Folxs

act2.進軍

「――フィスタだ」「一人なのか?」
遠目に酒場を見つめている影が、一つ、二つ。
それは、ヒューイを心配して追いかけてきた村人達。
かなり遠方から眺めているのは、近づく勇気がないせいだ。
彼らレジェンダーにとってホルゲイはもちろんだが、フィスタも恐怖の対象であった。
フィスタの掌に生まれた光は、ひとたび放たれたが最後、ホルゲイやレジェンダー達を一瞬で焼きつくし。
酷い時には大自然、山さえも一つ丸ごと消滅させてしまう。
大都市クァームも、たった一人のフィスタに消滅させられたという噂が届いている。
だからレジェンダー達は、ホルゲイにもフィスタにも関わり合いたくない。
できることなら、関わらずに放っておいて欲しかった。
なのに――
彼らは平気で街へ入ってくる。レジェンダーの平穏を乱す為だけに。

「あの……」
尋ねる声が二つに重なる。
アミュとヒューイ、両方が同時にお互いへと声をかけたのだ。
「あ、どうぞ、お先に」
アミュに譲られて、おずおずとヒューイから切り出した。
「あ、いえ、その……助けてくれて、ありがとうございます」
いくら敵とはいえ、相手は自分達を助けてくれた人物に変わりない。
だからヒューイはひとまず、お礼を言っておいた。
すると、どうだろう?
凛としていたアミュの顔はたちまち綻び、穏和な笑顔を作ったではないか。
ヒューイもマナルナも、村人全員が初めて見た。フィスタの笑顔を。
「いいえ、人助けをするのは剣士として当然のつとめですから」
堅苦しく言ってはいるが、顔には満面の笑み。そうとう嬉しい模様。
そこまで喜ばれては、お礼を言ったこちらとしても嬉しくなってしまう。
ヒューイも知らず笑顔になりながら、でも疑問はハッキリ口に出した。
「いえ、貴女は命の恩人です。……ところで、この村には何の用事で?」
「用事?用事がなければ、村に入っては いけなかったのですか?」
逆に尋ね返されてヒューイが、まごまごしている間に。
アミュは顎に指を当てて考え、ややあってから回答を己の中に見つけた。
「そうですねぇ……強いて言うならホルゲイ退治の為、でしょうか」
「ホルゲイ退治?」
「えぇ」とアミュは、にっこり。
「ホルゲイが村の中を歩いていたものですから、斬らなきゃーって思って」
そんな物騒なことを、笑顔で言われても対処に困る。
ヒューイは少々面食らいながらも、さらに尋ねた。
「じゃあ、ホルゲイがいなければ、この村には来なかった?」
「いえ」
今度は即答で首を真横に振る。
「私、仲間を捜しているんです。先行して石を探している仲間達を」
そう言って、彼女は くるりと後ろを振り向いた。
遠目に眺めていた連中が慌てて建物の影へ逃げ込むのを見てから、再びヒューイ達のほうへ向き直る。
「でも、ここへ来たことのあるフィスタは私が初めてのようですね」
マナルナが即座に頷く。
「えぇ」
ヒューイも傍らで頷いた。
アミュは その返事を受けるや否や、ぺこりと頭を下げ。
「お邪魔しました」とだけいうと、軽い足取りで出ていこうとする。
その彼女を呼び止めたのは、ヒューイが発した大声だった。
「あ、あの!待って下さい、俺を……俺を弟子にして下さいッ!」
「なっ……!」
「何を言うんじゃ、バカモンが!」
「ヒューイ、危ないよ!フィスタに関わったら死んじゃうよ!?」
村人達の制止が聞こえるも、ヒューイは構わずアミュへ頭を下げた。
「お願いです、俺、強くなりたいんです!皆を守る為に!!」
自分が為す術もなく一方的にやられていたデカブツホルゲイ共を、あっさりと真っ二つに斬り倒した。
それが、今、目の前に立っている可憐なフィスタの仕業だという。
マナルナに言われても、到底信じられない。
だが信じようが信じまいが、ホルゲイがやられたのは事実なのだ。
店の中に転がっている死体が、それを証明している。
それにしても……
ヒューイが気絶していた時間なんて、ものの数分だったはず。
その数分の間に二匹を相手に一刀両断とは。圧倒的な強さだ。
恐らくは、相当に修行を積んでいるに違いない。
自分もそうなりたい。
そうなって、マナルナを――いや、レジェンダー全てを、守りたい。
彼は必死だった。必死になってアミュの瞳を覗き込む。
アミュは、きょとんとしている。
弟子というのが、いまいち把握できない。そんな表情を浮かべていた。
「あのぉ〜。弟子、とは?」
「弟子は弟子です!貴女から剣を習いたいんですッ!」
「はぁ……剣を、お教えすればよろしいんですね?この剣は大天使マハエル様からお譲り頂いた聖剣でして……」
いきなり己が剣を手に取り、長々と『剣』の講釈を始める。
ポカーンとする皆を置き去りに、アミュは嬉しそうに話し続けたのであった。
「……製造者でもあらせられる大天使ジル様がおっしゃるには、神界をまとめておられる全ての父である神ゼルノーダ様が……」

