合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 ロボット競争・後半戦

大会最大の注目競技、それが今から始まる障害物レースだ。
これまでの競技ではチームメンバーが交替に動かしていたが、レースに出られるのは選ばれし三名のみ。
三回レースを行ない全順位の合計一位を取った学校が、決勝戦の射撃対決に進めるというわけだ。
ラストワンは上位組に組み込まれた。
対するのは、スパークラン・イェルヴスター・ウェルスコープス・トップスカイハイ・ランナーズサインの五校。
散々絡んできたヒロシやデルモンドのいる学校は下位組に振り分けられたと知り、鉄男はホッとした。
逐一真横で嫌味や罵倒を飛ばされるのは、たまったものではない。
「安心してもいらんねーぞ?辻。上位組は優勝候補の強豪しかいないからな」
鉄男の漏らした安堵の溜息に気づいたのか、乃木坂が注意を促してくる。
そうは言っても、実際にレースへ出るのは鉄男じゃない。
それに、大会に出たからには優勝を狙いたい。
乃木坂には逆に、強豪だろうと全部蹴散らすぐらいの覇気を見せてもらいたいものだ。
「ご子息殿、いや辻くん、或いは鉄男くんと呼んでも宜しいかな?」
鉄男の耳に、爽やかな問いかけが流れ込んでくる。
ハッと顔をあげると、超至近距離にデュランがいた。
教官席は学校ごとの仕切りがないとはいえ、近づきすぎだ。
「お兄様、馴れ馴れしすぎますわ。ごめんなさいませね、辻さん」
妹のミソノも窘めているというのに、デュランときたら全く意に介さぬ調子で鉄男へ微笑みかけてくる。
「辻くん、私は君と懇意になりたい。いや私だなんて言うのは距離が遠いな、俺は君と仲良くなりたいのだ」
距離の詰め方がおかしいと指摘する暇もなく、ぐいぐい迫られ、鉄男は言葉を失う。
父は既に死去している。
彼と自分を繋ぐ縁は、最早どこにもないはずなのに。
ガマの如く脂汗を垂らして沈黙する鉄男を助けたのは、意外な人物であった。
「第一レースが始まりますよ、英雄殿。彼との交流は大会後に深めてみては如何でしょう」
深みのある声には聞き覚えがあった。
ダグー=ゲイランだ。ケイやヒロシと同様、面接の時に一緒だった。
鉄男が会釈すると、ダグーも軽く手をあげた。
「やぁ。久しぶりだね、辻。あれから多少は交流術を上げたかい?」
「いや、その……それより、あなたも何処かの教官に……?」
鉄男の問いに、ダグーは涼しげな笑みで応える。
「あぁ、もちろん。今はランナーズサインにいるんだ。あれがうちのロボットだよ」
指をさされて、木ノ下や乃木坂もそちらを見やる。
白線上、一列に並んだロボットの中で一際目立つのは真っ黄色の電撃ロボだが、その隣、緑と白の縦縞ツートンカラーに塗られたロボットがランナーズサイン所有だ。
人型ではなく四つ足で、全体のフォルムからは野生の獣、ヒョウやパンサーを偲ばせる。
「機動力では随一の自信を持っている。この競技にはうってつけだ」
空からの来訪者との戦いは、機動力だけが求められるものではない。
しかし、こういった競技ならば二本足よりは四つ足やキャタピラのほうが有利であろう。
障害物を避けられる機敏さがあれば、だが。

一方の選手陣はレース直前になって、一箇所に集められていた。
「代表選手の皆さんは、ポールの前にお集まりくださーい!」
係の人に招集され、プロテクターのようなものとインカムを渡されてゆく。
「あーあ、今年もコレつけんのかよ」と真っ黄色なスーツの男子が文句を言う横では、黙々と装着する女子の姿が。
「ルールだから仕方ないじゃない。文句言ってないで、さっさとつけなさいよね」
プロテクターは水着のような形をしており、ちょうど胸と股間に鉄板部分が当たるようになっている。
これは何かと首を傾げる昴に教えてくれたのは、トップスカイハイの選手であった。
「そうか、あんたらは今回が初出場なんだったな。障害物競走じゃ、このプロテクターも障害物の一つだ。気をつけろよ?上手く障害物を避けないとビリビリくるぞ」
「ビリビリっていうかブルブルだよね」と口を挟んできたのは、ランナーズサインの選手。
「障害物に足を取られて転んだりすると、ここの鉄板部分が振動して、うわーブルブルってなるから気をつけてね。や、気をつけていてもブルブルは止められないんだけども」
