Folxs

act7.孤立

ジェネ・グレダ攻防戦は魔族の勝利で終わり、捕まったレジェンダー達は広場に集められていた。
どの顔も悔しさ、或いは無念で彩られていて、女子供ですら敵意を隠そうとしない。
両手を縛られ逃げられないよう柱に繋がれているというのに、だ。
さすがは難攻不落と言われていた都市の住民だけはある。
肝が据わっているな、とクォードは妙な処で感心した。
「……さて。何か言うことはねぇのか?この裏切り野郎が」
終戦間際まで、こちらの手を煩わせてくれたモワモワの生き物――
下級魔族のポウワは、部下達の手により小さな瓶に詰めこまれた。
クォードが話しかけると、彼は平淡な声で応える。
「俺は誰も裏切ってなど、いない」
「ふざけるな!」
たちどころに色めき立つ部下達を抑え、クォードは更に話を促した。
「どういう意味だ?」
「俺はレジェンダーに味方したいと思った。レジェンダーだけが、俺に優しくしてくれたのだからな。だから、恩返しとして彼らを守りたいと考え実行に移したまでだ」
淡々と語るポウワを睨みつけ、クォードは小さく肩をすくめる。
「レジェンダーがお前に優しく?まぁ、お前みたいなゴミカスじゃあ、こいつらに仲間扱いされたとしても驚くには値しねぇな」
言いながら、無造作にクォードの足がレジェンダーの一人を蹴りつける。
うっと呻きを漏らし、蹴られた者の口からは赤い糸が垂れた。
「やめろ、乱暴をするな!」
声を荒げるポウワを、クォードは鼻先で笑い飛ばす。
「やめろだと?誰に向かって物を言ってるつもりなんだ。テメェは捕虜なんだぜ?負け犬に命令する権限は、ねぇんだよ」
いかにも魔族の物言いに、一拍おいてポウワは話を変えた。
「……何故、正門を攻めた?それも指揮官自ら」
負けるにしろ勝つにしろ、一度は聞いておきたかったのだ。
クォードは、ポウワの知らざる魔族の戦法を取ってきた。
プライドの高い魔族は、絶対に相手の弱点をつくような真似はしない。
弱者など、弱点をつかずとも倒せる――いや、倒すのが当然なのだ。
むしろ弱点をつくなどという卑怯な真似をして倒しては、一生の恥となる。
そのはずなのに、何故都市の弱点ともいえる防御の一番弱い部分を狙ってきたのか。
おまけに指揮官が先陣切って飛び込んでくるなんて、ありえない。
「何故か、だと?馬鹿か、てめぇは。弱点を攻めるのは戦いの常套手段だろうが」
あっさりと言われ、それでもポウワは食い下がる。
「相手が自分より強ければ、それもありだろう!だが!自分より弱い相手の弱点をつく、それでも貴様は上級魔族なのか?魔族の誇りは、どこへやった!」
などと魔族の誇りを捨てた者に言われては、クォードもカッとなり思わず怒鳴り返していた。
「誇りだと!誇りで戦が勝ち抜けるか!!俺達はなぁ、どうあっても地上を制圧するって使命があるんだよ!卑怯だの何だのと手段を選んでいられる身分じゃねぇんだッ!」
それでもポウワの入った瓶を地面に叩きつけなかっただけ、まだ冷静ではあった。
怒鳴り散らした数秒後には幾分落ち着きを取り戻し、クォードが尋ねる。
「それより、この星へ降りた時、てめぇは一人じゃなかったはずだ。仲間はどうした。見殺しにしたのか?」
その問いに、ポウワは答えない。
「どうした、だんまりってことは肯定か」
答えたところで、この指揮官や魔族達が信じてくれるとは思えない。
仲間と信じていた相手に襲われたなどと、言ったところで誰が信じるのか?
