Folxs

act3.出会い頭

ぐるり四方を高い城壁で囲まれた都市がある。
創立百年を越える、レジェンダーご自慢の大都市だ。
名はジェネ・クレダという。初代市長の名を取って、つけられた。
高い城壁の上には物々しい鋼鉄の砲台が、幾つも取り付けられている。
あんな物騒なもの、大昔には一つも存在しなかった。
この星をフィスタやホルゲイが荒らすようになってから、取り付けられたのだ。
大砲は空を飛ぶ彼らを、面白いほど簡単に撃ち取ってくれる。
もはやジェネ・クレダにとって、無くてはならない代物であった。

「ふんふふんふふ〜ん♪」
奇妙な鼻歌と共に街の中央、大通りの煉瓦道を歩いていく少年がいる。
ハリネズミのように爆発したオレンジ色の頭。耳にはピアスが輝いている。
彼は時々耳元に手をあげて、一人で呟いていた。
「こちらは感度良好!そっちはどうよ、ポウワ?」
耳元に首を傾けて、また呟く。
「ふむふむ。フィスタの姿はないってか。じゃあ、とりあえずの警戒はホルゲイだけでオッケ?」
どうやら彼は、通信できる道具を耳に取り付けているようで。
独り言に聞こえていたのは、道具の向こう側にいる誰かとの会話らしい。
「おい、情報屋!」
呼び止められて、少年が振り向いた。
「なに?」
呼び止めたのは街の連中で、これといって特徴のない平凡な顔立ちの男達。
どの顔にも緊張が浮かんでいるのは、街が警戒体勢中だからだ。
この街は今、ホルゲイに狙われている。ホルゲイと交戦している最中なのだ。
「あの情報、信用してもいいんだろうな?本当にっ」
「あれ、なに?俺達の情報が信用できないってわけ?」
質問に質問で、おどけて返してみせると、少年は頭の後ろで腕を組む。
「我が親愛なる優秀な相棒によると、今、この街に攻めてきてるのはホルゲイの精鋭部隊、第一小隊らしーぜ」
「第一小隊?」
「第一って事は、ホルゲイの部隊ってのは沢山あるのか?」
次々に浴びせられる質問を、さりげにスルーしながら少年が歩き出す。
追いかけてくる男達に、それとなく伝えながら。
「この辺にあった村を全滅させた相手らしいぜ?とにかく強いと見てかかったほうが、いいんじゃないのォ〜」
くるり、と振り向いた。
「次の作戦は二手に分かれて、囮と本命のダブル攻撃!だってサ。向こう側にも指揮官が現れたらしいね。作戦を指揮できる奴がさ」
「で、どんな作戦なんだ?具体的には」
追いついた男の一人が尋ねると、少年は偉そうに腕など組みながら答えた。
「ん〜。まず囮はいつものように通常で来るとして。本命は、まだよく動きがつかめていないんだけど……相棒の予想じゃ、上がダメなら下で行け!じゃないかって言うんだよね」
男達の声が「下ァ?」重なる。
「うん」
少年は頷くと、地面を指さした。
「多分、トンネルでも掘ってくるんじゃない?」
「トンネルだとぉ?城壁の深さは地中六十ペインだぞ、掘れるわけがねぇ!掘ったとしても、上は煉瓦道に石道路だぜ?出てこれないじゃないか」
男の一人に抗議され、少年は肩を竦めてみせた。
「だぁから、これは予想。あくまでも予想なんだって」
立ち去ろうとする彼の背に、別の男が呟く。
「なぁ、カイ。お前の相棒……俺達は、信用してもいいんだよな?」
カイと呼ばれた情報屋は、再び肩を竦めた。
「信用できないなら、無理にしなくてもいいんじゃない?俺は信用してるケドね、あいつのコト」
そう言って、城壁を見上げる。
城壁の上には、あいつがいるはずだ。我が親愛なる相棒、ポウワが。


城塞都市より遥か離れた田舎にある、クォン村では。
村を出て行こうとする天使アミュを、ヒューイが引き留めていた。
ヒューイの村を占領していたホルゲイ達を、一瞬にして退けた達人。
それが目の前にいる華奢な少女だなんて、未だに信じられない。
だが彼女の武勇伝には、目撃者が たくさんいた。
斬り捨て御免の場面をヒューイ自身は見ていないのだが、想像を絶する驚異の一撃だったらしい。
そう、勝負は一瞬で決まった。目撃者マナルナの話によれば――

