Folxs

6.都市攻防戦

敬愛する指揮官に呼び出され、ステイツは哀れなほどに緊張し、縮こまっていた。
何を言われるのだろう?
何の用だろう?
もしかして、特別な任務に抜擢されたりして?
期待だけが否応なしに膨らんでしまい、だから少し返答が遅れてしまったのも仕方がない。
気がつけば、苛立ちを隠しきれないクォードと目があった。
「ウヒィ」
できそこないのひゃっくりのような異様な叫びが、彼女の口から転がり出る。
それを無視して、クォードは再度彼女に尋ねた。
先ほど、彼女が聞き逃した言葉と全く同じものを。
「もう一度聞く。お前、朝おかしなことを言ってなかったか?レジェンダーの村で朝食を取っただの何だのと」
思い出すまでに数秒の間が開いた。
「あ……はい」
ステイツは、また怒られるのではないかとビクビクしながら頷いた。
「どうやって入った?」
「はい?」
なんで一度で話が通じないんだろうか、こいつは。
苛つきが表に出ているクォードは、ついつい厳しい口調になる。
「だから、どうやって入ったんだよ。レジェンダーの村に」
「あ……その、正面から、入口を通って」
今度はクォードが驚く番だ。
「はぁ?」
彼にしては間抜けな顔で、あんぐり口を開けた。
しかしステイツは何故指揮官は驚くのかと言わんばかりにキョトンとして、胸を張って堂々と答えた。
「ですから……村の入口から堂々と入りましたですよ」
「どうやって!!」
同じ問いを二度もしてしまった。
だが、クォードが動揺するのも当然だろう。
レジェンダーが魔族を嫌っている以上、魔族は彼らの村に入れない。
そしてステイツは正真正銘の魔族であり、肌は真っ青、髪の毛は燃えるような赤。
どうやっても、褐色肌に橙色の髪を持つレジェンダーに見えるわけがない。
「村の入口に見張りが立ってなかったのか?」
聞きながら、自分でもありえないとクォードは思った。
臆病なレジェンダーが村の入口に見張りを立てないなんて。
実際ありえない話のようで、ステイツが首を真横に振る。
「いえ、二人ほど立っていました。始めのうちは二人とも警戒していたようですが……何故か途中で態度が変わり、自分を村へ入れてくれたのであります」
何故だ。
何故、いきなり心変わりしたのだろう?
ステイツが弱そうだから――?
いやいや、いくら弱そうといってもステイツは魔族だ。
魔族の怖さを知っているレジェンダーが、油断するとは思えない。
「どんな格好で行ったんだ?そのボロ服で行ったのか?」
ボロと言われてステイツは幾らか傷ついた表情を見せたが、渋々頷いた。
「……えぇ。この服で行きました」
不服そうにしているところを見ると、彼女にとってはお気に入りな格好なのかもしれないが、ボロはボロだ。
服というよりは布、それも雑巾といったほうが正しいようにも思える。
したり顔でクォードが頷く。
「――なるほどな」
なにがナルホドなんです?
そう聞き返そうとするステイツであったが、クォードは先に言葉の続きを放った。
「お前は、あいつらに乞食だと思われたんだよ。みすぼらしくて惨めなやつが物乞いにきたってんじゃ、奴らだって入れないわけにもいかないだろうぜ」
――ひどい!
カッとなったステイツは、すぐさま反論しようと口を開きかけるも。
「大方、腹の虫でも鳴らしながら近づいてったんだろ?」
クォードのツッコミには本人も思い当たる節があったようで、反論できなくなってしまった彼女は無言で俯いた。
「だが、そいつは使えるかもしれねぇな……」
クォードがポツリと呟く。
「え?」
ステイツが顔をあげると、指揮官の顔が接近してきた。
「ひ!」
べつだん、何をされるわけでもないのに顔が紅潮する。
胸が高鳴りっぱなしのステイツに対し、クォードは涼しい顔で命令を下す。
「ひっ、じゃねぇよ。何驚いてんだ。それよりステイツ、命令を出すからちゃんと聞いてろよ。お前はそのボロイ格好のまま単独で、城塞都市に向かえ。どんな手を使ってでもいいから街の中へ入るんだ。物乞いの真似をしたっていいし、裏切り者の顔をしてもいいだろ」
臆病なステイツにとっては、命がけともなりそうな命令を。
「そ、そんなの――」
自分には無理です。
そう言おうとしたけれど、次に続く言葉は彼女の口からは出そうもなかった。
「――んむぅ」
顎を掴まれ、唇が重ねられる。
何が起きたのか。
彼女がそれを理解する前に、クォードは手を離した。
「行け。うまく入れたら、こいつを街の中心部に仕掛けろ。四方一帯をブッ飛ばす強力な爆弾だ。仕掛けたらすぐ逃げてこいよ、じゃないとお前も吹き飛ぶぞ」

