Friend of Friend's

1.だから、さ。

「だぁから!ここんとこの細かいデティールが違うんだよ、判ってないなぁお前は!」
「ここんとこって、ドコんとこだよ?写真の印刷、潰れっちまってて全然見えねーんだけど?」
今日も昼休み、そんな会話が二年七組の教室にて飛び交った。
鉄道雑誌を手に騒いでいる肥満体は、響 敏郎。
彼が重度の鉄オタで、且つアニメファンでもあるのは、クラス中の皆が知っている。
その隣に腰掛けている奴は、クラスメートの黒鵜戸 藍栖。
苗字も名前も珍しい。気の利いた漢字変換ソフトでも、一発で変換できまい。
どこの厨小説作家だよ?という不思議な名前には、訳があった。

黒鵜戸 藍栖は、本名じゃない。
いや、それどころか日本人、地球人でもなかった。
じゃあ、宇宙人?
ノンノン、答えは、そうじゃない。
彼は異世界人――
我々とは違う次元から、ある日、不意にポンと姿を現わしたのだった。
クロード=アイステッド。
それが彼の本名だ。
もちろん、彼の意志で来た訳じゃない。
神様の気まぐれによるものだ。
彼だって不意にポンと見知らぬ世界に放り出されて、最初は途方に暮れただろう。
だが、しかし。
彼は器用にも、その不運を『なんとなく』乗り切ってしまった。
ここ松原高校へ通うことになったのも、この世界――彼が来てしまった日本で、叔父と名乗る男の仕業だ。
北畝 浩三と名乗った自称・叔父は、クロードが文句を言っても耳一つ貸さず、松原高校への編入を取り決めた。
だから彼は、仕方なく松原高校へ通うことにした。
なに、働きもせず学校へも通わないでいると、周りが不審に思ったりするからだ。
そして彼は今――すっかり周囲に溶け込んでいた。
「オーイ、まだ雑誌見てんのかよ?弁当売れ切れっちまいそうだったから、二人の分も買っといたぞ」
ガラッと扉を開けて入ってきたのは、顎にまばらな無精髭の生えたオッサンだった。
……いやいや、オッサンじゃない。
れっきとした高校生だ。
栃木 啓祐。
歳はクロードやトシローと同じ、十七歳。
上背があり顎髭もあるせいか、時々、保護者の皆さんからは、先生と間違えられたりもする。
「おー、悪ィ」
「いや〜、ケースケ君は毎度気が利きますなぁー」
「お前ら、いっつもソレばっか言ってるよな。たまには自分で飯ぐらい調達してこい」
ガタンと黒鵜戸の隣へ腰掛けると、おもむろに栃木は買ってきたパンをムシャムシャ頬張った。
「ん、んま」
「ナニお前、まった焼きそばパン?よく食えるな、そんなキモイ食べモン」
「キモくない」
「キモイだろ、どうしたら冷え切った焼きそばの挟まったパンなんか食えるんだよ?」
「そいつはトシロー、お前の食わず嫌いだ。一度食ってみろ、うまいから」
「ヘッ、ごジョーダン!死んでもいらねーッ」
なんて二人のじゃれあいを、黒鵜戸は呆れ顔で眺めている。
やがてガサゴソと紙袋から自分の昼飯を取り出したトシローは、マジマジと手の中の物体を見つめた。
「俺の、コレ?」
「そうだ」
「メロンパンかよ〜っ!気が利かねーなぁっ、せめてサンドイッチとかさー買ってきてくれりゃ〜いいのに!」
さっきまで気が利くとか言っていた癖に、栃木の買ってきた弁当へケチをつけるトシロー。
その正面で焼き肉弁当を開いた黒鵜戸は箸を両手で挟むと、拝む真似をした。
「いただきます」
「おっ、行儀いいな」
「ナニお前、それ、それ、焼き肉弁当?おいケースケ、ちょっと贔屓じゃねーの!?」
「一つしか残ってなかったんだ。しょうがないだろう」
「だからって、なんで俺がメロンパンでクロードが焼き肉なわけ?贔屓じゃねー?依怙贔屓っ、えっこ贔屓っ!」
こんな大騒ぎも、もはや二年七組の連中にとっちゃ日常の一環で、ある者は含み笑いで眺めていたし、ある者は完全スルーで昼食を取っていた。
「えっこひいきっ!えっこひいきっ!」
「どうでもいいが、昼休み、終わっちまうぞ?いいのか、いつまでも騒いでて」
「……チェッ。いいよ、わかったよ。メロンパンで我慢しますからァー」
栃木が全然ノッてくれないので、トシローはブゥッとふくれてメロンパンに齧りつく。
その彼の目の前に、ひらりとした焼き肉が差し出された。
「トシロー。一枚、やる」
「クロードちゃぁぁぁん!さっすが親友、どっかのヒゲヅラとは違うねぇッ。よっ、色男!」