「あ……あのぉ………」
ひとしきり、アミュが『剣の説明』を教え終えた後。
すっかり脱力しきった顔のヒューイが、はい、と手を挙げる。
「何でしょうか?」
「その剣がスゴイ物だというのは、よく判りました……でも俺が教えて欲しいのは、その剣自体についてじゃないんです」
「えぇっ!そうだったんですかぁっ!?」
そうだったんですかも何も、普通に考えれば判るじゃないか。
ヒューイは怒鳴り出したいのをグッと堪え、驚愕する彼女を見つめる。
「では、剣の何を学びたいのですか?」
「剣技です!剣術を学びたいんです、貴女からッ」
がばっと頭を下げる。土下座に近い深さで。
「えぇとぉ〜……」
アミュが困っていると、恐る恐る近寄ってきた村人の何人かが彼を止めに入る。
「ヒューイは死にたいの?父さん達みたいにっ」
「素人が剣を振るったところでホルゲイには勝てんぞ!やめておけ」
村人だけじゃない、愛しのマナルナまでもが口を挟んできた。
「ヒューイやめてよ、剣なんか学ばないで!戦うことを覚えたら、きっと後戻りできなくなっちゃうよ」
「後戻りって、何だよ!俺は、俺は皆を守りたいだけなのにっ!!」
癇癪を起こすヒューイにつられて、マナルナの声も跳ね上がる。
「剣を取って、戦って、それで父さん達がどうなったか覚えてないの!?みんな殺されたんだよ!ホルゲイに!ヒューイが死んじゃったら、あたし……!」
「何だよ!死ぬって勝手に決めつけるなよ!!俺は死なない、死ぬもんか!俺は、俺は死ぬ気で強くなってやるんだ、邪魔しないでくれマナルナ!」
現に自分が弱かったせいで、マナルナは酷い目に遭ったのではないか。
俺に戦う力があったら、ホルゲイ達に村を占領させ続けなど、させなかったのに。
おまけに、酷い目に遭った彼女の仕返しすら自分の手で出来なかった。
ヒューイのやった事といえば、一方的に叩きのめされただけ。
必殺のパンチもキックも、奴らには一つとして効かなかった。
やはり村の中にいるだけじゃ、駄目だ。
誰か強い人の弟子となって死ぬ気で鍛えないと、強くなれはしない。
「あ、あのぉ〜……」
エスカレートしていく二人の喧嘩を、アミュが止めに入る。
「お申し出は嬉しいのですが、私の剣は、そのぉ、我流でして。あまり、他人様にお教えできるようなものでは」
もじもじと遠回しにお断りしている。
しかし、それで納得できるヒューイではない。
いや、納得するわけにはいかない。
初めて見つけた剣の師匠なのだ。自分が強くなる為のステップアップ。
「嫌です!貴女は強い、俺は強い人に教えて欲しいんだ!!」
「それよりも、お怪我の具合は如何ですか?だいぶ酷くやられていたようですけれども……」
伸ばす彼女の手を、マナルナが払いのける。
思いのほか、強い調子で。
「触らないで!」
「マナルナ!?」
びっくりするヒューイ本人そっちのけで、マナルナがアミュを睨みつける。
「ヒューイは大丈夫、レジェンダーは頑丈なんだから!ホルゲイは倒した、もう気は済んだでしょ!? なら出てってよ!」
マナルナの剣幕に一瞬は静まりかえった村人達も、背を押されたかのように騒ぎ出す。
酒場は一気に騒がしくなった。
「そ、そうだ!いつまで居座る気なんだ、フィスタのくせに!」
「ヒューイを助けてくれたのは感謝するけど!」
こいつの気配を感じ取り、いつ何時、別のフィスタが現れるやもしれない。
こいつにはレジェンダーへの殺意がないようだが、他のフィスタもそうではないという確証など何処にもない。
先も言ったが、レジェンダーにとってフィスタも敵には変わりないのだ。
目的を果たす為なら、フィスタはレジェンダーの命を無造作に刈り取る。
今までに幾つもの村が、都市が奴らに潰されている。
レジェンダーの命など、ゴミとも思っていないのであろう。
そういう種族なのだ、フィスタとは。
だからフィスタを信頼する、というのはレジェンダーにとっては無理な話。
村人達の目が、いつの間にか畏怖と恐怖で彩られている。
さすがの鈍いアミュにも、それが伝わったのだろう。彼女は肩を竦ませた。
レジェンダー達を刺激せぬよう、ゆっくりとした動きで戸口へ向かう。
「……すみません、長居しすぎましたね。ご迷惑をおかけする前に、ここを立ち去らないと」
ぱたぱたと白い羽根が戸口を抜けきるかきらないかのうちに、ヒューイも酒場を飛び出していた。
逃げるように立ち去る、アミュの背中を追いかけて。
「待って下さい!俺も一緒に行きますよ、師匠!」

