合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act1 ラスト走者

『これより最終レースを始めます。代表選手は機体への搭乗をお願いします』
高々とアナウンスが響き渡り、昴はゼネトロイガーに乗り込んだ。
このレースで勝てば、順位が大きく変動する。
一位を突っ走るスパークランに追いつくには、ここで一位を取らねばなるまい。
追いつくだけではない。追い越さなければ決勝に進めない。
「最終レースの一位加算ポイントって、幾つぐらいですか?」
メイラの質問へ、ルールブック片手に乃木坂が答える。
「聞いて驚けよ、一挙に五十ポイントだ!つまり最終レースをトップで切り抜ければ、最下位のトップスカイハイでも逆転優勝可能だな」
大きな数字に、全員ヒャッと声をあげる。
ますます、昴の責任は重大だ。
幸い、これまでの二レースで障害物のコツは掴めた。
あとは如何に妨害を躱して、トップに躍り出るかが重要だ――
そんな考えを巡らせていたラストワンメンバーの安堵を、ぶち壊すかの勢いで、実況が声を張り上げる。
『さぁ、いよいよ最終レースの障害物が姿を現わします!スイッチ、オーンッ』
「えっ、障害物って今まで通り網とタイヤじゃないの?」
ウィーンウィーンと耳障りな機械音が響き、手前の区画にはハードルが地中から迫り上がってくる。
別の区画には筒状の縄が運び込まれ、四隅のポールでトンネル状に設置された。
ゴール付近には、やはり地中から上がってきた平均台が置かれてコースが完成する。
『今年は、いやらしい感じにキャタピラを妨害するコースが現われましたね、ビギンさん!』
テンション高めな司会の男性に話題を振られて、女性解説者も語り出す。
『えぇ、去年はキャタピラに全部障害物を潰されたので、運営も腸が煮えくりかえったということでしょう!』
報道陣のカメラが、一斉に平均台へ向けられる。
『ご覧下さい、皆様!今年の平均台は鋼鉄製というだけではありません!足下にご注目!なんと、ご丁寧に爆弾が撒かれています』
『なるほど〜、平均台を無視して下を走るのは許さない構成ですね!』
「なるほど〜じゃないって!爆弾って大丈夫なのかよ、そんなトラップ撒いて」
解説に突っ込む木ノ下には、すぐさまブラタルクの突っ込みが入る。
「大丈夫に決まっていよう。爆弾と言っても、衝撃を与える程度のシロモノだ。ただし、その衝撃を受けたら、例のプロテクターによって十分ぐらいは動けなくなるだろうがね」
「まったく、いやらしい運営だ」とデュランも頷き、コースを睨みつけた。
「一昨年までは三レースとも同じ障害物だったのに、去年から最終だけ替えるようになったんだ。それも全ては観客を喜ばせる為に」
呆気にとられたのはラストワンの面々で。
「え、この大会はパイロット育成の成果を見せるものじゃあ……」
ぽつりと呟く木ノ下を一瞥し、ダグーが肩をすくめる。
「昔は、そうだったんだろうね。今じゃ運営も懐が苦しいと見える」
今では、ただの見せ物大会になりさがってしまった。
だから、御劔学長は今まで参加を見送っていた?
鉄男が、ちらりと御劔を見ると、御劔も難しい顔でコースを眺めていた。
「平均台やハードル……キャタピラには無理に見えるんだが、どうやって切り抜けるんだろうね」
運営への不満をぶちまけるのかと思いきや、素朴な疑問を傍らの伊能にぶつけており、伊能が、それに答える。
「ハードルなら全部踏み倒せるでしょう。平均台は、衝撃覚悟で下を突っ走るしかなさそうですが」
「しかし今、十分は動けなくなるとブラタルク氏が言ったじゃないか」
「操縦者が動けなくても自動運転にしておけば大丈夫です。平均台の区域はゴールまで一直線ですから」
「ふむ……むごい作戦だが、そうする他ないか……」
御劔は悩ましい視線をウェルスコープスの機体へ向けて、小さく溜息をつく。
「我々技術者はこれまでに二足歩行、四足歩行、キャタピラと試してきたが、理想の駆動というのは、なかなか見つからないものだね」
えぇ、と相づちを打ち、しかしと伊能は続けた。
「この競争に限っては、二足歩行の勝利でしょう。平均台もハードルも二足歩行なら軽々クリアできます」
「それは、どうですかな?」と、割って入ってきたのはブラタルクだ。
先ほどまで木ノ下の話し相手をしていたのに、いつの間にか接近してきたものらしい。
「タイヤブロックとハードルは似ておる。先ほどのレース二回で、我らの候補生達はコツを掴んだようですぞ」
四つ足のランナーズサインは先ほどの二回ともタイヤで手こずっていたように、伊能も御劔も記憶している。
最初のレースでは二着になったが、あれは他の選手がプロテクターの妨害で倒れていたおかげである。
首を傾げる二人を前に、ブラタルクは高々と勝利宣言をかます。
「四つ足の真髄、最終レースでお目にかけましょう。刮目して、ごらんあれぃ!」
彼が宣言するのと、場内アナウンスがスタートを切ったのは、ほぼ同時であった。

スタートを上手く切れた、と昴は先頭を駆け抜けながら思った。
飛び出した瞬間、脚部に加速を感じた。
最初の障害物はハードルだ。
陸上をやっていた頃は、何度か生身で飛んだ記憶がある。
あまり、得意な競技ではなかった。走るのに長けていた反面、飛ぶのは苦手だった。
しかし昴の意志と裏腹に、ゼネトロイガーの足は思った以上の反応を見せた。
思った場所に着地して、思った距離を飛んでいる。
イケる――!
