合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 逆ナン計画

養成グランプリが終了した。
優勝こそ出来なかったものの、知名度をあげるという点においては上々の成果だったといえよう。
さっそく事務室の電話が問い合わせで鳴り響き、候補生のやる気にも影響が見られた。

「クイズ大会って結構マニアックな問題が出たよね。あれって、やっぱり日頃の情報収集を大切にしろって事なのかなぁ」
休み時間、遊びに来たマリアの雑談にモトミが応える。
「せやな、ネットで調べれば知識なんて幾らでも引っかかる時代やし。軍隊行く気あるんやったら、最低知識はつけとかなアカンとちゃう?」
うーんと腕を組み、マリアは天井を仰いだ。
「過去の英雄も知っとかなきゃいけないのかぁ……厳しいね」
デュランや志熊が活躍したのはマリアが生まれるよりも、ずっと昔の話だ。
だが、モトミの言うとおり今はネットワークで雑学情報が公開されている世の中だ。
調べない手はない。
「面接で質問されるかもしれないし、入りたい軍の基礎情報ぐらいは調べておいたほうがいいのかも」
ちなみに、とモトミが亜由美を振り返って尋ねてくる。
「亜由美はんは、どこの軍を希望しとるん?」
「あっ。私は、やっぱりクロウズ軍かな……故郷だし」
「そっかー。ウチはベイクトピア軍一択やな」とモトミが言うので、マリアも気になって口を挟んだ。
「えっ、そこはニケア軍じゃないんだ?一応、モトミの故郷でしょ」
モトミは、ジト目でマリアを睨み返して吐き捨てる。
「アホ抜かしぃや、時代遅れのレトロ軍に入って何せぇっちゅうねん」
「そこまで言う!?」とマリアが仰天する横では、亜由美も突っ込んだ。
「えっ、でも英雄を生み出した軍隊なんでしょ、ニケア軍は」
「英雄かて過去のやろ、しかも、たまたま一人だけ突き抜けてたってだけやろ?機体の性能が良かったんと違うし。ベイクトピアは機体の性能がダンチやさけな。さすが軍事国家やで」
「軍事国家ぁ?」
声を裏返させたのは、当のベイクトピア人であるマリアだ。
「軍事国家じゃないよ、ベイクトピア。そりゃあ、一番栄えている国だけどさ」
「なんや、知らへんの?昔っから軍事国家として有名やで、ベイクトピアは!」
会話が白熱してきたところで、次の授業を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ、やばっ」と身を翻して出ていくマリア達と入れ違いに、木ノ下教官が入ってきた。
「なんだ、お前らにしちゃ随分政治的な話で盛り上がっていたんだな。廊下まで聞こえてきたぞ」
「政治的言うほどでもないねんけどな」
間髪入れずに言い返しつつも、褒められたと思ったのか、モトミは嬉しそうに頬をかく。
「今から将来を決めておくのは悪くないぞ。どうだ、レティも決めてあるのか?入りたい軍」
木ノ下に話題を振られ、レティシアは、ふるふると首を振りながら答えた。
「やぁ〜ん、まだ将来を考えるには早すぎますぅ〜。レティはぁ、それより木ノ下教官とのラ・ブを学ぶのに精一杯ですぅ、キャッ☆」
今の段階では何も将来について考えていないと見ていいだろう。
やれやれと苦笑し、木ノ下が最後の一人へ目をやると、杏は、そっと視線を逸らす。
将来はっきりした進路を決めているのは、モトミだけか。
卒業できるかも判らない時点で将来の願望を語るのは、時期尚早かもしれない。
しかし漠然と学ぶよりは計画性のあったほうが、知識の吸収にも影響を与えよう。
「よし、じゃあ今後は一年ごとに進路を聞く事にするからな。ちゃんと決めておけよ、二人とも」
「え〜〜〜っ?」と叫ぶ杏とレティの大合唱を背に、木ノ下は黒板へ今日の授業内容を書き記し始めた。


――昼食の時間。
はぁっと深い溜息をついて、相模原がスプーンを置く。
「少しダイエットしようかなぁ」
聞き違いかと勢いよく振り返った飛鳥は、相模原の手元にあるチキンライスが半分も減っていないのに二度驚いた。
いつもなら、おかわりの二杯三杯は軽い彼女が、どうしたのか。
「ダイエット?あんたが!?」
訊き方が大袈裟だったのか、相模原は「なによ、そこまで驚く事ないでしょ、失礼ね」と、ふくれっつらになる。
だが、すぐに機嫌を直したのか、何故ダイエットする思考に至ったのかを語り始めた。
