Friend of Friend's

4.二人の時間

日曜日が終われば、いつものように月曜日が来て、また退屈な一週間の始まりだ。
半分眠りかけた意識で、教科書の内容通りの授業を聞いて、終了のチャイムと同時に目が覚める。
よく学生の本分は勉強、なんていう奴がいるけど、あれは建前だとトシローは思う。
学生の本分は、学校の授業が終わった今こそが本領発揮だと。
「トシロー、今日はどうすんだ?」
「今日は撮影!クロードは?一緒に行くか?」
「悪い、パス。今日は別に寄りたいトコがあるんだ」
黒鵜戸が断るとは珍しい。
しかも彼の言う用事とやらがトシローには、ピンと来ない。
「ふーん」と生返事だけ返しておいて、机の上の鞄をひったくる。
「あ、そういやケースケは?」
「部活」
「もう行ったのかよ、早ェなぁ〜!」
「最近サボり気味だったから遅れを取り戻すとかなんとかって、昼休みに言ってたぜ」
もう一度「フーン」と生返事して、トシローは黒鵜戸と別れた。
自分も早く行かないと、電車の通過時間を取り逃す。
「じゃあな!また明日っ」
「おぅ」
いつもと同じ挨拶を残して、トシローは駅の方角へ。黒鵜戸は反対方面へ歩き去った。

