Folxs

act13.放浪

旅の仕切り直しとなったヒューイが、まず目指したのは、レジェンダーの生き残りを捜すことであった。
といっても大都市が陥落した今、名だたる都市は、ほとんど潰されたと見ていい。
それに、ヒューイはジェネ・グレダ以外の都市も知らない。
探すのは集落だ。
それも、ホルゲイやフィスタが見落とすぐらい小さな規模のものを。
とぼとぼ道なりに沿って歩きながら、手がかりが何もないと改めてヒューイは考える。
アミュと別れたのは失敗だったかもしれない。
気に入らない相手でも、空を飛べるのは魅力的だ。
アミュの去った方角を未練がましく眺めた後、ヒューイは重たい溜息を一つ、ついた。
去っていった者を追い求めても無駄だ。
彼女とは、もう終わったんだ。
自分が縁を切ったんだ。
パンパン、と激しく自分で自分の頬を叩くと、ヒューイは気合いを入れた。
「よーし!探すぞ、集落ッ」
どこまでも一本に続く道を歩き、やがて形ある物に突き当たったのは、気合いを入れてから数時間は歩いた頃だろうか。
旅慣れていないヒューイの足は棒になり、彼は「あ、あったぁ〜」と気の抜けた声を発すると、建物のそばに座り込んだ。
ヒューイが辿り着いたのは、道なりにポツンと建った一軒家だった。
道筋に一軒だけ建っている家なんて怪しいにも程があるが、ヒューイは何の警戒もせずに扉を叩く。
建物の造りは煉瓦壁に藁葺き屋根とレジェンダーの家そのもので、普通ならば怪しむ対象ではなかったからだ。
そう――普通ならば。
ノックに「は〜い」と、やや甲高い声が応えて、扉が開く。
直後、ヒューイの喉はヒッと音を立て、扉を開けた相手はヒューイの顔を凝視していたが。
やがて「獲物発見〜!」とソイツが叫んだ時には、ヒューイは重たい足を引きずるようにして、その場を逃げ出していた。
一軒家に住んでいたのは、オレンジの髪を生やしてもいなければ褐色の肌でもない。
目にも鮮やかな桃色の肌をして、青い髪を伸ばした生き物。
すなわち、ホルゲイであった。
集団からはぐれて自活していたのだろうか。
どのみちヒューイにとって、奴の一人暮らしの理由なんて、どうでもよく。
こいつから逃げ切ることだけが頭にあった。
走りながら視線だけ後ろへやると、奴が追いかけてくる。
手には包丁を持って、嬉々爛々と。
「まぁてぇ〜、ごちそーう!」と喚いているから、ヒューイを捕まえた暁には、がぶりと食べてしまうつもりか。
「ひっ、ひっ、ひぃぃぃぃ〜〜っ!!」
ヒューイは必死で逃げた。必死の形相で、元来た道を走って逃げた。
心臓が、足が、限界を叫んできたが、捕まったら終わりだ。
今度はアミュの助けもない。
逃げるヒューイ、追うホルゲイ。
どんどん二人の間隔は狭まってゆき、ついにはホルゲイの手がヒューイの頭を捕まえた。
ガッと強い力で引き寄せられて、「ヒィッ!」と叫んだヒューイは、真横にホルゲイの笑顔を見た。
「つ〜か〜ま〜え〜たぁ〜」
もう、ヒューイは生きた心地もない。
尿意があったら、漏らしていたかもしれない。
クォン村を出て、一ヶ月とちょっと。
哀れヒューイの冒険は、ここで終わってしまうのか?

否。天は彼を見捨てなかった。

ピィーッと甲高い鳴き声が頭上をかすめたかと思うと、あっと思う暇もなく、ホルゲイが自分の顔を押さえて呻く。
ヒューイの目前に降りてきたのは、小さな鳥だった。
小さいと言っても、鋭い爪や嘴を持っている。
そいつがホルゲイめがけて急降下してくると、頭や目玉を狙ってチクチクと突き、ホルゲイを防戦で手一杯にさせた。
「あ……あ……?」
まさか小鳥に助けられるとは予想だにせず、ヒューイが呆然としていると。
ちらっちらっと攻撃の合間に、小鳥がこちらを見ているような気がした。
いや、気のせいじゃない。確かに小鳥は、ヒューイを見ている。
――逃げろ。
そう、小鳥の目が合図を送っているような気がして、ヒューイは再び走り出した。
「あ!待てぇ、獲物、あっ、イテテ、いたたっ!」
ヒューイを追おうとするホルゲイは、小鳥の猛攻にあって追いかけられない。
再び距離が開いた。
ヒューヒューと息を切らせ、口の端から泡だった涎を垂らしながら、ヒューイは懸命に走った。
それこそ後も振り返らず必死に、足と手を振り切って走った。
途中からは道を外れ、草原を突っ切り、森へ飛び込んで、なおも全力疾走する。
枝や草がヒューイの全身を叩いてきて、無数の切り傷を刻んできたが、ヒューイは構わず走り続け。
ついには頭の中が真っ白になり、体を投げ出すようにして、藪の中へ突っ込んだ。

