Friend of Friend's

13.Trick or Treat?

十月三十一日。今日も朝っぱらからトシローのテンションは高い。
「オーッス、クロード!トリック・オア・トリート?」
「ハイ?」
「いや、だからトリック・オア・トリートだよ、トリック・オア・トリート」
「何それ、早口言葉?」
「なんだよ、ハロウィンも知らねーのかよ、おっくれてんなーッ」
学校へ行く時間より三時間も前に、人の部屋を訪問してきた近所迷惑な奴に言われる筋合いはない。
通学路で彼の言うことにゃ。
「いや、さぁ。サカキンが今日ハロウィンイベントやらないかって俺を誘ってきたんだよ。判るか?あのサカキンが、俺をだぞ!これってやっぱフラグかなぁ、フラグ。どうせ立つならユッキーちゃんとのほうが良かったけど、あっ、でもサカキンが嫌いってんじゃないからな、誤解すんなよな!」
「フラグって何の?」
「バカ、言わせんなよ恥ずかしい!フラグっつったら恋愛フラグに決まってんだろ!?」
「そいつだけァ間違っても立たねぇから安心しろ、トシロー」
「何をォォ!?ハン、脳筋空手マンに恋愛の何が判るってんだ!」
「おはよ、栃木」
「ウス。で?こいつは朝から何を舞い上がってんだ」
「ハロウィンだって。酒木さんにハロウィンやらないかって誘われたらしい」
「ヘェ、去年は誘われなかったのにか?」
「うるせーよ!きっとサカキンもさぁ、オトコのいない寂しさに気づいたんだよ……ヘヘッ、俺という優しい男が身近にいる」
「栃木、ハロウィンって具体的には何をするイベントなんだ?」
「そいつを俺に聞くのか?酒木が知ってるってんなら、酒木に聞いた方が早いだろ」
「コラーァ!お前ら、俺の話を聞けェー!!」
「ハイハイ、恋愛フラグでも死亡フラグでも好きに立ててろよ、お前は」
「死亡フラグは駄目だろ、立てたら死んじゃうだろ俺が!」
なんて騒ぎながら、チャイムが鳴る前に教室へと到着した。

「恋愛フラグ?冗談は顔だけにしときなさいよね、ヒビキン」
夕方。
合流した三人の前で、いとも簡単にフラグとやらをへし折ってくれると、酒木は話し始めた。
「今年いきなりハロウィンをやろうって思い立ったのは、例の貧乏兄妹と知りあったからよ」
「び、びんぼー兄妹っすか……」
「直球だな」
「だって、あの二人ってクリスマスもハロウィンも、正月すらスルーしてそうじゃない?それって哀れよね」
「いや、哀れって。そこは可哀想って言ってあげるべきじゃ」
「どっちでも一緒よ。だからね、あの二人にも楽しい想い出を作ってあげるのよ。私達で!」
「なんで急に慈愛に目覚めたんだ?」
「別に、いいでしょ。昨日、やろうって不意に思いついたんだから」
「なんだ、思いつきか」
「悪かったわねぇ。でもイベントって大抵そんなもんでしょ、やろうって思わなきゃやらないもんだし」
「そんで?具体的には何をやるんだ?里見ちゃん達巻き込んで」
「もちろん王道でいくわよ、王道で。Trick or Treat?ってあいつらの家を訪問してやるのよ」
「おいおい、貧乏兄妹から菓子をたかる気か?」
「違うわよ。お菓子をもらうんじゃなくて、あげるの。あいつら、お菓子だって満足に食べれてなさそうじゃない?」
「いやぁ……そこまでは貧乏でもないんじゃないかなぁ」
「そうかしら?でも、きっと俊平くんのほうは我慢が多かったと思うのよね」
「俊平くん?」
「俊平くんっ!?」
「お前、いつからファーストネーム呼びするほど、あいつと親しく」