このままなら、一度もコケる事なく次の障害物へかかれるだろう。
そこに油断があったのかもしれない。
順調に飛び越す昴の背後で、おぉーっ!という歓声が上がった。
何があったのかと振り向く暇もない。
頭上を影が横切った、と思う頃には前方に着地した機体があった。
『おぉーきく飛びました!なんと、幅跳びの要領で全ハードルを飛び越えてしまいましたァ!』
前を走るのは四つ足の獣、ランナーズサインの機体だ。
少しでも気を取られたのが、運の尽きであった。
『ランナーズパンサー、一気にトップへ躍り出たァ!ゼネトロイガーは、まだハードルを飛んでいる最中、あっ、転倒したァ!』
抜かれても気にせず、ハードルを飛び越えるのに集中していればよかったのだ。
後悔しても既に遅く、転んだ拍子に振動が昴を襲う。
『あぅっ……!』
股間と胸の先端がビリビリ痺れ、すぐには立ち上がれない。
両手で体を支えようにも、ビリビリが手足の力を奪っていくような感覚にとらわれた。
『う、くっ』
呻くたびに客席からは低いどよめきが聞こえてきて、二重の屈辱だと昴は感じた。
昴が痺れて動けない間にも、スパークランとイェルヴスターの機体が横を駆け抜けていく。
やっと立ち上がれたのは、背後に誰一人いなくなった後だ。
これだけ遅れてしまっては、もうトップでゴールインなど無理であろう。
絶望にくれた昴の瞳が見た前方では、激しい土煙があがっていた。
『な……なんだ?』
よく目を凝らしてみると、二つ目の障害物で全員が引っかかっている。
いや、正確には――
『さぁここで、くんずほぐれつバトルロイヤルの開始だぁっ!』
トンネル状に張られた網の中で、ロボット同士が殴る蹴るの大乱闘になっている。
トップを駆けていたはずの四つ足は、イェルヴスターの機体に後ろ足をがっしり掴まれていた。
そのイェルヴスターは、スパークランの機体に後ろからガスガス殴られている。
ウェルスコープスの戦車は、トンネルの入口でトップスカイハイの機体に妨害されていた。
五体の機体が団子状態で戦っており、トンネルにはゼネトロイガーの入る隙間もなさそうだ。
『う、うぅん……あぁ、でも障害物って素直に乗り越えなくてもよかったんだっけ?』
ちらりと上部に目をやると、意外やしっかり網は張られており、あの上を通っていけそうでもある。
そうと決まれば、善は急げだ。
ゼネトロイガーの脚部に力を込め、昴は一気に走り出す。
スタートの時と同じで、軽やかにスピードが増してゆく。
多少の高さは問題ない。これだけ助走をつけられれば。
『はぁっ!』
昴の気合いと共に、ゼネトロイガーが宙を舞う。
ひらりと網トンネルの上に着地した。
『おぉっと、これはゼネトロイガー、奇策に出たか!?なんと、トンネルの上に乗っかったー!』
遠目にはピンと張られているように見えたのだが、実際に乗ってみると、案外ぼよんぼよんと波打つではないか。
『うわ、っとっとと……』
足を取られまいと踏ん張る処へ、下からズルッと誰かに網を引っ張られて。
『う、わぁぁっ!?』
たまらずバランスを崩して、昴は落下した。
落下したのはゼネトロイガーだけではない。
網全部がポールを外れて六機全部にかぶさってくる。
『わぁぁ!?』
『やば、シャフトに絡まった……あぁうっ!』
あちこちで悲鳴と驚愕があがる中、一番最初に立ち直ったのは。
『おぉっとライジングサンが混戦を飛び出したぁ!』
途端に、どわぁっと一斉に沸く会場。
トップを走るのは黄色の機体、スパークランのライジングサンだ。
網が絡まって動けない五体を尻目に、ぐんぐんと距離を離して平均台をトットコ渡りきると、その勢いでゴールした。