ヒューイが次に目を覚ましたのは、頭上でチチチと囀る小鳥の声がやかましかったせいで。
意識定まらぬ視線で上を見上げると、ホルゲイから自分を救ってくれた小鳥が頭上の枝に止まっていた。
一羽ではない。四、五羽が群れをなしている。
「助けてくれて、ありがとう……」
ヒューイは呟いたが、小鳥達に聞こえている様子はなく。
鳥達は好き勝手に囀って、ヒューイは草の上に身を横たえて、それらを眺めた。
枝と枝との間を抜ける日差しが暖かい。
まだ森が残っていた事と小動物が生き残っている事に、ヒューイは驚きを覚えていた。
レジェンダーの村や町が軒並み壊滅しても、大自然は生き残っていたのか。
――奴らは。
ヒューイの思考は原点に戻る。
ホルゲイは何故、この大地に降り立ってきたのだ。
フィスタが石を求めてやってきたのは、知っている。
ホルゲイも同じなのか?石が狙いなのだろうか。
奇跡の石……
強大な魔力を持つ彼らでさえも、倒せる武器が作れる石。
もし本当にあるのならば、そしてフィスタが言っていたように本当に作っている者達がいるのならば。
彼らを手助けしたい。
だが、どうやって彼らを捜せばいいのか。
堂々巡りの繰り返しで悩んでいるうちに、うとうとと眠りに誘われて、ヒューイの瞼が降りてきた。

