EXORCIST AGE

act6.学院  なんという体たらく

「……おい、どうするんだよ?これ……」
もぞもぞとベッドから這い出てきたパンチパーマの由香利が、紗英の横に立って見下ろした。
紗英も困った顔で見上げてくる。
「ど、どうしよぉ……?こんな展開、松宮さんは教えてくんなかったしぃ」
「どうもこうもねェよ。とりあえず、こっちのベッドに寝かしとくか」
モヒカンガールの美枝子も起きてきて、床へしゃがみ込む。

三人の少女が途方に暮れて見下ろしている、視線の先には――
ばったりと気絶する、長谷部先生の姿があった。

長谷部先生が紗英に欲情して襲いかかる様を、ベッドに隠れた由香利が写真に撮る。
その写真をネタに、長谷部先生から有り金全部を巻き上げる……
松宮の立てた作戦では、そうなるはずだったのだが。
まさか長谷部先生が誘惑に負けて昏倒してしまうとは、三人にも予想がつかない展開だった。
彼女達のリーダー松宮だって、こんな展開は予想しなかったに違いない。
「イマドキ、色仕掛けで気絶なんてするかァ?若いセンコーが」
由香利が長谷部先生の頭を掴み、美枝子が足を持ち上げる。
「ったく、どっからきたカッペだよ……ヨイショッと!」
かけ声勇ましく、長谷部をベッドへ横たわらせた。
力のない紗英は二人の作業を見守っていたが、やがて泣きそうな顔で哀願してきた。
「ねぇ、作戦失敗しちゃったのって、あたしのせいじゃないよね?」
「しらねーよ、バカ」と美枝子も由香利も、素っ気ない。
「せっかくカメラまで用意したってのに台無しだぜ」
シャッターを切る真似をして、由香利がブツブツ文句を言う。
「そのカメラ、誰からギッてきたん?」
「あー、塚真倉だよ、二年の。あいつ鉄オタじゃん」
美枝子の問いに答える由香利を交互に眺め。
「……あたしぃ、松宮さんに謝ってくるね」
小さく溜息をついてトボトボ出ていこうとする紗英を、美枝子が引き留めた。
「まぁ、待てよ。キョーカツは失敗したけど、どうせなら、こいつの裸でも撮っていこーぜ」
思ってもみなかった友人のトンデモアイディアに、紗英はキョトンと目を丸くする。
「剥くのかよ!?」と由香利までもが驚愕するのへ、モヒカンガールは頷いた。
「さっきユカも持った時、思ったんじゃねェの?こいつ重てーなーって」
「あ、うん、思ったけどさぁ」
「だろォ?だからさ、デブかガリかってだけでも確かめとこーと思って」
「まさかガリってこたねーだろ、あの重さで!」
肩をすくめる由香利へ、紗英が尋ねる。
「あの重さって、そんなに重たかったのぉ?」
ちらりと彼女を一瞥して、パンチパーマの少女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「重い重い、サエじゃ持ち上げるどころか潰されっちまうんじゃねーの」
「え〜」と紗英は意外なものでも見るような目つきで、長谷部を見やる。
「ハセベ先生って、デブチンなんだぁ……ちょっとショック〜」
「とても、そうは見えないよな〜。着やせするタイプなのかな?」
由香利も首を傾げたが。
「それを確かめる為にも脱がそうぜ!」と、やたら張り切る美枝子に押し切られて。
じゃあ白衣だけでも、と脱がす作業に加わった。

