合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act6 障害は、物ばかりとは限らない

第二レース開始までの十分間。それが生徒と教官に与えられた作戦タイムだ。
レースの障害物は毎年変わる。
従って、どの学校も第一レースでは様子見するようになっていた。
「もぅ、さっきのレースで何を妄想していたのさ、ミィオ。しっかりやってよね」
ツユの小言をくらい、すみませんと肩をすくめつつ、ミィオはポソリと呟き返す。
「だって、あの振動……お姉様の指使いと、とってもよく似た動きをしましてェ……」
「だから、そういう妄想をするんじゃないって言ってんの!」
激高する親友の肩を「まぁ、落ち着け」と軽く叩いて諫めると、乃木坂は皆に円陣を組ませ、候補生へ話しかける。
「今回のレースで一番のネックはタイヤブロックだ。網は、ゆっくり歩けば引っかからない。ブロックは幸い、飛ばなくてもいいってのが判っている。だから跨いで通ろう」
「え?そうなんですかぁ」とメイラが驚く横では、飛鳥が冊子をペラペラめくる。
大会前、全参加者に配布された大会ルールブックだ。
「……確かに、ルールブックには障害物を飛べとは書かれていませんけど……」
「だろ?だから、網と同様、ゆっくりやりすごせばいい」
乃木坂の案を遮ったのはヴェネッサだ。
「しかし、それでは大幅にロスタイムしてしまいます」
「けど、お前らが恥をかくよりはマシだろ?」と、乃木坂も譲らない。
「その振動プロテクター、スッ転ぶと発動するんだろ。お前らもミィオみたいになりたいのか?」
「ちょ、酷いですゥ〜、乃木坂教官!」
文句を言うミィオの横では、昴も声を荒げる。
「僕達は勝つために大会へ出たのでしょう!?いえ、出るからには勝ちたい、優勝したい……ここにいる者は、全員そう思っています」
そうだろ?と促されて飛鳥やヴェネッサ、それからメイラと相模原も、おずおずと頷く。
「安全策を取っていたら、一位になれません。そして総合一位を取ることも不可能です」
「そんなの判っているよ。けど、けどなぁ、お前らが赤っ恥かかされるのを黙って見ていろって言うのかよ、俺達に!」
昴につられる形で乃木坂もヒートアップして、隣で肩を組んだ剛助には宥められた。
「待て、乃木坂。出るからには優勝したいと、こいつらが思うのは当然だ。そして朝日川の言うとおり、第一レースで後れを取った我々は無理をしてでも一位二位を取らねば勝ち抜けぬ」
「じゃあ、第一レース同様勢いよく突っ込んで、コケろっていうのか!?俺はメイラがゲスい連中にイヤラシイ目で見られて晒し者になるのなんて絶対にゴメンだ!」
血を吐く本音の叫びに候補生の誰もがハッとなる中で、メイラだけは見当違いの方向へ胸を高鳴らせる。
いつもはメイちゃんと呼ぶ乃木坂が、メイラと呼んだことに。
「まぁ、第一レースと同じ事をやってちゃ学習力がないよねぇ……」
乃木坂が熱くなったおかげか却って冷静になったツユは一人宙を見つめて考えた後、再び両側と肩を組み直し、ひそひそと囁いた。
「ルールブックには、障害物に対する明確なルールが書いていないよね。どう対処するのかは勿論、やっちゃ駄目な行為すら書いていない。最初は手抜きないしネタバレ防止かな?と思ったんだけど、例の戦車の突破方法が違反にならないってことは、さ。何をやってもいいってルールなんじゃないの?もしかして」
「え、じゃあ、うちも押しつぶしていくんですか?」とのメイラの問いには首を振り、ツユはニヤリと口の端を歪める。
「うちの機体じゃ、それは無理だよ。けど、二足歩行は四足やキャタピラには出来ない真似が出来る。そう、せっかく腕が二本も生えているんだから、これを有効活用しなきゃ駄目だよねぇ?」
「どういうことだ?」と尋ねる親友へも片眼をつぶり、ツユは悪戯っぽく笑った。
「つまり、こういうことだよ――」


『これより第二レースを始めます。代表選手は機体への搭乗をお願いします』
作戦タイムを挟んで十分後。再び白線の上にロボット各位が並び立つ。
第一レースの結果は、ぶっちぎりでウェルスコープスが一位。
二位がランナーズサイン、三位がトップスカイハイ、四位はスパークランで、ラストワンは五位だった。
