Folxs

act12.古代種

キリガ樹海には、いにしえの時代から生きる賢者がいる――
そう、伝えられてきた。レジェンダーの集落では。
だが村となり町となり大都市になるにつれ、伝承はレジェンダーの心から忘れ去られ。
今では一部の部落で、親から子へ語り継ぐ昔話の中に残るのみとなった。
「古代レジェンダーの末裔?」
マナルナは首を傾げ、スカイが頷いた。
「そう。それが賢者達の正体だ」
彼らは奇跡の石を用いて、必殺の武器を作ろうとしている。
そんな噂が方々で聞かれるようになったのは、フィスタとホルゲイが、この地へ降りたって。
街が幾つか壊滅した頃であったか。
ラギ飼いの集落にも、その噂は届いていた。
だが真実を確かめる前に、ホルゲイの手により集落は滅びの日を迎えた。
二人は今、リンタローの背に乗ってキリガ樹海を目指している。
目的地は樹海の先にある谷、賢者達の住む谷だ。

古代レジェンダーは、レジェンダーの遠い祖先だ。
「その昔、この大地は無人だった。俺達の祖先は遙か遠くの世界から、この大地へ移住してきたんだ」
緑に覆われた地上を見下ろし、マナルナはスカイの言葉に耳を傾ける。
かつては古代レジェンダーが語り部として、各地を放浪した時代もあったという。
だが、やがて文明が発達するにつれ耳を貸す者も少なくなり、伝承は忘れられてしまった。
「俺達ラギ遣いは自然のままに生きるのをモットーとしていたから、伝承も忘れなかった。けど街の連中は、そうじゃなかった。過去から目をそらし、新しいものだけを追い求めた。だから自分達の身に危機が迫った時、誰も賢者の存在を思い出せなかったんだ」
「でも」と、マナルナが口を挟む。
「ラギ飼いは覚えていたけど、ホルゲイに滅ぼされてしまったんでしょ?なら、伝承を覚えていても役に立たないんじゃ」
「時間が足りなかったんだ」
ギリッとスカイの歯が軋む。
「俺達は樹海へ向かう途中だったんだ。途中の道で奴らに襲われた」
スカイ一人だけ生き残ったのは、リンタローのおかげだ。
彼が助けに来てくれなければ、スカイも命を落としていただろう。
だが、いかな聖獣といえども、たった一匹でホルゲイの大群を打ち倒すのは困難で。
リンタローにはスカイ一人を助け出すのが、精一杯だった。
「――それでも、こいつは健闘してくれた。俺達では手も足も出なかった奴らを、半数以下に減らしてくれたんだからな」
スカイの手がリンタローの首筋を優しく撫でる。
リンタローはくすぐったそうに首を振ると、小さく囁いた。
「スカイまで見殺しにしたとあっては、聖獣の名折れ。拙者、自分で自分が許せなくなってしまうでござるよ」
「ねぇ」と、またもマナルナが割って入り。背後からスカイを見上げた。
「二人は、いつ知りあったの?」
「子供の頃から、ずっと友達だ」とは、スカイの返事で。
リンタローは「友達?」と首を傾げ、不服そうに付け足した。
「おぬしは友達というより、世話の焼ける弟分でござる」
途端にスカイが「誰が弟だって?お前のほうが後に生まれただろ」と言い返し、リンタローも掛け合った。
「弟分、と言ったでござろう。精神面では拙者のほうが年上なり」
「好き嫌いが激しいくせに」と、スカイ。
「それとこれとは別ものでござる」
リンタローはさらりと流し、マナルナを振り返った。
「なにしろ拙者のほうがスカイよりも幾分上手でな、恋も戦いも」
「おい!いつ、お前が誰に恋をしたっていうんだよ」
スカイに脇腹を蹴っ飛ばされ、リンタローが悲鳴をあげる。
「痛っ!拙者は馬ではないと何度言えば判るでござる!?」
仲の良い二人に、くすくすと忍び笑いを漏らしながら。
マナルナは、もう一度地上を見下ろした。
広い、深い、樹海だ。どこまでも果てしなく緑が広がっている。
谷は、まだ全然見えてこない。まだまだ時間がかかりそうだ。
リンタローは結構な速さで飛んでいるから、マナルナは手綱を握ったスカイの腰にしがみついていなければならなかった。
だから時間がかかるといっても、到着するまでのんびり居眠り、というわけにもいかない。
――ふと、緑の一部が光ったような気がして。
マナルナは「あっ」と叫んだ。
「どうした?」
スカイに尋ね返され、彼女は一点を指さして答える。
「あそこ、今チカッて光ったような気がしたの!」
「森が?」
リンタローとスカイの間に緊張が走る。スカイが低く呟いた。
「戦闘、か……?」
もし戦っているとすれば、誰が誰と?
レジェンダーは原則、樹海へ滅多に立ち入らない。
だが――今の時代なら。
必殺の武器を求めて誰かが樹海入りしたとしても、おかしくない。
戦う相手はホルゲイかフィスタ。
助太刀するか、無視するか。リンタローの決意は早かった。
「急ぐでござる」
飛ぶスピードをあげた。
今日中に谷へつけば、古代レジェンダーにあって武器について何か教えてもらえれば。
もしかしたら、森で戦うレジェンダーを助けられるかもしれない。
彼は、そう考えた。

