合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 グランプリ、開催

一週間は、あっという間に過ぎて、大会当日、激しく打ち鳴らされる爆竹を見上げて木ノ下が言った。
「いや〜、晴れやかな晴天!大会日和っすね」
即座に「何言ってるんだか」と、突っ込んできたのはツユ。
木ノ下が見上げていた空は正確には地上街の地面、地下街の天井だ。
頭上にはプロジェクターで映し出された青空が広がっている。
養成グランプリの会場は地下にあった。
普段は立ち入り禁止とされている、軍用地内である。
大会期間のみ一般人にも一部施設が開放されるってんで、毎年、それも目当てで来る観客の数は多い。
地上が空爆に晒されていても、ベイクトピアの住民は元気だ。
鉄男が、しみじみ、そんなことを考えていると、不意に後方から野太い声が呼びかけてきた。
「よぉ、誰かと思ったら辻鉄男じゃねぇか。まさか、貴様も教官になっていようとは」
振り返った鉄男の目に映ったのは、真っ赤な髪の毛を五分刈りにした、筋肉質の男性。
こうして声をかけてくるからには知り合いなのだろうが、顔に見覚えがあるようで、ないような?
首を傾げる鉄男へ、あからさまにハァッと落胆の溜息を漏らし、男が改めて自己紹介する。
「なんだ、もう忘れちまったのか?ニケア人。俺だ、鉄柳ヒロシ。貴様とはラストワンの面接で一度会っているはずだがな」
名乗られて、ようやく鉄男は思い出す。
いたいた、そんな名前の奴が、あの時の面接会場に。
あの時は、ぶしつけな挨拶と上目線な挑発をされて、大層不快に感じたものだ。
ムッと黙り込む鉄男の横で学長が、にこやかにヒロシへ話しかけた。
「もちろん覚えているよ、鉄柳くん。毎回下手なアプローチで我々を笑わせてくれた伝説の君を、忘れるわけがない」
涼しげな顔をして、言っている内容は超ポイズンだ。
チッと舌打ちするヒロシを見ながら、鉄男は小声で木ノ下に尋ねた。
「奴は毎年来ていたのか?」
「ん、あぁ、毎年ってか二〜三回立て続けに面接受けては落ちてを繰り返していたよ。俺としちゃあ、真面目な奴は全員合格でいいと思ったんだけど」
木ノ下の目には、真面目と映っていたのか。
鉄男の感じたヒロシの印象は粗野の一言に尽きる。
あの勝ち気な性格では、周りと衝突を起こしまくるに決まっている。
だが、こうして出場者席にいるからには、ヒロシも何処かのスクール教官に収まったという証拠だ。
「今は、どこの学校にいるんだ?」と鉄男が問えば、ヒロシは大袈裟な身振りで答えてよこした。
「ほぅ、気になるか?俺は今、ファイヤーラットに所属しているんだ。貴様らラストワンと当たった時が楽しみだぜ。血の海に沈めてやろう」
たかがロボット操作の模擬大会で血の海もないだろうに、何を憤っているのやら。
呆れる学長と鉄男らを残し、ヒロシは鼻息荒く去っていった。
「ああいうのを採用するようでは、ファイヤーラットも堕ちたものだね。人手不足なのかな」
小さく呟く学長へ、鉄男は尋ねる。
「ファイヤーラットとは、どういった学校なのですか?」
「攻撃を重視した教育方針だが、礼儀作法も同時に重視している。なのに鉄柳くんみたいなのを教官にしてしまったら、道徳理念が崩れてしまうよ」
どうにも辛辣なのは、きっと二、三回の面接で彼の秘書が嫌な思いでもさせられたのかもしれない。
エリスへの雑な扱いを思いだし、鉄男はウンウンと何度も頷いた。
「そんなに粗暴な奴でしたっけ」と首を傾げる木ノ下には、学長が強く言い含める。
「まぁね。女性の扱いも、同性への態度もなっちゃいない。採用しなくて正解だった」
鉄男の面接はデキレースかと思っていたが、一応他の志願者も評価を受けていたと見える。
ついでだからと鉄男は聞いてみた。
「ゲイランやコクトーは、あなたの目には、どう映っていたのですか」
「ん、懐かしい名前だね。ダグー=ゲイランとケイ=コクトーだったかな?そうだね、彼らは倫理や態度は良かったんだけど、あと一息といったところだ」
ずいっと学長が顔を近寄せてくるもんだから、鉄男は後退する。
「君と違って一味足りないんだ。あの中では、君が一番魅力的だったね」
顎を掬いあげられ、慌てて鉄男は振りほどく。
学長の顔はいつ見ても綺麗だが、あまり密着されても困ってしまう。
「それは、俺がシークエンスと融合していたからですか?」
視線を外し、下向きがちにボソボソ囁く鉄男を見て、学長はニッコリと微笑んだ。
「シークエンスの件もあるが……一番は君自身の魅力だよ」と、はっきり断言されて、鉄男はキョトンとなる。
自分の魅力?