「うわ……」
「ふぇぇ」
「……うっそ。ムッキムキじゃん」

白衣をめくった直後、三人のくちからは同時に感嘆が漏れる。
てっきりポッコリお腹が表れるかと思いきや、白衣の下の長谷部先生は意外や意外。
体育の東センセーとタメを張るんじゃないかってぐらいの筋肉質な上半身が、お目見えした。
誰かがゴクリと生唾を飲む。飲んだのは、美枝子だ。
「し、下も。下も、気にならねェ?」
「えっ……」
一瞬は頷きかけた由香利と紗英だが、すぐに由香利が我に返った。
「い、いや、下はマズイだろ、さすがに」
ここへ来た時は、それもカメラへ収めるはずだったのに、今になって倫理的なことを言い始めた。
「そぉだよ、ズボンは無理だよ。どんなにニブい人でも起きちゃうって」
美枝子は、もう一度保健医の体をじっくりと眺めてから、未練を断ち切るように視線を外す。
「そ、そうだな……サエの言うことにも一理ある。やめとこ」
やめると言いながらも、視線はチラチラ未練たっぷりだったのだが。
彼女のスカートの裾を引っ張って、紗英が急かしてくる。
「と、とにかく、センセェが起きる前に逃げよぉよー」
「そうだな、起きたら絶対怒られるし、んなのカッタリィじゃん?」
「もーすぐチャイム鳴っちゃうし。チャイム鳴ったら、絶対センセェ起きちゃうって!」
紗英と由香利の二人に促され、美枝子も渋々頷くと、抜き足、差し足、忍び足。
コソコソと保健室から抜け出すと、脱兎の如く廊下を駆け抜けて屋上まで逃げていった。


放課後、終業チャイムが鳴り響く。
「――GENさんッ!」
扉を開けるのも、もどかしいといわんばかりの勢いで、保健室へ飛び込んできた奴がいた。
誰かなんて、もはや確認するまでもない。
ベッドから起き上がったGENは、照れ笑いを浮かべて手を挙げた。
「よぉ、拓。どうしたんだ、血相変えて、って、うぉっと!」
ドン、とティーガが勢いよく抱きついてくる。
抱きついてくるのは毎度の事なので驚くにも値しないが、何気なく目をやってGENは驚いた。
ティーガは、なんとしたことか、しゃくりあげて泣いているではないか。
「げ、GENさんが倒れたって聞いて、俺、俺っ……!」
「ティーガ……」

――あの後。
長谷部先生ことGENが意識を取り戻したのは、昼休みも終わろうかという十分前。
数学担当の讃岐先生の手によって揺り起こされた。
よく見れば、保健室にいるのは讃岐先生ばかりではない。
心配そうに見つめる顔、顔、顔。大勢の女生徒達が、自分をじっと見つめている。
何があった?と理由を聞きかけ、途中でやめた讃岐先生が言うことにゃ。
この部屋は暑いな……これじゃ君が倒れるのも当然だ。
後で俺からも学院長に話しておくから、とにかく今は、ゆっくり休みたまえ。
そう言って生徒を追い出しにかかる先輩先生の優しさに感謝しながら、再びベッドで休息を取ったGENであった。

