Folxs

act4.神魔

城塞都市攻略に向けて、なにかと忙しない第一小隊の野営陣。
その上空をコウモリが飛んでいる。
普通のコウモリなら、結界に気づかず飛び去っただろう。
だが、そのコウモリは、明らかに結界に気づいているようであった。
いや、そればかりか結界の中にまで入ってきた。
かと思えば、コウモリから二足歩行の生き物へと変化する。
コウモリかと思ったそれは、使い魔であった。
魔族達が伝達として召還する、忠実な しもべである。
二本足に変化した使い魔は、着地するや否や周辺の兵士を呼び止めた。
「ちょいと旦那ァ、聞いとくれよ!第十七小隊が大変な目に遭ってるんだよォ」
ほどなくして。使い魔は第一小隊指揮官クォードへのお目通りが叶った。
掌にチョコンと座った使い魔を差し出し、兵士が持ち場へ戻った後。
今はテーブルの上でお茶をすする使い魔を、クォードは一瞥する。
先ほど聞いた報告が いまいち信用できない、とでもいうように。
「どう思う?」
傍らの"名無し"ことステイツに尋ねるも、ステイツは頼りなく首を振る。
「神族が辺境に、ですか?自分には、よく判りませんが……」
こいつには、聞くだけ無駄だったかもしれない。
仕方なく、クォードは自分の中だけで考えをまとめることにした。
第十七小隊といえば、第五階級魔族・ペグの部隊だ。
齢五百歳を越えるという年寄りペグの噂なら、クォードも聞いた覚えがある。
そのペグの特殊能力は、なんだっけ?
大した能力でもなかったような。
そうそう、確か……魔力光を自在に曲げられる、だったような。
本当に大したことがないな、とクォードは溜息をつく。
先発隊に選ばれた最大の理由は人望があるとかいう、ふざけた理由だった。
ペグの配下には、影の中を行き来するオーヴァなんてのもいたはず。
まぁ、どちらにせよ弱々しい軍団であるのは間違いない。
少しでも強い神族と出会えば、ものの一分も保たないだろう。
「不運だったな」
声に出して呟く彼に、ステイツが首を傾げる。
「誰がでありますか?」
「ペグが、だよ」
間髪入れず答えると、すぐに第十七小隊の話は脳裏より消し去った。
階級の判らない神族ばかりに、気を取られているわけにもいかない。
クォードは今、城塞都市を陥落させる方法を考えねばならないのだから。

魔族を追いかけて、願わくば断つつもりでいたのだけれど。
思わぬ処から思わぬ邪魔が入り、アミュは溜息をついた。
「ねぇ、マナルナ……さん。その辺で許してあげてはどうでしょうか?」
追撃を邪魔した張本人は今、ガールフレンドの手により虫の息。
往復ビンタのせいで、赤く腫れあがった頬が痛々しい。
ヒューイの襟首を掴んだまま、マナルナがキッと振り返る。
驚くアミュの鼻先に、指を突きつけた。
「言っとくけど!ヒューイは、あなたなんかに渡さないんだから!!」
「え、えぇ。それは、もちろん」
なにが、それは勿論なのか。勿論、アミュにも判っていない。
判っていないのだけれど、マナルナの迫力には逆らえなくて。
だからコクコクと素直に頷いた。
それでもマナルナの癇癪袋を爆発させるには、充分だったらしい。
「ヒューイに剣を教えるのも駄目だからね!」
「えぇ、もちろん教えるつもりはありません」
「ホントにィ?」
疑うように睨みつけられ、たじたじと剣幕に後退しながらもアミュは頷く。
「大天使様の名に誓って、絶対に」
「そう――」
頷くマナルナと、ヒューイの声が重なる。
「そんなの、ヒドイですよ!」
「ひどいって、なにがヒドイのよ!」
すかさずマナルナがヒステリックに怒鳴れば。
「俺の意思も聞かずに勝手に決めるのがだよ!」
ヒューイも負けじと怒鳴り返す。さっきの続きか?
止めようとして、アミュは少し考える。
このまま二人を口喧嘩に熱中させておけば、逃げられるのでは?
しかし、先ほど逃げていった魔族も気に掛かる。
魔族がまた、戻ってこないとも限らない。
そもそも、酒場にいた魔族は本当に二匹だけだったのだろうか。
いくらレジェンダーが弱いといっても、たった二匹を相手に、全滅近くまで追い込まれるとは思えない。
この村は魔族の部隊に襲われたのではないだろうか――
とすればアミュが去った後も、村のピンチは続くのではなかろうか。
争いは、元を断たねば意味がない。
延々と繰り返されるレジェンダー二人の痴話喧嘩をBGMに、アミュは自身の中で考えをまとめあげると立ち上がった。
「あ、師匠。出発ですか?」
マナルナを無視したヒューイが振り返る。
それには曖昧に手を振って、アミュは二度三度、背中の羽根を羽ばたいた。
「いえ、出発というよりも襲撃です。危ないですから、ヒューイ君は村でお待ちになっていて下さいね」
あっと叫ぶ暇もなかった。
ふわりと低空に浮かぶと、次の瞬間には彼女の姿は消えていた。
低空で、しかもハイスピードで飛んでいってしまったのだ。
ホルゲイが消えたと思われる方向へ、一直線に。
呆気にとられて見送った後。
置いてけぼりを食らわされたのだと、二人は、ようやく気が付いた。
「ヒドイよ師匠!くそぉッ、絶対追いついてやるからな!」
「あ……待ってヒューイ!危ないよ、村の外に出ちゃ駄目!!」
すがるマナルナも乱暴に振り切って。
ヒューイは、この日初めて、村の外へと出て行った。

