Friend of Friend's

6.火花散る決戦日

暦は冬から春に変わろうとしている、そんな時期。
職場へ出かけようと支度する兄を、里見が呼び止めた。
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
「ん?なんだよ、里見」
「あ、あのね、お兄ちゃん、今日、バレンタインデーでしょ」
「あー……あぁ、そういや、そーだな。で?」
「だからね、絶対、絶対寄り道しないで、まっすぐ帰ってきてね?チョコフォンデュ、一緒に食べたいから……」
「ん、判った。じゃあ行ってくる」
「絶対だよ?いってらっしゃーい!」
暢気に出ていく兄の背を、じっと見送り、里見は小さく呟いた。
「ホントに、判ったのかなぁ……」


二月十四日には、日本人且つ思春期なら絶対に避けて通れない一大イベントがある。
「大体さぁ、アメリカじゃチョコレートなんて渡さないっつーんだよ!なぁ?」
「あぁ、判るぜ、お前の言いたいことは。要するにリア充へ八つ当たりしたいんだろ」
「や、八つ当たりじゃねーよ!プレゼントで気を引こうって考えが嫌いだっつー話!」
「んなこといって、もらったら有り難く受け取っちまうんだろ?」
「そ、そりゃあ、くれるっていうんなら、もらうけどっ」
朝の通学路でけたたましく騒いでいるのは、やはりというか例のバカ三人組。
主にトシローが大騒ぎして、他の二人が慰めているといった案配だ。
モテナイ歴年齢数の彼が何を騒いでいるのかと言えば当然、今日のメインイベント、バレンタインデーの話である。
「安心しろ。天地がひっくり返ったとしても、お前に渡そうって女は、いねぇよ」
「ケースケてめぇっ!お前だって貰える女子のアテなんかねーくせに!!」
そこへ、ささーっと三人の前を遮るようにして女子が二、三人ばかり駆け寄ってくる。
「あ、あのっ!すいません、栃木先輩……」
「あ?」
「先輩ってこたぁ……一年生?一年がケースケに何の用だよ」
トシローに問い詰められた後輩達は、完全に彼をスルーして栃木先輩へ話しかける。
「あ、あの、その、これ、よかったら受け取って下さい」
「え?あー……いや、俺はこういうのは、チョット」
「あ……で、でも……」
「いいじゃん栃木、もらっとけば?」
「お願いします!」
「あぁ、まぁ、じゃあ。ありがとな」
「そ、それじゃ!失礼しますっ」
ぐいっと栃木の胸に押しつけ無理矢理渡すと、女の子達はキャアキャア黄色い声をあげて立ち去った。
「ケースケ、何もらったんだ?」
「ここで開けろってのか?」
「あぁ、いや、教室でに決まってんだろ。さっさと教室行って、開けてみようぜ」
開けなくたって、今日が何の日かを考えれば大体中身の察しもつく。
それでも栃木にチョコレートをあげる女子がいたなど信じたくないのか、トシローは先陣切って走っていった。