ポウワ自身にだって未だに信じられないというのに。
諍いの原因は、実に簡単だった。
目の前に現れたレジェンダー、そいつを生かすか殺すか。
たったそれだけの理由で同族殺しの争いにまで発展し、仲間であるはずの魔族達に裏切られポウワは命からがら逃げ出した。
「フン、まぁいい。てめぇみたいなゴミが生きてるぐらいだ、他の奴らもどっかで生きているんだろうぜ。そろそろ本題に入るか」
即席で立てられた柱に括りつけられたレジェンダーを満足げに一瞥し、クォードは部下達に公言する。
「これより捕虜の処分を始める。欲しい物がある奴は先に取っておけ、始末してからじゃ手に入るものも入らなくなるからな!」
言い終わるか否かのうちから魔族達の興奮した叫び声があがり、広場は異様な熱気に包まれた。

ギィィィン――――!と耳障りな響きを残し、カインとアミュの剣が離れる。
何故かは判らないが、アミュは戦っている。ヒューイを庇う為に。
アミュが敵と判断したのなら、ヒューイに取っても奴は敵だ。
ただ問題は、アミュがまだ相手を敵と判断し切れていない処にある。
迂闊には動けないヒューイを背に、アミュはカインへ向かって叫んだ。
「剣を退いて下さい、カイン!私は、あなたを傷つけたくありません!!」
だが、カインは退くことなく叫び返した。
「俺だって、お前と戦いたくなどないッ!お前が庇っている、そこのレジェンダーを斬りたいだけだ。邪魔するな!!」
目の前のフィスタは間違いなく、ヒューイにとっては敵そのものだ。
アミュは恐らく、咄嗟の判断でヒューイを助けただけだろう。
逃げてもやられる。本能で彼は察した。
どうせ殺されるのならば、せめて真実を知ってから死にたい。
「おい!村をやったのは……村を吹っ飛ばしたのは、お前か!?」
アミュの背中越しに問いかけると、フィスタの男は鼻先で笑った。
「そうだ。と言ったら、どうする?」
「こうしてやるッ!」
ヒューイは不意をついた格好でアミュの剣に手を伸ばし――
そして、あっさりと身をかわされて地面に転がった。
「はははは!馬鹿が、その女は剣豪だぞッ。カスに剣を取られるほど、アミュは間抜けな女ではない!」
これでもかというぐらいにカインがヒューイを扱き下ろす。
続いて振り下ろした剣はヒューイの頭蓋骨を粉砕するつもりが、アミュの剣に払いのけられる。
間一髪のタイミングで。
「アミュ、三度目はお前でも容赦しないぞ!」
「……どうしても、聞き届けて貰えないのですか?」
再び耳障りな剣戟を響かせ、二人は対峙する。
「聞き届ける?レジェンダーを見逃せと、お前は本気で言っているのか」
引きつった笑みを浮かべる彼に、アミュは真摯な瞳を向けて、こっくりと頷いた。
「はい」
信じられないものを見たとでもいうようにカインの顔が歪んでいき、次の瞬間には爆発する。
「馬鹿な!レジェンダーは敵だぞ、こいつらも石を狙っている!」
「石を?石を狙っているのは魔族だけではないのですか」
カインは一瞬呆気にとられ、アミュを見た。
彼女の顔色から嘘は伺えない。本気で、そう思っているようだ。
「知らないのか?」
再びこくんと頷くアミュを見てカインの怒りはさっと晴れ、代わりに口から漏らしたのは苦笑であった。
なんてこった。
大天使様は彼女を地上へ降ろす際、きちんと説明をしておかなかったらしい。
「レジェンダーは石を使って、俺達を殺す兵器を作るつもりだ。奇跡の石で作られた武器を使えば、神族も魔族も簡単に倒せるらしいぞ」
「武器だって!?そんなものが作れるのか?」
「でも、全てのレジェンダーがそれに荷担しているわけでは――」
アミュとヒューイの驚きが重なり、アミュはハッと後ろを振り返る。
「ヒューイ、あなたは知らないのですか?この件について、何も」
ヒューイは即座に頷いた。
「うん。初めて聞いた!」
その答えを聞いた途端、鬼の首を取ったようにアミュが叫ぶ。
