英雄から距離を置く。
「えぇっ、まさかデュランさん、鉄男を誘拐するつもりで」
何か言いかける木ノ下を遮り、鉄男を真っ向から見据えてデュランは話を締めくくった。
「一人、女性がいただろう。彼女がそうだ。俺と同じく空からの来訪者の気配を感じ取れる人物、アニス=ジクリット少尉だ。女性だからと言って油断は禁物だぞ、鉄男くん。彼女は白兵戦の現役指揮官だからな」


Topへ