ぐっすり眠りすぎて次に起きた時には、すっかり放課後になっていた。
ティーガは恐らく、現場にいた生徒の誰かから大袈裟なデマを聞かされたのだ。
或いは、讃岐先生が誰かと話しているのでも耳にしたのか。
冷房が故障している部屋にいたんじゃ、過労や熱中症で倒れたと勘違いされても仕方ない。
だがティーガが、すっかり取り乱して泣いてしまうとは全くの予想外だった。
「おいおい……泣くほどの重体じゃないって」
優しく背中を撫でてやると、ティーガは泣きやむどころか余計にぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「GENさんが、いなくなったら俺、一人になっちゃうじゃないですか……そんなの、いやだよ」
「別に、一人じゃないだろ?お前には倭月ちゃんが」
言いかけるGENを遮って「倭月じゃダメですよっ!」と、ティーガが顔をあげた。
まだ両目からは涙がボロボロと頬を伝っていたが、目が怒りに燃えている。
予期せぬ反撃にたじろぐGENをジッと見つめて、ティーガのくちが小さく動く。
「倭月じゃ、ダメなんだ……俺のことを判ってくれるのは、GENさんだけなのに」
仕事のことを言っているのだ、と瞬時にしてGENは悟る。
倭月は兄の本職を知らない。
GENはティーガが新入社員として会社の正式な一員になった時から、ずっと面倒を見ている。
つきあいの長さで見ても倭月よりGENのほうが、ずっと長く一緒にいる。
だから倭月ではGENの代わりになれない、とティーガは思いこんでいるのであろう。
「そうか……でも、俺だけじゃなくて倭月ちゃんのことも頼りにしてやれよ」
返事はない。しゃくりあげる嗚咽が聞こえるだけだ。
それでもGENは辛抱強く続けた。
「仕事の話を倭月ちゃんにしろ、と言っているんじゃない。彼女とは家族だろ?たった一人の兄妹なんだ。いつも一緒にいてやらなきゃ。お前が一緒にいてくれなきゃ、倭月ちゃんだって、いつまで経っても、お前のことを理解できないじゃないか」
嗚咽が止まった。
腕で涙を拭ったティーガと、目が合う。
「うん、わかった……」
赤い目で頷いた彼の頭を、GENはグシャグシャと乱暴に撫でてやる。
撫でられて、ほんの少し頬を紅潮させたティーガは俯いた。
「でもね、GENさん。GENさんに倒れて欲しくないってのは、変わらないから」
もう一度彼の頭を撫でてやり、GENは勢いよくベッドから立ち上がる。
「あぁ、判っているよ。心配させて悪かった」
倒れた本当の理由など、絶対に誰にも話せない。
たとえ相手が学院長であろうとも、だ。
まったく、進学校だと聞いていたのに、なんて生徒達だ。
悪魔にやられたんじゃないだけマシともいえるが、考えようによっては悪魔にやられたほうがマシだったかもしれない。
「もう立ち上がっても、平気なの?」
心底心配してか下がり眉で尋ねてくる後輩へは、力強く頷いてやる。
「……やれやれ。厄介事が増えちまったな」
思わず悪態をつくGENを、ティーガが見上げてくる。
「GENさん、困ってるなら、いつでも俺に言ってよね。手伝うからさ」
「ん、あぁ。困った時には、お願いするよ」
撫で回したせいでグシャグシャになったティーガの髪を整えてやりながら、GENは頷いた。
「ひとまず、俺の問題は保留として……お前のほうはどうだ?上手くやっているか?」
「うん。まぁ、それなりに」
ティーガは素直に頷き、ふと思い出したように話し出す。
「あ、そうだ。あのね、もうすぐ夏休みでしょ。夏休みにさ、神無サンと海水浴へ行くことになったんだ。三泊四日で」
「ほ〜、二人っきりでか?」
茶化してやると、ティーガはニッカと笑い「まさか」と即否定する。
「神無サンの友達も一緒だよ。あ、それと倭月と倭月の友達も一緒だし」
ずいぶんと大所帯で出かける予定のようだ。だが目的地が海ならば、それもアリだろう。
それにしても、メンバーが女の子ばかりだ。
編入してきたばかりでハーレム状態とは、ティーガも隅におけない。
密かに感心するGENへ、ティーガは笑顔で締めくくる。
「それでね、倭月が保護者も必要だっていうから、長谷部先生が一緒に行ってくれるって言っちゃった」
「そうかそうか…………って、えっ?チョット待て、今、なんて言った?」
すっかり傍観者ヅラで聞いていたGENが、えっとなって聞き返すも。
ティーガは扉のほうへ素早く移動しており、捕まえて問いただす暇も与えなかった。
「長谷部先生、その時は引率お願いしますね〜。そんじゃ、また!」
「まっ、待てぇ!」
引き留めようにもティーガはスタコラ走っていってしまい、あっという間に背中が遠ざかる。
逃げていった後ろ姿を見送りながら、GENは大きく溜息をつく。
まったく。
悪魔探しや生徒への対応だけでも頭が痛いのに、後輩までもが厄介事を持ってくるとは。
だが、万が一ということもある。
生徒会長の友達や、倭月の友人の中に悪魔が潜んでいないとは限らない。
それに、どうせ夏休み期間中は学院内の調査が出来ないも同然である。
なら、ティーガの旅行へついていってやるのも悪くはない。
GENは自分を納得させると、お次は夏休み期間中の作戦を練り始めた。