総合順位が入れ替わり、ウェルスコープスが四位に浮上してくる。
このまま障害物競走でポイントを稼ぎまくられたら、ラストワンを追い抜きかねない。
「うぅ、向こうは、この競技に全部賭けてきてるよなぁ。抜かれっちまうかもしんねぇ」
教官席でやきもきする木ノ下を見て、鉄男にも落ち着かない気持ちが伝染する。
「……朝日川と遠埜を信じよう」
ぎゅっと腕組みをして誰にも内心の狼狽を悟られないよう、鉄男はしかめっ面でトラックを睨みつける。
作戦タイムで乃木坂達は何を彼女達にアドバイスしたのか。
たった十分で、的確な指示は与えられたのか。
自分がもし、その立場であったとしたら、何分あっても的確な指示など出来そうにない。
「昴はスピード勝負に慣れてっから心配してないけど、心配なのはメイちゃんだよ。メイちゃん、陸上は初めてなんだろ……?なんで代表に選んだのかなぁ、乃木坂さんもっ」
キョドりまくった目で左右を忙しなく眺める木ノ下を、少しは落ち着かせようと御劔が声をかけるのと、パァン!とレース開始の合図が鳴ったのは、ちょうど同じタイミングであった。
『おーっと、トップに出たのは電撃ロボ!スパークランだぁッ』
第一レースにはなかった実況のオマケつきで、途端に客席はワァッと大歓声に包まれる。
勢いよく突っ込んでいった真っ黄色の機体が、網に差し掛かる寸前で片手を前に伸ばした。
『スパアァァァァッック!!』
何をするのかと訝しむ鉄男達の目の前で電撃ロボ、いやライジングサンの片手からは電撃が放たれて、パチパチッと火花を飛ばして、網は真っ黒焦げに溶けて縮んで丸まった。
「え、えぇぇっ!?あ、あんなのアリィッ!??」
驚く木ノ下の真横では、先ほどタカさんと学長を呼んでいた伊能くんとやらがキラリと眼鏡を光らせる。
「始まったな、障害物レース……!」
「どういうことなんだい?」
額に汗を滲ませて御劔が尋ねる間にも、レースは違反を止める笛すら鳴らずに進行中。
障害物を排除してはいけない――とは確かに、ルールブックの何処にも書いていない。
木ノ下や御劔と同じく鉄男も呆気に取られたが、立ち直るのは二人よりも早かった。
というのも、ちゃっかり横に並んだデュランに大声で話しかけられて、否応なく意識がレースに戻ったので。
「言っただろう、鉄男くん!第二レースからが本番だとッ」
言っただろうか?そんなこと。
言っていなかったように記憶しているのだが、鉄男の脳は。
だがデュランの言葉を裏付けるが如く、実況はノリノリで進行を告げているし、会場も大沸きだ。
『さぁー、王者の意地を見せてくれるかスパークランッ!それを先ほどドベッたイェルヴスターと、今大会初出場のラストワンが追いかけるゥーッ!』
トップで駆け抜けるスパークランを追うのは、二足歩行の二体。
第一レースで一位だった戦車は大きく後れを取った。
巨大団子と化した網を迂回するのに、余分な距離を走らされたのか。
「フフフついてきますねついてきますね、ラストワン!しかし僕らの血と涙と汗の結晶、新生スターラインは負けませんよぉッ!!」
狂気じみた表情で叫ぶ伊能と比べて、御劔は幾分冷静さを取り戻していた。
「ほぅ、スターラインと言うのか、あの機体は。で、動力は何なのかな。液体か固体か、それとも電気?」
「フフフそれは内緒です、えぇ内緒ですとも企業秘密ですから!しかし一つタカさんにヒントを与えるなれば、液体よりも電気よりもエコな動力です!!」
目が血走っている割に、しゃきしゃき答えているあたり、伊能も、さすがは大会出場者というべきなのか。
どいつもこいつも狂っている。
障害物を無視した名ばかり障害物競走に、突っ込みの一つも入れないだなんて。
緩く頭をふる鉄男の目の前で、早くも二足歩行の三体がコーナーに差し掛かる。
先手を打ったのはイェルヴスターであった。
両脇を走る両機体に、ガッツンガッツン体当たりをかましてきたのである。
さながらラグビー選手の如く。
『おぉっと、ここでイェルヴスターの妨害が始まったーッ!タイヤブロックまで距離がないぞ、このまま突っ込んだら三体ともクラッシュだぁっ!?』
「ちょ、やめっ転ぶ転ぶゥ!」
自分が転びそうでもないのに、木ノ下は口の端から大量の泡を吹くほどパニックに陥っている。
