Folxs

act5.対立

指揮官クォードを苛立たせることなく、ちゃくちゃくと準備は進んでいた。
城壁都市ジェネ・グレダ。
ここを落とせばレジェンダーの混乱は更に広がり、魔族先発隊の名も知れ渡り、魔界での評判もまた上がるというもの。
クォードは、ぶっつけ本番で攻めるような真似はしなかった。
だから城壁が意外や地下深いことや、砲台についての情報も先刻承知済みである。
相手を侮ったり、自分を過信していると、負けるのは己自身だ。
そういう奴らを過去に何人も見ている。
ひとまず部隊を三つに分け、地下を掘る部隊をおとりに使うとして――
壁を抜ける方法を考えなくては。
まず、壊すのは無理だ。
街をぐるりと囲む形に添えつけられた、塀の上の砲台が曲者である。
一定の間隔で置いてあるようにみえるが、とんでもない。
空から見回らせた結果、あれが魔弾を無効化しているのだと判った。
結界なのだ。それも、かなり強力な。
砲台と砲台とを線で結んでいくと、奇妙な模様が浮かび上がる。
模様が魔弾を封じる結界を作り上げている。
部下の話では、砲台そのものにも魔弾が効かないという。
恐らくは、砲台にも同じような防御術が施されているのだろう。
レジェンダーどもに、魔術の知識があるとは思いがたい。
都市の中に魔族がいる。それも、レジェンダーに知恵を貸す愚か者が。
どうやって、やつはレジェンダーに取り入ったのだろう。
魔族がレジェンダーを嫌っているように、奴らも魔族を嫌っているはず。
そこまで考えて、クォードは少し仮眠を取ることにした。
眠らないと頭も冴えてこない。でも、夜明け前には決断を下さねば。
部下共は夜明けと共に侵攻する気満々でいる。
出陣が遅れれば遅れるほど、彼らのやる気は失われていくだろう。


浅い眠りの中。
クォードは夢を見ていた。
煌々たる赤い月が、頭上を照らしている。
周りに広がるは、無限の荒野。
崩れ落ちた神殿の中には、彼女がいた。
淡く緩やかにウェーブを描く、薄紅色の長い髪。
少しつり上がり気味の瞳は、それでいてきつくなく、瞳の奥に人なつっこい光を帯びている。
彼女の名前はアザラック。
クォードが初めて出会った異性である。
アウグナ・サスの時代を生き抜き、戦いに疲れ果てた彼は、放浪の旅の途中でアザラックと出会った。
何故、彼女が廃墟に住んでいたのかは知らない。
だが、ちょうど人恋しくなっていたところよと彼女に微笑まれ、クォードの胸は急激に高鳴りを覚えた。
それは今までに感じたことのないもので、でも少しも不快ではない。
わくわくするような新鮮なものでさえあった。
アザラックと、彼女と一緒にいたい。
くちには出さなかったが、彼女には伝わっていたのかもしれない。
二人は一緒に暮らすようになった。廃墟の中で。
昼は獲物を狩り、夜は二人でまぐわう。
彼女の唇が、舌が、クォードの体をまさぐるたびに、クォードは不思議な感覚に包まれた。
くすぐったいようでいて、とても気持ちが良い。
――いつまでもこうしていたい。ずっと一緒にいたい。
二人の想いは、永遠に続くはずであった。
突然の別れが来るまでは。

いつものように狩りをしていた、あの日。
二人は見たことのない獲物と出会った。
いや、獲物ではなく、正確には神族であった。
何故魔界に神族がいたのか。それは今でも謎のままだ。
だが、一つだけはっきり覚えている記憶がある。
奴らがアザラックを殺したのだ。それも、クォードの目の前で。
神族達はアザラックに襲いかかり、クォードは何も出来なかった。
恐ろしかったのだ。
あまりにも、圧倒的な魔力を持つ二人の神族が。
第一階級魔族の彼女と同等に戦い、そして遂には消しさった。
永遠の闇の向こうへと、アザラックを。
彼女を消し去った光が、クォードにも迫ってくる。
とても目映い、目を開けていられない。
「―――ッ!!」


跳ね起きると、そこは司令室にあるベッドの上。
窓の外は星が瞬いている。
夜明け前までには、まだ時間がありそうだった。
背中にかいた汗を拭いてから、クォードは再び考え込む。
城壁都市へ入り込む手段を。
考えているうちに、ふと朝方の話を思い出した。
あの新入り、名前は不特定のあいつが、おかしな事を言っていなかったか?
確か、レジェンダーの村で食事を取ったとか、なんとか。
あいつは、どうやって村に入り込んだのだろう。
作戦前に聞いておく必要がある。
もし、あいつの使った方法が使えそうなら――

