Friend of Friend's

3.土建屋

お決まりのチャイムが鳴り、下校の時刻がやってくると、校門からは大量の生徒が吐き出されてくる。
「今日は、どうする?」
「ん〜?いや、今日は大人しく帰るわ。六時から見たい番組があるんだよね」
「どうせアニメだろ」
「どうせって何だよ!TV見ない奴に言われたくねーってのッ」
「栃木、お前は?」
「あー……部活、フケちまったからなァ。お前らと一緒に帰るよ」
「そっか。じゃ、まーブラブラ帰るとすっかねぇ」
「おー」
といった気怠い会話を繰り広げながら、黒鵜戸、トシロー、栃木の三人は歩き出す。
と、そこへ。
後ろからポン、と肩を叩かれてトシローが振り返る。
「よっ、ヒビキン。おひさ〜」
そこにいたのは、生徒会長の酒木 結菜。
眼鏡のよく似合う女生徒だ。
「おぅ」と片手をあげて陰気に挨拶するトシローを一瞥後、順繰りに栃木、黒鵜戸と見ていって。
「ふぅ〜ん。これが、今の仲間達?」
「まぁな」
「皆……アレなの?」
「いや?」
「へぇー。ヒビキンにも、普通のお友達が作れるようになったんだ」
「うるせーよ。お前こそ、他の奴らにゃバレてねーのか?まだ」
「まぁね〜。じゃ、また今度の祭典で」
「おぅ」
軽快に意味深な会話をしたのちに、去っていく彼女の背中を目で追いながら、栃木がトシローへ尋ねる。
「お前、生徒会長と友達だったのかよ?」
「まーな」
「一体、どういう繋がりなんだ?」
「どうだっていいじゃねーかよ」
「鉄オタ仲間か?いや、しかし、あの生徒会長がねぇ」
「今の、誰だ?」と尋ねてきたのは黒鵜戸だ。
彼には、栃木が説明した。
「誰って、生徒会長だよ。あぁ、そうか、黒鵜戸は会ったの初めてか?」
「あぁ」
「あいつは今の生徒会長で、名前は酒木。クラスは二年三組だ」
「二年?へー、同い年だったのか……」
「お堅い奴でよ、清掃大会だの朝礼での定期検査だの、嫌なイベントばっかり考えつきやがる」
「けど、いいとこもあるんだぜ」
ボソリと言い返したトシローへ、再び栃木の興味が戻っていく。
「そうそう、そのあいつとお前が友達ってのが信じられんよなぁ。なぁ、どういう関係なんだ?元カノか?」
「なわけねーだろっ」
「お、おいっ!待てよ、トシロー!」
急に早足になったトシローを追いかけて、黒鵜戸と栃木も早足に。