奇跡の石とは、そもそも何なのか。
大魔族様は詳しいことを何も教えてくれなかった。
ただ、それが魔族にとって強大な力の源になる――としか。
先発隊はあるかどうかも判らない石を求めて、惑星ボルドへ降り立ったのだ。
だが、そのこと自体、第二小隊の副官ペテルギウスは後悔していない。
後悔しているとすれば、それは今の状況。
予想外の損害を出して、キリガ樹海の奥へ迷い込んでしまった事だった。
さらに奥を探索したいと申し出るアルタスに、クォードの返事は渋いもので。
結局、全小隊は退却を余儀なくされる。
退却といっても、ただ逃げ帰るわけではないのが、一応の救いではあった。
「この石――仮に生命の石、とでも名付けておこうか。この石の情報を上へ伝える為にも、我々は一度森を抜ける必要がある」
アルタスが場を仕切り、その横ではクォードも同意する。
「あぁ、戦力の消耗も激しいしな。一旦森を出なきゃ何もできねぇ」
「けど、どうやって出るのでありますか?」
第一小隊の副官、通称名無し。本日の名前はイユが心細そうに、頭上を見上げる。
空は生い茂った葉で覆われていた。
そのせいで森全体は薄暗く、今が昼なのか夜になったのかも見当つかない。
切っても切っても、たちまちのうちに生え替わる嫌な木々だ。
おまけに意志でも持っているのか、こちらに向かって襲いかかってきもする。
今、この場所では森は静かだった。
生命の息吹が聞こえなければ、木も襲いかかってこない。
この場を離れれば、きっと木々はまた襲いかかってくる。
先ほど出会った自称古代レジェンダーは最後に、こう言い残した。