一定時間で振動は収まるのだと言う。
大会常連の彼らが嫌がるのだ、とてつもなく不快な振動が流れてくるに違いない。
「これ、絶対男子より女子のほうが二倍ハンデだと思うんだけどなぁ」と愚痴っているのはイェルヴスターの女子選手。
ざっと見渡して、女子が代表に含まれているのはラストワンを除けば二校しかいない。
イェルヴスターとスパークランの二つだ。
「ハンデって、どういうこと?」
こっそりメイラが彼女に尋ねてみると、イェルヴスターの少女は眉をひそめて「女は二箇所どっちも弱点じゃん」と訳の判らぬ答えを返してきた。
「何いってんだ、男だってブルブルで動けなくなんのは同じだぜ?」
話を聞いていたのか聞こえたのか、すかさず同学校の男子選手が混ぜっ返してくる。
どっちの言葉も意味が判らず、メイラは更に追求しようとしたのだが、その前にスタートの号令がかかる。
「では皆さん、トップバッターは機体に搭乗して下さい。間もなく第一レースが始まります!」

『上位組第一レース、あと五分で開始となります。観客席の皆様へのお願いです。レース中は落ち着いて席に腰掛け下さいますよう、お願い申し上げます』
会場アナウンスが流れてきて、全員の視線がトラック内へ向けられる。
一見すると障害物を避けてトラックを一周するだけの簡単なレースだが、それだけならば名物競技になりはしない。
選手は体にレース専用プロテクターを装着し、障害物で転ぶたびにプロテクターからは振動が流れてくる。
いわゆる減点処罰だ、障害物を避け損なった事への。
選手の動きを止めるのに充分な衝撃を与え、レースの勝敗にも大きく影響する。
転倒しないでゴールすれば何も問題はない。
だがトラック内における障害物のいやらしい配置を見て、コケるの前提でコースを作っているのではと鉄男は怪しんだ。
「振動妨害が実装されたのは、第二十五回目からでしたかな」
いつの間にかデュランの横に並んだ、びらびらレース姿のブラタルクが語り出す。
「選手に女子が増え始めた頃だと記憶しておりまずぞ。いやはや、まさか、それ以降毎回続けるとは。大会も客を呼ぶのに必死と見える。まっこと嘆かわしいものでございますなぁ、デュラン様?」
デュランがそれに応えるより早く、木ノ下が「あの、質問いいですか?」と小さく手をあげた。
「女子が増えてハンデを追加したってのは、彼女達の実力が驚異だったからですか?それとも……」
「いや、単に女性の苦しむ姿を見たがる下衆な輩が多かっただけだろう」
ブラタルクではなくデュランが答え、微かに眉をひそめる。
「もちろん、男子にとっても屈辱だ。皆の前で痴態を強制されるなど……だが、連中は毎年こちらが何を言っても取りやめない。困ったものだな」
「えぇっと、あの」と口を挟んだのは乃木坂で、ちらりとブラタルクを一瞥してから、デュランへ向き直る。
「屈辱、痴態っていうけど具体的に、どうなるんです?振動が流れると」
「それは実際にレースを見てもらえば、お判りになるだろう」とデュランが答え、パァン!と高らかにレース開始の合図が鳴らされ、ロボットが各位一斉に走り出した。
「第一レースは、なんだ、ミィオを出したのかよ。こりゃ盛り上がんねぇな」と呟いたのは、後藤だ。
これまで何処にいたのか教官席には不在だったが、しっかり後半戦までには戻ってきたらしい。
「盛り上がらないって、どういう意味よ。ミィオをバカにするつもりなら許さないよ」
最愛の生徒の名誉を守るべくツユが掴みかかってくるのを手で払いのけ、後藤がニヤつく。
「そっちのお偉方の話を聞いてなかったのかよ?このレースはコケるのを期待して見てる奴らが殆どなんだぜ。ミィオじゃコケても普段通りすぎて、つまらねぇって言ってんだ」
「何だって?ミィオだって、あれから猛特訓したんだ。障害物ぐらい」
言い争っている側から、ずべしゃあっ!と大きな転倒音が響いてきて、誰もがそちらを振り向いた。
トラック上で派手に転倒したのは人型ロボット、イェルヴスターの所持機だ。
スタートと同時に飛び出して、先頭を走っていたのだが、網に足を取られて転倒したのであろう。
二足歩行は四つ足よりもバランスが取りにくい。