「そこに食いつくわけ?あんた達。どっちも火浦で紛らわしいから名前で呼んだだけでしょーがっ」
「ゴメンゴメン、つい。あ、それはそうと、やっぱ仮装していくのか?ハロウィンだし」
「当然でしょ。あたしは魔女、栃木くんは狼男、ヒビキンは狸囃子、黒鵜戸くんはゴーストなんてどうかしら」
「なんで俺だけ和風!?」
「俺がゴーストって、どうして?」
「え?だって、影が薄いから」
「薄くて悪かったな!!」
「まぁまぁ、いいから何にでも着替えて、さっさと出かけようぜ」
「ハイ先生、栃木くんだけマトモでズルイでーす」
「意見は却下します!さぁ、ハンズに行くわよっ」
「今から衣装調達すんの!?」
「トーゼンでしょ!出来合いの衣装を買って駅のトイレで着替えんのよ」
こうして、行き当たりばったりなハロウィンイベントが開始されたのである。

「やだー、カワイイじゃない栃木くん!」
「お前……これ、絶対狙っただろ?」
「ブッ……い、いや、ナイス栃木」
「いいじゃんケースケ、似合ってるよ!その格好でキャバレーの看板持てばバッチリだ!一時間千円ポッキリで」
「お前ら……」
ヒゲヅラin狼着ぐるみな栃木に、黒鵜戸もトシローも笑いを隠せない。
だが茶色の全身タイツな狸耳トシローや白いシーツを頭からスッポリ被った黒鵜戸と比べれば、まだ栃木のほうがマシと言えよう。
酒木の魔女は、もちろん出来合いの魔女コスプレ衣装である。
これだけが妙にキマッていて悔しい。
「俺もヴァンパイアが良かったなー」
「ヒビキンがヴァンパイア?それ以上太って、どうするつもりなの」
「ヴァンパイアって太ってたっけ?」
「違うわよ、血を吸ってブクブクに太るって意味」
「想像力豊かすぎだろ、サカキンはー!蚊じゃあるまいし、吸血鬼だってブクブク太るほど吸わないっつーの」
「それより、この格好で街の中を歩くのって恥ずかしいんだけど……」
「何言ってんの、黒鵜戸くん。ハロウィンは訪問しに行くところから家に帰るまでがハロウィンなのよ」
「遠足みたいだな」
「イベントってなぁ、そんなもんなのよ!さぁ、行くわよ皆の衆!」
「張り切ってるなぁ〜。あ、ところでクロード、それ、前見えてんの?」
「まぁ、うすぼんやりとは」
「危ねぇな……どら、穴開けてやっから動くんじゃないぞ」
「サンキュ」
「何やってんのぉ!?皆、ほらぁ、いくわよっ」
「おーい、ハロウィン奉行様が騒いでるぞ」
「判った判った、後から行くって言っとけ」
「あだッ」
「あ、悪ィ。どこが目だ?」
「も〜、手際悪いったらないわねぇ!貸してごらんなさい」
ジョキジョキ切られて目だけ出したゴーストのコスプレは、なんとなく職質ルートを連想させる。
しかし一人だけまともな格好をした酒木は気にせず、奇怪な一行を引き連れて火浦のアパートへ直行したのだった。
「ハロー、火浦くーん、いますかー?」
「おい、チャイムあるんだからそっち鳴らしてやれよ。近所迷惑だろうが」
「これだから物を知らない素人は困るわ。扉越しに声をかけるのがハロウィンの挨拶なのよ」
「そうなのか。おーい!火浦、おーい!」
「違うだろクロード、こうだよ、こう。トリック・オア・トリート!」
「火浦さーん、ご在宅ですかぁ?Trick or Treat?」
「火浦ー、いるなら返事しろや」
「ひーうーらーくぅぅんっっ!!」
「留守なのかな……?」
「そんなハズないわ。いつも、この時間なら必ず家にいるって言ってたもの」
「い、いつ確認したんだ?そんなの」
「いつだっていいでしょ。トリーック・オア・トリィィィート!!!!
うるせェッ!!!!