果たして教室で開いてみた箱の中身は、ブランデー入りのチョコレートだった。
高校生に酒入りチョコを渡すというのもどうなんだって話だが、まぁ、渡した方も深く考えてはいまい。
大人びた商品を探しているうちに、これに決まっただけだろう。
「信じられねぇ……チョコレートだ……」
「あぁ。まごうことなきチョコレートだな」
「ありえねぇ……クロードがもらうならともかく、ケースケなんかに渡す女子がいるとは……!」
「あれ、知らねーの?」と、三人の会話へ混ざってきたのはクラスの男子。
「栃木って下級生に人気あるんだぜ」
「マジ!?初耳なんだけど!」
「おぉよ、マジよ、おーマジ。一年の男子と……一部女子かな。嘘だと思ったら、空手部の練習見てみ?」
「マジで?」
「さぁな。別にこちとらギャラリーの目を気にして練習しているわけじゃねぇし、知らねぇよ」
と、あくまでも栃木本人は素っ気ない。
「そーゆーところが人気あるんじゃないの?硬派だ何だっつって」
「そりゃ勘違いも甚だしいな。ケースケのは硬派じゃねーぞ、ただの空手バカっつーんだ」
「そこが、いいんじゃないか。何か一つに打ち込む姿ってのがさ」
そう言われて思い返せば、女子に人気が高いのは、だんぜん文系よりも運動系所属の奴に多い。
栃木の空手バカっぷりも他人から見れば『何か一つに打ち込む青春』ってな処なのであろう。
だが昼食の時間になっても、トシローは納得できないのか朝の続きをぼやいていた。
「大体、何か一つに打ち込む姿っつぅならさ、俺だってそうなんだけど?」
「いやぁ、トシローの場合はなぁ、ちょっとなぁ」
「なんだよクロード、その歯に物が詰まったような言い方は!」
「お前はアニメの美少女から貰えれば満足なんだろ?」
「もらえたら苦労しねーよ!」
いつ、苦労したんだろう。
「まぁ、それはそれとして、だ。甘いモンってなぁ、好きじゃねぇんだよな……お前らどっちか、もらってくんねぇか?コレ」
「え〜?」
「おいケースケ!お前、それっ、本気で言ってんのか!?見損なったぞ、コノヤロー!」
「いや?充分本気だが」
「バカヤロー!お前、それは下級生の女の子が、お前の為にってんで選んでくれた大切な贈り物じゃねーか!それを『甘いもんって好きじゃないから、お前らどっちか引き取ってくれ』だとぉぉッ!?それでも、お前は血の通った人間か!ケースケ、お前の血の色は何色だァァッ!!」
「あのな。何を熱くなっているんだか知らねぇが、本当に相手のことを考えて贈るんだったら、俺が何を好きで嫌いかぐらい最初に調べとくもんだろ。トシローがいらないってんなら、黒鵜戸、お前は?」
「あ、俺もパス。つーかさ、そういうのって女子にあげたほうが喜ばれるんじゃね?」
「そうか……」
そう言われても、女子の友達に心当たりのない栃木。
少し考えて、思いついた名前をあげてみた。
「んじゃあ、あとで生徒会室にでも差し入れしてやるか。トシロー、酒木なら好きだろ?こういう甘いモン」
「あ!酒木は駄目だぞ、やめとけ」
「あん?なんでだよ」
「生徒会はさ、一応こういうの禁止してるんだよ。学校の風紀を乱す、とか言って」
「へぇ、よく知ってんな。さすがはオタトモ」
「しぃッ!その話は他言無用だって言っただろ!?」
「あー、悪ィ悪ィ」
しばらく黙っていた黒鵜戸が、不意に手をあげる。
「あ、じゃあさ、俺がもらっていいか?」
「なんだ黒鵜戸、やっぱ欲しかったんじゃねぇか。我慢するなよ」
「いや、俺が食べるんじゃなくて知りあいに妹がいたから、その子にあげようかなって」
「あー、なるほど。んじゃあ、もってってくれや」
「だーかーらー、ケースケ!お前と言うやつはぁぁッッ」
まだトシローが贈り物への礼儀を解いていたが二人は全く気にすることなく、後輩からの愛がこもったバレンタインデーのプレゼントは、栃木から黒鵜戸の手に渡った。

その日の帰り道。
あと数分で家に辿り着く距離で、火浦は見知った顔に気づいて声をかける。
「よぉ、黒鵜戸じゃねーか。家に帰らねーでコッチ来たってこたぁ、俺に用でもあったのか?」
「まーな。えっと……里見さん、いる?」
「里見?今の時間なら帰ってると思うが、あいつに何の用だ?」
「あー、っとだな、これなんだけど」
黒鵜戸がサッと鞄から取り出したのは、洒落た文字でブランデーショコラと書かれたチョコレートの箱。
呆然と見つめる火浦の手に箱を乗せ、黒鵜戸は微笑んだ。
「火浦にやるよ。妹さんと食べてくれ」
しばしの間が開き、ようやっと我に返った火浦が肩をすくめる。
「……お前が、俺にチョコォ?なんで」
「いや、なんでって言われても困るんだけど」
「だって、お前にチョコもらう義理なんか、ねーだろ。しかも、なんで、よりによって今日なんだよ?」
「あぁ、だってそれは栃木が」
言いかける側から、ドンッと力強く押され――というよりは誰かのタックルを受けて、黒鵜戸はよろめく。
「な、なんだァ!?」と振り返ってみれば、怒りの炎を両目にちらつかせた里見と目があった。
「さっ、里見さん!?」
「言っとくけど!」
ビシッと人差し指を突きつけられ、ごくりと唾を飲み込む黒鵜戸へ、里見が宣戦布告する。
「お兄ちゃんは、あんたなんかに渡さないんだから!お兄ちゃんは、あたしのだからね!!」
「ハ、ハイ」
「おい、里見。突然走ってきたと思やぁ、いきなり何言ってんだ?」
「栃木って人にも伝えといて!お兄ちゃんが受け取っていいのは、あたしのチョコだけだもん!」
「ハイ」
「判ったらコレ持って、とっとと帰ってよ!!」
「でッ!」
バチコーンと箱を顔面にぶつけられ黒鵜戸がクラクラしているうちに、里見は元来た勢いで走り去っていく。
「待てよ、里見!……ったく、なんだぁ?あいつ。ワケわかんねぇ逆ギレかましやがって。オイ黒鵜戸、大丈夫か?」
「いっつぅ〜」
「あ〜あ、チョコ、ぶっちらかっちまったな。すまねェ、この弁償は、そのうちすっから」
「い、いや、いいよ……どうせ貰いもんだし」
なんていうか、里見には思いっきり誤解されてしまったような気がしてならない。
最初から、栃木にもらったチョコだと言えば良かった。
道路に散らばった無惨なチョコを眺めながら、そっと反省した黒鵜戸であった……
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