絶対、弟子になってやる。
男が一度決めたからには、絶対にだ――!

「報告致しますッ!」
陣内が急に騒がしくなる。
伝令係が駆け込んできて、不吉な内容を伝えたからだ。
惑星ボルド制圧部隊、その先発隊の一つである第十七小隊。
彼らは森の中に陣営を組んでいた。
正確には森の中に結界を張り、その中でテントを組んでいる。
魔力のないレジェンダー達に、結界の存在を知られることはない。
唯一恐れなきゃいけないとしたら神族ぐらいなものだが、彼らが根城とする森の近くにあるのは田舎村が点々と。
こんな僻地に神族達が現れるわけもない。
神族に遭遇するのは、レジェンダーが多く住む大都市ぐらいなものだ。
制圧部隊は石の探索よりも、地上殲滅を最優先としている。
たとえ田舎にある小さな村でも見逃すわけにはいかない。
第十七小隊の指揮官ペグも、そう考えて、この地に長く留まっていた。
ここまでの占拠は順調だった。いや、順調であったはずだ。
田舎のレジェンダー達は戦う術を身につけておらず、第十七小隊は次々と近場の村を餌場に変えていった。
たまに抵抗する輩もいたが、そいつらは大抵、その日のうちに部下達の腹の中へと消えていったものだ。