それこそ、あっという間の快進撃で、ゴールして数分後、ようやく教官席でブラタルクが騒ぎ出す。
「なんという、なんという大混戦……!?おぉ、網が落ちたりしなければ我らのトップは堅かったものを……」
いきなりキッと木ノ下達を睨みつけると、こうも吐き捨てた。
「それもこれも、網の上に乗るなどというアクロバティックな真似をする学校がおるから!」
「いや、あれは咄嗟の判断を褒めるべき局面だ」
八つ当たりに横やりを入れてきたのはデュランだ。
「あの時点で、ゼネトロイガーの入る隙間はトンネルになかった。となれば、かのパイロットに出来た選択肢は二通り考えられた。一つは網を切り払って皆の上を踏みつけていく方法。そして、もう一つが網の上を通る方法だ」
「網を切る……や、でもゼネトロイガーに刃物なんて武器は、ないから……」
ぶつぶつ呟く木ノ下を横目に、かつての英雄パイロットは話を締めくくる。
「咄嗟の判断が出来ないようじゃ、パイロットとしては失格だ。その点では、まともに混戦へ突っ込んでしまった我が校の候補生も、追及点だね」
ともあれ、これでスパークランの決勝進出は決まった。
残り五校は、ここで全競技終了。
あとは決勝戦を見て閉会式を見るだけだ。
「う……うわぁぁーーっ!」
突然選手席で号泣があがり、泣いているのは相模原で、大粒の涙を両手で拭いながら後悔の言葉を絞り出していた。
「私がコップ競争で、もっと順位をあげていれば、こんな事にはならなかったのにぃー」
「泣かないで、相模原さん」と慰めているのはヴェネッサだ。
「私達は、どの競技も全力で戦った。恥ずべき戦いなど、一つもなくってよ」
側ではメイラも、ぐっと両拳を握って後輩を励ました。
「そうよ、一位は取れなかったけど三位までに入れたんだから、あなたは充分頑張ったわ!」
「えぐっ、えぐ、でも、遠埜先輩だってレースで一位取ったのに、評価されないなんてぇ悔しいでずぅ〜〜」
慰められれば慰められるほど相模原の涙は止まることを知らず、ぼろぼろと膝にも地面にも降り注ぐ。
そこへ機体から降りてきた昴が合流し、泣き崩れる相模原の肩へ手を置いた。
「ごめん、まさか落下させられるとは思わなかった。この大会で負けたのは、全部僕の責任だ」
「そんなことないです!」と、即座に反発したのは座学組の後輩達だ。
「この大会は団体戦だし、誰か一人の責任ってのは、おかしいんじゃないかなァ」
ユナに併せるかのように、亜由美も昴と相模原の両名を慰めるつもりで異論を唱える。
「負けるも勝つも全員で頑張った結果だと思います。実技の一競技で一位を取れなかったってだけで負けた責任になる、なんて言われたら、一回しか行なわれないクイズ対決で一位を取れなかった私達は、どうすればいいんですか?だから……相模原さんも、自分をあまり責めないで下さい」
すると相模原は、ころっと泣きやんだ。
「あ、やっぱ、そう?そうよね、負けたのは私だけのせいじゃないわよね」
先ほどまでの号泣が嘘のように明るくなると、パッパと砂を払って立ち上がった。
「残念だったけど、それはそれ!帰ったら残念パーティしよっ♪」
「もぉ、調子がいいんだから〜」とメイラには小突かれ、ヴェネッサや昴には苦笑される。
そこへ「ほら、まだ終わりじゃないぞ?決勝戦を見て、閉会式にも出るんだからな」と教官達もやってきて、「今年は残念だったけど、三期生以下は来年もあるんだ。次も頑張ろうぜ!」と乃木坂に慰められた候補生は、全員元気よく「はい!」と答えたのであった。


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