オーヴァは、この日、初めて必死というものを味わった。
全速力で風を突っ切り結界を破る勢いで戻ってきた彼は、息を整える暇も惜しいとばかりに司令室へ転がり込む。
普段見ることのない――いや、今までに見たこともない副参謀の顔色に、その場にいた全ての魔族は驚いた。
「どうした、オーヴァ!?あの村に何があった?」
椅子を蹴り倒し、泡食った指揮官が尋ねるも。
オーヴァは、しばらく答えることができなかった。
恐い。
体が、まだ震えている。
あの神族……階級が判らない神族など初めて見た。
ただ立っているだけだというのに。
近くにいただけでも、全身に突き刺さるような痛みを感じた。
もし、真っ向から戦えば――オーヴァの体は、一時半と持たずに消滅するかもしれない。
「おい!聞こえているのか、ブレイ達は見つかったのか!?」
再度、ペグに肩を揺さぶられて、オーヴァは我に返る。
自失呆然とした表情で指揮官を見上げた。
「……地上に、あれほどの力を持つ神族が投下されたとなると……我々は、制圧を急がねばなりません」
「何だって?おい、神族を見つけたのか!?」
何度目かのガクガクで、霞がかった意識もはっきりしてくる。
恐いという恐怖からも目が覚め、ほどなくしてオーヴァは報告を終えた。
報告を終えた後、司令室は静まりかえる。
誰もが声をなくしていた。
神族の出現に。
「――この中で、神族と戦った者はいるか?」
しんとする部屋にペグの声が異様なほど響く。
おずおずとオーヴァ、それから数人が手をあげた。
「第三階級以上の神族と戦った者は?」
それらの顔を見もせず、ペグは重ねて問いかける。
オーヴァ達の手が下がった。
「……なんてことだ」
全く、なんということだろうか。
僻地には神族が来ないとヴィクターが言うから、地上へ降りたのに。
老いたる我が身で、若い神族を相手にどれほど戦えるだろうか?
だが、ペグ達に逃げる道など残されてはいない。
先発隊が逃げてはいけないのだ。
後から来る仲間達の為に礎となり、死んでも道を残さねばならぬ。
「もう一度、尋ねる。階級は不明……なのだな?」
重々しく尋ねるペグに、オーヴァも重々しく頷いた。
「はい」
嘘を言っているのではないことは、顔を見れば判る。
彼は神族から確実に感じ取ったのだ。危険な、魔力を。
せめてペグに力があれば。
第一小隊の指揮官ほど、などと贅沢は言わない。
せめて若い頃の力だけでもいい、あれがペグに戻ってくれば――
「神族の反応が出ました!この近くを飛び回っていますッ」
悲壮感漂う司令室に、見張りの兵士が飛び込んでくる。
もう、来たのか。
「俺が相手をする。お前らは万が一を考えて、俺が倒れるよりも前に撤退し、この事を他の部隊へ知らせるのだ」
何かを言いかける副官や部下達を手で制し、ペグは言い切った。
「我ら先発隊は礎だということを忘れるなよ。神族の情報が味方に回れば、その分だけ我らが有利になる!」
誰にも彼の決意を邪魔をさせないほど、強い口調で。

