合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 地獄のアフターレッスン

鉄男は今日、ここに至って初めて候補生とのマンツーマン補習を行なう。
ただし、相手は普段の受け持ち三人組ではない。
本来ならツユの受け持ちである、相模原蓉子だ。
同じ学校にいながら、これまでの鉄男は彼女について殆ど知らなかった。
なにしろ個性的な受け持ち生徒三人の相手だけで、手一杯だったので。
他のクラスの生徒など、鉄男の知ったことではない。
しかし、ついに知らんぷりを決め込む事も出来なくなった。ツユと乃木坂の陰謀で。
教壇の前に腰掛けているのは、巨大な肉の塊――もとい、相模原だ。
身長はさほど高くもないのに、やたら大柄に見えるのは春喜とタメを張る横幅のせいか。
相模原は重量級な見た目と反して、キャアキャアと騒がしい奴であった。
普段の授業では散々雑談で妨害されたので、鉄男の中での印象は悪い。最悪だ。
こいつと三年間、顔をつきあわせていたツユには本気で頭が下がる。
あちらは見た目の軟弱さと異なり、意外や豪の者であったようだ。
「個人授業の始まりですね、キャッ。マンツーマンで手取り足取り腰取り……ウフフ、密着授業、楽しみですぅ」
口元に両拳を押し当てて寝言をほざく相模原に、鉄男はぴしゃりと言い返す。
「密着は、しない。口頭で説明するから貴様は暗記に専念しろ」
じろりと睨めば、ふるふると首を振って可愛い子ぶる相模原と目があった。
「やぁん、女の子を貴様だなんてェ〜、辻教官酷いですぅ?」
以前、マリアにも同じ指摘をされている。
あの時のマリアも不快そうであった。
どうも女子を貴様呼びするのは、彼女達を苛立たせてしまうようだ。
が、鉄男は己を曲げず、相模原の反論を無視した。
「貴様に教えるのは機体のコントロールと移動だ。この辺りは既に水島教官から教示されているかもしれんが」
「されてまっせぇ〜〜んっ」
ぶりぶりに可愛い子ぶった声で遮ると、相模原は似合わぬ上目遣いでチロッと鉄男を見上げる。
「水島教官はぁ、オルガスムスに関する項目しか教えてくれないんですよぉ?アソコを擦ると気持ちいいとかぁ〜、ついてなさげな水島教官が言うとシャレにならないんですけどぉ〜。しかも、めっちゃ上目線だからぁ〜、全然頭に入らないってゆぅかぁ〜むかつくってゆぅかぁ」
いちいち語尾を伸ばしてくるのも、癪に障る。
鉄男はボソリと吐き捨てた。
眉間には、これでもかというぐらいの縦皺を寄せながら。
「……その、イライラする話し方は、やめろ。普通にしゃべれないのか?」
すると相模原は何を思ったのか、小首を傾げて唇をすぼめてくるではないか。
「うふっ。可愛い子は、お嫌いですか?」
どこに可愛い子がいるんだ――
丸太のように太い手足。
水準以上に肥えた肉体の上には、団子っ鼻と糸目な顔が乗っている。
余裕で掴めそうな頬肉のたるみは、ただの肥満ではない。
運動不足と不規則な生活によるものだ。
加えて授業態度も悪いとあっては、お世辞にも可愛いとは言い難い。
ともあれ、相模原に授業態度を直すように促すのは時間の無駄だと鉄男は悟る。
この女は、どうあっても自分を可愛く見せることを貫きたい姿勢を崩さないようであるし、いちいちつきあっていたら日が暮れる。
鉄男は教本をめくり、ゼネトロイガーの操縦方法を開く。
受け持ち生徒は、まだこの項目まで辿り着いていないから、鉄男も読むのは初めてである。
基本、ゼネトロイガーは男女のペアで操縦する。
女性が動力となり、男性が補助にまわる。
訓練や実戦では候補生が動力、教官が機体の全コントロールを行なっていた。
操縦桿はレバーが一本。それから足下にも一応、補助用のペダルがついている。
レバーを前に倒すと前進し、後ろに下げれば後退する。
曲がりたい時は右か左に傾ける。補助用ペダルは移動速度の上げ下げに使う。
動かすだけなら簡単だ。だが、動かすだけでは駄目なのが戦闘用ロボットの要である。
戦闘は女性の乗り込み必須で、コアとなる女性が念じる事によって攻撃が発動する。
また、女性なら一人でも操縦可能となっている。
原理的には念じる動作で、移動も攻撃も思いのままだ。
ただし、それをマスターするには相当の訓練が必要だろうし、連戦は難しい。
故に男性の補助が必要となる。女性の負担を軽くする為に。
幸い、グランプリの競技に模擬戦闘はない。
鉄男が相模原に教えておくべき項目は移動方法だけだ。
念じて動かすのには補助必須だが、操縦桿で直接動かすのであれば一人でも可能だ。
「テレビゲームの経験は、あるか?」と鉄男は相模原に尋ねる。
「テレビゲームって、なんか古い呼び方ですね」
余計な一言を織り交ぜつつ、相模原は、彼女にしては素直に答えた。
「やったことないです。メイラやマリアちゃんは得意みたいですけど」
そうかと頷き鉄男は黒板に絵を描いた。
この際、絵の上手い下手は関係ない。
棒一本でも伝わればいいのだ、これが操縦桿だと判る程度には。
「今から簡単に操作方法を説明する。貴様は脳内シミュレートしてみろ」
