act4 ロボット競争・前半戦
クイズ大会が盛り上がっていた同時刻、グラウンドでは実技競争が行なわれていた。前半戦は物を運んだり高く積み上げるといった地味な動作が多く、観客席も、まばらであった。
教官席も、ほとんどがクイズ大会を見にいってしまったのか、人の数が少ない。
「クイズ大会、どうなりましたかしらねぇ」
ぽつりと呟く妹の声に、デュランが力強く頷く。
「当然我が校がブッチギリで勝っている!――と、思いたいものだな」
傍らにケイの姿はない。
数人の同僚と共に、クイズ大会のほうへ行かせてある。
ロボット実技の前半戦は、これまでに培った技術のおさらいだ。
とりたてて、アドバイスも応援も必要ない。
それでもデュランとミソノの兄妹が残ったのは今年初出場のラストワン、その選手の動きを知るためであった。
ラストワン勢で教官席に残っているのは、金髪タレ目の男と赤い髪の毛を後ろで一つに縛った細身の男。
それから、やたら筋肉質の巨漢の三名だけだ。
辻のご子息と学長、ひょうきんな顔の男は不在だ。
「うむ、残念だな」
兄の呟きに、ミソノが反応する。
「何がですの?」
「暇なうちに、ご子息殿と話しておきたかったんだがね。またの機会を待つとするか」
グラウンドでは、ブロックを積む作業のタイムアタックが行なわれている。
何度となく繰り返し参加してきた競技ゆえに、スパークランの教官は誰も自分の生徒が負けると思っていない。
初出場のラストワン教官勢は、声を張り上げて応援している。
初めてだからこその初々しさだ。
ここに辻のご子息がいれば、彼の応援する姿を見られたのに。
「……お兄様はクイズ大会を見に行かれたら、宜しかったのではなくて?」
チクリと言われ、デュランも言い返す。
「そういうお前こそ、麗しの御劔学長殿を追いかけていかなかったのは、どうしてだ?」
「そういうわけにも参りませんわ」
溜息をつき、ミソノは真剣な眼差しをグラウンドへ向ける。
「ラストワンは今大会のダークホースかもしれませんもの。初めてでありながら常に二位から四位までにつけてくる実力、侮れなくってよ」
ラストワンの選手は、どの競技でも他校に遅れをとっておらず、妹の言うとおり油断がならない。
我が校の生徒が初めて大会に出た時は、これほどまでに冷静でいられただろうか?
全員女子だから土壇場での度胸があるのか、それとも教育の賜なのか。実に興味深い。
「少し、彼らとも話をしてみるか」と歩き出したデュランの前方へ、さっと飛び出した者がいた。
「ホッホッホッ、今年もそちらの選手は頑張っておりますなぁ、デュラン様」
ひらひらレースの袖口に襟。
紫と黄色のシマシマ模様が、痛々しいほど目にちらつく。
一瞬サーカスかと錯覚するような格好の男が口元に手を当てて仁王立ちし、デュランの行く手を阻んでくる。
「……おぉ、誰かと思えばブラタルク殿。今年も華々しい格好ですな。その衣装は、自前で?」
ブラタルク=インストーカーは、ランナーズサインの教官だ。
何故か毎年デュランに、あれやこれやと絡んでくる、少々鬱陶しい相手である。
一番最初に出会った際、サインをねだられたので書いてしまったのが良くなかったのかもしれない。
「ホッホッホ、この衣装の良さが判るとは、さすがは英雄デュラン様。えぇ、その通り。今期に併せた特注品でございますぞぉ」
一言も良いとは言っていないのだが、ブラタルクは勝手に自己完結すると、背後に立つ青年を促した。
「こちら、ほれ、早く来たまえ。この青年は我が校の新人教官にして、教えの良い男でしてな。是非デュラン様にも、お目通りしておきたくと思いまして連れてきたのでございます」
青年が一歩前に出て、会釈する。
背はブラタルクよりも遥かに高い。ガタイも良く、デュランとタメを張る筋肉質だ。
褐色の肌に纏うのは、緋色の布。ブラタルクに勝るとも劣らぬ、珍しいファッションだ。
「ダグー=ゲイランと申します。噂に名高い英雄ラフラス様とお会いできた事、光栄に思います」
深みのある声にラストワンの教官が何人か、こちらを振り向くのを横目に捉えつつ、デュランもダグーに挨拶を返す。
「英雄とは仰々しい。全ては過去の栄光だ、今は只の一教官とお見知りおきして欲しいものだな」
謙遜する英雄を見、ブラタルクはピンピンとはねた口髭を引っ張って満面の笑みを浮かべた。
「ホッホッホ、そのように控えめな辺りも、さすがは英雄デュラン様」
彼らが笑いあう様子を遠目に見ながら、乃木坂は傍らの二人に囁いた。
「あのデカブツ、見覚えがあるぜ。確か辻が面接受けた時」
「あぁ、面接者の中にいた。名をダグー=ゲイラン、クロウズ出身だ」と、剛助が応じる。
あの時、鉄男と一緒に面接を受けた者が全員どこかの教官として雇われている。
奇妙な偶然もあるものだ。
「そういや、さ」と、競技の合間にツユが言う。
「あの時の面接って、確かもう一人受ける予定じゃなかったっけ?」
