Friend of Friend's

12.ア゙ーッ!夏祭り

高校最後の夏が来た。
これまでの夏ならば、新学期の前日まで部活に励んでいただろう。
最後の秋大会へ向けて。
しかし、今年の栃木 啓介の夏は違った。
友達に誘われたのだ、一緒に夏祭りへ行かないか――と。
誘われた日付は合宿期間と、モロにバッティングしていた。
だが、彼には断ることなど出来なかった。
何故ならば、誘ってくれた友達とは黒鵜戸に他ならなかったからである。
「よー」
「オス」
「おっ、ケースケじゃん。よく抜けてこれたなー、合宿!」
「新部長に無理言ってな。無理矢理抜けてきた」
「まっ、どーせ三年は秋で終わりだもんな。野球と違ってプロもねーし、実業団には行かねーんだろ?」
「あぁ」
「そういや、皆、進路ってもう決めてあるのか?」
「えーっ!?まさか、まだ決まってないのか!?クロードッ」
「えっ、あ、まぁ……」
「そういうトシロー、お前こそ決まってんのかよ?」
「俺?俺はもちろん、アニメーターだっ!アニメーターになって声優と結婚する!!」
「妄想は、いいから」
「妄想じゃねーよ!で?ケースケは進路どこなんだよ、就職か?進学か?」
「日大、受けようと思っている」
「日大ねぇ〜。なんか、コテコテだな」
「お前の寿結婚アニメーター計画よかァ、断然マシだ」
「何をー!?」
「ままま、いいから、いいから」
「何がいいからなんだよ、クロード!」
「さっ、酒木さん達、遅いな〜っ」
「そりゃ〜、サカキンもユッキィも女の子だからな。着替えに時間かかってんだろ」
「本当に浴衣で来ると思う?」
「一応、俺の浴衣姿を送っといたから大丈夫だろ」
「おぉぉっ!さすがトシロー、グッジョブ!グッジョブ!!」
「へっへー、褒めても何もでないぜ?チミ達」
女子の浴衣予想で浮かれる二人の会話には加わらず、栃木は黒鵜戸を上から下まで眺め回す。
青地に波目模様の浴衣が、とてもよく似合っている。
なにげにトシローの茶色い浴衣と揃い模様なのは気にくわないが、多分、二人で一緒に買ってきたんだろう。
どうせなら、自分も誘ってくれれば良かったのに。
でも、合宿前で連絡が取れなくなっていたんだったと栃木は思い出す。
「しかし、なんで浴衣着用厳守だったんだ?」
「そりゃ〜、決まってんだろ?あのサカキンを納得させる為の理由づけだ」
「お前、そこまでして、あいつらに浴衣を着せたかったのかよ……」
「当然だ!夏祭りと言えば、浴衣!と、こないだ立ち読みした雑誌にも書いてあった!!」
トシローはともかく黒鵜戸までもに鼻息荒く語られて、栃木は閉口する。
この頃の彼は、だんだんトシローと似てきたんじゃないだろうか。
出会って初めの頃は、もっと純で可愛いところもあったのだが。
「大体、何だよケースケ、そのだらしねーカッコ!どっかのチンピラヤクザじゃんっ。俺みたいにビシッと着こなせないもんかねぇ〜」
「あぁ、帯を解いたら気持ちよく回転しそうだよな、お前は」
「あ〜れ〜、お代官様お許しを……って、俺は正月のコマかっつーの!」
「時代劇じゃないんだ、そこのツッコミ」
「よせよ、何が悲しゅーてケースケとお代官様ゴッコしなきゃいけないんだ?」
浴衣を着てこい、というのはトシローの提案だ。
だから言った本人も栃木も黒鵜戸も浴衣を着てきたのだが、トシローはピッチピチの着こなしで、ミニおすもうさんと言っても言い過ぎではない。
帯を勢いよく引っ張ったら本当にクルクル回りそうに見えるから、すれ違う人達も笑いを堪えるのに必死である。
だが栃木は栃木で胸元を大きく開けている上、ヒゲヅラの強面だから、トシローのチンピラヤクザ発言は実に的を射ていた。
「結局俺が一番マトモってこと?」
「無難っていうんだよ、クロードの場合は!」
「まぁな。……だが、男の色気ってもんを感じるぜ」
「あ、ありがとう……なんだよね?褒めてくれたんだよな?今の」
「あぁ」
「ケッ。ケースケに褒められたってなぁ〜?」
そこへ、カラコロと下駄を鳴らして二人の少女が近づいてくる。
酒木は真っ赤な生地に金魚の泳いだ浴衣、池上は淡い白と対照的な色合いだ。
「ハァイ。三バカトリオ、お元気?」
「ウヒョ〜!待ってました、美女コンビ!」
「あらあら、おだてたってビタ一銭も払わないわよォ?ヒビキン」