――数分後。
クォードの前には、一人の魔族が呼び出されていた。
第七階級魔族、名前のない魔族。本日の名前はステイツ。

全くの逆方向に飛び去ったアミュを追いかけて、ヒューイも逆方向へ走っていく中。
肝心のアミュは同族に腕を掴まれて、村の上空へ戻ってきていた。
「カイン、痛いです!離して、離して下さいっ」
ふりほどくと、腕が赤くなっている。よほどの強い力で握られていたものらしい。
だがアミュの様子を労るでもなく、カインは黙って地上を見下ろした。
「なるほど……こんな処に村があろうとはな」
その目は喜んでいるようでもあり、憎しみに満ちているようでもあって、アミュは背中に、ぞっとするものを感じた。
何故だかは判らないが、だがゾッと背筋が寒くなったのだ。
目が怖い。そう感じたのかもしれない。
口元を薄く歪め、カインは誰に言うでもなく小さく呟く。
「小規模だな。これなら一撃で済む」
彼の掌に光が集まってゆくのを見て、いかに鈍いアミュでも気づいたのだろう。
「――待って下さい、カインッ!」
だが彼女が止めるよりも先に、カインの掌からは目映い光線が放たれる。
光の刃は、まっすぐ天から村に降り注ぎ、周囲一帯を、ものの見事に吹き飛ばした。

光の中、アミュは見た。
吹き飛ぶ残骸、そしてレジェンダーと思わしき人影。
多くのものが爆風で粉々に、或いはバラバラになりながら吹き飛んでいく。
レジェンダーが、家が、全てのものが一瞬で崩壊する。
それは最早、爽快と呼べるようなものではない。
無惨としかいいようのない光景だ。
胃から喉元へ迫り上がってくる何かに、アミュは体をくの字に折り曲げる。
嘔吐こそしなかったものの、カインの顔を見て二度目の衝撃を受けた。

――笑っている。

カインは、笑っていた。
それも微笑などという生やさしいものではなく、声高く嘲笑していた。
「ハァーッハッハッハッ!見ろ、アミュ!ゴミ共が一瞬にして消し飛んだぞ」
あぁ、カイン。
地上に降りてから、彼に一体何があったというのか。
アミュの知る昔のカインは、けして他人の命を消し去って喜ぶような輩では、なかったはずなのに。
「カイン、どうしてです!?どうして彼らを殺す必要があったのです!」
アミュは思わず叫んでいた。
ここを発つ直前に見た、レジェンダー達の顔を思い浮かべる。
どれもこれも、凶暴や粗悪からはかけ離れていた。
むしろ臆病とか、穏和といった言葉が似合いそうな者達であった。
「彼らは悪ではありませんでしたよ、少なくとも魔族よりは!」
するとカインは高笑いをやめて、アミュへ振り向く。
「悪じゃない?」
鼻で笑い、こうも言った。
「悪じゃなければ、お前は敵を逃すというのか?」
「えっ……でも」
言いよどむアミュの鼻先に指をつきつけ、カインは言い切る。
「レジェンダーは俺達の敵だ。違うというのなら、お前は大天使様の御言葉を無視する事になる」
睨みつけるカインの顔を真っ向から睨み返し、アミュも断言した。
「レジェンダーを滅ぼせというのは、大天使様の意思ではありません。私が聞いたのは、石を探す邪魔をする者だけを滅せよという御言葉でした」
もう一度鼻で笑い飛ばし、カインは小馬鹿にしたように肩を竦める。
「俺達が敵視しようがしまいが、奴らは俺達を敵視してるんだ。邪魔をされる前に潰して何が悪い?」
「カイン、それでは魔族と同じです!話し合う前に敵視していたのでは――」
「ん?雑魚が、一人逃げていたか」
話の腰を折られて幾分ムッとしたものの、カインの視線を辿ってアミュは、あっとなった。
感じ覚えのある気配――
確か、ヒューイとかいう名前の少年だったか。
何故村の外へ出ているのだ。
もっとも、出ていたおかげで命拾いしたとも言える。
再びカインの目が狂喜に彩られていくのを見て、アミュはいけない、と思った。
このままでは、ヒューイもカインの手にかかって死んでしまう。
守ってあげなくては。
私の剣は、弱き者を守る為にあるのだから――!