放心のステイツが、夢見心地の足取りで野営陣から姿を消した後。
朝が来た。
待望の朝が。
朝といっても日の光はまだ低く、暗闇の中にある。
「全員起きろ、戦闘開始だ!」
指揮官クォードの声が響き渡るも、すでに徹夜で起きていたのか。
間髪入れず、怒濤の喝采が野営中に響き渡る。
「救護隊は武器の用意!対空部隊は武器を装備後、前へ出ろ!魔術隊は呪詛に入れッ 俺がいいと言うまで呪文を放つなよ!」
てきぱきと味方へ指示を送りながら、クォードは自らも前線へ出る。
後ろでのうのうと指示を送るだけが指揮官の在り方ではない。
前線で状況を捉えねば、的確な指示など送れない。
「モグラ部隊、お前らは空からの攻撃を始めると同時に外へ出ろ!いかにも掘ってますってのを奴らに見せつけるように動けよ。敵の砲撃が始まったら、結界を張って防御に徹する!ステイツが――」
言いかけて、日付が変わっていたのにクォードは気づき、言い直した。
「潜り込んだ味方が、街の中心部を破壊するまで持ちこたえろよ!」
「しかしクォード様!やつらの砲撃は思った以上に強力で」
横合いから口を挟んだ部下には目もくれず、クォードは文句を一蹴する。
「レジェンダー如きの攻撃にやられるほど、てめぇらの魔力はチャチなのか!?文句を言ってる暇があるなら、意識を集中させろ!」
意識を術に集中すれば、魔力はより高まる。
雑念を取り除き一心に念じれば、結界はより強固なものとなる。
その代わり、やられる、と一度でも思ってしまえば結界は簡単に崩壊してしまう。
「混乱の生じた時が、反撃開始の合図だ!」
それは、どちらにも言える話だ。
一丸となって敵に向かっている間は、強いだろう。
でも味方の意思が分散してしまったら、結束は呆気なく崩壊する。
結局は意思の強い方が生き残る。それが、戦争だ。
魔族の意思と、レジェンダーの意思。
はたして強いのは、勝ち残るのは、どちらの意思だろうか――?


まだ日も昇らぬ暗いうちから、街は騒然としていた。
「空襲警報!空襲警報!住民は地下壕へ避難せよ!繰り返す――」
町中に大声の警報が響き渡る。何度も、何度も。
暗い空を、地上からの灯りが何往復も照らし出す。
周りを高い壁で囲まれている以上、敵は空からやって来るはず。
住民は取るものも取らず慌てて地下の防空壕に入り込むと、誰もが怯えた顔で空を見上げた。
無法者がいつ来てもいいように、地下壕の扉は厳重に閉めてから。
もちろん、地下に潜らなかった者達もいる。街を守る戦士達だ。
手に槍や剣、銃を手に、警戒の眼差しで配置についている。
この街のホルゲイに対抗する手段は、大砲と結界の魔法陣だ。
高い壁の天辺に取りつけられた大砲は、ちょうど円を描く配置で取りつけられている。
それが魔法陣と呼ばれるもので、街全体を覆う結界となり、ホルゲイの魔弾すらをも凌いできた。
ただし結界や大砲が効力を発するのは、あくまでも対空のみ。
今度の襲撃は、今までとは違うらしい。
敵は上空のみならず、地上からも、地下からも襲ってくると言う。
言い出したのは、街の作戦参謀官であった。
名をポウワという。
彼はレジェンダーではなかったが、彼を追い出そうとする者は居なかった。
何故なら、彼のおかげで今まで何度もフィスタやホルゲイを退けてこれたのだから。
ポウワはホルゲイであった。
ホルゲイゆえに、ホルゲイの取る作戦が判る。先読みできる。
それだけではない、ポウワにはフィスタの作戦も手に取るように判った。
というのは、ホルゲイもそうだがフィスタにしても同じで、魔力が高い奴は魔力に頼りがちである。
どいつも上空から強大な魔法弾をぶち込むのが好きな輩ばかり。
だからポウワは、街の職人に命じて大砲を作らせた。
空からの敵は、大砲で撃ち落とすのが一番楽だから。
魔法陣の形になるように設置させたのもポウワの仕業だ。
――ポウワは何故、レジェンダーに力を貸すのか?
前にカイは尋ねたことがある。
その時、彼はこう答えた。
『戦いを終わらせる為さ』
また、続けてこうも言った。
『戦いを無力化させれば、話し合う機会も生まれてくる。たぶんね』
レジェンダーがホルゲイやフィスタと共存。
本当にできるのならば、極力ポウワのやり方に協力したいとカイは思った。
思ったのがカイだけだったなら、大砲の魔法陣は完成しなかっただろう。
皆も、そう思ったのだ。だから城塞都市は難攻不落になった。
どんな力にも、何者にも、脅かされることのない強さを持つ巨大な街に。