しかし超ド級の方向音痴であるアミュが、どうやって第十七小隊の隠れている結界に辿り着けたのか?
――否。
結界の周辺を飛び回っている神族、実はアミュではない。
アミュは肩先ほどの髪の毛だが、この神族は腰の辺りまで伸ばしている。
色も桃色ではない、金色だ。
第一、アミュとは性別が違う。空を旋回している神族は男であった。
名をカインという。
はぐれた仲間を一人、捜しているうちに辺境まで来てしまった。
そして、仲間の代わりに敵を見つけた。
このまま立ち去っても良いのだが、どうせなら悪い芽は潰しておくに限る。
そう考え直したカインは、結界の中を探ることにした。
木々に紛れるように魔力で壁を作り、更に中で魔力の壁を二重に張っている。
彼らとしては、これで隠れているつもりなのだろう。
だが魔力に頼りすぎているせいで、結界の存在は遠くからでも感知できた。
これでは魔力のないレジェンダーは、ともかくとしても、神族には見つけてくれと言っているようなもの。
あまりにもお粗末、下手な偽装だ。口の端をつりあげてカインは苦笑する。
「数は――ふむ、大小併せて三十か」
大したことはない。魔族が各地に派遣している小隊の一つだろう。
額に意識を集中すると、赤い大きな塊が中央をウロウロしているのが判る。
「一番高い奴で、第五階級?なるほどな、こいつが指揮官か」
第五程度なら、カインの敵ではない。
「くく……ついでだ、倒していくとしよう」
向こうも こちらに気づいたようだ。短く笑うと、カインは急降下した。

野営のど真ん中、それも敵兵達が待ちかまえる中央にカインは着地する。
あまりにも大胆な着陸に一旦は声を失った兵士達も、次々と我に返った。
周りを取り囲み、だが仕掛けてくる勇気までは持ち合わせていない敵兵に。
「くくッ どうした?たった一人が怖いのか」
などと挑発を仕掛けていると、魔族の垣根に割り込んで手前に出てきた人物がいる。
赤い大きな魔力の塊。先ほど感知した、恐らくは この小隊の指揮官。
「指揮官のお出ましか?」
冷たい眦に、真っ向からペグも睨み返す。
こいつの階級は――?
残念ながら、ペグにはカインの階級が読み取れなかった。
相手の階級が判るのは、自分の階級のほうが相手よりも高い時。
ということは、少なくともカインはペグよりも階級が高いというわけだ。
「部下には手を出させん。俺と貴様の一騎討ちだ」
「ふん」
嘲るように鼻で笑うと、カインは周囲を見渡した。
「手を出させないんじゃなくて、手が出せないの間違いだろ。こんな辺境で、魔族が何をやっている。レジェンダー狩りか?」
それには答えず、ペグは魔力を掌に集中させる。
一撃だ。一撃必殺で奴を片づけねば、長期戦では不利になるだろう。
余裕のないペグを一瞥し、カインは尚も余裕たっぷりに辺りを見回す。
「野営ごと吹き飛ばしても良かったんだがな……この星は自然が多いんでね、やめておくことにしたよ」
皮肉も込めているが、半分以上は彼の本心でもある。
惑星ボルドに降り立った時、緑の多さにカインは感動した。
全てが終わった後は、この星で余生を終えるのも悪くない。
その為にも邪魔者――魔族とレジェンダーを排除しておかなくては。
向こうの指揮官は一騎討ちを指定してきた。
魔族が約束を守るとは到底思えないが、それは こちらとて同じ事。
素直に魔族との約束を守ってやる義理など、ない。
のんびり見守っているうちに、ペグの充電は完了した。
「い・・く・・ぞっ!」
うすぼんやりと赤い輝きを放つ両手を前に差し出した。
手から魔弾でも放つつもりだろう。
光の加減からしても最大パワー、一撃でカインを仕留めるつもりのようだ。
――どれ、少し遊んでやるか――
だがカインが構えるよりも若干早く。
「死ね!!」
ペグは最大出力の魔力を、前方に向けて思いっきりブッ放した。
ペグの放った魔力光は、まっすぐカインに突き進む。
真っ直ぐ放っただけでは避けられて終わりだが、そこまで芸がない攻撃を指揮官ともあろう者がするわけもない。
ペグの魔法弾は、たとえカインが逃げようと、どこまでも後を追いかけてゆき、確実に着弾し――
周囲を巻き込むほどの大爆発を起こすものだった。
それに、光にはペグの、ありったけのパワーが込められている。
着弾後の大爆発は結界をも粉砕し、辺りに一面の砂埃を立ち上らせる。
カッと目映い光が一面を劈き、続いて轟くは大音量の爆発音。
恐らくは、何人かの部下が逃げ遅れて巻き添えを食らったかもしれない。
粉塵収まった後には、神族と言えど無傷では済まない――はずであった。