――加護なき貴様らは、この先戻ることも進むことも叶わぬ

木々が襲ってくるのは、彼の意志なのかもしれない。
ならば古代レジェンダーを見つけ出して倒す、それも一度は考えたが。
クォードが反対した。
「戦力不足だ。俺達とお前の隊を併せても、あいつに勝てるかどうかは怪しいもんだぜ」
「どうしたんだ?君にしては随分と弱気じゃないか」
アルタスの軽口に眉をひそめ、逆にクォードが言い返してくる。
「そっちこそ、お前にしちゃあ楽観的だな。未確認種族だぞ?用心するのは当然だろ」
なにしろ古代レジェンダーなど、聞いたことも見たこともない。
魔力の有無はもとより、自分達より強いのか弱いのかも判らない。
この惑星の原住民はレジェンダーだけのはずだ。魔力を持たず、ひ弱な戦闘力の。
「僕が楽観的……そう見えるのなら、あの石のおかげかもしれない」
アルタスが生命の石と名付けた石を振り返る。
不思議な言い分には、ペテルギウスもクォードも首を傾げた。
「あの石のおかげ?」
「そうだ」と彼は頷き、優しげな微笑みを口元に浮かべる。
「確信したのだよ。僕らは必ず生きてこの森を脱出できる。石が教えてくれたんだ」
「おいおい、大丈夫か?」
小馬鹿にするクォードとは異なり、ペテルギウスはアルタスの横に立つと同じく石を仰ぎ見た。
「アルタス様がおっしゃりたいこと……なんとなく、判ります。あの石が私達に何かを伝えようとしているように感じられました、私にも」
彼女までおかしなことを言い出した。
頭を抱えるクォードの側へ近づくと、イユがこっそり耳打ちする。
「クォード様も抱きついたのでありますよね?石は、何かメッセージを届けてくれましたか?」
メッセージ。
メッセージと呼んでいいのか判らないが、脳裏に浮かんだイメージならある。
だが、それを誰かに話すのは躊躇われた。
クォードが思い浮かべたのは個人的なものだ。
とても大切な、心の奥にしまい込まれた人物の顔。
イユみたいなトンチンカンな奴に話したところで、何になるというのか。
思い出まで汚されてしまいそうだ。
「……よし、ならアルタス、お前の予想を信じて森を抜けるとするか」
「僕の予想ではない。この石の」
「行くぞ!」
アルタスの言葉を途中で聞き流し、クォードが号令をかける。
待機していた部下達が一斉に立ち上がり、入ってきた穴を抜け出た、その直後。
森の様子が一変した。
「あぎぁ!!」
先頭の奴がひっ潰れた悲鳴をあげて、空中に放り投げられる。
「またかよ!」と誰かが叫んだ。
クォードの位置からでも確認できる、一歩抜け出た面々を森の木々が襲っている様子が。
「生きて帰れるかどうかも怪しくなってきたな」
ポツリと呟くクォードに、アルタスは言った。
「大丈夫だ。例え僕と君の二人だけになったとしても、情報は必ず持ち帰る」
クォードは彼をジロリと睨みつけ、吐き捨てた。
「不吉な事、言ってんじゃねぇよ。生きて帰れるんだろ?全滅以外の方法を考えろ」
言うや否や、走り出す。
部下を犠牲にしながら進むのは、命の無駄遣いでしかない。
強い奴が前に出て露払いする。そのほうが、きっと効率もいいはずだ。
「お前ら、どいてろ!一気に吹き飛ばしてやるぜ!!」
ありったけの魔力を掌に集めると、全てを前方へ解き放った。
魔力の弾は一直線に飛んでゆき、前方の樹木をあらかた吹っ飛ばす。
逃げ遅れた仲間も吹っ飛んだが、多少の犠牲は仕方ない。
逃げろと忠告したのに、もたついているのが悪いのだ。
「急げ!走るぞ、全速力で突破する!!」
アルタスも号令をかけ、全軍が動き出す。
誰もが必死の形相で、クォードの開けた一本の道をめがけて走り出した。

一方的に別れを切り出され、アミュが去っていった後も。
ヒューイは長らく、動けずにいた。
完全に腰を抜かしていた。
圧倒的な強さに畏怖して、動けなくなった。
周りには、ホルゲイの死体が転がっている。
どいつもこいつも、とっくに事切れていた。
どの顔にも驚愕が張り付いている。
恐らくは、何が起きたのかも判らないまま死んでいったのだろう。
一番近くに倒れている奴は、頭から股まで一刀両断されている。
断末魔をあげる暇もなかったに違いない。
憎むべき相手でありながら、ヒューイは彼らを哀れに思った。
ここに来なければ、死んだりせずに済んだかもしれないのに。
彼らは、ホルゲイ達は何故、レジェンダーのいる大地へ現れたのだろう。
唐突に襲いかかってくるから、憎むしかなかったけれど。
改めて、彼らの目的についてヒューイは考える。
何故レジェンダーを襲うのか、何故この地にやってきたのか。
疑問だらけだ。それに答えてくれるホルゲイがいるかどうかも、判らない。
彼らとは話し合いができないものだろうか。
少し考え、ヒューイはニ、三度首を振って項垂れる。
クォン村の出来事を思い出したのだ。
大人達が何人かホルゲイと話し合いをすると出て行って、それっきりになったではないか。
やはり彼らは憎むべき相手であり、倒さなければいけない敵だ。
彼らを倒す手がかりなら、アミュとの戦いで命を落としたフィスタが残してくれた。
奇跡の石を用いて、ホルゲイとフィスタを倒す武器を作っている者がいる――
彼らを捜し出すのが、今の自分の目的だとヒューイは考えた。
たった一人で旅をしなければならない恐怖は、ある。
それでも、一人で旅に出なければならなかった。
自分の内にある疑問を解消する為にも、そして奇跡の石を探す為にも。
がくがくと震える足を叩き、ようやくヒューイは立ち上がる。
アミュは、もういない。完全に独りぼっちだ。
誰もいない、大都市の入り口で独りぼっち。
急に心細くなり、ヒューイは己の細い体を両手で抱きしめた。
冷たい風が背中を押してくる。
ホルゲイ達の生み出した血だまりを踏まないようにしながら、ヒューイはこっそり歩き出した。
足音を忍ばせ、誰にも自分の居場所を知られまいとするように。
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