「来たぞ!大軍だ!!」
空を見上げていた男の一人が大声で指をさす。
東の空を覆い隠す、黒い影。
その一つ一つが人の形を取ってゆく。
ホルゲイ。
ホルゲイの大軍が空を渡り、まっすぐこちらへ飛んでくる。
その数、ざっと数えただけでも数百匹は下らない。
「撃ち方、用意!」
壁の上で待ちかまえていたポウワが号令を出した。
同じく壁の上で待機していた砲撃手達が一斉に、松明を手に取る。
「ぎりぎりまで引きつけて、点火するんだ。弾は無駄撃ちできない、焦るなよ!」
どの顔も緊張で汗まみれだが、どの顔も闘志で燃えていた。
まずは安心だ、とポウワは内心安堵の溜息をつく。
砲撃手が怯えていては防衛もままならない。
対空がうまくいかなければ、被害は一斉に魔法陣へ向けられる。
魔法陣には、全ての攻撃を防ぎきれるほどの防御力はない。
そもそも、魔法陣の力の源となっているのはレジェンダー達の意思である。
街がやられる、もうダメだ、オシマイだ――
そう、誰かが一度でも考えたりしたら。結界は一瞬で崩壊してしまうだろう。
争う気持ちを持つのは、良くない。
だが戦う前から諦めるのは、もっと良くない。
殺気を持てとまでは言わないが、街を守り通す気迫は欲しいところだ。
少なくともホルゲイが攻撃に疲れ果て、交換条件を持ち出してくるまでは。
「射撃範囲に入りました!」
砲撃手の一人が空を見上げ。
「撃てェ――――ッ!!」
間髪入れずポウワが叫び、威勢のいい音と共に黒い巨大な弾が次から次へと撃ち出される。
弾に当たって落ちる者もいれば、ひらりと小憎らしくかわす者もいた。
「波状攻撃に切り替えろ!」
ポウワの号令に、砲撃手達は今度は交互に火をつけた。
次から次へ、きりなく発射される黒い弾が、黒い絨毯へと吸い込まれてゆく。
ある者は断末魔をあげ。ある者は、それすらあげる暇もなく落ちていく。
バラバラと。
或いは、真っ赤に燃え尽きて。
むごいものだ。
まるで、ゴミのように大勢のホルゲイが死んでいく。
そうやって死んでいくのが、さも当たり前であるかのように。
だから戦争は嫌いだ。
砕け散る様を目の当たりにして、ポウワは顔無き顔を歪めてみせる。
だが、ホルゲイはもっとむごいことを幾千ものレジェンダーに犯してきたのだ。
これは、その仕打ちに対する代償に過ぎない。
ホルゲイ達を憐れんでやる必要などポウワ達にはない。そう、今だけは。
情けをかけても彼らの攻撃がやむ保証など、どこにもないのだから。


『こちら都市上空部隊、現在大砲上を目指して進行中』
クォードの肩に乗った使い魔が、別部隊の通信を伝達する。
野営を解いた後は結界を抜け出て、街の近くまで移動した。
「よし、そのまま前進して、上空に出たら威嚇射撃開始。向こうが撃ってきたら、モグラ部隊は地下に潜れ。上空部隊は砲撃が始まったら上空旋回。挑発するように何度も旋回だ!モグラが潜りきったところで全軍前進、壁に攻撃開始しろ!」
のっそりと大きな体格の者達が前に進み出る。
皆一様に、両手に大きな爪を光らせていた。
モグラ部隊。彼らは地下から都市を攻める役目を背負っている。
だが、これもまた囮に過ぎない。空の部隊と同様に。
クォードの策は空と地下を同時に攻めることで、敵の動きを分散させようというものであった。
ジェネ・クレダ攻略で、最も厄介なのは大砲と魔法陣である。
あれのおかげで空から攻め入ることは不可能だし、かといって地面の下は深い壁で覆われている。
空から火を放つ、それも考えないではなかった。
だが、魔力を無効化する魔法陣を作るような奴が相手だ。
恐らくは火に対しても、何らかの防御策を施しているに違いない。
無駄は極力避けたい。
クォードは無駄が嫌いだ。
無駄な行為を取ること自体、自分は無能だと周りに告げているようなものである。
彼には、そんな気がするのだった。
――あいつは、うまくやれるだろうか?
第七階級のあいつ。
あいつ一人に任せてしまうかたちになったが、もし彼女が失敗したとしてもクォードにはまだ策があった。
ただ、最終手段だけは味方にも話すわけにはいかなかったが。