act6.組織  親善大使

黒真境でも唯一の空港、天都空港には今日も多くの観光客が訪れる。
多くは首都以外の地方から出てきた者だが、希に西大陸からの旅行者も混じっていた。
飛行機のタラップを降りながら、黒衣の男が、ひっそりと呟く。
「黒真境へ来るのは久しぶりでござるなり」
男は丸坊主であった。黒衣を着込んでいる。
手に持った木魚を、ポーンと鳴らした。
訝しげに見やりながら、他の旅行者が彼を早足に追い抜いてゆく。
地上へ降り立った黒衣の元へ、一人の青年が「おーい、こっちだ、こっち!」と手を振った。
手を振った拍子に、さらさらと髪が揺れる。金色に輝く髪だ。
東では滅多に見かけない、西大陸の住民特有の髪の色である。
黒衣の男が破顔した。
木魚を袖の中へしまい込み片手で顎を撫でながら、青年のほうへと近づいてゆく。
「おぉ、デェビット。出迎えご苦労でござるなり」
対して青年の方は、さほど嬉しくもなさそうに首を振ってみせる。
「まったく。君の格好は目立ってしょうがないな。コスチュームプレイじゃないんだから、もっと真面目な格好で来てくれよ」
流暢な黒真境語だ。西の訛りなど、一欠片もない。
「そういう、お主こそ変装の一つや二つをしてみたら、どうでござる。その髪では目立って仕方あるまいでござるなり」
「僕は、いいんだよ」
デヴィットは肩をすくめ、苦笑いする。
「親善大使がカツラをかぶってきたんじゃ、東の皆さんだって気を悪くするだろ」
それに大体、と歩きながら彼は言う。
「ござるなりって何なんだよ?今時そんな言葉遣いの奴はド田舎にだって、いやしないぞ」
「拙者のオリジナルでござるなり。イカスでござろう?」
得意げな黒衣に、ハァッと溜息をついたデヴィットが、かぶりを振る。
「全然」
だがデヴィットの呆れも、どこ吹く風。
黒衣の男は視線を正面に見据えたまま、悠然と言い放った。
「デェビット、お主も親善大使を名乗るのであれば、ちっとは東文化を勉強いたせ」
しまりのない顔に多少の苛つきを見せて、デヴィットが黒衣の言葉を遮った。
「そのデェビットって呼び方、やめてくれる?すごくイラッとくるんだけど」
「呼び名など記号だ、気にするなでござるなり」
「……まぁ、いいや」
すぐに諦めたかして、デヴィットは話題を変える。
「それより君が来たってことは、あいつも後日到着の予定かい?」
黒衣の男、ラングリットが頷く。
「概ね、そう思って間違いなし」
「そうか……なら、明日から忙しくなるな。主に、君が」
無責任な呟きに、ラングリットの片眉も跳ね上がる。
「デェビット、お主は手伝わぬつもりか?」
デヴィットは口元に笑みをニヤッと浮かべ、ラングリットを斜め見る。
「僕の仕事は、あくまでも攪乱だからね。せいぜい天都の片隅で暴れさせてもらうさ」
「ふん」
ラングリットも笑みを口元に貼りつけて、同僚を睨みつけた。
「暴れすぎて、奴らに目をつけられぬようにな」