猛スピードで突っ込めば、転ぶのも致し方ない。
だが転倒したこと自体よりも鉄男達を驚かせたのは、大音量で響き渡る『あっ……うぅんっ』という艶っぽい喘ぎ声であった。
「なっ……だ、誰の声だよ!?」
きょろきょろと視線を彷徨わせる乃木坂に、ダグーが突っ込む。
「今し方転倒したイェルヴスターの一番手、ジュエイル選手の声だ」
自分の頭をツンツンと指で突き、片眼を瞑ってみせる。
「選手は外部音声用のインカム装着を義務づけられていて、ね。転べば悲鳴も外へ大音量で漏らされる……というわけさ」
「ひ、悲鳴っていうか、ありゃあ」と、乃木坂はまだ動揺の収まらぬ目でダグーを見つめ返す。
彼の言葉を引き継いだのは、デュランだ。
「そうだ、悲鳴なんてもんじゃない。快感による喘ぎ声と称して構わないだろう。プロテクターから流される振動は確実に彼らの股間と乳首を刺激して、快感に狂わせるのだ」
「なっ!?なんで、そんなものが障害物レースで採用されてんだァ!?」
驚くラストワン教官の面々で、一人だけ動じていない奴がいる。
後藤春喜だ。
春喜はニヤリと口の端を曲げ、トラック内を見下ろした。
「アンアン言うガキを見て喜ぶ野郎が、この世には一杯いるってこった」
「おっ、男もアリなのかよ」
乃木坂のぼやきを横目に、まだ立ち上がらない機体をダグーは黙って見つめている。
罪なきパイロット候補生が公開処刑にあったのだ。
候補生を育成する教官として、心中は如何なるものかと鉄男は考えた。
もしダグーが教え子を慈しむ教官であるならば、今の鉄男同様、憤りを感じているはずだ。
コケた先頭を見て、後続は慎重にスピードを落として縄地帯に差し掛かる。
おっかなびっくりゆっくりと、両足を動かしてゼネトロイガーが通過していくのを見届けた。
転倒すれば大幅なタイムロスは免れない。
減速してもロスするが、転倒と比べれば些細なものだ。
ゆっくり通過していったのはラストワンだけではなく、後続全員がロースピードで乗り越えていった。
やがてイェルヴスターの機体も身を起こし、一番後ろを走り出す。
先頭は既に次の障害物、タイヤブロックへと差し掛かっている。
ブロックを連続して飛び越えてゆかねばならないのだが、これがまた嫌な歩幅で設置されており、助走をつけて勢いよくピョンピョンピョンと飛び越えるのが理想の形である。
しかし、縄地帯とブロック地帯の距離が問題であった。
助走をつけるだけの長さがない。
距離は充分あるのだが、途中にカーブを挟むので、直線の長さで言えば助走できる余裕がない。
はたして観客や鉄男の予想通りか転倒する機体続出で、あちこち嬌声があがりまくって目も当てられない惨状だ。
阿鼻叫喚の地獄絵図を真っ先に突破したのは見た目無骨な鉄の塊、ウェルスコープスの陸戦機だ。
なんとブロックを軒並み分厚い装甲で、なぎ倒しての強引突破である。
「え〜!あんなのアリなのかよ!?」
ドン引きする乃木坂の横で「ルールには飛ばなきゃいけないとは書かれていないね」と、ポツリ呟く御劔学長。
「その通り」とデュランも相づちを打ち、顎に手をやった。
「あそこは毎回障害物を全部なぎ倒して突破している。転倒しないから、恥ずかしい目にも遭わない」
「合理的ですが、同時に卑怯でもありませんか?」とダグーが口を尖らせるのを横目にチラリと見て、付け足した。
「その代わり、細かい作業を求められる競技はボロボロだがね。特に、物を掴んだりする実技は毎年全敗だ」
「毎回、走行と耐久、それから座学で勝ち上がってくる強豪なのだよ」と、ブラタルクも口添えする。
「ただの戦車だと思って侮っていると、痛い目をみる相手だ」
見た目の無骨さと反して、他校からの評価は意外や高めだ。
装甲戦車が最後のコーナーに差し掛かっている今も、他の機体は動けずにいる。
『ふぁぁん……っ、つ、ツユお姉様ぁ〜っ。駄目ですぅ、そんなとこ擦っちゃ、やぁんっ。い、イッちゃいますぅ〜〜』
聞き覚えのある甘えた声が大音量で聞こえてきて、会場全体がドッと笑いに包まれる。
耳まで赤く染まった親友の肩をポンポンと叩いて、乃木坂が慰めた。
「あー、うん。ドンマイ、ツユ。いつもの授業成果が、こんなトコで出るたぁなぁ……」
「もー、あいつったら、どんな妄想に浸ってんのさ。今はレース中だってのに」