空の仲間達がヒラリヒラリと砲撃をかわしている頃――
第七階級魔族、本日の名前はフェルミー。彼女は、まだ街の入口にいた。
身に纏っているのはボロボロの服。
いつもより汚らしく見えるのは、途中でこすりつけてきた泥のおかげであろう。
手でかき回してボサボサにした髪の毛も、演出に花を添えている。
彼女は昨日の夜から数えて、何時間も入り口で倒れたままになっていた。
フェルミーは難儀していた。
行き倒れのふりをしているのも、実は結構大変なのである。
でも今日は入口の警護が厳重な上、街の人達は慎重になってもいたので、誰も声をかけたりせず。
無駄に何時間もが過ぎようとしていた。
誰かに声をかけてもらわねば、この作戦は先に進めないというのに!
指揮官は、どんな手を使ってでも街の中へ入れと言っていた。
行き倒れ大作戦は、彼女なりに頭を絞って考え出した名案だった。
――"だった"――のだ。
見張りは不審の眼差しで、こちらを見つめている。
一応、敵の行動分散には成功していると言えなくもない。
だが注目されているせいで、こちらも迂闊に動けない。これは困った。
困っている彼女の脳裏に、誰かの気配が近づいてくる。
見張りのレジェンダー達は一向に気づいていないが、フェルミーにははっきりと判った。
こいつは同胞の持つ魔力の波動だと。


城壁を挟んで街側に待機していたカイは、不意に異変を感じる。
足元を揺るがすような、不快な振動。それは壁の向こうから響いてきた。
「ポウワ、来た!地下からの別部隊がこっち来てるみたいッ」
耳につけた通信機が痛いほどに震えて、ポウワの大声を送ってくる。
『よし、井戸水流せェ!ためらうな、もったいぶるな、一気にいけ!』
カイは仲間を振り仰いで叫んだ。
「ポウワの号令が出たよ!水を流して!!」
自らもまた、垂直に掘られた穴にバケツで水を注ぎ入れた。
深く掘られた縦穴に。
注がれた水は滝となり、一気に地下へと流れ込む。
やがては激しい濁流と化し、怒濤の勢いで地面を掘り進み、外側から掘り進んできたモグラ部隊へと襲いかかったのだ。
『ぶわぁッ、ごぷぁ!!』
使い魔からは絶えず悲鳴が漏れていたけれど、肝心の御主人様は既に陣営から消えていた。
でも、それに気づいたのは彼の使い魔だけ。
何故なら第一小隊の面々は全軍前進、攻撃の真っ最中だったので。


