合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 女の友情!

日曜日。
本来なら教官を誘ってデートに行くか友達と遊ぶ日であるが、相模原の部屋を襲ったのは、そのどちらでもなかった。
「おっきっろー!朝だよ、マラソンにいくよっ」
ばしばし掛け布団を叩かれて、相模原はベッドから転がり落ちる。
ズゥゥンと重低音が鳴り響くのにも構わず、彼女を叩き起こした者は手を掴んで引っ張り起こそうとする。
「ちょっ……ちょっと何なのよぉ、飛鳥。私、朝は弱いんだから、まだ寝かせて」
「うるさいっ!ダイエットするって決めたんでしょ?だったら、すぐ着替える!」
「ダイエットって、マラソンって何!?私マラソンしたいだなんて一言も言ってないッ」
寝ぼけ眼で見上げると、飛鳥はスポーツウェアに身を固め、やる気満々で仁王立ちしている。
「さっき食堂で聞いたんだけど、辻教官はデブより断然スマートが好きなんだってさ。本人が言ったからね、間違いないよ」
時計の針は七時を指している。
今の時間帯なら、辻教官が起きていても不思議ではない。
それにしても、だ。早朝に本人から聞き出してのマラソン特訓とは、些か気合いが入りすぎではないのか。
相模原が指摘すると、飛鳥は鼻息荒く答えてきた。
「あんたが痩せなきゃいけないのは、この件だけじゃないでしょうが。デブすぎて機体に乗れないとか問題外だよ。どの機種にも乗れなかったら、パイロットもクソもないんだからね!」
これまで面と向かって飛鳥が相模原をデブと罵ってきた場面は、相模原の記憶には一片たりともない。
今の飛鳥は鬼だ。面と向かってデブと呼んできた。友達とは思えない所業だ。
じわっと無言で涙ぐむ相模原を見て、なおも飛鳥は檄を飛ばす。
「メソメソしたって痩せないよ。辻教官とラブラブになるんでしょ?」
「ラブラブにはなりたいけど、マラソンしたいとは」
「走り込みはパイロットになる為にも必要な運動なんだから、一石二鳥なの!グズグズ言っていると、辻教官を亜由美やカチュアに取られちゃうよ」
全く、今日の飛鳥は何なのだ。寝起きに何か悪いものでも食べたのか。
カチュアや亜由美が辻教官を好いているのは、相模原にだって判っている。
しかし相模原の見立てでは、辻教官は教え子の誰にも心を開いていないように見受けられた。
それを言うと、飛鳥には待ってましたとばかりに反論をくらう。
「今はそうかもしれないけど、一緒にいる時間の長さが愛情に比例するからね……いずれ亜由美やカチュアの可愛さに気づいちゃったら、あんたが何をしても辻教官は振り向いてくれないよ」
相模原と一緒で恋愛したこともないだろうに、知ったような口を訊く。
少しムッときたので、相模原は言ってやった。
「そうね、それは木ノ下教官にだって当てはまるんじゃない?杏ちゃんやレティ……は無理としてモトミちゃんは、あれで案外無邪気で可愛いトコもあるから、あんただってウカウカしていたら」
ところが飛鳥ときたら、平然としたもので。
「あたしは前の特訓の時、神妙にしおらしく特別講義を受けていたからね。印象だってバッチリさ。それに、あたしはあんたと違ってデブじゃないし」
再三に渡る体格差別に、とうとう相模原はブチキレた。
「なによ、デブデブって!水島教官みたいにデリカシーのないこと言わないでくれる!?」
逆ギレで半泣きな友人へ、飛鳥がほんの少し語気を緩める。
「デブって言われて怒るってことは、あんただって本音じゃデブを卒業したがっているんだよ。だからさ、これを期に脱デブしちゃおうよ。そうすりゃ水島教官も余計な一言を言わなくなるから、普段の授業が受けやすくなるでしょ」
言われた言葉を二、三度脳内で反芻し、相模原はハッとなって飛鳥を見た。
先ほどまでの猛々しさは消え失せ、苦笑している。
今までの態度は全て、ダイエットするする詐欺で全くやらない自分への応援エールのつもりだったのだ。
「そ、それじゃ、さっそくだけど」
涙を拭いて計画を練ろうと提案すると、さっと紙を差し出された。
ダイエットスケジュール表とタイトルがついたソレは、休日の予定をタイムテーブル化したものだ。
全部手書きで綺麗に清書してある。飛鳥が作ったのであろうか。
「誰かが言っていたけど、ダイエットって漠然とやると長続きしないんだって。きっちりスケジュールを組んで、毎日同じ時間数、継続させるのがコツらしいよ。でも一人でやると、どうしても手を抜きたくなっちゃうかもしれない。だから、あたしもつきあうよ。あんたが夏までに五キロ減……んん、三キロ減できるぐらいまで頑張ろう!」
「ねぇ、なんで今、五キロから三キロへ言い直したの?」
「いきなり飛ばすとバテちゃうから、最初は三時間ぐらいで様子を見ようと思うんだけど、どぉ?」
「それはいいけど、目標を縮めたのは何で?」
「あぁ、それはね、いきなり大きな目標を立てると、達成できなかった時のショックが大きすぎるから」
どこまでも気遣いされた手助けに、自分の飽きっぽい性格を見透かされているのではと相模原は思ったりもしたのだが、ダイエットする当人よりも輝いた笑顔で計画を語る友人の勢いに押されるようにして、来週の休みから、さっそくダイエット大作戦を始める事になったのであった。