「あぁ、いたな。結局面接に間に合わなくてキャンセルになったんだっけか」と、乃木坂。
そいつは、確かにいた。
だが、どんな顔だったかと問われると、誰も思い出せないのであった。
前半の競技が全て終了し、結果が発表される。
僅差でイェルヴスターが一位、二位はスパークラン。
ラストワンは前半戦、順位は四位に落ち着いた。初出場にしては頑張ったほうであろう。
「さーて、ここまではウォーミングアップとして……本番は後半の障害物競走だ。お前ら、気合い入れていけよ!」
円陣を組み、乃木坂の号令で実技組の全員が頷く。
障害物競走は一位から五位までの学校と六位から十位の学校とで二組に分かれ、レースに挑む。
さらに各グループの優勝者同士で、射撃対決をおこなう。
どちらにも勝てば、たとえ前半戦で最下位だったとしても逆転総合優勝が狙える。
観客が一番楽しみにしているのも、後半戦のレースだ。この大会の山場である。
「すげえな、さすがは優勝候補。どの競技も上位じゃんか、スパークラン」
木ノ下が眺めているのは、中間結果発表の紙だ。
「あぁ、強敵だ。昴達も頑張ったんだがなぁ……三位四位にくらいつくのが、やっとで」
乃木坂は腕組みで唸り、傍らではツユが慰める。
「でも初出で四位は褒められる順位だと思わない?十校も参加していてさ、四位なんだよ」
「まぁな」と、そこは乃木坂も剛助も素直に頷く。
「総合順位の中間は、と……あ、うちは三位なんすね。……えっ、三位!?」
思わず紙を二度見する木ノ下につられて、全員が紙を覗き込む。
「ホントだ。え、じゃあクイズ大会、一位だったの!?」と聞き返してくるツユに、木ノ下が即答する。
「いえ、二位でしたけど……」
「えぇっ、二位!?マジかよ!」と今度は乃木坂にも驚かれ、「は、はい」と木ノ下がキョドる真横では学長が微笑んで、ぱちぱちと手を打った。
「あぁ、今年は特にマニアックなクイズだったにも関わらず、見事な三問正解だった。特に最後の問題を、新入生が当てるとはね。辻くんのお手柄だよ」
突然名前を出されて、鉄男もたじろぐ。
お手柄も何も、自分がクイズで正解したわけではない。
亜由美に志熊中尉の名を教えたのは自分だが、あそこで問題として出るとは予想だにしていなかった。
「グランプリのクイズ大会って、毎回めっちゃ難しい、いやらしい問題が出るんで有名なんだぜ。それを三問も当てるたぁ、お前ら、やるな!何を教えてやったんだ?」
笑顔で尋ねてくる先輩へ、冴えない答えを返したのは木ノ下だ。
「いえ、特にこれといって……エリスがロボットマニアだったのが判ったぐらいです」
「なんだそりゃ」と拍子抜けた顔で尋ねてくる乃木坂には、学長が笑って返す。
「今年は最後の問題以外、三択だったからね。当てずっぽうが当たった子もいたようだ」
「あ〜、なるほど、三択……こりゃ、初出場にも有利な戦いだったんですね」
納得したように頷く先輩三名を横目に、木ノ下がこっそり鉄男に耳打ちしてくる。
「お前、ニケア軍のエースなんて、よく覚えていたよな。俺だって昔はニケアに住んでいたのに、すっかり忘れていたよ、志熊中尉の名前なんて」
ぞろぞろと戻ってきた客で席が埋まっていくのを眺めながら、鉄男も応えた。
「昔、彼の指揮する隊を見た。効率が良く統制も取れた指揮で、心が震えた。それで、覚えていたんだ」
鉄男の横顔に尊敬の色が浮かんでいるのを見て、木ノ下がニッコリ笑う。
「へー、俺も見てみたかったなぁ。志熊中尉って引退した後は何やってんだ?鉄男は知ってるか?」
「いや」
短く答えると、鉄男は前方の電光ボードに視線を移す。
後半戦の競技開始まで、あと十五分。
自分が動かすわけでもないのに、ドキドキしてきた。
期待と緊張で胸を高鳴らせる鉄男の背後では、まだ紙と睨めっこしている乃木坂の姿があった。
「中間二位はイェルヴスターか。さっきの一位が効いてんな、こりゃ」
一位は当然、スパークランだ。
十校中、最も強豪とされる養成学校であり、スポンサーがベイクトピア軍なのも一部では有名な話だ。
「イェルヴスターか。確か、あそこは伊能くんが勤めていたはずだな」
ぽつりと呟く学長に「伊能くんとは?」と乃木坂が聞き返す。
「あぁ、伊能くんと言うのは――」
それに対して学長が答えようとするのと、彼に話しかけてきた声が重なった。
「そこにいるのはタカさん?あぁ、やっぱりタカさんだ、お久しぶりです!」
ひょこんっと軽快に頭を下げて挨拶してきたのは、青いブレザースーツに身を包んだ青年。
下手したら十代にも見えかねない、年齢不詳な若者だ。
「タカさんだぁ?随分と馴れ馴れしいじゃねーか」
たちまち眉間に縦皺を寄せる乃木坂を脇に、御劔も目の前の青年へ挨拶を返す。
「やぁ伊能くん。ちょうど今、君の話をしていたところだ。久しぶりだね、調子はどうだい?」
十年来の気安い挨拶でありながら自分の知らない相手であることに、御劔学長の信奉者を自称する乃木坂の眉間には、さらに無数の縦皺が刻まれたのであった。