――どうせ、こんなこったろうと思ったぜ。
地面に寝そべる彼女を見て、姿を消したままクォードは溜息をつく。
そっとフェルミーの耳元で囁いた。
「お前はサッキュバスなんだろ?どうして魅了を使わねぇ」
もう一つの策。
フェルミーが失敗した時に使う予定だった策とは、クォード自身が魅了を使い、街の中へ侵入する作戦であった。
男に魅了を使うのは気が進まないが、好き嫌いを言っている場合ではない。
ただし、この策はかなりの危険を伴う。
フェルミーみたいな小者の魔力ならともかくも、クォードはなまじ魔力が高いが故に同族や神族には気取られやすいのだ。
レジェンダーには感じ取れなくても、魔族には魔族の気配が判る。
今、街の中には裏切り者の魔族がいるはずだ。
指揮官が陣営を離れているのは、今の段階では知られたくない。
だからこそ最初、クォードは自分で行かずフェルミーに託した。
フェルミーみたいに、あるかないかの魔力なら向こうも気づかないだろう。
気づいたとしても、今は戦闘の真っ最中。
フェルミー一人に戦力を割いてくれるなら、こちらにとっては好都合。
分散したレジェンダー個体など、魔族の敵ではない。
人員を割かないなら、本来の目的である爆破を果たすだけ。
どちらに転んでも得策となるはずであった。彼女がちゃんと働いてくれれば。
あまりにも時間がかかりすぎている。
それで、仕方なくクォードは此方へやってきたのだが――
フェルミーが涙ぐんでいるのに気づいたクォードは、一瞬あっけに取られる。
「……どうした、腹でも減ってきたか?」
「使いたくても……使えないんですぅ……」
見れば本気で泣いていて、クォードをさらに困惑させた。
「使えない?」
フェルミーは微かに顎を上下させ「はい」と呟く。
「使い方、誰も、教えてくれなかったからぁ……」
使えるなら、もっと賢い方法を取ったと言わんばかりだ。
こいつに色気がないのも、恐らくは誰も教えてくれなかったから?
などとクォードが真剣に失礼なことを考えていると。
「おい……泣いてるぞ、あいつ」
おっと、いけない。フェルミーが泣いているのを、見張りに気づかれたようだ。
「腹が限界なんじゃないか?ちょっと可哀想かな」
「馬鹿!ホルゲイだぞ、可哀想なもんかッ。きっと何かの罠に違いねぇ!!」
全くもって、その通り。
レジェンダーにすら看破されるお粗末な罠とは、笑えない。
レジェンダー達の小声を聞き流しながら、クォードはフェルミーを無言で見下ろす。
先ほどまで泣いていた彼女は、今や耳を赤く染めて恥じていた。
「渡した爆弾は持ってるか?そいつを返せ。中央爆破は俺がやる、お前はこのままココで行き倒れてろ」
もう一度耳元で囁くと、返事も待たずにフェルミーの胸元に手を突っ込んだ。
「ギニャ!」
彼女が変な悲鳴をあげるのもお構いなく、ゴソゴソとかき回す。
「お、おい!今、妙な悲鳴あげなかったか!?あいつッ」
「近寄るな、危険だ!」
見張り達が騒いでいる。
応援を呼ばれて困るわけではないが、ここで騒ぎになるのは、あまり良くない。
できれば、騒ぎになるのは街の中へ入ってからが好ましい。
それにしても、フェルミーはどこに爆弾を隠したのか?
「あっ あっ やぁん、だめェ」と、赤くなって悶えている彼女に尋ねた。
「変な声出してねぇで、さっさと爆弾を出せよ。どこに隠し持ってんだ?」
「あ……し、したに。ズボンの中に……ひぃやぁ!」
見張り達の目は、今やフェルミーに釘付けとなっている。
なにしろ彼らから見ればクォードの姿は見えないのだから、彼女は寝ころんだまま一人で身悶えする変な奴にしか見えないわけで。
そのフェルミーは愛しの指揮官様にパンツの中まで掻き回され、もはや行き倒れの演技をしているどころではなくなっていた。
「くそ、もぞもぞ動くんじゃねぇッ。取れないだろうが!」
いくら小声とはいえ、姿を消しているとはいえ、クォードだって、いつ気づかれるかどうか判ったもんじゃない。
苛立ちにグイッと腕を突っ込めば、ズボンの裾からぽろりと爆弾が顔を出す。
あっ、となったのはクォードだけではなく、フェルミーの乱心に気を取られていた見張りも。
そして当のフェルミーも、こぼれ落ちた爆弾にハッとなる。

――最初に動いたのは、誰だったか?

言うまでもない。一番最初に我へ返ったのはクォードだった。
「くそ、この役立たずが!次からはポケットにでも入れておきやがれ!!」
パッと飛びつき爆弾を抱えると、低空飛行で見張り達の足元をすり抜けた。
背の低い彼だからこそ出来た芸当で、見張り達の反応も一瞬遅れる。
「あっ!野郎、待て、待ちやがれェ!!」
数テンポ遅れてから、レジェンダー達は風の如し速さで飛んでいく爆弾を追いかけた。
「待て、見張りを放棄するなッ」
それを見て慌てる者には、背後からフェルミーが手刀を入れる。
「グフッ!」
「き、貴様!やっぱり罠か!!」
振り向いたレジェンダー達にフェルミーは不敵な笑みを返しつつも、心の中では大いに焦っていた。
指揮官に手を煩わせてしまった。この失態は大きい。
よくて謹慎、運がなければ死刑。だが、仕方あるまい。
自分は失敗したのだ。街に入り込む、それすらも出来なかった。
ならば、せめて上官のフォローぐらいは、しておこうじゃないか。
クォードが中枢に爆弾を仕掛けられるように、敵の目をひきつけてやる。
「命が惜しくなかったら、かかってこい!!」
ホントはフェルミー自身が逃げ出したかったのだけれど、彼女は頑張って自分を叱咤し、その場に踏みとどまった。