トシローが足を止めたのは近所にある小さな公園で、普段から人の気配が殆どなくて、今も遊んでいる子供など一人もいない。
「おい、どうした。怒っちまったのか?」
「……酒木はな」
「ん?」
「オタ友達だ」
――一瞬の間を置いて。
「う、嘘だろ?」
動揺しまくる栃木に、ゆっくりとトシローが首を真横に振る。
「嘘じゃねー。あいつとは、冬の祭典で出会った」
冬の祭典とは、いわゆるコミックマーケット。
オタクの聖地とされる、同人誌即売会の別称だ。
夏と冬の二回に分けて開かれるイベントで、規模は日本一。
当然売られている同人誌の数も多く、このイベントを楽しみにしているオタクも多いという。
「ど、どういう系統のオタクなんだ。酒木も、その、お前みたいにアニメの美少女が好きだってのか?」
「いや。あいつは男だ。男同士のラブラブが好物だ」
「……はぁっ?」
「男同士のラブラブって?」
「うーん、どう言やぁいいかなァ……」
トシローは腕組みし、空を見上げた。
今日も空は薄暗く曇っている。
「男と男がイチャイチャするのを見たり書いたりするのが好きなんだ。あ、俺も酒木も買い専じゃなくて創作作家だからな、一応」
「ごめん、何言ってるのかワカンネー」
「そ、そうか。すまん」
「つ……つまり」
栃木の喉が、ごくりと鳴る。
「ゲイが好き、って、ことか……?」
「う〜ん。ゲイとボーイズラブは、別モンらしいぜ?酒木が言う分には」
トシローにも、ボーイズラブとやらは未知のジャンルなのだろう。
首を捻って曖昧に答えた後、不意に声のトーンを落として二人を睨みつけた。
「今、話したことは他言無用だぞ。クラスの奴らにも話しちゃ駄目だかんな」
「お、おぅ……」
「どうしてだ?」
「酒木自身が内緒にしてくれって言ってたんだ」
「判った」
「んじゃ、帰るか」
そこで酒木の話は打ち切りとなり、トシローの号令で再び三人は歩き出した。
公園の角を曲がると、大きな通りに出る。
横断歩道の信号を目で確認しながら歩いていくと、反対車線の向こうに工事現場が見えた。
「また工事、始まったんだ」
「ビルか?」
「いや、あの高さは店舗だろ。何の店かは知んねーけど」
「最近多いよなぁ、工事」
「だな。ま、ここも開けていくってこったから、多少は便利になるんじゃねーの」
栃木とトシローの興味は失せてしまったが、まだ気になるのか黒鵜戸だけは工事現場を眺めている。
ややあって「あっ!」と大声を出すもんだから、二人ともビックリしてしまった。
「どっ、どうした!?黒鵜戸!」
「あいつ……あいつっ!」
「お、おぉいっ、どこ行くんだよ、クロード!」
バタバタと走り出す黒鵜戸につられるようにして、栃木とトシローの二人もダッシュで横断歩道を渡りきる。
だが、そこで黒鵜戸の足は止まらず、工事現場へ駆け込んでいくもんだから、更に二人は仰天した。
「おーいっ!駄目だって、クロードそこ入っちゃ駄目だって!」
トシローが喚いても無駄だ。
黒鵜戸は真っ直ぐ目的の相手まで近づくと、息を切らしながら声をかけた。
「よ、よぉっ……おまえ、あのときの、えっと、名前は?」
「……誰だ?」
話しかけられたほう、バンダナを巻いた青年――いや、まだ少年にも見える彼は訝しげに黒鵜戸を見る。
「えっと、だから、ハァ、ハァ……に、日曜日!」
「日曜……あぁ、あの時の!」
近寄ってみる頃には、栃木もトシローも思い出していた。
こいつは日曜日、喧嘩へ乱入してきたバンダナマンじゃないか。
「お前、この間の」
「そういうお前らこそ、ゾロゾロとやってきて。何なんだ?」
「い、いや、その……別に俺達は」
「どうしても、あの時の礼が言いたくて!ありがとう」
輝く黒鵜戸の笑顔には怯んだか、バンダナマンは視線を外して照れくさそうに言った。
「別に礼を言われるよーな真似はしちゃいねぇよ」
「そ、それで、名前、教えてくれるかな?お前の名前」
「俺の名前?火浦 俊平だが、それが何か」
「おいっ!そこの、お前ら!工事現場に入って来ちゃいかん!!」
「やべ!見つかったッ」
「黒鵜戸、逃げるぞ!」
ぐいぐい左右から両手を引っ張られ、否応なく走り出した黒鵜戸の背中へ声が飛んでくる。
「お前は?お前の名前っ!」
「クロード!黒鵜戸、藍栖ッ」と答えるのが精一杯で、あとは一目散に逃げていく三人。
その後ろ姿を見送りながら、火浦がポツリと呟く。
「くろーど、あいす……ねェ。変な名前」
「……なんだ、あのガキ共はっ」
三人を怒鳴り散らして蹴散らした、いかつい風体の先輩が火浦を睨む。
「あいつら、お前の知りあいか?」
「えぇ、まぁ。前の職場で出会ったことのあるってだけの連中ですよ」
さらりと追及を逃れ、火浦も仕事へ戻った。
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