Friend of Friend's

2.義を見て為さざるは、勇無きなり

きたる日曜日。
トシローと黒鵜戸、そして栃木の三人は、電車で都内まで出てきていた。
トシローのお目当てである、声優のコンサートへ参加する為だ。
「しっかし声優もコンサートする時代が来たんだなぁ」
「ケースケ、お前今頃何言ってんだ?だいぶ前からやってるじゃんよ、コンサートぐらい!」
前を歩くトシローは地に足がついていないんじゃないかってぐらい、ふわふわと浮かれている。
だが彼曰く、待ちに待った公演日なのだから、まぁ、仕方ないか。
信号が赤になり、三人は立ち止まる。
視線の先で、嫌なものを見つけた。

「よぉ、悪いんだけど都合してくんね?」
見るからにガラの悪そうなのが、二人、三人。
気の弱い少年を取り囲んで、絡んでいる。
哀れ少年ときたら真っ青になって震えていて、とても太刀打ちできそうにないではないか。
周りを通る大人達は、誰もが彼らを無視して歩いていく。
彼らの存在など、初めから存在しないかのようだった。
「持ってんだろ?金。さっき、アニメショップで買い物するとこ見ちゃったんだけど」
下唇にピアスをぶらさげた男が、嫌な目で少年を見上げる。
「ズイブンたくさん買ってたよねェ〜。何買ったの?」
「し……C、D……」
「へぇ〜。CD。CD、たくさん買ってたよね。五枚ぐらい?お金持ちなんだねぇ」
どうやら少年がアニメイトで買い物をして出てくるまで、ずっと見張っていたらしい。
「そんだけ買う金あんならさ、俺達にもちょっと奢ってくれよ」とは、ガラの悪い連中の一人の弁で、アニメイトの袋を抱えた少年は震える手で財布を取り出した。
「おぅ、ちょっと待てや」
そこへ割り込んだのは、野太い声のオッサン。
もとい、三人組の一人である栃木 啓祐だ。
赤信号の向こうから大声で呼びかけられて、連中の一人が「アァ?」とガンを飛ばしてきた。
「やっ、やばいよ!ケースケ、触らぬ神に祟りなしだって」
背後でヒソヒソ囁くトシローの声など耳に入らぬ様子で、栃木が一歩前に出る。
「まてよ、まだ信号は赤だぞ」
「わかってるよ。信号が替わると同時にスタートを切る。お前らは後から、のんびり来い」
「待てってば、ケースケ!あんなのに関わってる暇なんか、ないんだぞ!?」
「トシローよォ。お前もアニメファンなら、同志を見殺しにしちゃーいけねぇぜ」
「どっ、同志?」
「アニメイトだよ。アニメイトで買い物するってこたぁ、お前と同じ趣味の持ち主ってこったろが」
ポッポー、ポッポー、と音が切り替わり、横断歩道の信号が青になる。
同時に走り出し、栃木は唸りをあげる鉄拳を奴らの頬にお見舞いしようとしたのだが――
「やめろ、ケースケ!大会に出らんなくなるぞォ!!」
トシローの他にも、まだ、彼を止める者があった。
見れば歩道に立ち止まって、必死な形相で叫んでいる少年がいる。
「誰だ?」
「ケースケの……友達、かな?」
「うるせぇ、主将!こいつらを野放しにしとくほうが、マズイだろうが!!」
主将と呼ばれた少年が栃木のほうへ走り寄り、その間にガラの悪い連中の一人が栃木の顔を殴りつける。
「……ってぇ!なんだ?こいつ、カッテェ!!」
殴った方が手を押さえて騒ぐハメに終わったのだが。
「まずかろうと何だろうと、ほっとけ!チンピラを補導するのは警察の役目だろ!」
「じゃあ主将は、この可哀想な少年が金を巻き上げられるのを黙って見てろっていうのか!?」
その可哀想な少年は栃木の到着と同時にコソコソと逃げだし、今は姿形もない。
残っているのはガラの悪いチンピラ連中が三人と、栃木に空手部の主将。
それから、のんびり歩いてきた黒鵜戸とトシローの二人ぐらいだ。
相変わらず周りの大人は大きく迂回して争い事を避ける中、チンピラの一人が吼えてきた。
「そっちが売ってきた喧嘩だ!今更逃げようなんて、むしが良すぎるんじゃねーのかァ!?」
「なんだと、テメェら……!」
殺気立つ栃木を遮って「すまない!」と主将が一歩前に出て頭を下げるも、その頭を殴られる。
「ぐぅッ」
「主将!……テンメェェッ!」
「や、やめるんだ、ケースケ……」
「すまないで済んだら、ケーサツいらねーんだよ!」
とりあえず、カツアゲしていた連中には言われたくない。
「テメーラのせいで、カモが逃げちまったじゃねーか!どぉーしてくれんだよッ」
「こーしてやるよ」
と言って相手の頭を背後から、思いっきり棒らしき物で殴りつけたのは、栃木でも空手部主将でもなければ黒鵜戸&トシローの傍観組でもなく、まったく死角の後方から登場した新たな乱入者であった。
「なっ……なんだぁ?テメーは!」
「こいつらの仲間かよ!」
「気にすんな、仲間でも何でもねぇよ」
次から次へ、めまぐるしく変わる展開に、黒鵜戸とトシローは言葉もなくポカンと状況を見つめるばかり。
ニューチャレンジャーは、これまたチンピラ達と同じぐらい目つきの悪い少年だ。
緑色のバンダナを巻いていて、手には細長い棒を持っている。
「よぉ、お前ら」と、そいつが話しかけてきたので、ひとまず黒鵜戸は頷いておいた。
「急ぐんだろ?こいつらの相手は俺がしとく。だから、さっさと行きな」
「いや、俺は……」
「急いで、どっかに行く予定があったんだろーが」
二度目は脅しに近かった。
ギロリと睨まれ、間髪入れずに「ハイ!」と手を挙げて頷いたトシローが走り出す。
「あ、おい!待てよトシロー、どこ行くんだっ」
「決まってんだろ、コンサートだ、コンサート!ほら行くぞ、クロードも」
「おっ、おう!」
「あっ!待てやコラァッ!!」
慌ててバタバタ走っていく三人組を追いかけようとチンピラの一人も走り出すが、すぐに棒少年に前を塞がれ、後退を余儀なくされた。
「テメェらの相手は、俺がするっつってんだろうが。ガキに構ってねーで、かかってこいよ」
「なんだと、てめぇ!てめぇだってガキの一人だろーが!!」
殺気立つ両者を交互に見つめ、空手部の主将は何を思ったのか、おもむろに懐から携帯電話を取り出すと、震える手で110を押したのであった――