しかも、あの時点で?
面接を受けた頃の鉄男は、自分で振り返ってみても荒んでいたと思う。
父親を亡くしたばかりで、気が動転していた。
父親は、ろくでもない人間だった。
幼い頃から鉄男を暴力で苦しめてきた、とんだDV親だった。
そんな相手でも死んでしまうと不思議なもので、開放感を覚えると共に寂しさまで感じて、鉄男は混乱した。
あのままニケアに住んでいたら、気が塞いだままで、生活も日常も困難になっていた。
ニケアを出たのは正解だと、鉄男は思う。
ラストワンにきたことで、ようやく人並みの生活を送れるようになったのだから。
「辻くん、君は一番原石に近い人間だった。既に完成されたダグーやケイよりも、原石の輝きは眩しく、育てがいのある人材だ。生徒と共に育ってゆく、そんな人材を欲していた。君がシークエンスの可能性を秘めていなくても、きっと私は君を採用したと思うよ」
要するに一人だけ人として未熟だったのが、逆に学長の気を惹いたらしい。
なんとなく嬉しくない褒め言葉だが、褒め言葉は褒め言葉として受け取っておこう。
「ダグーやケイも、どこかの教官になれたんですかね」
誰に聞くでもない木ノ下の疑問に、学長が頷く。
「鉄柳くんが採用されるぐらいだからね、彼らとも何処かで出会うかもしれない」
あの時一緒に面接を受けた全員が、ライバルとして立ち塞がる。
そうなったら面白いと、鉄男も考えた。
血の海とまでは言わないが、全員返り討ちにしてやる。
「……あれ?そういや、あの時の面接って確か、もう一人受け付けていませんでしたっけ」
木ノ下の想い出を遮るように、乃木坂が声をおっかぶせてくる。
「思い出話は、そのへんにして。そろそろ楽屋で待機しようぜ?」
な?と、背後に整列した候補生へ相づちを求めると、少女達は一斉に頷いた。
「も〜長距離移動なんて久しぶりで列車酔いしちゃいましたよォ。はぁ〜ん乃木坂教官、介抱してくださぁい」
元気はつらつといった表情で、相模原が、あからさまな仮病を訴える。
乃木坂へ甘えようとする彼女の腕を、飛鳥が引っ張った。
「はいはい蓉子、救護室はコッチだよー」
「違うわよ、救護室じゃなくて乃木坂教官との甘いラブラブをぉ!」
連れ去られる相模原の背中に手を振って「そんなものは永久にないから」と乃木坂も苦笑する。
その乃木坂へ、ツユが話しかけてきた。
「あんなんだけど、三人ともやる気満々だから安心して。特に相模原は、あんたんとこのメイラが手伝ってくれたから万全だよ」
ラストワンの出場リストアップは、以下の通りだ。
実技には、昴・メイラ・ヴェネッサ・ミィオ・相模原・飛鳥の六名がエントリー。
座学には、亜由美・杏・エリス・ユナの四名がエントリーを連ねている。
座学で一番危ういのは木ノ下組の杏、或いは剛助組のユナだが、他二人が何とかしてくれると信じている。
心配されていた飛鳥と相模原の実技も放課後の猛特訓が効いたのか、どうにか様になってきた。
頼りとするのは乃木坂組の三人だ。
だが、おごり高ぶりすぎて足下をすくわれてもならない。
初出場というだけでも、注目の的である。
加えて全員が女子という珍しい構成。
ラストワンが今期大会の目玉となるのは、まず、間違いない。
「楽しみだな、鉄男」と木ノ下に小声で囁かれ、鉄男は緊張の面持ちで頷いた。
自分達が直接戦うわけではない。しかし、この戦いには学校の未来がかかっている。
無様な戦いだけは、させないようにしよう――
改めて、教官らしい思いが鉄男の脳裏に浮かんだのであった。


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