合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 期せずして

「ねぇ聞いた?蓉子がダイエット始めるって噂」
月曜日、朝食時の食堂にて、まどかが今が旬の話題を振ってきたのでニケアは毒で返す。
「笑えるよね〜、痩せただけでモテると思ってるトコとかサ」
「まぁ、それもあるけど。恋の相手が、さらにビックリなんだから」
「ン?何、何、誰?」
正直に言うと興味はなかったのだが、まどかが続けたがっていると判ったニカラは話を促してやる。
「辻教官なんですって!蓉子のお目当てのカレは」
「エェ〜ッ?乃木坂教官でも御劔学長でもなくて?」
「そうなの。この間の特別授業が効いているんじゃないかって、もっぱらの噂よ」
特別授業なら、ニカラも覚えている。
水島教官との特訓を嫌がった飛鳥と相模原の二人が、それぞれ希望する別教官の元で授業を受けたという話だ。
そんな奥の手が使えるんだったら自分達も随時受けたいよねと、まどかと雑談したものだ。
教官の交代は、この学校に入ってクラス替えがないと知った瞬間から、ニカラにとって悲願となった。
なにしろ後藤春喜なる地雷教官が居る等という情報は、入学前には知り得なかったのだからして。
「うちのクラスの教官と比べたら、水島教官だって充分許容範囲内だと思うけどネェ」
「でも水島教官と辻教官だったら、あんたはどっちを選びたい?」と、まどかに尋ねられ。ウーンと一応悩むふりをしてみたものの、ニカラの返事は即答だった。
「そりゃ〜もちろん辻教官に決まってんでショ。卒業試験まで考えに入れたらネ」
ラストワンで教官ワースト三をあげるなら一位はブッチギリで後藤教官だが、二位には水島教官がランクインしよう。
水島教官はとにかく、優しくない。
彼に女性への気遣いを求めるのは、求めるだけ無駄であろう。
「そうね、辻教官はウブなのも可愛いよね」
携帯電話を開いたり閉じたりしながら、まどかも頷いた。
「ヘェ?ウブなんだァ。どこで知ったの、その情報」
そちらには俄然興味がわいて尋ねると、まどかが携帯に収められた動画を見せてきた。
教室に女と男が二人。女は、まどかだ。
男は辻教官で、まどかが教官の手を取り自分の胸に押し当てている。
「えー?何これ。何やってんのヨ、アンタ」
困惑のクラスメイトに、まどかが説明した。何故か誇らしげな口調で。
「前にね、ちょっとした頼まれ事で辻教官を締め上げようってなって、締め上げてみました♪」
「締め上げるって……穏やかじゃないナァ」
ドン引きした級友にも、お構いなく、まどかはパタンと携帯電話の蓋を閉める。
「こんな十七そこらの小娘の胸を触っただけで、パニックになっちゃったんだから。可愛いと思わない?」
「無理矢理触らせといて、よく言う〜。逆セクハラじゃん」
子供の胸を触った程度でパニクるのは、可愛いと言うよりも情けない。
それに、まどかも、まどかだ。
普段は後藤教官のセクハラに青筋立てて不快感を示しているくせに、相手がイケメンならアリなのか。
「あー、でも、意外」
天井を見上げてポツリ呟いたニカラに、今度はまどかが尋ね返す。
「意外って?」
「んー、辻教官ってさ、いつも仏頂面で口調も厳めしいジャン。だから、女の子の扱いも厳しいのかとばかり思っていたんだけど……意外と無抵抗だったよネ?さっきの映像」
「あぁ、それね」
私も思ったと屈託なく笑って、まどかは、もう一度動画を再生する。
最初に話しかけた時から、距離の取り方が気になっていた。
この学校の教官は、女性に辛辣な水島教官を除けば、グイグイ距離を詰めてくる暑苦しい輩ばかりだ。
辻教官は、まどかとの距離を離そうと必死になっていた。
一番最初こそはジロジロと眺められたが、途中からは目線を外して視界に入れないようにしていた。
幼い頃から、男性にジロジロ見られるのには慣れている。
自分の外見が異性の目を惹く風貌だというのも、まどかは自覚していた。
だから途中で視線を外されるなんてのは逆に心外で、失礼な奴だと一瞬は思ったのだが、すぐに彼が照れているのだと、まどかは気づく。
耳たぶを噛んだのは女性に不慣れな男ならば動揺するだろうと踏んでの行為だが、これがまた大当たりで、あの歳になるまで辻教官は女性と親密な交流どころか接触もしたことがないに違いない。
何故、このような男がラストワンの教官になろうと考えたのか。
昴の依頼を抜きにしても、まどかは俄然、彼に興味が沸いたのであった。
「メイラが言っていたけど、辻教官、特別授業で蓉子に押しつぶされそうになっていたんだって」
「ハ?何がどうなったら、授業中にそんなんなっちゃうワケ?」
目を丸くするニカラに苦笑しながら、まどかはメイラからの又聞きを話した。
「襲いかかったんですって、辻教官に」