空を覆う黒い絨毯は一向に数が減らない。
撃てば撃つほど、密度が増してくるようにも思える。
ポウワ達、壁の上の砲撃手らには焦りが見え始めていた。
「大砲の弾数は、残りいくつだ?」とポウワが問えば、傍らの砲撃手が即座に答える。
「数にして五百!残りを今、倉庫から引き上げているところです」
「五百しか残ってないのか!?」
無駄弾を撃ちすぎたか?いや、とすぐにポウワは考え直す。
向こうの数を推測し間違えた自分のミスだ。
指揮官らしき者が戻ってきてから、野営内部を探るのは難しくなっていた。
結界の力が強まり、中の気配を上手く感じ取れなかったのだ。
だから大軍を予測して普段より多めに用意しておいたのだが、向こうは、こちらの予想を大幅に上回る兵を用意していたらしい。
ジェネ・グレダが墜ちれば、惑星にいるレジェンダーの半分が消滅する。
レジェンダー撲滅を願う魔族としては、意地でも墜としたい都市だろう。
だが――
ポウワの脳裏をよぎるのは、いつも前時代に聞いたクォードの噂。
彼は、功を焦るような男だったのか?
少なくとも前時代は、そうじゃなかったはず。
だとしたら、彼が心変わりして先発隊の指揮官になったという理由は?
「間隔を開けろ!波状攻撃、第三弾いくぞ!!」
今までは交互に撃っていたものを、さらにタイミングをずらして、途切れなく砲弾が空に打ちあげられる。
宙に舞う赤や白の煙が、まるで花火のように大輪の花となる。
だが、それはけして綺麗なものではない。
砲弾に当たって飛び散るのは、魔族の肉片や血なのだから。

ポウワ達がひっきりなしに飛んでくる空の軍勢に手こずっていた同刻、街の中では騒ぎが持ち上がっていた。
「ヒィ!」
「なんだ、ありゃあ!?」
人々の足元すれすれを、丸いものが高速で飛んでゆく。
つやつやと黒光りした物体はノンストップで街の中を飛び回り、時折何度も同じ道に入ったりもする。
道という道を、全て通りぬけたような気もする。
物体は、何かを探して道に迷っているようでもあった。
「そっち行ったぞ!」
今はホルゲイとの戦闘中、これも奴らの仕業と考えられる。
高速で動き回るだけの物体が何の役に立っているのかはさておき、攪乱されるのは面倒だ。
「このォ!」
気の利いた者が網を取り出して捕まえようとするも、めまぐるしく方向転換する物体の動きには翻弄されっぱなしだ。
「カイ!変なモノが街の中を飛び回ってる!どうすればいい!?」
一人が通信機に向かって怒鳴った。数秒おいて、カイが聞き返してくる。
『へんなものォ!?なんだよ、それっ』
「へんな、黒くて丸いツヤツヤしたものだッ」
『黒くて丸い……って、もしかして爆弾っ!?』
「爆弾だとォ!!?」
男とカイのやりとりに、物体を追いかけ回していた者達も目を剥いた。
「捕まえろ!絶対に取り押さえるんだっ」
「小道をふさげ!進路を限定させろ!!」
そんな指示を飛ばしあいながら、手に虫取り網を構えて走り出す。
――冗談じゃない、捕まってたまるか。
爆弾を抱えたまま姿を消して飛び回っていたクォードは思った。
街の中枢を破壊するのは、この侵攻において重要なウェイトを占めている。
一度も魔族や神族に入られたことのない街で、いきなり中枢が破壊されたとしたら、レジェンダー達は、どう受け止めるだろうか?
破られたことがないという自信があるから、守りも一層強固なものになる。
その自信が、突然打ち砕かれるのだ。街の破壊という形で。
意思の力で強められている結界を打ち消す為にも、是非とも中央爆破を成功させねば。