「ご覧なさい、カイン!策略に全てのレジェンダーが荷担しているわけではないのですよ!それなのにあなたは、相手がレジェンダーだからというだけで殺そうとしています。それは大天使様達の御意志に背くやり方ではないのですか?生き物の命を粗末にするなと言われたのを、忘れてしまったのですか!?」
「相手が敵意なく生きる者ならば、大事にもしよう。しかし!」
剣の刃先がヒューイを捉える。
「レジェンダーは俺達神族に敵意を持っている!見逃せば後日寝首をかかれ、全滅するのはこちらかもしれんのだぞ!」
言葉だけでは、カインを説得することはできそうにない。
いや、説得されるほどカインの頭は柔和ではなさそうだ。
一つのものはこうであると頭から決めつけ、他人の話に耳を貸そうともしない。
例え真実を見ようとも、カインは自ら決めつけた物以外信じようとしない。
信じてはいけないのだ。自身の常識が崩壊してしまうから。
「敵意を持つよう仕向けたのは、どこの誰だよ!?お前らが俺達の村や町を襲うからじゃないかっ!」
たまらずヒューイが口を挟めば、カインは意を得たりとばかりに頷いた。
「何もされなければ何もしない。俺達も貴様らと同じだ。俺達神族が貴様らの街を襲ったのは、貴様らが俺達を襲ってきたからだ!」
「本当なのですか、カイン!?」
力の弱い者が力の強い者を襲うなんて、にわかには信じられない。
だがアミュとて旅の道中、レジェンダーに一度も襲われなかったわけではない。
「そうだ。ボルドへ降り立った翌日、俺達はレジェンダーに襲われた。仲間の何人かは羽根を折られ、毟られた。それは紛れもない事実だ!」
どんな種族でも、自分達と違う種族には警戒心を見せる。
ボルドへ降り立った調査隊にレジェンダーが襲いかかったのは、警戒からの恐怖に取りつかれたからではなかろうか――
しかし、そのレジェンダー達とヒューイを一緒にされては困る。
ヒューイは石の武器を知らないと言った。
それは本当だとアミュは思う。
彼は村から出たことが、ないのだろう。
旅慣れた若者なら、もう少し戦いに慣れていてもいいはずだ。
そしてヒューイが知らないのならカインが吹き飛ばした村の連中も、当然知らなかったということになろう。
無実の者達を故意に殺してしまったカインの罪は許せない。
大天使様だって故意の殺戮は、お許しにはならないはず。
できることなら、斬り合いなどしたくない。
だが、彼が反省してくれないというのなら――斬るしか、ない。
最後にもう一度、アミュは尋ねた。
「カイン」
「何だ?」
「この者と調査隊を襲った連中は、別物です。レジェンダーにも色々いると思うのです。いい人も、悪い人も……この者は、私達に仇なすレジェンダーではありません。少なくとも、石の武器については何も知らないといっていいでしょう。あの村に住んでいた者達も、それは同様です。ですから」
「くどいぞ、アミュ!レジェンダーは敵だと何度言えば判るんだ!!」
カインの怒声が四方にビリビリと響き渡り、一旦はヒャッと首を竦めたものの、すぐにアミュは気を取り直す。
真っ向から彼を見つめた。
「ですから、敵ではない者を問答無用で殺したあなたは罪深き者。刃向かう者は敵ですが、刃向かわない者は敵ではない。大天使様からは、そう教えられませんでしたか?カイン。罪なき者達の住む村を滅ぼした行為を懺悔なさい。悔いれば、私は剣を収めます。どうかカイン、罪を」
それには受け応えず剣を構え直す彼を見て、アミュは寂しそうに微笑むと、一度だけヒューイを振り返る。
「……ごめんなさい。嫌われて当然ですよね、私達」
顔を伏せ、無造作に剣を振るった。
たった一閃に見えた剣筋は、迷うことなく目の前の天使を一刀両断のもとに斬り捨てた。

目が覚めて、彼女は、まず自分の両手を見た。
己の五体無事を確かめると、続いて周辺を見回した。
見たこともない景色が広がっている。
辺り一面は岩だらけ。
クォン村周辺を取りまく草原とは全く異なり、彼女は不安に怯える。
びくびくと、もう一度、周辺を見渡した時。
「よぅ、お目覚めか?」
背後から急に声をかけられ、彼女は危うく飛び上がりそうになった。