ヒューイの肋骨が嫌なきしみをあげ、折られる寸前。
戸口から凛とした声が響いてきた。
「――おやめなさい!村の平穏を乱す蛮族達よ、今すぐここを去るのですッ」
マナルナは見た。戸口に立っているのは若い少女だ。
突き刺すような甲高い声に、ホルゲイ達も振り向いた。
美しく整った顔は、逆光を浴びて神々しく見えたし、少し垂れ目ではあるが、赤い眦は鋭くホルゲイを睨みつけている。
少女の背中には、白い羽根が生えていた。紛れもないフィスタの証だ。
そうと認めるや否や、ホルゲイ二人は襲いかかっていったのだ。突然に。
だが鋭い爪が、大きな掌が彼女を捕まえるよりも早く。
彼女の手の中で、きらりと何かが一閃したかと思った直後には、ホルゲイ達は一刀の元に両断されてしまったという。

「お願いです!俺、貴女の元で強くなりたいんです!!ですから」
しつこく食い下がるヒューイに、アミュは、ほとほと困り果てていた。
先ほど自分の剣は我流だと彼に言ったばかりであるが、実は違う。
アミュの剣には、師匠と呼べる者がいた。
大天使ラフラエル様である。
彼の元で百年ほど指導を賜り、基礎と呼べる力を身につけた。
この剣術は、誰でもおいそれと身につけられるものではない。
長い長い修行と毎日の自己鍛錬、それに耐えられるだけの根性。
特に修行は一番大事で、基本を極めるだけでも最低百年は、かかる。
寿命の短いレジェンダーには、最初から無理な相談なのだ。
ヒューイが必死なのは、見れば判る。
だが――アミュも、まだまだ修行の身。
まだ他人に教えられる腕前ではない、と彼女は思っている。
三百年の修行を終えた時。全ての技を身につければ。
きっと胸を張って剣豪だと名乗れるのだろう、大天使様のように。
――どうやって断ろう。
心の中で小さく溜息をつきながら、ヒューイの顔を見た。
この少年を傷つけたくない。
散々、ホルゲイに痛めつけられていたのを見ている。
これ以上、彼を傷つけることが、どうしてできようか?
穏便な言葉を探して歩きまわっているうちに、村の入口についていた。


時を同じくして。
魔界第十七小隊副隊長のオーヴァもまた、クォン村の入口に辿り着いていた。
ついたが同時に気配を察し、彼は慌てて建物の影に転がり込む。
乱れる息を無理矢理整え、自身の気配を周囲に紛れさせた。
彼は、目線の先に白い羽根の持ち主を見留めたのだ。
恐る恐る、建物の影から相手を伺う。
間違いない、紛れもなく神族の女だ。
階級は?
判らない、だが、けして低くはない。女の持つ気配が尋常じゃない。
彼は考えた。とても自分一人では倒せそうにない強敵の出現に。
悔しいが、今、出ていっても返り討ちに遭うだけだろう。
ここは引き返して、応援を頼むしかない。
そう、彼が決断した時。向こうが、先に動いた。
「そこにいるホルゲイ!出てきなさい、この村に何の用ですか!?」
甲高い女の声。神族が、俺に呼びかけてきている!
全身をゾクゾクと恐怖が走り抜け、そしてオーヴァは。
彼は死にものぐるいで地を蹴ると、勢いよく空へ飛び立った。

ホルゲイ?
え?……どこに?
先ほどまでの穏やかさは何処へやら。
突然の展開にヒューイの頭は、ついていけていない。
「逃がすものですか!」
眉をつり上げ、剣を片手に構えたアミュが空に舞い上がる。
「あ!ま、待って、待って下さいぃぃっ!!!」
ヒューイは必死だった。
とにかく、置いて行かれまいと必死だったのだ。
だから飛びついた拍子にアミュの胸を思いっきり掴んでしまったとしても、絶対に故意でやったわけじゃない。
ぐにゅっと胸を揉まれたアミュは「きゃあ!」と叫んで、地に急降下。
その間にホルゲイはハイスピードで逃げてゆき、とうとう見えなくなってしまった。
ヒューイをお尻に敷いて、しばしアミュは呆けた後。
下から這い出てきた彼を、キッと睨みつける。頬が赤らんでいた。
「……ヒューイ君って、エッチ……?」
「あ、い、いえ!違うんです、あの、そのっ!」
違うんです、などと言いつつも、ヒューイの顔も真っ赤っかだ。
両手には、まだ感触が残っている。柔らかい、両胸の感触が……
「ヒューイの、バカァァァッッッ!!!」

バッッチィィィィン!!