通信を受けたカイは、すぐにポウワにも同じ内容を伝えていた。
黒い絨毯を残らず撃ち落とそうと躍起になっていたポウワだが、カイの通信を受け、すぐさま正門へと視線を走らせる。
ゴマツブのように遥か遠くに見える中、数人が争っていた。
意識を集中させればレジェンダーだけの気配でないと気づき、「やられた」という思いがポウワの中に広がってゆく。
ジェネ・グレダは確かに強固な要塞都市ではあるけれど、正門が弱点といえば弱点であった。
正門を守る者には、一応銃を持たせてある。
怪しい者も怪しくない者も今日だけは誰も通すな、とも言ってある。
今回の相手・第一小隊は、正門とは反対側に陣を取っていた。
それでも、そちら側に兵を回さないとは限らない。
そう思って、正門に立つ見張りの数は多めに設置しておいた。
それでも突破されるか――やはり絶対的な個体の能力差は大きい。
レジェンダーの気配が一つ、また一つ消されていくのを感じながら、ポウワは身を翻して一直線に正門へ飛んでいく。
「ポウワ!? どこ行くんだ、ポウワ!」
背中を追いかけてかかる声には、振り向かずに答えた。
「正門を守る!皆はこのまま波状攻撃を続けろ、けして手を休めるなよッ」

フェルミーは弱いとクォードは言っていたが、あくまでも第三階級から見れば第七階級は弱い、という話だ。
フェルミーはレジェンダーよりは遥かに強かった。
乱射される銃から飛び退り、距離を置いたところで溜めおいた魔光弾をぶっ放す。
たいがいは胸や腹から赤い物を噴き出して、たった一発で倒れ込む。
もろいものだ、レジェンダーとは。
だが、レジェンダーの作り出す武器は凶悪だ。
今は何とか避けているが、銃弾が一発でも当たれば血を噴き出して倒れ込むのは自分のほうである。
空から攻めている仲間達にしたって、そうだ。
大砲の弾は一発で致命傷を与え、跡形もなく粉々にしてしまう。
クォードが街の中へ突撃していった時は動揺を見せた彼らも、今は片手で撃ちながら懐から予備の弾を出しては入れ替えていた。
さすがに何度も襲われている街なだけはある。皆、戦いに慣れている。
フェルミーに出来るのは、銃の予備が切れるまで逃げ回るか。
或いは中枢爆破のどさくさに逃げるか、命尽きるまで戦い続けるかの三択であった。
――いや、四択になるかもしれない。
塀の上から、何かがものすごいスピードで降りてきた。
そいつは地面にぶつかるか否かで急停止し、ふわふわと形を整える。
黒い、もやもやしたものがフェルミーを睨みつけた。
「……一人か。意外だな?」
もやもやが言葉を発しても、さしてフェルミーは驚かなかった。
階級の低い者になればなるほど、姿形の定まらない者が生まれてくる。
目の前の魔族も、そうした者達の一人だろう。
第七階級の自分よりも、こいつは弱い存在だ。
額に念を集中させれば、相手の階級と名前が手に取るように判った。
「第十五階級、名前はポウワ?ふん、どのような奴かと思えば雑魚じゃないか」
見るからに嘲りの笑顔を浮かべて睨み返してやると、ポウワではなくレジェンダー達が色めき立つ。
「こいつ!」
だが、撃とうとした仲間をポウワが制する。
「待て!たった一人で来るくらいだ、何か理由があるのかもしれん」
再度周囲の気配を探ってみるが、やはり目の前のこいつ一人しかいないようだ。
それがポウワには、少し意外な気がした。
こちら側にも兵を回すつもりなら、どうして一人だけを寄こしてきたのか?
今回は敵がどちらの方向に陣を張り、どちら側から攻めてくるのかも大体把握していたので、正門は開けておいた。
いざというとき逃げ出す為の出口がないのでは、街の者達も困るからだ。
万が一こちら側に大軍が向かわされるようなことがあっても、上から大砲を撃ち込むぐらいの防衛はできる。
だが大軍配置は空以外、恐らくないであろうとポウワは読んでいた。
何故なら、今回の相手が魔族だというのが理由の一つ。
もう一つは、ジェネ・グレダは対空砲が絶対防御と名高い街だからだ。
気位の高い魔族なら、完膚無きまでに打ち砕いてやりたくなるはず。
魔族は、強くなればなるほど、そうしたプライドを持つ者が多い。
相手の自慢とするものと真っ向から戦い、そして負かせることに快感を抱く。
敵の弱点を狙うのは、兵法の基本だ。
と、レジェンダーなら不思議に思うかもしれないが、魔族の常識は他の種族とは違うので何ら問題ない。
弱いと判っている相手の弱点を狙うなど、小者のする戦い方だと魔族達は思っている。独特の考え方で。
とにかく、そうしたわけで正門を狙う魔族の軍師は今まで一人もいなかった。
今回の相手も、予想通り主力は空部隊に割いてきた。
予測外だったのは、その数が普通の十倍以上いたことぐらいで。
「交渉か?それとも、突破は一人だけで充分だと思ったのか」
尋ねると、目の前のボロ雑巾はフフンと鼻で笑う。
「敵対している相手に答えてやるつもりはない。聞き出したければ、力尽くで来い!」
生意気にも啖呵を切ってきた。たった一人だというのに、すごい自信だ。
「撃てぇ!!躊躇うな、血の詰まった肉袋になるまで撃ち尽くせ!!」
号令を切ったのはポウワではなく、銃を手にしたレジェンダーの一人。
「なに!? ちょっと待て、まだ奴には聞きたいことが」
戸惑い叫ぶポウワの声は、重なり合う銃声によってかき消された。