「そう心配するこたぁない。俺はあんたの敵じゃないよ」
怯えた目が、背後の人物を捉える。
逞しい二の腕は日に焼けて褐色の肌は更に色濃く、緑色のバンダナで隠されてはいるもの、髪の毛は鮮やかなオレンジ色。
尖り気味の耳にレジェンダー特有のぽわぽわした毛を見つけ、やっと彼女の警戒心は和らいだ。
「食べるかい?飲み物は水しかないけど」
パチパチとはぜる音で、ようやく彼女は気がついた。たき火の存在に。
側で胡座をかいている青年の足元には、肉の塊も置かれている。
「ここは、どこ?」
答える前に疑問が口を飛び出して、バンダナの彼は苦笑した。
「ここは見ての通り、荒野だよ」
「荒……野?」
荒野と呼ばれる場所を、彼女は生まれて初めて見た。
岩で囲まれた風景、それが荒野。
「そう。昔、ラギ飼い達が住んでたから、ラギ飼いの荒野って呼ばれている」
再び聞き慣れぬ言葉に、彼女は首を傾げる。
「ラギ……カイ?」
「ラギは知ってる?荒野に住む二足歩行のトカゲなんだけどね。そいつに乗って、荒野や砂漠を横断するのがラギ飼いさ。客を乗せて運ぶのを生業としている……いや、していたというべきか」
青年がナイフで肉を削り取り火にくべると、勢いよく火が燃え上がり肉を包み込む。
「今は……いないの?」
「あぁ、いない。死んじまった。ラギも、ラギ飼いも……皆、空からの来訪者によって殺されちまったんだ」
空を見上げた彼につられるかのように、彼女も空を見上げる。
瞬間、頭の奥を貫くような痛みに襲われ、少女は呻いた。
「あたま……いたい」
「まだ全快してないんだな、横になっていたほうがいい。肉が焼けたら切ってやるよ」
言われるまま身を横たえているうちに、次第に眠気が襲ってくる。
彼女は、いつの間にかスゥスゥと寝息を立てて眠りについた。
短めに切られたオレンジの髪。
本来なら愛嬌溢れる少女だろうに、顔には幾つかの青痣が浮いている。
少女は、クォン村のマナルナであった。
あの爆発の中、どうしてかは判らないが助かったものらしい。
「村のことを聞きもしなかったか……ま、思い出したくなった時に教えりゃあいいか」
そんな彼女の体に毛布をかけてやると青年は立ち上がり、ピィ、と甲高い口笛を吹いた。
しばし待つこと数十秒、大きな影が彼らの上空に現れる。
ゆっくり二度、旋回したかと思えば、砂埃を巻き上げて着陸した。
それは見上げるだけでも首が痛くなるほどの巨大な鳥で、巨大な嘴は先端が獰猛に尖っている。
尖った嘴を開いて出てきたのは意外にも甲高く、可愛らしい声だった。
「スカイ、どうしたでござるなり?拙者まだ夕飯の支度も終わってござらぬ。本日は二回目の召集でござるな、今度は緊急の仕事でも入り申したか」
スカイと呼ばれたバンダナの青年は、かぶりを振る。
「そいつはすまなかったな、リンタロー。またも仕事じゃなくて悪いんだが、俺を乗っけて散歩してもらえるか?そうだな、一時間か二時間ぐらい飛べば充分だろ」
「ハァ?」
いかにも不満ったらしい鳥の返事は無視し、背中に飛び乗った。
「女の子と一緒じゃ眠れないんだ。彼女だって嫌だろ、知らない男と一緒じゃあ」
スカイの目線を追って、鳥の視線も寝入ってるマナルナを捉える。
少女は熟睡している。ちょっとやそっとじゃ起きなさそうに見えた。
「ぐっすり寝ているでござるよ。一緒の寝床で嫌だと思ってるのは、スカイだけでござろ?」
からかうように言ってやると、間髪入れず脇腹を蹴られた。
悲鳴と共に、リンタローは抗議の声をあげる。
「拙者は馬じゃないでござるぞ、脇腹を蹴るのは禁止でござる!」
「いいから、さっさと行けよ!ついでに周辺を見回るんだっ」
リンタローが首をねじ曲げ、背に乗るスカイをコッソリ見やると――
心なしか、彼は照れているようにも見受けられた。
ほんのり頬が赤く染まっている。
年頃の青年らしい反応にリンタローは苦笑しつつ、ふわりと空へ飛び立った。
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