その横で目を血走らせた伊能が「転べ転べ、ヒヒヒ転べ!」と叫んでいる様は、狂気という他ない光景だ。
「ほぉ、二体同時で潰しにかかったか。だが、我々二体を同時に相手とは侮りすぎだな。そうだろ?鉄男くん」
ぎゅぅっとデュランに密着されて、鉄男が動揺のあまりレースから目を離した一瞬のうちに、ゼネトロイガーが仕掛けた。
正しくは、スターラインがライジングサンにタックルをかました瞬間を狙ったのだ。
『えぇーいっ!』
メイラのかけ声と同時にゼネトロイガーが思いっきりスターラインを突き飛ばし、スターラインが転倒するのを横目に、一気にトップへ躍り出る。
スターラインが倒れた瞬間、ライジングサンが横手に飛んで回避したのを、鉄男は視界の隅に捉えた。
ついでに巻き込まれてしまえばと思ったが、そうは上手くいかないようだ。
――いや、そうじゃない。
うっかり会場のノリに染まってしまうところだったが、まさか自分達のロボットまでもが妨害行為をしてしまうとは。
障害物競走とは、障害物を避けながら進むレースだ。他者を妨害する競技ではない。
公式大会たるもの、全選手が正々堂々と戦うべきではないのか。
「やるなぁ〜、君んところの選手も。タックルを避けるのではなく、押して倒すとは」
ますます頭痛が酷くなる鉄男の隣で感心の声が上がるものだから、鉄男は慌ててデュランを見た。
「避けるって手もあったろうに、あえて反撃に出たか。好ましいね、その攻撃性」
彼は顎をしきりに撫で、何度もウンウンと頷く。
皮肉でも何でもなく、本音で言っているのだ。
「……今のは、褒められる行為だったのですか?」
頭を抱えながら鉄男が尋ねると、デュランは、ン?となり、すぐに破顔した。
「そうだよ。だって我々が育成しているのは何だい?パイロット候補生じゃないか。パイロットたるもの臨機応変に状況対応して、時として思いきった手に出られるようでなくてはね!」
この大会の障害物競走は状況判断を試すレースだとも言われ、常識に囚われすぎていた自分を鉄男は自覚する。
パイロット養成学校の大会なのだ、巷の運動会と同じわけがない。
「嘘だと思うなら、ルールブックを見てごらん。障害物競走だけは、明確なルールが一つも書かれていないだろう?裏返せば、何をやっても許される競技だ。あぁ勿論、機体を直接攻撃するのもね。ただし相手も死にものぐるいで反撃してくるから、直接攻撃は賢い手段じゃない」
レース三回で大会は終わりではない。さらに射撃対決も控えている。
ここで機体を損傷するのは、確かに得策ではない。
「親愛なる鉄男くんには大サービスで教えてしまうが、このレースは障害物を排除するのが勝利の近道だ。反撃で倒してしまうのもアリといえばアリだが、避けられるリスクも高いしね」
ギュッと熱く抱きしめられ、鉄男は困って上目遣いに尋ね返した。
「いえ、あの……それよりも、親愛なる……とは?」
今日この会場で初めて出会ったというのに、親愛もクソもないだろう。
距離の詰め方が急速すぎる。
デュランは恥じらいの一つもなく微笑んだ。
「んん?なんだ、アドバイスよりも、そこが気になるのかい。現役時代、君の父上殿には良くしてもらった。だから当然、彼の息子である君は俺にとって親愛なる相手だよ」
答えになっているんだか、なっていないんだか微妙な返事を聞く間に、第二レースの決着がついた。
わぁーっと大歓声の中、実況がウィナーを高らかに告げる。
『一位のテープを切ったのは、ラストワーーーンッ!やりました、今大会初出場のダークホースが遂に、その真価を発揮してきたぁーっ!?』
最後、タイヤブロックをどうやってメイラが切り抜けたのかを見逃してしまった。
ちらりとデュランの腕の隙間から木ノ下の様子を伺うと、木ノ下も伊能も御劔も呆気に取られている。
「そっかぁ、二本腕って、その為にあったんだぁ……」
「まぁ、確かに、そうやって切り抜けるもんだけど……」
「ふあぁぁ……初めて見た、この競技をド正攻法で切り抜けた機体……」
只今のレースのプレイバック映像が巨大液晶モニターに流れる。
両手をついて一つずつタイヤを飛んでいくゼネトロイガーの勇姿を見て、鉄男もポカンと口を開けたのだった。


Topへ