テレ隠しにぼやくツユを一瞥し、ダグーが肩をすくめる真似をする。
「一体いつもの授業で、どんなことを教えているんだい?そちらの学校は」
これには鉄男も答えられず、ツユと同じく頬に火照りを覚えたが、返答に窮する鉄男を助けてくれたのはデュランであった。
「おっと、それは企業秘密ってやつだろう?鉄男くんを困らせるのは感心しないぞ」
まさか、軍の内部機密をベラベラしゃべりまくっていた人物に庇われるとは。
辻でもご子息でもなく鉄男くんと馴れ馴れしく呼ばれたのも気になったが、ひとまず鉄男は礼を言っておく。
「あ……ありがとうございます」
「礼には及ばないさ、鉄男くん。言っただろ、君とは友達になりたいと――おっと」
わぁっと大歓声。
ウェルスコープスが、抜かれることなく一位でゴールしたようだ。
二着にゴールしたのは四つ足機体のランナーズサイン、そしてトップスカイハイと続く。
「苦手なんだ、この競技。人型は特に不利だからね……」
ボソッと呟き頭をかいたのも一瞬で、すぐにデュランはキラキラした目で鉄男を見つめてくる。
「だが、第一レースが終わった後には必ず作戦タイムが入る。そこで選手達に対策を与えてやれるというわけだ!」
第二レースからが本当の勝負だと熱く宣言されて、やや引きながらも鉄男は素直に頷いた。
この男、かつての英雄パイロットだそうだが、ちっとも英雄然とした雰囲気を感じない。
傍らのブラタルクやダグー、乃木坂などは敬意の目で見ているようだが、少なくとも鉄男には無理だ。
自分に対して気安すぎるのが原因だろうか。
まるで近所の気の良いオッサンが如し距離感で接してくる。
『第二レースの前に作戦タイム、入ります。教官の皆様は、選手に指示を与えて下さい』
会場アナウンスに背を押されるようにして、乃木坂とツユと剛助が機体の元へ駆けていった。
木ノ下と鉄男、それから御劔と春喜も教官席に残り、会場の様子へ目を配る。
「なんか、こんな目に遭わされているなんて全然知らなかったよ」
ぽつりと呟いた木ノ下の表情からは、下がり眉で困惑しているのが見て取れた。
「以前の中継じゃ、喘いでいる声なんて全然聞こえなかったのにな」
「TV中継は編集されるからね」と、尤もらしく学長が頷く。
「生中継と言いつつ実は編集された録画なんてのは、よくある話だ。なにしろ先ほどの音声は、お茶の間で放映できるレベルじゃないからね」
木ノ下は、ちらりと春喜のほうへも目をやり、小さく呟いた。
「……ミィオじゃ面白くないって言ったの、そういうことだったんだ。ミィオが、いつもどおりの反応を示すだろうっての判ってたんだ、後藤さんは。でも、それで面白くないっていうのは、やっぱ酷いよ、あんまりだよなぁ……」
愚痴は本人にまでは聞こえなかったようで、春喜は縁へ寄りかかって暢気に鼻歌などを歌っている。
たった一回のレースで気力が削がれてしまった友人を、鉄男はそっと慰めた。
「木ノ下、元気を出せ。この大会が終わったら、一緒に大会本部へ抗議しに行こう」
ハッと我に返った調子で木ノ下が返してくる。
「あ、あぁ、うん。ごめん。なんか一人でブルーになっちまって、心配かけちゃったかな」
いや、と首を振り、尚も熱心に鉄男は囁いた。
「この酷い扱いには、俺も頭に来ている。抗議は必要だ、たとえ一度では話を聞いて貰えなかったとしても」
ベイクトピアの元エースパイロットや大会常連学校の教官が抗議しても、無視するような運営だ。
新参の学校が抗議したとして聞く耳を持つかどうかは、甚だ怪しい。
それでも鉄男の気持ちは痛いほど判る。
木ノ下や御劔だって、激しい憤りを覚えたのだから。
「……まぁ、いざとなったら軍部から手を回してもらうって手もあるか……」
悪魔の笑みを口の端に浮かべる御劔へ、声をかけてくる者がいる。
「タカさんも振動プロテクターは許せないと思っているんですね。でも、タカさんが味方についてくれるなら心強いや。まだ軍との関係、切れてないんですよね?」
伊能十四郎、今はイェルヴスターで教官を務めている若者だ。
かつてはベイクトピア軍で御劔と肩を並べたこともある、伊能四郎の息子であった。


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