いつの間に追いかけて来ていたのだろう。
スケベ笑いでニヤけるヒューイの頬に、マナルナ渾身のビンタが炸裂した。

大都市ジェネ・クレダとの決戦を控えた今。
指揮官クォードの元には、次々と報告が入ってきていた。
武器の補充、傷ついた兵士の治癒終了、補充兵士の訓練など。
それらを記録し、まとめた上で指揮官へ伝える役目を仰せつかったのは、なんと新米である第七階級魔族の彼女――通称・名無しであった。
名無しといっても、本当に名前がないわけではない。
名前はある。ただし、日ごとにコロコロ変わったが。
「いいか、ヘマするんじゃねーぞ。一度でも失敗したら、お前、殺されっちまうんだからな」
先輩諸氏の助言を受けた彼女―今日の名前はステイツといった―は、コクコクと何度も頷いてから、おっかなびっくり扉を叩く。
クォードの私室のドアを、だ。
「入ってこいよ」と、すぐさま返事が聞こえてきて、ステイツは中へ。
一歩足を踏み入れて、そのまま硬直してしまう。
目の前にはクォードが いた。
一糸まとわぬ、生まれたままの姿で。
厳密にいうと、部屋の中にいたのはクォードだけではない。
複数のレジェンダー、それも女性ばかりがベッドの側に座っている。
彼女たちは首輪をつけられ、ベッドの足に縛りつけられていた。
「どうした?」
目を丸くしている彼女を見て、クォードは意地悪くニヤニヤと笑う。
対するステイツは、心なしか うわずった声で「う・・う、あ・・」と、返事にならぬ返事を寄こしてきた。
顔は真っ赤、だが目線はクォードの下半身に釘付けである。
純情なんだかエッチなんだか、どっちなんだか。
「男の裸を見るのは初めてか?」と再びクォードに尋ねられ。
ステイツは声にならぬ呻きを上げた後、素直にコクコク頷いた。
だが、それは嘘だ。
ステイツが生まれたのは服を着ている魔族をみつけるほうが困難なほどの、超がつく貧乏村だったのだから。
父親も、近所のお兄さんも、おじさんも、皆、生まれた時から裸ん坊だ。
その村で生まれ育った彼女が、男の裸を見慣れていないわけがない。
それでも部屋に入った途端、硬直してしまったのは――
虚ろに天井を見上げているレジェンダー達の異様さと、部屋の蒸し暑さ。
そして憧れの指揮官様の裸体を、目の当たりにしたせいだろう。
「そこの女達は一体、何でありますか?」
ひとまず呻くのをやめたステイツが問えば。
「何って……決まってんだろ?食事だよ」
あまりにも当然の事を聞かれ、面食らったようにクォードが応える。
「食事……」
魔族達は、レジェンダーのように口から食べ物を取らない。
糧とするのは他の生き物の精気――
すなわち生きる力を吸い取って、自分の力へと還元する。
彼らは、餌と肌を触れあうだけで吸い取ることが出来るのだ。
それが一般的な魔族の食事方法だ。
「お前は食事、終わったのか?」と尋ねかけて、クォードの眉がピクリと跳ね上がる。
怪訝な表情で彼女を見た。
「お前、口に何かついてるぞ。噛みつかないと摂取できねぇのか?」
下級魔族の中には、噛みついて精気を吸い取る者もいる。
肌との接触では吸い取ることのできない、未熟な者達。
慌てて口元をゴシゴシこすった後。
彼女は恥ずかしそうに俯きながら、こう答えた。
「は……あの。じ、自分は……その、吸収が苦手でして。……今日の昼食は、トーストとハムエッグでした」
聞き慣れない名前に、クォードの眉間は ますます皺が濃くなる。
「とーすと?はむえっぐ?なんだ、そりゃ。レジェンダーどもの名前か?」
睨まれて萎縮しながら、しどろもどろにステイツは答えた。
「い、いえ……食べ物の名前であります。レジェンダーの村で、食べてきたのであります……」