「い、いや、別にお金は欲しくないんじゃないかな……トシローも……」
「お久しぶりです、皆さん」
「よォ」
「栃木さん、合宿は抜け出して大丈夫なんですか?」
「あ、こいつ部長に土下座して快く抜けさせてもらったからダイジョーブ、ダイジョーブ!」
「おい、土下座までは」
「しっかし、あんた達って死ぬほど浴衣が似合わないわねェ。強いて言えば栃木くんぐらいじゃない?似合ってんの」
「ケースケ!?よりによって、ケースケが浴衣着こなしNo1なのか?サカキンのセンスだと!」
「強いて言えばっつってんでしょ」
「でも酒木さん達も、よく来てくれたよね。イベント疲れで来てくれないかと」
「あたし達の体力をナメんじゃないわよ、黒鵜戸くん。あたし達がダウンするぐらいなら、そこのオデブは家でくたばってるトコじゃない?」
「お、オデブって俺のこと!?」
「それに、今年は早い時期に終わりましたし……」
「へェー。じゃ、二人とも暇だったのか?」
「なワケないでしょ。あたしとユッキーは夏期講習受けてるわよ、そこの暇人二人と一緒にしないでくれる?でも、前もってこの日は休みにしてもらってあるから、その辺の心配は無用よ」
「んじゃあ、今日は一日いっぱいお祭り参加できるってわけだな!よっしゃー、そうと決まったら!神社まで駆け足だーっ」
「おいおい、何張り切ってんだよ?ガキじゃあるまいし」
「いくぞクロード、ついてこぉい!」
「あっ、浴衣で走ったら危な……くないか、ヒビキンなら。コケても分厚い脂肪で何とかなりそうね」
「ユイナちゃんってば!……栃木さん、黒鵜戸さんも、ゆっくり行きましょう?お祭りは、まだ始まっていないみたいですし」
「あぁ」
「うん」
トシローだけが元気に走っていき、他の皆はゆっくり歩いていく。
やがて途中でへたばったトシローと合流し、神社へ続く石段をのんびり登っていった。


待ち合わせ場所で集まった時は、まだ空も明るかったけれど、石段を登り終える頃には日も、ぼちぼち暮れてきた。
テープによる祭り囃子が繰り返し鳴り響く中、提灯で照らされた細道を歩きながら。
「っしゃあ!景品一段オォル、ゲットォォ!!」
行く先々の屋台、特に景品を狙うゲーム系の屋台では、酒木の一人舞台が繰り広げられた。
「ユイナちゃん、すっごーい!八個全部、取っちゃったよ〜」
「フッ。スナイパー結菜と呼んで貰おうかしら」
「おい、俺らは先行っていいか?」
「どうぞどうぞ。つーか、あんた達てんでダメねぇ。男のくせに銃も当てらんないのォ?」
「酒木さんが凄すぎるんだよ」
真ん中の棚だけ空っぽなのは、酒木がスリーコインで根こそぎ景品をかっさらったからだ。
酒木へ拍手喝采している射的屋台のオッサンが心なしか涙目になっているのは、けして目の錯覚ではあるまい。
「ケースケなんか上手そうなのにな」
「それを言うなら、お前のほうが得意なんじゃねーのか?よくゲームでやってんだろうが、黒鵜戸と一緒に」
「ゲームと実際に撃つのは、だいぶ違うよ」
「ハイハイ、負け惜しみ乙。いいから、あんた達はかき氷でも貪ってなさい。ユッキー、次は金魚すくい行くわよ、金魚すくい!」
「えっ、あっ、待ってユイナちゃん!」
「あぁぁぁ〜!ユッキィ、待ってぇ〜っ。俺も一緒に行くゥ」
金魚屋台へダッシュする酒木につられて池上も走り出し、ついでにトシローも後を追いかけていった。
トシローを追いかけようと黒鵜戸も走りかけたが、その腕を掴まれた。
「栃木?早く追いかけないと、皆とはぐれちゃうぞ」
「……ンンッ。たまには、俺達だけで行動するってのも、悪かないんじゃねぇか?」
咳払いして、ちらりと視線を外す。
いつもとは違う態度の栃木に黒鵜戸は怪訝に思ったのだが、小さく「ま、嫌なら無理にとは言わねぇが」と呟いたのを耳にして、気が変わった。
「や、嫌じゃないけど。そうだな、今日は二人で遊ぼう」
傍目には常に三人一緒で遊んでいるように見えるかもしれない。
だが実際には栃木よりもトシローのほうが、ずっと黒鵜戸と一緒にいる時間が長い。
トシローと黒鵜戸が帰宅部なのに対し、栃木だけが空手部に所属しているせいだ。
トシローだけを依怙贔屓しているつもりはない。
黒鵜戸にしてみれば、どちらも同じぐらい大切な友達だ。
しかし――それは、あくまでも黒鵜戸の視点で考えた場合の話である。
栃木の視点で考えてみたら、どうだろう?