ふんふんと大人しく頷いて聞いていたのも数秒で、すぐに相模原が質問してくる。
「後ろに下げて後退した時は、後ろを見ないと駄目ですか?」
「前面の小モニターに後方の映像が映し出されるから、それで確認しろ」
簡潔に答える鉄男へ、さらなる質問が飛んだ。
「右に傾けると右に曲がるんですよね。じゃあ右斜め前に倒したら、斜め走りするんですか?」
何故そんなことを聞いてくるのか。
目線で尋ねる鉄男に、相模原はケタケタと笑う。
「斜め走りしたらコケちゃいますよねぇ〜。カーブした後にバランスを立て直すには、どうすればいいんですか?」
教本には体勢の立て直し方が書かれていない。
操縦桿を一旦ニュートラルに戻してから前に倒せばいいのではと思うが、書かれていない方法を教えてもいいものか。
考え込む鉄男の前で、相模原がすっくと起立する。
「どうした、何か思いついたのか?」
鉄男が尋ねるのを無視して教壇にあがった相模原が何をしたのかというと、鉄男の股の間に手を突っ込んでくるものだから、鉄男は仰天して勢いよく彼女の手を振り払う。
「何をする!」
「あぁん、だって実際に操縦桿を握ってみないとシミュレートしづらくってぇ」
「お、俺のこれは操縦桿じゃない……!」
「はぁん、じゃあ何なんです?なんちゃって、知ってますー。正解は、おちんちんでぇ〜す♪」
後方へ逃れようにも背中は黒板だ。
ぐいぐいと肉厚に押しつぶされながら、鉄男は果敢に股間のモノを握ってこようとする手を払い続けた。
真面目に授業が出来たと思ったのは、たったの五分かそこらだった。
今や相模原は鼻息を荒くして、鉄男のナニを掴もうと躍起になっている。
「じっ、実際に握らないと判らないというのであれば、これを操縦桿に見立てればいいだろう!」
チョークを投げつけても「短すぎますぅ〜。握って長さが余るぐらいじゃないと」と言い返されて、梨の礫だ。
「ハァハァ、辻教官、嫌がる顔もイケメン……ッ」
じゅるりと相模原の涎が垂れてくるのを必死の形相で避けると、鉄男は彼女を怒鳴りつけた。
「何なんだ、貴様は!グランプリで優勝するのが目的じゃなかったのか!?」
「グランプリでは優勝したいです、ですから、その為にも実際に握ってシミュレートをですね」
全体重でもってのし掛かられて、支える腕が震えてくる。
全力で突き飛ばせば押しのけられようが、相模原を怪我させても厄介な事になる。
彼女も鉄男が反撃できないと知っているから、こんな真似をしてくるのだ。
再度股間へ伸びてきた手をバシッと振り払い、鉄男は抵抗を続けた。
一度でも握らせてしまえば、満足するのは判っている。
しかし、断固として握られたくない。
相手が可愛ければどうこうという問題ではない。
無理矢理されそうになっている状況が我慢ならない。
「に、握るのは水島教官のにしておけッ。これ以上の説明を続けさせないというのであれば、授業をボイコットする!!」
鉄男の上にのし掛かった巨大な肉の塊が、ニヤリと口の端をねじ曲げる。
「教官が教えるのをボイコットするだなんて、聞いたことないです。もー、辻教官ってば教官失格ですね。そんな悪い教官は、私が再・教・育しちゃいますよぉ」
相模原の指が服の上から乳首をツンツンしてきて、鉄男は危うく悲鳴をあげそうになる。
どうにか悲鳴を押し留められたのは、ガラッと勢いよく扉が開き、誰かが飛び込んできてくれたおかげであった。
「もー、こんなことだろうと思った!はいはい、やめてやめて、さっさとどく!いいこと?辻教官に迫っていいのは木ノ下教官だけなのよ。あなたじゃ戦力外通知だわ」
突如乱入してきた人影の謎発言に、相模原はポカンとなる。
鉄男も然りであったが、それでも彼女の作ってくれた隙を無駄にはせず、肉塊の下を転げ抜けて体勢を立て直すと、改めて制止の役目を買ってくれた人物、遠埜メイラへ頭を下げた。
「ありがとう遠埜、助かった。だが、何故ここに?」
「乃木坂教官から聞いたんです。辻教官が大変な役目を背負ってしまったって。だから私もお手伝いしますね、最上級生の面目をかけて!」
指導初心者の鉄男にしてみれば、最上級生のメイラが補習につきあってくれるのは助かるが、いいのだろうか。
最上級生への指導で手一杯だから乃木坂は鉄男に押しつけたはずである、相模原への指導を。
鉄男の疑問へ答えるかのように、メイラは勝手にすらすらと話し始めた。
「誰かが一人でも足を引っ張ったら、グランプリでは優勝できません。そう考えた私は、足引っ張りになりそうな後輩を手伝うことにしたのです。じゃーん、メイラちゃん偉いっ!」
ちらっと目線で相づちを求められたので、鉄男もすかさず頷いておいた。
「あ、あぁ。すまない、本当に助かる……」
鉄男の謝辞を途中で遮ると、メイラはニッコリ微笑んだ。
「この恩は、のちほど木ノ下教官とおでかけする事でチャラにしといてあげます」
何故、そこで木ノ下の名前が出てくるのか。
鉄男は内心首を傾げつつ、メイラを加えた上で相模原への補習の続きを行なったのであった。


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