「……あ〜、怖かった!」
次にトシローがしゃべったのは、コンサート会場へ到着して、指定の席へ腰掛けた時だった。
「ケースケ、お前正義心も程々にしてくれよ!一時は、どうなることかと思ったじゃんか」
「ったく、お前らと主将が止めなかったら、あんな奴らは俺一人で」
「それで傷害事件扱いされて、トシローのコンサート行きを妨害すんのか?」
「うっ……」
「にしても、あの喧嘩を買ってくれたの、誰だったんだろーなぁ」
「見たことない奴だったよな」
「うん。この辺じゃ、初めて見る顔だった!」
「しっかし栃木以外にも、ああいう熱い奴がいるたぁね。世の中捨てたもんじゃないってか」
「あいつ、命拾いしたよな……いや、金拾いか」
あいつとは、助けて貰った礼も言わずに逃走した件のオタク少年である。
きっと、もう二度と会うこともないだろうし、本人も二度と、この界隈で買い物をしたくないだろう。
「ま、助かったのは俺達もだぜ。コンサート、間に合ったし」
「だよな!ケースケは俺達をハラハラさせた罰として、あとで何かおごる事!」
「え〜っ?そりゃねぇだろ」
「賛成ー」
「く、黒鵜戸まで……判ったよ。ハイハイ、おごります、おごらさせていただきます!」
「よっしゃ!」
小さくガッツポーズを取ったトシローに併せるかのように会場のブザーが鳴り響き、待望のコンサートが幕を開けた。
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