「いいから早く食えって。さっさと食ったら、さっきの話の続きをしようぜ」
「オッケェ!」
いつも、こうなのだ。
トシローがワガママを言い出しては、黒鵜戸がフォローする。
やれやれと溜息をつきながらも、栃木は、そんな二人――特に黒鵜戸のほうへ、熱い視線を注いだ。
ワガママで、しかも重度の美少女オタク。
トシローは当然のように、クラスで孤立していた。
そこへ黒鵜戸が編入してきて、トシローの生活は一変した。
なんと二人は、意気投合。
あっという間に親友レベルまで仲良くなってしまったのだ。
黒鵜戸はアニメファンでもなければ、鉄オタでもない。
鉄道に一応興味はあるようだったが、トシローみたいに気持ち悪いほどの拘りはない。
そんな彼が、何故――
そして自分も何故、この二人と仲良くやっているのか……
栃木もアニメファンじゃなければ、鉄オタでもない。
さらに言うなれば、それらには全く興味がない。
「黒鵜戸。お前の優しさに、ご褒美をくれてやる。この焼きそばを、やろう」
栃木は焼き肉弁当の上に、焼きそばパンの焼きそばをかけてやる。
間髪入れず、トシローが喚きだした。
「ゲェーッ!?ナニやってんだよ、ケースケ!せっかくの焼き肉弁当が台無しにぃぃっ」
「ん、サンキュ」
「サンキュじゃねーだろ、クロードも!断れよ、そこは!」
けたたましい雄鳥みたいに騒いでいる。
以前は、こうじゃなかった。
黒鵜戸が来る前は。
二年七組の響敏郎といえばキモイ・クサイ・ネクラと、悪い意味での有名人で、主に女子の間で悪評判の高い男だった。
全ては、黒鵜戸のおかげだ。
トシローが明るくなれたのは。
――そして、自分も。
空手にしか興味なかった自分へ近づいてきて、あっという間に心の中へも潜入してきたのだ。
「あーっ、ごちそうさま!」
なんだかんだ文句を言いつつも、トシローがメロンパンを食べ終える。
「ゴチ。いつもありがとな、栃木。俺らの昼飯買ってきてくれて」
黒鵜戸も食べ終わり、一番に食べ終えていた栃木は軽く手をあげた。
「なぁに。どうせ、ついでだ」
なんて格好つけてみたけれど、誰よりも早く焼き肉弁当を確保していたのは秘密だ。
メロンパン?
焼きそばパンを買う時に、ついでに一つ余っていたので買ってみた。それだけだ。
栃木の意識は、常に黒鵜戸だけに向けられている。
彼は黒鵜戸が好きだった。
なにしろ、初めて出来た一般人の友達だったので。
「黒鵜戸、今日の授業が終わったら、少しつきあってくれないか?」
「あ、悪い。今日はトシローと写真撮りにいく約束してんだ。また今度な」
「……今日も、じゃないか」
ほんの少しばかり、不満が外に漏れてしまったのだろう。
勘づいたトシローが突然、大声を張り上げる。
「あーっ、と!クロード、今日はいいよ、一人で行ってくる!」
「あぁ?でも、さっき一緒に行こうぜっつって誘ってきたのは、お前じゃねーか」
「ナシナシ、その約束自体ナシ!今日の撮影は何本もあるからさ、まだまだ素人のお前をつれていくのは足手まといってもんだ」
撮影といっても映画監督ではないのだからして、彼が撮るのは電車の写真だ。
日によっては、何十本もの電車を待ち受けて写真に撮るというのだから、その根性には恐れ入る。
わざとらしくも麗しい友情に感謝していると、トシローがそっと栃木へ耳打ちしてきた。
「この借りは、日曜日のイベントにつきあうってことでヨロシク!」
日曜日。
はて、日曜日?
栃木が首を傾げていると、忌々しげにトシローがつけたした。
「言っただろ?前に!小清水亜美ちゃんのライブへ行くって」
「……あー、聞いたな。確かに」
小清水なにがしとは、トシローの好きな声優の一人であるらしい。
空手以外興味がない栃木としては退屈極まりない日曜日になりそうだが、まぁ、仕方ない。
どうせイベントには、黒鵜戸も強制連行されるのだろう。
トシローが彼を連れて行かないわけがない。
判ったと栃木が目線で頷くと、トシローも黙って頷き返す。
「それで?用って何だよ、栃木」
「何、簡単な話だ。少し、俺の練習を見ていってほしいんだ」
「練習って、空手の?」
「そうだ。まぁ、嫌だってんなら無理にとは言わないが」
「オッケ。じゃ、放課後な」
二つ返事でOKすると、さっそくトシローと黒鵜戸の二人は鉄道雑誌の談義を再開する。
そんな二人――いやさ、重点的に黒鵜戸のことを、栃木は熱のこもった瞳で見つめるのであった……
Topへ