栃木が部活で汗を流している間、黒鵜戸とトシローはいつも一緒に下校して、ゲームで遊んだりビデオを見たりしている。
きっと自分だけ、のけ者にされているような気分になるんじゃないだろうか。
正直、なんで栃木は自分達と一緒にいてくれるんだろう?と、黒鵜戸は疑問に思わないでもない。
家が近いわけでなし、趣味も全く合うものがない。
栃木のほうからトシローの趣味へ歩み寄ったこともない。
空手に誘われたことはあるが、トシローは勿論のこと、黒鵜戸にもイマイチ興味のわかない対象だった。
屋上で不良に絡まれるハプニングなど起きなかったら恐らく一生、黒鵜戸とは出会うこともなかった人物なのだ、栃木という男は。
それが、なんとなくこうやって仲良くやっているんだから、人の縁とは判らないものだ。
「なぁ」
「……なんだ?」
「栃木ってさ、どうして俺らとつるもうって気になったの?」
「どうして、って。まァ……お前らに興味があったから、かな。何で今頃になって聞くんだよ、んな事」
「いやぁ、なかなか聞ける機会ないじゃん、こういうのって」
「そりゃあ、まァ、そうだな。じゃ、じゃあ、俺からも聞いていいか?」
「何?」
「お前、なんで俺と友達になろうって思ったんだ?」
「なんで、って……」
少し戸惑いを見せた後、黒鵜戸はポツリと答える。
「……お、恩人だし」
だが、せっかく勇気を出して言ったのに、当の恩人は「恩人?」と首を傾げているではないか。
「覚えてないのかよ!?助けてくれたじゃないか、屋上で!初めて会った時!!」
「あぁ、あの時の話か。あんなの、恩に着るほどのこっちゃねーだろ」
「ほどのこっちゃなくても思ったんだよ!お前は俺にとって恩人なんだッ」
言い返しながら、あぁ、俺って今顔真っ赤なんだろうなぁと黒鵜戸は自分でも恥ずかしくなる。
恥ずかしいのは栃木も同じなのか、どこか視線を遠くに向けながら、彼は言った。
「そいつァ、どうも。で、友達になろうって思ったのは恩人だからって、そんだけの理由なのか?」
「そんなことないよ。お、俺も……お前に興味、あったし」
「どんな風に?」
振り向いた栃木の顔は意外や大真面目で、冗談で何か言おうとしていた黒鵜戸は、その言葉を飲み込んだ。
「どっ、どんな風って……?」
「色々あるだろ、友達としてなのか……それとも家族のように思っているのか、或いは」
「或いは……?」と先を促してみたのだが、栃木は、それっきり黙ってしまい、やがてヒュルルル〜と気の抜けた音が何処からか響いてきたかと思うと、夜空に大輪の花を咲かせた。
「あっ、もう花火の時間!?」
「らしいな」
「どうしよ、トシローや酒木さんを探さないと!」
きょろきょろする黒鵜戸に「今日は」と栃木が語気を強める。
「二人でいるって約束しただろ」
「あ……そ、そうだっけ」
「そうだ。お前、人を恩人呼ばわりする割には、全っ然、俺の話を覚えちゃいねぇよな」
「そ、そんなことないよ」
「じゃあ俺が出会って二日目、お前に向かって最初に言った言葉、覚えているか?あぁ、もちろん挨拶以外で」
「そんなの!覚えているほうがおかしいだろ!?」
「……やっぱ、そんなもんか」
「そ、そんなもんって……ご、ごめん!なんて言ったか教えてくれる?」
「いや、気にすんな。どうせ全部独り言だ」
「だから、ごめんって!教えてくれなきゃ気になって仕方ないじゃないかー!!」
「いいから上見ろよ、上。花火、綺麗だぞ」
「栃木ィ〜ッ」
後ろから組みついてくる黒鵜戸へ、栃木が手を伸ばす。
彼が文句を言わないのをいいことに、腕、腰、太ももと浴衣の上から触ってみた。
見た目以上に細い体だ。
いや、同級生としては平均値なのかもしれない。
自分と比べたら皆もやしっ子だろう、トシロー以外は。
花火の音に紛れて、栃木のくちが動く。
「……言ったんだ」
「えっ?」
「俺も、お前が気に入った。そう、言ったんだ」
「俺、も……?」
「あぁ。先に言ったのは、お前だろ?俺を気に入ったから、部活見学に来た……ってな。だから、俺も言い返したんだ。俺も、お前が気に入ったって」
「あ……」
当然ながら黒鵜戸は自分がそんなことを言ったなんて、この瞬間、栃木に聞かされるまでスッカラカンと忘れていたのだが、出会って二日目の些細な会話を未だに覚えている栃木の記憶力には、すっかり感服つかまつったのだった。
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