「わぁ!」
「ひゃあ!!」
「何よ、いたんなら、さっさと開けなさいよね」
やっと開いたと思ったら、不機嫌そうに火浦が顔を出す。
濡れた髪や上半身裸な様子からも、何をしていたのかは一目瞭然だ。
「風呂入ってたんだよ、開けられるわきゃねーだろが」
「なんだよ、じゃあ里見ちゃんに頼んで出てもらえばよかったのに」
「あー?里見ならいねェよ、あいつ、今日ハロウィンだってんでダチんとこ転がりこんでる」
「あら、そ。まぁいいわ、私達はあなたに用があったんですからね」
「え?びんぼ、もとい、兄妹に用があるって言わなかったっけ」
「Trick or Treat!お菓子にする?それとも、ベッド?それともォ……イ・タ・ズ・ラ?」
「なんだ、そりゃ」
「何よォ、ノリ悪いわねぇ。ハロウィンに決まってるじゃない」
「ハロウィンなのは知ってっけどよ、なんで新婚風味なんだ」
「その場のノリよ。とにかく、お菓子とイタズラ。どっちか選びなさい」
「んじゃあ、イタズラで」
「よーし!額に肉って書こうぜ、額に!」
「いいえ、ここは全裸に剥いて手足縛って公園に放置でしょ」
「お前ら、イタズラって範疇越えているぞ……それ」
「大体お菓子っつったって用意してねーぞ、ンなモン」
「あ、違う違う。ハイ、これ」
「なんだ?」
「お菓子。お菓子もらうか、イタズラされるか?って聞くつもりだったんだ、ホントは」
「なんだよ、押し売りハロウィンってか」
「ハハ、まぁ。考えたのは酒木さんだけどね」
「で?イタズラを選んだら、お前は何をするつもりだったんだ」
「え?あー……いや、考えてなかった」
「なんだよ、しっかりしてくれよ幽霊さんっ」
「あ、これゴーストだって判ってくれるんだ」
「幽霊じゃなかったら何だってんだ?シーツオバケか?」
「あーっ、ゴホン!お前に対するイタズラ案がまとまったので言うぞ」
「あァ?なんだよ、人が話してっとこに横入りしてくんじゃねーよ脳筋が」
「額に肉と書いて全裸に剥いてジャングルジムに大股開きで拘束して一晩放置の刑だ!」
「ミックスしとるー!?」
「あんたが一番外道じゃないのよ!あ、でもジャングルジムに拘束される火浦くん……いいわね、その構図」
「よかねーだろ。風邪ひいたら、どうしてくれんだ明日のバイト」
「そして拘束された火浦くんを意地悪な言葉責めでいたぶりながら愛撫しまくる黒鵜戸くん……萌える、萌えるわっ!」
「おーい、サカキン戻ってこぉぉ〜い」
「てゆーか、あくまでも相手は俺なんだ、酒木さんの中では」
「ま、腐女子の暴走は置いといて、だ。俺を裸に剥こうってんなら全力で抵抗させてもらうぜ」
「いやいやいや!戦ったりしないし、そもそも、やんないから!」
「じゃあ、何やんだ?イタズラ」
「額に肉で勘弁しとくか?」
「いや、それも明日までに落ちなかったら悲惨だから……」
ぐいっと火浦のほっぺを引っつかみ、タッテタテヨッコヨッコ、ブルドック〜♪とやってから、放す黒鵜戸。
「これぐらいで」
「あら、優し〜わねェクロードちゃん」
「何が優しいもんかよ、思いっきり引っ張りやがって。だが、まァ、全裸で公園放置よかァマシだよな」
「一応これも、受け取ってくれよ。妹さんと一緒に食べてくれ」
「おぅ、サンキュー」
「じゃあ。帰ろう、トシロー、栃木」
「いいけど、よ。ありゃあ、どうすんだ」
栃木が指を指した方向には、未だ腐妄想で一人盛り上がる酒木ウィッチの姿が。
「いいよいいよ、ほっとけ。そのうち目が冷めるだろ」
「じゃあ。火浦も、またな」
「あぁ、じゃーな」
酒木が腐な夢から覚めたのは、火浦家の灯りが消えた後だったという……
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