昔から男みたいな顔で。胸はペッタンコ、尻も小さくて。
女だというと皆、驚く。
だから本人もふてくされて、わざと男の格好をした。
女であることを放棄したステイツは、自分の能力を持て余していた。
自分の能力、すなわち、魅了の力をだ。
そもそも、どうやって使うのかも自分では判らない。知らない。
だから動く獲物を捕まえる事も、彼女には出来なかった。
ゆえに、食事はいつも口から摂取。
レジェンダーのように、食べ物を消化して力に還元していたのだ。
だがステイツのコンプレックスなど、クォードが知る由もない。
レジェンダーの食べ物で力を摂取する、と聞かされて。
二の句が告げなくなっていたクォードは、やっと次の言葉を発する。
「レジェンダーの村、だと?」
「はい」
「じゃあ、お前は ここを抜け出して奴らの村に行ったんだな?」
「はい……」
だんだん言葉尻にキツイものを感じ取り、彼女の返事は小さくなる。
「……つけられなかっただろうな?」
きょとん、とするステイツに再度問いかけた。
「神族の奴らに、後をつけられなかったかと聞いてるんだ!」
「神族!!」
怒鳴られた分の二倍は仰天するステイツ。
「ししし、神族がいるのでありますか!?この界隈にッ」
魔族にとって永遠のライバル――いや、存在価値を揺るがす、敵。
それが、神族。
田舎育ちのステイツだって、神族の存在ぐらいは知っている。
魔族と同等の高い魔力を持ち、上位になると一瞬で魔族を滅ぼせるとか。
恐ろしい。もし、そんな相手に出会ってしまったら。
ステイツなど、恐らくは服一切れも残さずに消滅してしまうかも。
震えあがる彼女を呆れた顔で睨みつけ「当たり前だろ」とクォードは頷く。
「いいか、大都市の近くには必ず奴らもいる。俺達がレジェンダーと殺りあうのを待ってやがるんだ……両者ともに疲れ果てたところを一網打尽にしようって腹でな」
もはや、ステイツは言葉も出ない。
頭の中では神族と戦う自分のヴィジョンでも浮かんでいるのだろう。
時々びくっとしては、ブルブルと体を震わせた。
「……お前、大丈夫か?そんなんでレジェンダーとも戦えるのかよ」
怯えすぎなステイツを見て、だんだん心配になってきたのか。
クォードが尋ねる。
「は、はい。神族は苦手でありますが、レジェンダーなら何とか。レジェンダーには魔力がありませんから、大丈夫……だと思います」
ステイツは、そう答えるので精一杯だった。

神界の奥、滝の向こうに構える大きな建物。
それこそが大天使の住む大宮殿であり、神の元へ繋がる通路でもある。
その大宮殿を今、憤慨した様子で出ていく少年の姿があった。
背中には白い羽根。神界の中でも下級身分にあたる天使だ。
後を追いかけているのは年老いた女性天使。
「待ちなさい――お待ちなさい、アスペル!」
アスペルと呼ばれた少年が勢いよく振り返る。
彼は、頭から湯気が出そうなほど怒っていた。
「待ってなどいられません、叔母様!アミュを、アミュを追わなければ……」
「いいから待つのです」
再び歩き出そうとするアスペルの腕を、老女が引き留める。
「アミュは、大天使様の勅命を受けて旅立ったのですよ。お前がどう思おうと、命令は覆りません。それに、アミュは貴方の妹弟子ではありませんか。あの子の腕を信じておやりなさい」
静かに諭され、だがアスペルは腕を乱暴に振り払った。
「腕の問題ではありません!いいですか、例えアイツが一振りで魔族を倒せたところで、仲間の元へ辿り着けなければ意味がないんですッ。全く、大天使様達も何をお考えなのか……アミュは、アイツは大の方向音痴なのですよ!?」
「アスペル!大天使様の事を悪く言ってはいけません。あの方達は、私達を――アスペルッ!!」
老女の小言など、アスペルは一言も耳に入れていなかった。
なにしろ話し始めた直後、地を蹴って飛んでいってしまったのだから。

天使を創造されたのは大天使。その大天使を創造されたのが神。
そんなのは、神界に住む者なら誰でも知っている常識だ。
だがアスペルら若い天使達にとっては、大天使も神も、あまりにも遠い存在で。存在が薄く感じられて。
だから時々、先ほどのような暴言を吐いてしまうこともあった。
そして、そんな時。
アスペルは後で必ず自己嫌悪に陥るのだ。
親に反発してしまった子供のように。
――叔母様、まだ怒ってるだろうか?
大天使様への会見をセッティングしてくれたのは、叔母様なのに。
叔母様に恥をかかせてしまったことを、アスペルは悔やんだ。
だが。
大天使様の決定には不満が残る。
いや、不満と言うよりは、不安に近い。
だって。あのアミュを、よりによって一人で地上に降ろすとは。
たとえ剣術の使い手、それも神界で一、二を争う腕だからとはいえ、アミュはまだ若い、女なのに。心配だ。
兄弟子でもあり、彼女を守る使命を持って生まれたアスペル。
彼にとってアミュの地上行きは初耳であり、会見の場で大天使様方に噛みついてしまったのも無理なきことといえば、その通りであった。
――早急に、俺も地上へ降りるべきかもしれないな。
そんなことを考えながら、アスペルはラインクインへ向かっていた。
ラインクイン。
それは神界と惑星ボルドとを結ぶ”扉”である。
滝を抜けた向こう側の、崖の上に設置されていた。
アミュも、石捜索部隊も、皆その門をくぐって地上へ降り立ったのだ。
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