Friend of Friend's

8.想い出は走馬燈

春休みになった。
二週間ほどの短い休みだというので、トシローは毎日アニメイトなるアニメショップに通い詰めている。
よく資金が続くなぁ、毎日何を買っているんだ、と疑問は尽きないが、買い物で散財するのは彼の勝手である。
栃木は学校が休みでも部活は休むことなく、毎日練習に顔を出しているようだ。
従って、部活に入っておらずトシローのように決まった趣味もない黒鵜戸は、休みを一人で過ごす日が多くなる。
これでは、せっかくの長期休暇も、つまらない。
別に友達が彼ら二人しかいないわけでもないのだが、約束無しで即誘える相手となると、これがなかなか。
――そうしたわけで。
黒鵜戸は毎日、何をするでもなく、アパートでボーッと新聞を読んだりして過ごしていた。
この日も朝刊を広げて読んでいると、玄関のチャイムが鳴る。
「はーいはいはい」
どうせ例の伯父を名乗る男からの郵便だろと考えながら黒鵜戸が扉を開けると、そこにいたのは何と。
「……よぉ」
「火浦!」
春休みに入る前から、ご無沙汰だった友達の火浦であった。
大勢で押しかけて彼の妹を泣かせるハメになった際、ずっと仲違いしたっきりだった。
それが何故、春休みも中頃になった今になって、黒鵜戸の家へやってきたのだろうか?
「これ、土産だ……やる」
ボンッと手渡された箱は、カステラだった。
それも長崎の福砂屋だ。
「あ、ありがとう。でも土産なんて、別にいらねーのに」
「……こないだの」と、どこまでも気まずそうに視線を外したまま、火浦が言う。
「詫びだ」
「詫び?」
「……あぁ。勝手に勘違いして、怒鳴ったりして悪かったな」
「えっ!?い、いや、でもあれは俺達が騒いだのも悪かったんだし」
「けど、お前は虐めてなかったんだろ。里見のこと」
「え……ま、まぁ……」
「なら、お前だけは別だ。他の奴ら、特に酒木って女は絶対許さねぇが」
「あ、あの……トシローと栃木も里見さんを虐めてないんで、ヨロシク」
「あの二人も?じゃあ、里見を虐めたってのは酒木って女だけだったのか?」
一体、どういう風に兄へ伝えたんだろう。里見ちゃんは。
ともあれ誤解が解けたのは、良いことだ。
黒鵜戸は大きく溜息を吐く。
「う、うん、まぁ」
「どういう関係なんだ?」
「えっ?関係って」
「あのクソ女と、お前の関係だよ。あんなのとダチやってんのか?」
「えー、っと。あの人はトシローの友達なんだ」
「トシローって、あのデブか?眼鏡女とデブがダチッてか」
「そうそう。二人ともアニメが好きで、一緒にイベント行ったりするっていう」
「フーン、オタクってやつか。なるほどねぇ」
なにがナルホドなのかは判らないが、火浦はしきりに顎をさすっている。
「それで眼鏡女とデブってわけか。ナットクだぜ」
「そ、そう?」
「で?」
「でっ、て?」
「栃木ってのは、誰のダチだ」
「あ、俺の。栃木とは学校が一緒で、あ、トシローもだけど。俺達、同級生なんだ」
そういえば、学校外の誰かに友達について説明するのは初めてだと黒鵜戸は気づく。
なんだか新鮮な気分だ。
「同級生?なるほど、クラス繋がりか……それでデブオタと、お前がダチにねぇ。んで、栃木もオタクってやつか?」
「あ、違う違う。栃木は空手部に所属しているんだ。どっちかっつーと体動かす系?」
「へぇ……黒帯か?」
「えっ、さぁ。俺、空手については全然わかんねーから」
「わかんねーのに、何でダチやってんだ」
「いや、何でって……」
問われて、黒鵜戸は栃木との馴れ初めを思い出す。
それは、こんな感じで始まった――


偏差値平均の平凡な松原高校にも、出来の悪い生徒というのは存在する。
転校してきたばかりの黒鵜戸が、そういった輩と遭遇してしまったのは、ほんの偶然だった。
どこまでも続く階段に興味を示し、最上階まで登ってみたら屋上へ出た。
そこで煙草を吸って、タムロッている連中と出くわしたのだ。
そこからは「何ジロジロ見てんだ?」と、さしてジロジロ見た覚えもないのに因縁をつけられて、何を言っても暖簾に腕押し、言葉の通じない会話に黒鵜戸が、ほとほと困っていた矢先、横合いから助け船を出してくれたのが栃木 啓祐であった。
栃木に対しても屁理屈で向かっていった挙げ句、最終的には暴力手段に及んだ不良達だったが、ものの五分とかからぬうちに栃木は全員を叩きのめしてしまった。
助けたことを恩にきせるでもなく、さっさと立ち去ろうとする彼を呼び止め、互いに簡単な自己紹介をして、なんとなく毎日話をするようになり、今に至るというわけだ。


――といった旨を火浦に話すと、彼も感心したように「ふぅん」と呻った。
「栃木ってのはオトコだな」
「え、うん。男だけど」
「いや、そーじゃねーよ。男の中の男ってこった。硬派ってやつだ」
「あ、クラスの皆もソレ、よく言ってる!栃木は硬派だって。あと、一年生達も何人か」
「栃木とはつきあっといた方がいいんじゃねーの?お前」
「いや、まぁ、うん。トシローとも友達だけど」
「いや、トシローはいらねーだろ」
「なんで?」
「あのクソ女のダチじゃねーか、デブオタは。それにオタクとつきあってっと、お前もオタクに見られっぞ?」
「別にいいけど。それに俺、酒木とは多分……仲良く出来ないような、気がする」
「けど、デブは眼鏡女と仲イイんだろ」
「友達の友達は、別に俺の友達ってわけじゃない。だろ?」
「あぁ……まぁ、うん。そうだな」
「けど、栃木やトシローとは火浦も仲良くしてほしいな。友達の友達だからってんじゃなくて、フツーに友達として」
「俺が、あいつらと?なんで」
「二人ともイイヤツだからだよ。きっと火浦も仲良くなれる」
「どうかねぇ〜。栃木って奴はともかく、俺ァキモオタと仲良くする趣味なんか、ねぇぜ?」
何故か判らないけど、火浦はオタクを嫌っているようだ。
一般社会におけるオタクに対する偏見で、凝り固まっているのかもしれない。
或いは、トシローと酒木が友達だから?
なんにせよ、自分の友達同士も仲良くして欲しいと願う黒鵜戸は、さらに念を込めて説得を重ねた。
「それにさ、トシローも持ってるんだぜ!火浦の部屋にあったプラモってやつ」
「どーせアニメのロボットかなんかだろ?プラモっつっても」
「う。で、でもラジコンっぽいのも持ってたし。ちゃんと電池で走る車だったぞ!」
「ミニ四駆の間違いじゃねーのか?」
「うぅっ。あ、そういやトシローの部屋に貼ってあったポスターってやつに、バイクの絵が描いてあった!」
必死な黒鵜戸に、とうとう火浦のほうが根負けする。
「……もういいよ、判った」
黒鵜戸と向かい合い、火浦は苦笑する。
「お前の頼みだからな、それなりにあいつらとは仲良くする。それでいいだろ?今んトコは」
「あぁ!」
輝く笑顔には目を逸らし、少し照れた調子で火浦はボソッと付け足した。
「……けど、お前次第だぞ。俺とあいつらがホントに仲良くできっかどうかは」
しかし黒鵜戸には全く聞こえなかったようで、返事はスルーされた。
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