黒の絨毯の切れ間から青空が顔を見せるようになってくると、砲撃手達の顔にも晴れ間が広がってくる。
「見ろ!やつら、だいぶ数が減ってきた!!」
「もうちょっとだ、もうちょっとで全滅させられる!」
「みんな、頑張ろう!」
安堵がレジェンダー達を包み始めた、まさに、その瞬間を狙ったかのように――
大地を揺るがす爆音が、街の中央で鳴り響いた。
「っな!?」
塀の上から見れば、街の中央にある建物からモクモクと煙が上がっている。
あそこは銃や大砲の予備弾や、武器が格納されている倉庫ではないか。
ジェネ・グレダを守る為の武器の数々が、一瞬にして燃やされた。
全てが灰と化してしまった。
もはや、守れるものは今、手にしている武器しかない。
これの弾が切れたら、我々はもうオシマイだ、為す術がない!
だが、一体、誰が、どうやって?
どうやって、鉄壁ともいえるガードをかいくぐってきたのだ?
混乱が混乱を呼び、動揺したのは砲撃手達だけではなく、一番驚いたのは街の中で追いかけっこをしていた連中だろう。
黒くて丸いものは多くの手をかいくぐり散々飛び回ったあげく、銃を取りに走り出した奴を追いかけてスポッと倉庫に飛び込んだ。
かと思う暇もなく次の瞬間には爆音が轟いて、倉庫が火の海に包まれる。
黒いアレは、やはりカイの予想したとおり爆弾だったのだ。
倉庫は最早、消火できる範囲ではないほどに激しく燃えていた。
レジェンダー達は、呆然と眺めるぐらいしか出来そうにない。
更に、その燃え上がる中から馬鹿でかい声が聞こえてきて、街の住民は全員ど肝を潰される。
「全軍侵攻開始!壁を壊せ、全員で壁を崩すんだ!!」

声は風に乗り、塀の向こうの兵士達、空を飛んでいた兵士達にも伝わった。
指揮官が街に入り込んでいたと、ようやく皆も気づいたのである。
街の中での爆発は、塀の外からでもよく見えた。
だから、動揺していたのはレジェンダーだけではなかったのだが。
クォードの仕業と判った後の魔族の立ち直りは、レジェンダー達よりも早かった。
「壁を壊せ!ウォォォォ――!!!」
図体のでかい奴らが、ドシンドシンと壁に体当たりをぶちかます。
洪水で押し戻され地上に戻ってきていたモグラ部隊も続く勢いで、レンガの壁を引っ掻きまわす。
「崩せ、崩せ!」
押されていた空部隊にも活気が戻り、動揺さめやらぬ砲撃手へと急降下。
「シャアァァァァッッ!!」
爪を奴らの頭に突き立て、続いて尻尾で地面へと叩き落す。
落ちていく断末魔を耳にしながら、次々とレジェンダー達を血で染めた。
レジェンダー達の作る武器は恐い。
だが、それを使うレジェンダー自身は弱くて脆い生き物だ。
砲撃手が混乱から立ち直る時間を、魔族は与えようとしなかった。
片っ端からレジェンダーの体が血で染まり、地面に叩きつけられ原型を失う。
塀の上での戦いは、ホルゲイの一方的な殺戮となりつつあった。


大砲部隊の敗北。
それは、ジェネ・グレダの敗北をも意味する。
中枢がやられて動揺したレジェンダー達は、動揺から魔法陣の力をも失った。
剣を失い盾をなくした相手など、もはや魔族の敵ではない。
明け方から始まった戦いは、レジェンダーの惨敗で幕を下ろしたのである。
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