だが。

ぜぇぜぇ、と肩で息をするペグの動きが、ぴくりと止まる。
額から頬を伝って汗が滑り落ちる。疲れの汗ではなく、恐怖の汗。
「ま……まさか、そんな……!」
その、まさかであった。
粉塵が収まった中央に立っていたのは、五体無傷な神族の姿。
そう、降り立った時と全く同じポーズのまま、カインは そこに立っていた。
「なんだ、壁を作るまでもないな。お粗末な攻撃だ」
服についた埃をパンパン、と手で払い。カインはゆっくり視線を廻らせる。
廻らせた先にペグを見つけ、にやりと微笑んだ。
「死ぬ前に教えといてやる。俺は第一階級神族、カインだ」
「第一階級……!」
それが、ペグの残した最後の言葉であった。
カインの指先から放たれた魔法光が、まっすぐペグの額を貫いたから。
ペグはそれ以上言葉を話す暇もなく、どうと地面に倒れ込む。
二度と動かぬ骸と化した。
「ペグ様!」「指揮官殿!」
騒ぐだけで近寄ろうともしない兵士達を、カインは冷ややかに一瞥する。
こんなものか、魔族とは。なんと他愛ない。
まだ、レジェンダーどものほうが張り合いがある。
彼らは味方がやられても、ボロボロになっても向かってきた。
勝ち目がないと判っているのに、必死の形相でカインに戦いを挑んできた。
指揮官がやられた程度で怯えている、魔族達とはえらい違いだ。
レジェンダー達の根性を、魔族も少しは見習った方が良いだろう。
そんなことを考えながら、カインはふわりと舞い上がる。
ゴミを一匹ずつ片づけるのは面倒だ。一気に葬り去ってやろうではないか。


大地を揺るがす大振動。
それは逆方向へ飛んでいくアミュを止めるに充分な衝撃でもあった。
「これは――神族の!?」
額に意識を集中させるまでもない、よく見知った魔力の波動。
波動の震源地を辿っていけば、きっと迷わず到着できるに違いない。
逃げた魔族の手がかりが何もない今、仲間との合流を先にした方がまだマシだ。
その仲間がアミュを敵の元へ連れていってくれるかもしれないし。
アミュは、一路くるりとUターン。今度は神族の気配目指して、飛んでいく。