ニカラは「へぇー」と感心した声を出す。
まどかとしては、ここで驚いて欲しかったのだが、ニカラに衝撃はないようだ。
自分も携帯を取り出して、弄りながらニカラはボソッと呟いた。
「ま、あの子ガツガツしてるもんねー。前にも乃木坂教官のトイレ覗いたって言ってたし」
「え!?初耳なんだけど」
逆に驚きの情報を聞かされてしまった。
「ん、大じゃないヨ?小だけど。大きさ見て喜んでたの覚えてる」
「意外とやるわね……」
ギリッと爪を噛んで呟くまどかに、すかさずニカラが突っ込んだ。
「いやいや、そこ、感心するトコじゃないから」
「感心してないわよ」と、まどかも言い返し、付け足した。
「イケメンが好きって日々妄想しているだけの純情乙女かと思っていたのに、意外とガツガツいく実行派肉食女子だったのねって驚いたんじゃない」
「そうなのヨネェ。蓉子ってロマンチストとガツガツの融合体だから。いつか乃木坂教官のお風呂も覗くんじゃないかって、モトミとかと予想してたんだけど、そっかー、乃木坂教官から辻教官に移っちゃったのかー、興味。そんじゃ、覗かれちゃうんじゃない?辻教官も」
「覗くだけならいいけど触ろうとしていたっていうのよね、メイラの話だと」と、まどか。
「何に?」と聞き返したニカラへは「だから……」と一瞬言葉に詰まったものの、割合、すぐにまどかは答えた。
「……おちんちん、よ。辻教官の」
「へっ!?」
大声を出したニカラは慌てて周囲を見渡して、誰もいないのを確認してから小声で聞き返す。
「あっ、それで押し倒したの?もしかして」
「そうよ」
眉をひそめ、まどかも小声になる。
「それもあって、ダイエットを始めたんじゃないかって思うんだけど。今の体重じゃ抱きついただけでも、愛しの辻教官を怪我させちゃうかもしれないし」
「あー、うん」
ニカラは相模原の巨体を脳裏に描き、彼女にプレスされる辻教官を想像する。
教官は男性だが、それでもブチャッと潰されたら、肋を二、三本は折られるかもしれない。
良かった。相模原に好かれたのが、自分ではなくて。
……ではなく。
ダイエットに失敗しても相模原の興味が向き続けるようだと、辻教官は命の危険なのではあるまいか。
乃木坂や学長は日頃から女性にモテまくる人達だから、相模原をあしらうのにも慣れていよう。
だが辻教官は、まどかの話を聞く限りだと、女性のあしらいに慣れているとは到底思えない。
特別授業の時だって、メイラが助けに入らなかったら救急搬送されていたかもしれないのだ。
「や、やばいじゃん。なんとかして辻教官を助けないと」
瞬く間に、さぁっと青ざめるニカラを見て、まどかも頷いた。
「そうね。蓉子が失恋するよう、仕向けてみる?」
「いや、失恋は最初から確定済みデショ」
さりげに容赦ない突っ込みをしつつ、ニカラが相談を持ちかける。
「それより、蓉子の興味を辻教官から外させたほうが早いって。あんた誰か適当なイケメンに知り合い、いないの?」
そんなもんがいたら、相模原なんかに紹介せず、自分が落としにかかっている。
自分の好みではなく、且つ誰ともつきあっておらずフリーのイケメンか。難しい注文だ。
この学校にいない奴をあてがったところで、彼女が夢中になってくれるかどうかも怪しい。
突如ピルルルと、まどかの携帯が鳴り出したので、慌てて出た。
「は、はいっ」
『あ、まどかちゃん?今どこにいるの』
受話器の向こうにいるのは、最上級生のメイラだ。
いつもなら直接話しかけてくるのに、電話をかけてくるとは珍しい。
「食堂だけど。何か急ぎの用事なの?」
『うん。あのね、次の休日、とんでもない人が遊びに来るんですって』
「とんでもない人?」
『えぇ。聞いて驚いて?なんとベイクトピアの英雄、デュランさんがウチに来るのよ!』
「え……えぇーっ!?」と思わず大声を出すまどかには、ニカラも仰天だ。
「ど、どうしたの?電話、ナニ?」
突然の電話、突然の大ニュース。
次の休日は来月の頭、何故こんなタイミングで他校の教官、それも元英雄が当学校へやってくるというのか。
相模原のダイエットを妨害している場合じゃなくなってきた。
メイラの話は、まだ続いていたようで、さらにトンデモ情報を、まどかの耳に送り込んでくる。
『なんか、軍のパイロット選考員も一緒にくるって乃木坂教官が言ってるんだけど……ねぇ、すごい大事件じゃない?ど、どうしよう。パイロットに向いてないとか言われたら』
「それは気が早いんじゃ……というか、こんな大事な話、電話でする事でもないんじゃないかしら」と、まどかが突っ込んだ直後、校内放送が流れて、数時間後には全員が校庭へと集められた。


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