森の中を進めば危険極まりないが、上を飛び越してしまえば安全である。
この星に住む聖獣なら、皆が知っている常識だ。
リンタローはふわりと着地し、彼の背から降り立ったスカイも辺りを見回す。
賢者の谷は人影が見あたらず、ひっそりとしていた。
「本当に、ここに古代レジェンダーの末裔が……?」
ゴーストタウンさながら、人の気配も感じられない様子にマナルナがぶるっと体を震わせる。
「いるはずだ、伝承の通りなら」と、スカイ。
油断なく周囲を警戒しながら、ゆっくりと彼が歩き出したので、マナルナとリンタローも後に続く。
「ねぇ、古代レジェンダーっていうのは、要するにレジェンダーのご先祖様なんでしょ?どうして警戒――」
不意に黒いものが視界をよぎり、マナルナが言葉を飲み込んだ。
「誰だ!?」
スカイの誰何に、一度は物陰に転がり込んだ人影が姿を現す。
薄い水色の髪の毛に、白く透き通るような肌。明らかにレジェンダーではない。
背中の白い羽根を見るや否や、スカイが叫んだ。
「フィスタめ!とうとう、ここまで入り込んだのか!?」
戦闘態勢に入ったスカイとリンタローに、フィスタが「待て!」と制してくる。
「俺はお前達と争うつもりはない、人を探して迷い込んでしまっただけだ!」
「迷い込んだだと!?見え透いた嘘を言うなッ。ここの連中はどうした!皆殺しにしたのか!?」
殺気立つスカイを見つめ、フィスタは首を真横に振る。
「いや……俺が辿り着いた時から、ここには誰もいなかった」
無言のリンタローやマナルナにも目を向け、フィスタが言う。
「どうか話をさせてくれ。俺以外の神族――いや、お前達が呼ぶところのフィスタを何処かで見かけなかったか?」
「はぐれフィスタでござるか?」と、今度はリンタローが尋ねると。
フィスタはアスペルと名乗り、悲しげに俯いた。
「はぐれとは少々違う……俺は単独で、この大地に降り立った。先ほども言ったが、人を探すために」
だんだん興味がわいてきて、マナルナも質問に加わる。
「誰を捜しているの?」
「おい!二人とも、気を許すな」
叫ぶスカイへ向かっても、マナルナは応えた。
「大丈夫、この人に敵意は感じない」
「どうして判るんだ!」と食い下がるスカイを、重ねて説得する。
「敵意があったら、私達とっくに倒されているわ。違う?」
フィスタは確かに恐ろしい生き物なのかもしれない。
だが彼女は以前にも温厚なフィスタと出会っていたので、フィスタなら何でも警戒するスカイとは違った。
マナルナは、できるだけ優しい声色でアスペルへ聞き返す。
「たぶん名前を言われても判らないと思うから、一応、外見の特徴だけでも教えてくれる?」
アスペルが、すぐに答えた。
「桃色の髪の毛に、俺と同じ色白で背中に白い羽根が生えている。名前はアミュ」
途端にマナルナが「アミュですってぇぇ!?」と怒鳴ったのにはアスペルは勿論のこと、スカイもリンタローも仰天だ。
「ど、どうした?アミュを知っているのか」
「どうしたんだマナルナ、血相を変えて!」
男二人の質問が重なり、マナルナはキッと鋭い視線でアスペルを睨みつけた。
「知るも知らないもないもんだわ、ヒューイを誑し込んだ、あの女!あの女とは、どういう関係なのッ!?」
「あ、あの女……?」と、マナルナの形相の変わりようにスカイが脂汗を流す中。
アスペルも聞き覚えのないヒューイという名前に首を傾げたが、マナルナの問いへは素直に答えた。
「俺の幼馴染みであり許嫁でもあり、妹弟子でもある。彼女を何処で見かけたんだ?」
マナルナは「クォン村よ!」と怒鳴ってから「あ……」と呟き、瞳が悲しみに彩られる。
故郷の最後を思い出したのだ。
何者かに吹き飛ばされた村。村人の生死も未だに判っていない。
ヒューイは、今、何処にいるのだろうか。
吹き飛ぶより前に村を出たから、少なくとも他の者達よりは生存率が高いはず。
彼はフィスタのアミュを追いかけて村を出た。
目の前の男が探しているのも、アミュという名のフィスタである。
念のため、マナルナは尋ねた。
「あなたが探しているアミュってやつ、もしかして、すっごく剣の達人だったりする?そのくせ、どっか抜けてて天然ぽかったりする?」
引きつった顔なれど、アスペルが頷く。
「あ、あぁ。確かに他人とは少しズレた感覚の持ち主かもしれない、彼女は……」
やはり、あのアミュで間違いない。
ヒューイを惹きつけ、アスペルにも探される。
二人の男に追いかけられるとは、良いご身分ではないか。
ふつふつと、マナルナの心に嫉妬が芽生えた。
黒い感情の爆発を、寸前で押しとどめたのはスカイの横やりだった。
「それより、何故誰もいないんだ?ここにいた古代レジェンダーの末裔は、どこへ行っちまったんだ」
「それは俺も知らない」と言いかけるアスペルを睨みつけ、スカイが即座に切り捨てる。
「あんたには聞いていない。俺は、リンタローに言ったんだ」
アスペルは黙り込み、リンタローが受け応えた。
「拙者に聞かれても、判らぬでござるよ。憶測で考えるとすれば、危険を感じて移住したのかもしれぬ」
「何処へ?」と、マナルナも同時に尋ねて。
あくまでも推測だが、と前置きした上でリンタローは言った。
「マナルナ、お主は森が光ったと言っておったで候。仮にホルゲイと何かが戦っていたとする。となれば、森を抜けた先の谷も安全ではござらぬ。ここに住んでいた者達が逃げるとなれば、どの方角へ逃げると思う?」
リンタローの視線を追いかけて、スカイとマナルナ、そしてアスペルも背後を見た。
「山、か……」
彼らの背後に広がるのは、幾つもの山が連なる山脈だ。
山に囲まれた谷ならば、森の方角が危うくなれば山に逃げるしか道がない。
「山中に潜んでいるとなると、探すのは厄介だぞ」
正直な思いをスカイが吐き出し、リンタローも頷いた。
「されど、我らは探さねばならぬ。古代レジェンダーの末裔を」

――探して、何とする――?