学校を出て、アパートとは逆方向へ歩いていく。
歩道橋を渡り終えた処で、黒鵜戸は鞄から紙切れを取り出した。
「えっと……確か、こっちで間違いなかったはずだよな」
紙には住所が書き殴ってある。
電信柱を頼りに歩いていくと、狭い通りに入り、やがて住宅街へ出た。
これまでの賑やかさが嘘のように、辺りはシンと静まりかえり、新居と古い家屋が建ち並ぶ。
その中の一つ、『相田ハイツ』と書かれたアパートの前で、黒鵜戸は立ち止まった。
「ここだな……」
崩れ落ちそうなほど錆びきった階段を登り、一番奥の部屋まで来た。
チャイムを押すと、すぐに「あいよ」と返事がして、扉が開いた。
「お〜、黒鵜戸。よく来れたな、ここまで」
「まーな。ちゃんと住所を見ながら歩いてきたし」
出迎えたのは火浦 俊平。
いつぞやの日曜日に黒鵜戸達を助けてくれた、バンダナマンだ。
「迷って電話かけてくるんじゃねーかと思ってたぜ」
「んー。ま、確かに入り組んでるよな、この辺」
「その辺、座っててくれよ」
「あ、どうぞお構いなく」
「な〜に、かしこまってんだ。お茶ぐらい飲むだろ?ペットボトルだけど」
「あ、じゃあ、いただきます。ありがとう」
まだまだ挨拶は堅苦しいものの、態度は全く遠慮のない黒鵜戸。
しっかり火浦のベッドに腰掛けて、近くにあった雑誌などをパラパラ捲っている。
枕元に詰んであったのは、殆どがバイク雑誌だ。
求人誌も混ざっている。
窓際にある机の上には、写真立てが飾ってあった。
写っているのは、峠らしき場所でライダースーツに身を包んだ二人組。
一人は火浦で、もう一人は黒鵜戸の知らない顔だった。
バイク以外の趣味はと見渡すと、本棚の上にプラモデルを発見する。
プラモったって、ガンプラとかじゃない。
本格的に色の塗られた、戦車のプラモデルだ。
360度どこを見ても、トシローの部屋とは全く違う趣である。
「面白いモンでも見つかったか?」
コップにいれたお茶を持って、火浦が近づいてくる。
「あぁ、いや。バイク……が好きなのか?」
「まーな。前はVFRに乗ってたんだが、ムメンだったもんでよ。パクられちまって、今は乗ってねーんだ」
「なるほど……」
VFRというのは何なのか、さっぱり判らない。
だが、黒鵜戸はもっともらしく頷いてみせる。
火浦は気づいているのかいないのか、話を続けた。
「そのうち金貯めて1300買おうと思ってんだけど、中古がまだ出回ってねぇんだよな」
うん、ごめん。
何言ってんだか全然分かんない。
やはり判らないものは判らない時に聞いておくべきだと、黒鵜戸は、つくづく反省したのだった。
「えーと、ムメンってのは、無免許?」
「あぁ、今は持ってるぜ?免許。ちゃんと金貯めて、教習所にも通ったしな」
このままバイクの話を続けるのは、酷だ。
主に黒鵜戸にとって。
話題を変えようと部屋を一回り眺めた彼の目が、奥の扉を探し当てた。
「この奥って、風呂場とトイレ?」
「あぁ、里見の部屋もあっから、覗くんじゃねーぞ」
「サトミ?」
「妹だ」
妹がいるのか。
目つきの悪い女の子を妄想して、黒鵜戸は口の端を歪ませる。
「高一になったばっかでよ。手間と水道光熱費がかかるようになった分、エロさと賢さも増しやがった」
普通、きょうだいの話を他人にする時は誰もが身内を過小評価するものだが、火浦は違うようだ。
思いっきり自慢され、黒鵜戸は苦笑いで受け応える。
「エロさって、お前、妹をそんな目で見てんの?」
「別にセックス対象とは思っちゃいねーよ。ただトイレ行く時、着替えとか目に入ったりすっからな」
「セッ……!」
「ん?どうかしたか」
「い、いや……別に……」
「里見なぁ、ガキの頃よりずっと胸がデカくなってきやがったんだぜ。つっても、お前はアイツの小さい頃なんて知らないから、言っても意味ねーか」
一体どんな妹なんだ。
そこまで惚気られると、逆に見てみたくなってくる。
――と、そこへ。
「ただいまー!」と元気よく玄関を開けて入ってきた少女が一人。
入るとすぐに見慣れぬ靴を見つけ、奥へ声をかけてよこした。
「お客さんなの?お兄ちゃん」
「おぅ、おかえり。里見、こいつが黒鵜戸だ」
「ふぅん……」
「ど、どうも。黒鵜戸 藍栖です」
「…………はじめまして」
頭を下げた瞬間、胸元からチラリと白いモノが覗き、黒鵜戸は内心ドキリとする。
確かに火浦が言うとおり、少女の胸は大きい。
何しろ胸に谷間が見えるぐらいだし。
「え、と……里見……さん?」
じろっと人相も悪く睨みつけてくる少女へ、黒鵜戸は退け腰気味に尋ねた。
だが少女の返事はなく、彼女は早足に自分の部屋へ歩き去る――かと、思いきや。
くるっと振り返ると、怒気を孕んだ一言を放ってよこした。
「なんでもいいけど、さっさと帰ってよ!それじゃあッ」
「なっ……!?」
いきなりの喧嘩腰で黒鵜戸が怯んだ隙に、里見の部屋のドアは激しい音を立てて閉まった。
「ははっ、なんだあいつ、警戒してやがる!」
「警戒!?っつーか、今おもくそ喧嘩売られたような気がするんだけど!!」
「気のせいだろ、気のせい。里見な、いつもこうなんだ。俺が新しい知りあい連れてくると、いっつも、あんな感じで挨拶するんだよ」
では、さぞや気を悪くしたことだろう。
火浦の知りあいになった人達は。
「なんつーか……人見知り、なのか?」
「かもな。ついでに付け加えるなら、寂しがりやでもある」
「寂しがり屋ぁぁ〜?」
今の態度を見る限りでは到底想像できない。
しかし彼女の兄たる俊平が言っているのだから、あながち見当違いでもあるまい。
「いや、俺がカノジョつれこんだ時は、もっと酷かったかんな。あいつの態度」
「カノジョッ!?カノジョ、いるのか!」
「あぁ、いや、元だ、元。以前つきあってたんだけど足抜けして以来、一度も会ってねぇ」
「アシヌケ?」
「族だよ、族。族やってたんだ」
つまり、どっかの集落から抜けてきたのか?
この世界にも集落があったとは初耳だ。
「ま、そのうち何回か顔あわせりゃ仲良くなれるって」
「そぅかなぁぁ〜」
「あいつには俺からも言っとくからよ、気を悪くしねーでくれるか?」
「う、うーん」
「それとも、今後会う時はココ以外で会うか?」
「あぁ、いや、いいよ、ココで。めんどくせーし……」
「じゃ、決まりだ。里見とも仲良くしてやってくれや」
「う、うーん……うん」
「うっし。カンパイ!」
「カ、カンパイ!って、何の?」
「里見とお前が仲良くなるって約束した日の」
思わず勢いで頷いてしまったが、本当に仲良くなれるんだろうか。あの妹君と。
だがしかし、俊平とは今後も仲良くやっていきたいと黒鵜戸は考えている。
出会いは偶然だったにしろ、少し話しただけで、家を教えてもらうまでに仲良くなれたのだ。
生意気な妹の存在如きで、生まれたばかりの友情を失いたくない。
ぐいっと一気にお茶を飲み干して、火浦が言う。
「あ、そうだ。お前、バイクについて全然知らねーだろ。よかったら教えてやるけど、知りたいか?」
黒鵜戸がバイク無知であることなど、火浦は先刻お見通しだったようだ。
「あぁ、そうだな。んじゃあ聞くけど、バイクってのは電車とは違うのか?」
渡りに船とばかりに、信じられないほど初歩の質問をかます黒鵜戸。
「お前何それ、本気で聞いてんのか?全然違うに決まってんだろ。いいか、バイクってなぁ――」
そんな彼へ、心底嬉しそうにバイクの解説を始める火浦。
そんな二人を扉の隙間から、殺意の炎を揺らめかせて見つめる里見の瞳があった……
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