飛び去っていったアミュを追いかけて、ヒューイは生まれ育った村を後に走り出していた。
村の外に広がるは無限の樹木と、そして見渡す限りの草原。
元は緑に囲まれた静かな田舎村であった。
そう、ホルゲイが来るまでは……


西日が眩しい。
もうすぐ日が暮れ、夜が来る。
戦の気配を感じ取り、夕暮れだというのに街は静まりかえっていた。
城壁を見上げ、その上にいるであろう相棒へカイは声をかける。
「様子はどう?あいつらが攻めてくる気配はまだ無い?」
ホルゲイと呼ばずに、あいつらと呼ぶのはカイなりの心遣いであった。
何故なら相棒ポウワもまた、ホルゲイなのだから。
耳に付けた通信機から、ポウワの声が返ってくる。
『今はまだだね。でも夜明けと共に仕掛けてくるかもしれない』
耳に手をあて、カイは頷く。
「わかった、皆にもそう伝えておくよ。あぁ――っと、そうだ。昼間言ってたアイツラの作戦だけど、ホントに地下を潜ってくると思う?」
『たぶんね。でも、それは囮だ』
淡々とポウワが答える。きょとんとなり、カイは思わず上空を見やった。
「え?でも昼間は、そっちが本命だって言ったじゃない」
少しの間をおいてから返事がきた。
『良い策士にだって読み違いはある。向こうの参謀は頭の回転が早い奴だよ。きっと、この街の塀が生半可じゃない防衛線であることくらい読み切っただろう』
「知ってる奴なの?」と問いかけてみれば、ポウワは即答した。
『あぁ。さっき、思い出した。第一部隊隊長……名前はクォード。彼はアウグナ・サスの生き残りだ、生き残る為なら何でも思いつくさ』
「あうぐな・・さす?」
カイの問いに、だが今度はポウワも答えなかった。
彼の思考は遥か昔、カイが生まれるよりも前に飛んでいたので。


今より何百年もの昔。
魔界は殺伐として、そして混沌としていた。
力こそが全てと考える者だらけで、どこへ行っても大地は血に塗れていた。
力なき弱いものは物陰で怯えるしかなく、理由もなく毎日のように誰かが誰かに殺された。
正義などない。そして自由も、未来もない。
魔族達はただ、己の快楽のみを追求して果てなき戦いを繰り広げていた。
何故、殺し合うのか。それは楽しいから。
では、何故それが楽しいと感じるのか。誰にも判らなかった。
誰に命じられるでもなく、何故楽しいかと感じるのか考えることも放棄した。
魔族達は自分以外の者を傷つけ、罵り、時には命さえ奪った。
誰もが誰もを信じられなかった。
それが、アウグナ・サスと呼ばれた暗黒の時代であった。
力なき者ポウワは、ひたすら戦いをさけて生き延びてきた一人だが、クォードは違った。
彼の名は、いつでも戦の中心で聞くことができた。
真っ向から力業で押し切る時もあれば、時には魅了、時には卑劣な手段で相手を陥れる。
だが小賢しいというだけなら、他にも掃いて捨てるほど沢山いた。
それだけでは、戦いを嫌うポウワが覚えているわけもない。
実は、ポウワは彼を見たことがある。たったの一回だけ。
クォードは殺戮を楽しんでいるようには見えなかった。
噂とは異なり、仕掛けられたから仕方なく立ち向かっているように見えた。
風の噂によると、彼はインキュバスであるらしい。
インキュバスは魔力こそ高いが、真っ向勝負に関しては弱い部類にあたる。
彼が策士と呼ばれるのは、これが理由なのだろう。
生き残る為に、仕方なく戦う。
その姿に、他の魔族とは違う何かを見たような気がした。
ほどなくして新しい時代がきて、殺伐とした時代自体も記憶の彼方に葬り去られたが。