「男の人って細い子とぽっちゃり系だったら、やっぱり細い子のほうが好みかなぁって思って」
「えっ!?」と目を見開く飛鳥など視界の彼方へうっちゃりして、もじもじと可憐な乙女の如くな発言を相模原は続けた。
「そりゃ好みなんて人それぞれだと思うけどォ〜、今のままだと私、視界にも入れてもらえないみたいだしィ」
「えぇっと、つまり」
なんとか持ち直して、飛鳥は尋ねた。
「好きな人が出来た……ってこと?」
答えを渋るかと思いきや、案外素直に「うん」と頷き、相模原が前方へと遠い目を向ける。
つられて飛鳥も視線の先を見て、教官が二人座っているのを確認した。
木ノ下と鉄男だ。
どちらが彼女の想い人かなんてのは、考えるまでもない。
「え、えー……」
「なんで、そこで思いっきりドン引きすんのよ」
今度こそ本気で気分を害しながら、相模原が聞き返す。
「だって辻教官に教えてもらったのって養成グランプリまでの数日じゃん?あれで好きになるって」
「あれだけで充分だったのよぅ。間近で見た辻教官のイケメンっぷりを堪能するには!」
顔に似合わぬブリッコポースで力説されても、飛鳥はドン引きするばかりだ。
男前か否かと問われたら、確かに辻教官は男前の部類に入るのであろう。
他に男前と呼べるのが乃木坂教官と御劔学長ぐらいしかいない、この学園においては。
しかし人間、顔じゃない。飛鳥は、そう思うのである。
その証拠に木ノ下教官を見よ。
顔はイケてなくても、思いやりがあって優しいではないか。
石倉教官だって多少脳味噌筋肉思考寄りではあるが、真面目で生徒想いの教官だと聞いている。
中身を重視したい飛鳥としては、顔が良ければ何でも良しとする感覚には、どうもついていけない。
飛鳥がチラリと相模原の顔を伺うと、とろんとふやけた視線で熱心に辻教官を見つめている。
「私のことを貴様って呼ぶのよ、辻教官。最初は嫌だったんだけど、だんだん快感になってきちゃって。ねぇ知ってた?辻教官って、めっちゃイケメンボイスなのよ。顔に似合った声っていうか!卒業試験、あんな声で囁かれたりしたら、身も心も辻教官に捧げたくなっちゃうワァ〜」
「へ、へぇー……」
めちゃくちゃ熱く辻教官語りされて飛鳥がドン引きするのにもお構いなく、相模原は両肘をテーブルについて、なおも劣情の視線を鉄男へ向けながら語り続けた。
「どっかのオカマがデブって呼んだら殺気しか沸かないけど、辻教官に言われるんだったら許しちゃうかも、ウフッ」
どっかのオカマとは、聞き返さずとも水島教官への悪口だというのは想像に難くない。
水島教官と比較したら、飛鳥でも辻教官のほうがいいかもと思ってしまう部分はある。
しかし教官の一時変更が許されたのは、あの大会があったからだ。
二度と、こちらのワガママは通るまい。
相模原も、それは判っているのか太い腕をがっちり組んで、う〜んと呻いた。
「授業を受けるってのは、もう出来ないだろうから……あとは休憩時間で如何にアピールしていくか、よね」
毎日の授業は四時間だ。
休憩時間は、昼休みを含めれば三回のチャンス。
毎日三回で、どれだけ積極的に迫れるかが鍵だ。
「放課後は?」と飛鳥が尋ねると、「放課後は忙しいんじゃないかしら」と、まともな返事がくる。
辻教官は新人だから、そこはちゃんと相模原も気を遣っているようだ。
「それでね?飛鳥」と、話はまだ続いていたようで、耳を傾ける級友にチロリンと嫌な流し目をくれて、相模原がねっとり囁いた。
「辻教官の好みを、それとな〜く聞き出してくれる友達がいると、助かるんだけどなぁ〜?」
「え」
「何が好きなのか?とか、どんな遊びが好きなのか?とか、あと細い子とぽっちゃりでは、どっちが好きなのか?とかぁ」
「……え?」
二回聞き直すと、今度はジロリと睨まれる。
「んもう、気が利かないわねぇ。飛鳥、あなたに頼んでいるのよ」
「え、た、頼んでいるって、辻教官の身辺調査を、あたしにやれってのォ!?」
思わず大声が出てしまい、食堂にいた全員の注目の的になる。
「ちょっとぉ、声がデカイわよぉ」
口を尖らせた相模原を無視して、飛鳥が教官の座っていた方向を見やれば、いつの間にか二人とも姿がない。
本人に聞かれなかったのは幸いだが、かわりに彼の生徒達には詰め寄られた。
「なになに?鉄男の身辺調査って、何が知りたいの?」