――ブレイとゾルクの気配が途絶えた――

伝令係が伝えてきた不吉な内容とは、部下二人の消失。
あいつらには、ちっぽけな村を任せていたんだ。
あの村に戦える者など、もう誰一人として残っていないはず。
ペグは考えた。だが答えなど出てくるはずもない。
レジェンダーなど恐るるに足りずな相手だが、不安な予感がよぎる。
まさか、まさかとは思うが、二人は神族と遭遇したのか――?
落ち着かなくなり、ペグは椅子から立ち上がった。
テントの中を忙しなく左右にうろうろと歩き回っても、気は晴れない。
「クズどもが……俺の手を焼かせやがって」
などと言ってみたものの、本音は二人の安否が気にかかる。
生きているのだろうか――
――それとも命令を無視して、どこかへ遊びに行っただけ?
後者なら、どんなにいいことか。叱って、再任務を与えればいいのだ。
だが小隊全員で確かめに行くこともあるまい。
全員で向かったと他部隊の指揮官に知られたら、絶対馬鹿にされるに決まっている。
事は極秘裏に運ぶべきだ。
ひとまずは偵察でも派遣してみよう。
彼は部下の名を呼んだ。
「オーヴァ!ちょっとクォン村まで行って様子を見てこい!やばいようなら戻ってこい、大丈夫ならお前が片づけろ」
ペグの背後に降り立った影が身じろぎし、すぐに消える。
オーヴァなら任せて安心だろう。なんたってペグの片腕なんだから。
やせっぽちな指揮官は溜息をつくと、改めて椅子に腰掛けなおした。

「奴らの動きはどうだ?」
先発隊が誇る精鋭、第一小隊。
彼らは泉の中に結界を張り、その中に陣を組んでいた。
泉の側にはレジェンダー達の村や町が、数多くある。
中でも一番大きいのが、大都市ジェネ・クレダだ。
街並みの周り一帯は、ぐるりと高い壁で囲まれている。
神族や他の先発小隊が過去何度も襲撃したにもかかわらず、まだ一度も崩落していない。堅固な要塞都市といえよう。
数々の村や町を葬ってきた第一小隊は今、この大都市を相手に戦いを挑んでいる真っ最中であった。
野営陣へ戻ってきたクォードは、帰って来るなり部下の一人に尋ねる。
「駄目です、三方向からの砲撃にもびくともしません。空からの別部隊は全て対空砲で撃ち落とされました」
乱暴にマントを脱ぎ捨て、クォードが吐き捨てる。
「んなもん落とされて当然だろうが。せめて対空砲を何とかしてから突っ込ませろよな」
撃ち落とされた奴らの無事を心配すらしない。
報告した部下は不満そうであったが、それでも話を続けた。
「もちろんです、もちろん対空砲も攻撃しました、魔弾で。しかし壁を含めて砲台も、びくともしませんでした。壁一帯に、魔力に対する防御が施されているのかもしれません」
「そう思ったなら、なんで魔弾以外を使わねぇ?」
「使いましたよ!でも通用しなかったんです!!」
怒りで部下の声は裏返り、掴みかからんばかりの勢いで怒鳴りちらす。
クォードはそれを、大して気にもしていない調子でアッサリ受け流した。
「何も撃つばかりが能じゃねぇだろ?壁を支えてる地面は土だろうが。今からトンネル工事に入るぞ、全員に伝えろ。部隊を二つにわけ、一つはオトリで奴らの目をくらませろ。ったく、俺がいないと満足に仕事もできねぇんだな、テメェらは」
言葉の端々、そして視線に馬鹿でも見るような意識が混ざっている。
部下はぐぅと押し黙り、しばらくしてから別の話題を彼にふった。
「ところで追加隊員は、どうでしたか?即戦力になりそうな奴は居ましたか」
即座にクォードが首を振る。
「駄目だな。どいつもこいつもクズばかりだ。力自慢の脳味噌カラッポが大多数、知能派かと思えば小賢しいだけの腰抜け野郎と来ている。そういや新しく入った奴の中に、女が一人だけいたが――」
女、と聞いて部下の目が爛々と輝く。
第一小隊に女性は居ない。
一応、小隊が組まれた当初には何名か居たことは居たのだが。
激戦に相次ぐ激戦で、男性よりも比較的弱い女性魔族達は次々と殉死してしまったのだ。
第一小隊は確かに、他の部隊と比べると上げた功績の数が段違いに多い。
だが同時に、他の部隊とは比べものにならないぐらい死傷者も多かった。
だから彼は いつもより期待して、クォードの言葉の続きを待った。
「こいつが傑作でな。男みたいなツラして、サッキュバスなんだとよ。しかも魅惑が苦手と自称してやがる。とんだ役立たずを回してくれたもんだぜ、ヴィクターのクソジジィが」
↑Top