完全に不意を食らったタイミングで、堂々とした声が伝わってくる。
耳が拾った声ではない。脳裏に直接響いてきた。
「な、なんだ!?」
慌ててスカイは周囲を見渡したが、何の気配も感じ取れない。
アスペルも視線を巡らせ、呟いた。
「ここではない、遙か遠くから念を送ってきている奴がいるようだ」
「念って何?」
マナルナの問いは、再び脳内に響いた声によって皆の注意を逸らされた。

――古代レジェンダーを探して、何とする?――

間髪入れず、スカイが答える。
「決まっている!彼らを探して、武器の作成を手伝う為だッ」
ならば、と声が言った。
我らを追って山に入れ、と。
リンタローが素早くアスペルを盗み見ると、フィスタは、まだ周囲に目を配っている。
山に入れと言われたのが、聞こえなかったのか。
リンタローはスカイを突き、スカイはマナルナに耳打ちした。
「いくぞ、山へ入るんだ」
だが、歩き出した三人に気づいてアスペルが声をかけてくる。
「山へ行くのか?」
それには答えず、三人は走り出し。
アスペルは後を追うでもなし、その場に留まった。
森を抜けたら、たまたま、この谷に出ただけで、元々ここの住民に用があったわけではない。
彼の目的は、あくまでもアミュを探すことにあった。
だから、もうここには用がないのだ。
アスペルは空を見上げて、少し考えた後。
ふわりと宙へ舞い上がり、邪魔をする力が何もないのを確かめてから、一気に南の空へと飛び去った。

背後で、めきめきと樹木が嫌な音を立てている。
続けて仲間の断末魔も聞こえたが、先頭を行く連中は後も振り返らずに疾走した。
世界が完全に闇の世界へ包まれる前に、魔族は樹木の追跡を振り切った。
「はぁっ……ハァ、はぁ……み、皆、無事か……?」
振り返って、アルタスは驚いた。
生き残った数の少なさに。
十数名いたはずの仲間は、今や片手で数えられる人数しかいない。
早急に本国へ補充を頼まないと、地上殲滅作戦はおろか探索もままならないではないか。
同じく息を切らせて座り込んでいたクォードが埃を払って立ち上がると、憎々しげに森を睨みつけた。
「くそっ、とんだトラップ仕掛けやがって。弱小種族がふざけた真似を」
「弱小だからこそ、でしょう」と受け応えたのは、第二小隊の副官ペテルギウスだ。
「レジェンダーを弱小だと侮ってはいけない……良い教訓になりました」
「全くだ」と地面に唾を吐き、クォードは彼女をも睨みつける。
「共同作戦の落とし穴についても、いい教訓になったぜ」
隊長と副官を除けば、生き残ったのは第一と第二を併せて、計八名で。
クォードが悪態をつきたくなるのも、判らないではない。
「有能な部下が、まさか木なんかに殺されるたぁな」
「木じゃない。木を操った古代レジェンダーだ」
すかさず反論してから、アルタスも立ち上がる。
「とにかく僕らは本国への情報を二つ仕入れた、それだけでもヨシとしようじゃないか」
「情報ねぇ」と、まだクォードは不満そうであったが、アルタスは構わず歩き出した。
「謎の石、古代レジェンダー。この大地で僕らの知らない知識は多い。全ての謎を解明するのも先発部隊の役目だったはずだ」
「そりゃあ、そうだが」と言いかけ、これ以上の口論は不毛だと気づいたのか、クォードは口をつぐむ。
そうだとも、口論している場合ではない。
ここからジェネ・グレダまでは、かなりの距離がある。
レジェンダーが襲ってきても敵ではないが、もし途中で神族と遭遇したりすれば。
今の状態では苦戦を免れない。
疲れた体を癒す為にも、近場で安全な場所を確保する必要があった。
「ここから一番近い集落は、どこだ?」
クォードの問いにペテルギウスが即答する。
「この付近にはレジェンダーの気配を感じません」
「気配がなくても陥落した村が、どこかにあるはずだ。森の近くに根城を作るのは生活の基本だろ?」
言い返すと、クォードが使い魔を周辺に放つ。
パタパタと忙しなく翼を動かして飛んでいく小さな背中を見送った後、アルタスが呟いた。
「それにしても……君のところの副官が残るとは、正直意外だった」
「あぁ」と頷き、クォードも視線を向ける。
他の生き残った部下と一緒にへたり込んだ、本日の名前はイユの顔へ。
戦闘力はヘナチョコだが、案外逃げ足は速かったと見える。
驚いたことに、彼女は部下の中で一番怪我が浅かった。
「なんだかんだで、運だけはいい奴だからな」
ニヤリと口の端をつり上げるクォードに、視線をちらりと向け。
アルタスが小さくぼやいた。
「運か……なら、その強運に僕達もすがりたいものだね。本日の休憩場所が無事に見つかるよう」
とっぷり日が暮れ、辺りが闇に包まれた時刻になって、ようやく使い魔が戻ってきた。
ぎーぎーと報告するのに耳を傾けてから、クォードが皆へ指示を出す。
「ここから東へ歩いていくと、生存者ゼロの村があるらしい。行くぞ」
「道沿いにあったかな?村なんて」と誰かが呟くのへは、付け足して促した。
「道沿いにあると誰が言った?村は道を外れた先にあるそうだ」
「道を……」と言ったきり、後は無言の行進が続く。
部下達は、すっかり疲労しきっていたし、クォードやアルタスにしても、これ以上の無駄話で体力を消耗する気はない。
ベッドなんて贅沢は言わない。一晩明かせる安全な場所さえあればいい。
やがて見えてくる建物のシルエットに、おぉ、とかあぁ、だとかいった言葉にならない感嘆を皆があげて。
ずるずると足を引きずりながら、傷だらけの魔族達は村へ足を踏み入れた。