ポウワが黙ってしまった後も、カイは話しかける。
「ねぇポウワ。どうして皆、戦いたがるんだろうね?戦ったって何にもならないのにさ」
その声でポウワも我に返る。
『そうだね』
「なんで話し合おうとしないのかなぁ?あいつらも、皆も。俺さ、思うんだけどさ、あいつらが仕掛けてくるのって、皆が最初からあいつらを敵視してるのにも原因があると思うんだ」
いいことを言う。ポウワも前々から、そう思っていたのだ。
「面と向かって話してみれば判るのにね。あいつらとも、ポウワとも」
カイの持論は至極まともに聞こえる。
だが、レジェンダーの中では異質の意見といえるだろう。
カイは、城壁都市住民の中で最も変わっている人物であった。
初めてポウワを見たレジェンダーは皆怯えたものだ。
中には石を投げつける者もいた。だが、それもそうだろう。
なぜなら、ポウワは真っ当な体の持ち主ではなかったからだ。
大気を漂う雲のように、はっきりとした輪郭を持たない体をしていた。
見るからに不気味な生物を前に、平常心でいられる者など少ない。
しかしカイは至って明るく微笑んで、ポウワに話しかけてきたのである。
「キミ、言葉が話せるの?すごいね!」
たぶん最初は、動物だと思っていたのかもしれない。
それにしたって、気持ち悪い物体に声をかけるというのは、勇気のいる行為だ。
ポウワはカイの勇気に心を打たれ、カイは好奇心から話しかけ。
互いの事情を交換するうちに、二人は互いを理解し、そして仲良くなった。
何でもないことなのだ。怖がっていないで、初めの一歩さえ踏み出せれば。
その一歩を、魔族もレジェンダーも踏み出せないでいる。
戦いと憎しみが、大きな壁となって立ち塞がっていた。
『夜明け前までに寝ておくんだ。今度の戦いは激しいものになる』
カイには死んで欲しくない。
争いなど、ここで起きて欲しくない。
しかし向こうはやる気満々だ。
もはや、交渉など手の届かない場所にあった。
カイは頷き、もう一度空を眺める。既に月が昇っていた。
急に肌寒くなり、ぶるっと一つ身震いした後。
「うん、そうする。ポウワも早く休んだ方がいいよ、おやすみ!」
上空に声をかけ、我が家へと走り出した。

反対方向に走っていったヒューイは、ふと嫌な気配を感じる。
同時だった、それと時を同じくして背後から爆風に襲われたのは。
「なにッ!?」
吹き荒れてくる突然の砂埃に目を覆いながらも、彼は見た。
村へ降り注ぐ、一本の光の柱を。
どう見ても、ただごとではない。
いや、あんなもの、今までに一度も見たことがない。
「マナルナッ、みんなッ!!」
不安に駆られて叫んだが、ここでは皆の返事が聞こえるわけもない。
強風に吹き飛ばされそうになりながらも、ヒューイは走り出す。
元来た道を、一直線に。

走るヒューイ。
その前方を、塞ぐ者がいる。
そいつはヒラリと空から舞い降りて、冷たい目でヒューイを見た。
背中には白い羽根。まごうことなきフィスタの証。
最初はアミュが戻ってきたのかと思ったが、全然違った。
何故なら、そいつは男であったから。
「ごめん!急いでるんだ、村が、村がッ」
言葉にならない言葉を喚きながら脇をすり抜けようとすると、羽根の生えた男が、いきなりヒューイの腕を掴んでくる。
「いたッ!」
あまりにも強く握られて、ヒューイは顔をしかめる。
「何するんだよ、急いでるって言ってるだろ!?」
「ヒューイ、危ない、逃げてッ!!」
抗議と誰かの叫び声が重なり次の瞬間、ヒューイは思いっきり地面に転がっていた。
もちろん、自分で転んだわけじゃない。
かといって、男に投げ飛ばされたわけでもない。
突っ込んできた誰かに体当たりされ、吹き飛ばされたのだ。
痛いじゃないかと抗議しようとする彼の耳を、剣戟が貫く。
金属と金属がぶつかり合う、甲高い音。
顔を上げると、二人のフィスタが斬り合っていた。
一人は腕を掴んできたやつだが、もう一人は――アミュ!
先ほど別れたばかりのアミュではないか。
しかし、何故アミュが同族であるはずのフィスタと斬り合っているのか?
ぽかんとするヒューイに目は向けず、斬り合った体勢のままでアミュは叫んだ。
「ヒューイ、逃げて!カインは、あなたを殺そうとしています!!」
じりじりとアミュの体勢が低くなっていく。
鍔迫り合いで、力負けているのだ。
やはり、いくら腕が立とうと女は女。純粋な力比べでは男に劣る。
「カイン?逃げる?」
ヒューイには、まだ、状況が掴めない。
逃げるって、どこへ?
村以外に安全な処などあるだろうか。
その村だって、今は皆の安否が心配だというのに。
ただ、ヒューイにも判っていることが一つあった。
目の前でアミュと斬り合っているフィスタの男。
こいつは、俺達の敵だ――!
↑Top