興味津々覗き込んできたのはマリアだ。
飛鳥は曖昧に言葉を濁しながら、愛想笑いで誤魔化そうとしたのだが。
「え、えぇとね、まぁ、趣味とか女の子の興味とか?よくある好奇心だよ、ちょっとした」
「へー!飛鳥って鉄男みたいなのが好きなんだ」
何を勘違いしたのか、素っ頓狂な方向へ話題を飛ばされた。
冗談ではない。
慌ててマリアの間違いを質してやる。
「ちっ、違う違う、あたしじゃなくて蓉子が興味あるんだってば!」
「ちょ、ちょっとぉ!簡単に吹聴して回らないでくれるゥ!?」
青筋立てて相模原がガタンと勢いよく席を立ち、マリアは冷やかし続ける。
相模原が鉄男を射止められるわけがないと思っているのか、それとも或いは別の思惑でもあるのか。
「あ、な〜んだ、蓉子だったの、鉄男を好きなのって。そっかー、うんうん、頑張って」
ちょうどいいとばかりに飛鳥は尋ねた。マリアへ向けて。
「えぇっと、出来たら今、辻教官を狙っている子の有無も教えて欲しいかなぁなんて?」
「えっ!?」と叫んだのはマリアのみならず、全員が合唱する。
全ての視線が自分に向かっており、頭上にスポットライトが当たっている気分だ。
飛鳥はヤケクソで続けた。
「だってホラ、誰か他に恋人候補がいたら蓉子が失恋しちゃうじゃん?そんなの可哀想」
最後まで言い終える前に、誰かの声が被ってくる。
「じゃあアンケートを取りましょ。この中で、辻教官が気になってる人〜!」
言ったのは、まどかだ。
そんな軽く聞かれて答えられるわけがない。
という飛鳥の推理を裏切る形で、幾つもの手がパラパラと挙げられる。
そのうちの一人に、まどかが尋ねる。
「辻教官のどこらへんが気になるの?」
するとレティは「きゃぴぃ☆」と謎の奇声を発し、ふるふると首を振った。
「純情そうなところが、食べ頃だと思いますぅ」
「え、ちょっと待って!?」
泡を食って飛鳥が止めに入る。
「あんたは木ノ下教官が好きなんじゃ?」
「あん、木ノ下教官も好きですけどォ〜、辻教官もイイカナと思って☆いっぱい狙っておけば、どっちか滑り止めになるじゃないですかァ〜」
なんとも軽い返事が来て、些か目眩を覚えた飛鳥の耳に、さらなる理由が聞こえてくる。
「木訥なトコと、人慣れしてないトコがいいよネ。如何にも典型的な童貞ニケア人って感じで」
言っているのはニカラだ。
意外や人気の高騰っぷりに、そうだ、相模原は落ち込んでいるのでは?と飛鳥が級友を振り返ってみれば、相模原はフンッと勢いよく鼻息を吹きだして、胸を反らして威嚇のポーズ。
「フン、あんた達も辻教官を狙っているですって?このニワカがッ。そういうのは一度でもマンツーマンの授業を受けてから、言いなさいよねぇ。悪いけど、あなた達なんて辻教官の視界にも入っていないのではないかしら?」
自分だってニワカみたいなもんだろうに、ものすごい自信だ。
相模原とニカラらが睨み合う、その背後では、ひっそり手を挙げていた亜由美とカチュアへモトミが小声で話しかけている。
飛鳥もそちらへ近づいて、二人の理由を聞いてみた。
「亜由美はんとカチュアはんは、やっぱ担当教官の贔屓目かぃな?」
「まぁ、それは否定できないけど、やっぱり授業が真面目だから、かな……うん、最初に見た時から真面目そうな教官だなぁとは思っていたんだけど」
「それだけ?それだけかいな、他にもあるんとちゃう?」
「えっ?そ、それだけって」
「顔は、どや?ああいう顔は、嫌いなん?」
「き、嫌いじゃないよ?格好いいと思うし」
頬を赤くして答えており、辻教官に対する亜由美の感情は気になる以上のものを感じさせた。
「カチュアはんは?カチュアはんも、ああいう顔はスッキやろ」
俯き加減なので、カチュアがどのような表情を浮かべているのかは判らない。
しかしモトミの問いへ僅かばかりにコクリと頷いたからには、こちらも気になる以上の感情があろう。
目下のライバルは亜由美とカチュアだ。これは相当手強い。
亜由美は細身で童顔だし、カチュアは瞳が大きく儚げな雰囲気ときた。
少なくとも巨体のオデブよりは、パッと見の可愛さが段違いだ。
加えて二人は、辻教官受け持ちの生徒でもある。
この二人に相模原が勝つにはダイエット以外の努力も必要だと、飛鳥は考えた。


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