報告の通り、村には人っ子一人いなかった。
ただし、そこかしこにレジェンダーの死体が転がっている。
殺されてから何ヶ月も経っているのか腐臭はせず、白骨化しかかっている死体も多い。
「誰が攻め落としたんだろうな」とクォードは呟いたが、アルタスの返事はない。
見ると彼は地面に座り込んで、もう一歩も動けないといった身振りを寄こしてきた。
「なんだよ、体力ねぇこと言ってんじゃねぇぞ」
自分だってヘトヘトなくせにクォードは強がってみせると、アルタスをほったらかしに、村をぐるりと一巡してみた。
やはり、誰もいない。レジェンダーは勿論、魔族も、神族も。
建物が破壊された様子もない。ここに住んでいたレジェンダーは少数だったのか。
家に入ってみると、寝室でベッドを発見した。
布団も家具も残っている。人だけがいない。
「こいつは俺達にとって、おあつらえむきの拠点だな」
ここを攻め落とした部隊は、次の獲物を探して旅立ってしまったんだろう。
小隊が丸々無事なら、この村は少々手狭だ。
今の自分達ぐらいの人数なら、ちょうどいい広さだ。いや、広いぐらいだ。
ぽんぽんと布団を触ってみて、汚れていないのを確かめると。
クォードは己の小隊を呼びよせた。
「イユ!今晩は、この村で一泊する。お前は俺と一緒にいろ。他の奴らは好きな家を勝手に使え」
「いっいっいいいい、いっしょっしょ……?」
白目を剥いて動揺するイユを不憫なものを見る目で眺め、生き残った同僚は思い思いに建物へと散ってゆき。
クォードとイユの二人だけが残った。
「どっどっど、どうして自分は司令官殿と同室で」
どもるイユを不思議そうに眺め、クォードが答える。
「副官と司令官が同室で何がおかしいんだ?万が一奇襲があっても動きやすいだろうが」
また、誰に言うでもなく呟きを漏らした。
「この家が一番でかい。恐らくは村長の家だったんだろうぜ」
ベッドがキングサイズなのも、そのせいだろうか。
小さな村にしては不釣り合いなほど、ベッドだけは立派だ。
二人どころか三人ぐらい余裕で寝られそうであるが、自分だけ残れと言われた件にイユは大変満足した。
先ほどは興奮で思わずどもってしまったが、本音を言うと知らない家に独りぼっちで寝るのは嫌だ。
甘えん坊と蔑まされてもいい。
誰かと一緒にいないと、怖くて失神してしまいそうだ。
今日は森で酷い目に遭ったせいもあって。
「よよよよ、喜んでご一緒させていただきますでありますっ!!!!」
鼻息荒く敬礼するイユを見もしないで、クォードは、もぞもぞと布団に潜り込む。
柔らかい。それでいて弾力がある。
レジェンダーの作る布団は魔界製より良質であった。
なんの取り柄もない弱小種族かと思いきや、意外な才能を持っていたものだ。
瞬く間にスゥスゥと寝息を立てて眠り込んでしまった司令官の寝顔を、じぃっと食い入るように眺めた後。
「か……可愛い……」
ごくり、と唾を飲み込むと、イユも、もそもそ布団に潜り込んだ。

――翌朝。
懐の異様な重さに不審を感じ、クォードがハッと目覚めて真横を見やると。
傍らには、見たこともない奴がすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
真っ先に目に飛び込んできたのは桃色の髪の毛だが、それよりクォードを飛び上がらせたのは背中の真っ白な羽根の存在で。
彼は、なりふり構わず叫んでいた。
「誰だ、テメェッ!どこから入ってきやがった!?」
半分は恐怖と、それから怒りも交えて。
↑Top