「……終わったか」
上空で空中停止したまま、カインは意識を集中させる。
この付近に生き残った魔族の気配は一つもない。一人残らず消し去った。
ついでに森の木も何百本か吹き飛んだが、これは致し方がないというもの。
奴らが森に隠れているのが悪いのだ。
「終わるまでに丸裸にならないと良いんだがな、この星が」
呟いた時、カインの脳が気配を察知する。
甲高い声が彼を捉え、続いて柔らかいものが胸に飛び込んできた。
「カイン!やっぱりカインですね、私です、アミュです、お久しぶり!」
「わった、た、あ、アミュ!?」
空中でバランスを崩しながらも、カインが胸元に見たのはアミュだった。
神界一の若き剣豪と謳われた少女だが、しかし何故彼女が此処へ?
彼女は神界に残っていたはずだ。大天使様を守る為に。
そっと彼女の肩を押し、やんわりと体を離しながら、「なんで」此処にいるのかを問うよりも先に、アミュから矢継ぎ早に質問を浴びせられ。
「他の皆は何処ですか?それより一人で何をしていたのです?あと、ここはどこですか?私、魔族を追っていたのですけれど、あなたは見つけませんでしたか?」
次第にカインはイライラしてきた。
「あの、もし良かったら一緒に――」
「うるさいッ!!」
怒鳴りつけると、甲高い声も一瞬は怯む。
その隙に、カインは全ての問いへ答えてあげた。
「少しは俺にもしゃべらせろ。俺はな、ちょっと前にはぐれちまった仲間を捜しているんだ。気配をたぐって此処まで来たんだが――どうやら俺が手繰り寄せたのは、お前の気配だったみたいだな。で、魔族を見たかって?もちろん見たさ、さっき倒したばかりだけど」
「はぐれた?誰とです」と聞きかけて、アミュは きょとんとした顔を向けた。
「倒したって、魔族をですか?」
カインは肩を竦める。
「そう言っただろ、今」
まさか、逃げていったアイツを倒してしまったんだろうか?
「……敵は一人でしたか?」
「数にして三十ってトコだ」
三本突き出された指を見て、感心したようにアミュは頷く。
「さすがはカインですね。一人で三十人をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
何を感心しているのかは判らないが、呆れた顔でカインは修正した。
「一匹一匹相手にするわけないだろ?上空から一発放ってオシマイだよ」
「あぁ、それで――」
それで、地上が焼け野原になっているんですね。
そう言おうと思ったが、彼の眉間に皺を見つけてアミュは言葉を飲み込んだ。
カインは緑が大好きだったっけ。
森を焼いてしまったのは、彼にとっては大誤算だったのだ。
眉間の深い縦皺は、きっとそれを気にしているから。
ここは何も言わずに、話題を変えるのが優しさというものだろう。
だがアミュが口を開くより先に、今度はカインのほうから尋ねてよこした。
「アミュは?どうして一人で、こんなトコにいるんだ。大天使様のお守りに飽きたのか?駄目だろ、使命は果たさなきゃ」
使命、使命。少し考えてから、アミュはゆっくり首を振る。
「私の今の使命は、少し違います。地上の石捜索隊へ加わって、手助けをせよと命じられました」
「そうか。じゃあ、俺と一緒に行くか?」
「はい!」と速攻で返事をしたものの、すぐに彼女の表情は堅くなる。
「どうしたんだ?まだ何か疑問が」
訝しがるカインに、アミュは しどろもどろと話し出す。
「あの、レジェンダーの村を襲っていた魔族を捜しているんです。きっと小隊で襲っていたはずだと思うんですけど……」
言い終える間もなく、今度はカインの表情が強張った。
「レジェンダーだと!レジェンダーの村が、まだ残っているのか!?」
カインの剣幕に気圧されて。
アミュは一歩退きつつも、戸惑いの表情で頷いた。
「は、はい。私、そこで二人の魔族を倒したんですが、新たに来た魔族一人には逃げられてしまって……」
「その魔族小隊なら心配ない。それより、俺をその村につれていけ!」
ぐいっと腕を引っ張られ、アミュは空中でバランスを崩しながらも尋ねた。
「え、え、なんでです?」
「何ででもいいから、早くしろ!」
見た事もない彼の激しい感情に怯えつつ、アミュは見当違いの方向を指さす。
「たぶん……こっちです」
彼女が指さしているのは、カインが今まで飛んできた方角だ。
そちらにレジェンダーの村はない。断言してもいい。
嘘を教えるな!
感情に任せて、そう怒鳴ろうとした時、カインはアミュの特技を思い出した。
あぁ、そうだ。彼女は方向音痴だったのだ。
「あぁ、もう!しょうがないな……気配で探るか」
カインは己の長い髪をかきむしった後、おもむろに意識を集中させ始める。
レジェンダーの気配なら知っている。何度か対峙しているし、戦った事もある。
一度でも知った気配の波動なら、感知するのも簡単だ。
その間やることのなくなったアミュは、彼の乱れた髪を整えてやった。
綺麗な髪。日の光を浴びて、金色に輝いている。
改めてアミュはカインを見た。
真剣に気配を探る彼の横顔は幼い頃、アミュが彼に恋していた頃そのままで彫刻のように美しい。
彼が地上でレジェンダーや魔族相手に戦っているなど。
アミュには、到底信じがたい事実のように思われた。
まぁ、それを言ったらアミュ自身も戦士向きの風貌ではないのだけれど。
「見つけた!向こうか……近いな」
アミュが指さした方角とは正反対へ目を向けるカイン。
「すごい!やっぱりカインは頼りになりますね」
はしゃぐアミュの腕を掴んだまま、彼は忙しなく羽ばたいた。
そのままレジェンダーの村を目指して、猛スピードで飛んでいく。
災いの芽は全て摘んでおかなくては。
いつかは再び巡り会えるはずの、仲間達の為に。
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