「聞いたか?相模原がダイエットするらしい」
休日の昼さがり。
鉄男は木ノ下と一緒に外で昼食を取っていた。
「飛鳥が言ってたんだけど、本人がダイエットしたいって言い出したらしいぜ。やっぱ、あいつだって年頃の女の子だもんな。一応、太っているのを気にしていたんだ」
太っているとは、えらく気を遣った言い回しだ。
あれは、はっきり誰が見てもデブであろう。
巨デブとしか言いようのない体型だ。
気になった鉄男は、木ノ下に直接尋ねてみた。
「……木ノ下は、相模原をどう思っている?」
「ん?どう思っているって何が」
きょとんとする友人へ、再度言い直す。
「候補生として見た場合でもいい。好きなのか、嫌いなのか」
木ノ下は迷いもせず即答した。
「好きか嫌いかって言われたら、そりゃ〜嫌いじゃないさ。大好きってわけでもないけど、嫌う要素もないし、いい子だよ」
「嫌う要素もない、だと……ッ!?」
大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべる鉄男には、木ノ下も困惑する。
鉄男に答えたとおり、木ノ下は相模原を好きでも嫌いでもないが、強いて言えば好感を抱いている。
時々皮肉を飛ばしたりするけど根は素直で明るいし、友達が多く、誰とでも上手くやっているように見える。
太っているからと彼女を批判するのは、相手の根底を理解していないと言えよう。
女医も言っていたのだが、相模原は元々太りやすい体質であるらしい。
ならばデブデブと蔑むのではなく、健康的な生活スタイルを指示してやるのが担当の義務だ。
だが、それをツユに指摘しても無駄であろう。
あの男は、どうも他人の心情を慮る能力に欠けている。せいぜいが鼻で笑われて終わりだ。
もし鉄男も相模原を肥満というだけで蔑んでいるのだとしたら、先輩たる自分が指導せねばいけない。
「あのさ」と話しかける木ノ下と「……実は」と小さく愚痴垂れる鉄男の声が重なった。
「あ、悪い。なんだ?」と木ノ下には促され、下向き加減にボソボソと鉄男が呟く。
「前の……個人授業で、奴に、襲われた」
「……えっ!?」
驚きのあまり、ガタンと音を立てて木ノ下が立ち上がる。
それにも構わず、やはり視線は床を見つめながら鉄男は吐き捨てた。
「俺には、あいつがイイヤツだとは到底思えない……」
「え、えぇと、それは、だな」
咄嗟の判断でフォローしようと思ったが、当時の状況が判らずではフォローのしようもない。
木ノ下は率直に尋ねた。暗く落ち込む後輩へ。
「どういう経緯で襲われたのか、詳しく話してもらえるか?」
「どういう経緯も何も」
ちらりと上目遣いに先輩を見上げると、鉄男がぼやく。
「こちらは真面目に授業をしていただけだ。あいつは最初から発情していた」
「は、はつじょう……」
「俺の、その……身体を触ろうとしてきたり、こちらが抵抗できないのを踏んだ上で襲いかかってきた。遠埜が来てくれなかったら、どうなっていたのかと思うと、身の毛がよだつ……」
救いを求める目で見つめられて、木ノ下は思わず頷いていた。
「よ、よし!そこまで心配なんだったら、俺が一度、相模原に話を通しておいてやるよ。辻教官はスキンシップが苦手だから、あまりベタベタしないようにってな!」
相模原がツユを嫌っているのは、木ノ下も知っている。
しかし、だからといって、鉄男に目をつけていたとは知らなかった。
木ノ下の知る彼女は、いつも乃木坂か御劔を目で追い回していたように思うのだが。
女の子に囲まれすぎな乃木坂や、雲の上の学長では手が届かないと、ようやく悟ったのか。
鉄男は男前だが本人が高いバリケードを周囲に張り巡らせているせいか、好意的な態度で接してくる女子など亜由美ぐらいしか見た覚えがない。
マリアは物怖じしない性格ゆえに、対等の態度で接している。
カチュアは相変わらず鉄男と距離を置いているように、木ノ下には見えた。
「そういえば」と鉄男の告白は、まだ続いていたので、木ノ下は耳を傾ける。
「朝、佐貫が妙な質問をしてきた。ぽっちゃりとスマートでは、どちらが好きか、と。あれも相模原に関わる質問だとしたら、俺は……未だ、奴に狙われているのか」
鉄男の瞳を彩るのは恐怖だ。
嫌っているのではない。鉄男は相模原を怖がっている。
襲われた程度は判りかねるが、えらく深刻なトラウマを植えつけられたようだ。
「あーうん、飛鳥は友達想いなとこあっからなぁ。あぁ、それでダイエットに繋がるのかぁ……」
教官としては、候補生の応援をしてやりたい。
しかし友人の心の傷を癒やしてやるには、彼女を鉄男から遠ざけねばなるまい。
双方傷つけずに和解で終わらせるには、どうすればいいのか。
暗く落ち込む鉄男の背中を優しく撫でてやりながら、木ノ下も思案に暮れた。


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