同刻、THE・EMPEROR社内――書庫。
「最近、キンパツをあちこちで見かけるようになってきたと思わないか?」
それとなく雑談を振ってきたレイカに、MIYABIも応える。
「そうね。親善大使だなんて言っちゃって、わざわざ招き入れる学校も増えてきたし」
「親善大使ねェ。ホントに信用できるのかな?」
そう言って、ブッと本の上に積もった埃を息で吹き散らかす。
埃が、こちらにまで飛んできて、MIYABIは眉をひそめた。
書庫の整頓手伝いをレイカに頼んだのは、自分だ。
退治部で暇そうにしていたのが、彼女一人しかいなかったからだ。
本当は力持ちということでZENON辺りに頼みたかったのだが、彼は留守だった。
レイカ曰く、ZENONは最近名指しで入ってくる依頼が多くて非常に忙しいんだとか。
ZENONと違ってレイカはおしゃべりで賑やかだが、この際、贅沢は言っていられなかった。
「西大陸の旅行者が増えた事と、何か関係しているのかしら」
そう尋ねると、レイカは肩をすくめて「考えすぎじゃないか?」と笑ってよこした。
今のところ、西の人間が悪さをしたというニュースも聞かない。
単なる偶然の一致だろうとはMIYABI自身も思うのだが、一方で消えない不安もあった。
「家畜が盗まれているニュースは、聞いた?」
即座にレイカが相づちを打つ。
「あぁ、郊外や田舎のほうで頻繁に起きてるって、アレだろ?」
西の旅行客が頻繁に現われるようになってからだ。
夜の間に家畜が盗まれ、ゴミ処理上に骨だけの姿となって返還されるという事件を聞くようになったのは。
これも偶然の一致だろうか?偶然だとしたら、家畜ドロボウは東の人間という結論に達する。
しかし今まで、このような事件が起きたことなど一度もなかったのだ。
やはり、どこかで西の人間が関与しているとしかMIYABIには思えなかった。
「悪魔の仕業じゃないかって考えてる人もいるよね」と、レイカ。
「……ほら、噂をすれば、この雑誌」
手渡されたのは、黒真境ジャーナリズムという週刊誌。
最近、頻繁に悪魔特集を組んでいる情報誌だ。
悪魔の噂はMIYABI達が生まれるよりも、ずっと以前から、あるにはあった。
あったが一般的ではなく、特殊な職業――例えば占い師や巫女がくちにする類の噂だったはず。
一般人、それもジャーナリストが軽々しく話題にしていい対象ではない。
今でも悪魔が見える人間は限られている。霊感が発達した一部の者と、悪魔祓いのみに。
「ここの編集長、いずれ会ってみる必要がありそうね」
黒真境ジャーナリズムの編集長は、どこで悪魔の情報を聞きつけてくるのか。
情報のソースも調べておく必要がありそうだ。
雑誌を睨みつけるMIYABIに「あ、それがさー」とレイカが口を挟んでくる。
「そこの編集長、誰とも会わないって噂だぜ?特に悪魔祓いは信用できねーんだってさ。ったく、どっちのほうが信用できない人間だっつーの」
不満顔でブゥッと埃を吹き散らす。
またしても埃が、こちらへ飛んできて、我慢できなくなったMIYABIも悲鳴をあげた。
「お願い、レイカ。埃を払うなら吹くんじゃなくて、そこのハタキで叩いて」
「わかったよォー」と、口を尖らせつつも。
それでも一応レイカは言うことを聞いてくれて、ハタキでポンポンと本を叩く。
「けどさ、宇宙人の仕業だなんて書く三流紙よりは、いいとこついてると思わない?」
「そりゃあね」
そこはMIYABIも同感だ。
それだけに、ますます情報の仕入れ先が気にかかる。
当てずっぽうやハッタリでは、悪魔の名前など出てこない。
「あ、ところで」
埃を払った本を順番に並べながら、レイカが話を振ってきた。
「さっき親善大使っつってたよな?それって、どこの学校の話?」
「え?あぁ……たくさんあるわよ。天都の学校でも沢山。主に私立高ね、受け入れているのは」
そう言って、MIYABIがニュースで聞いた限りの学校名を羅列する。
どれも有名処ばかりだ。その中には、桜蘭学院の名前もあった。
「ふーん」
自分から聞いてきたにも関わらず、レイカは気のない相づちを打つと、後は本の整頓に没頭した。


深夜零時を回る頃になると、天都といえど人通りは少なくなってくる。
薄暗がりの路地を選び、デヴィット=ボーンは早足に目的地へと向かっていた。
その足が、不意にピタリと立ち止まる。
後ろも見ずに、彼は追跡者へ話しかけた。
「誰だか知らないけれど、僕を追うのは無駄な行為だよ?下手な尾行者さん」
「いやいや、そう邪険にするなよ旅行者さん」
暗がりから姿を現わしたのは、中年男だ。
何日も着たきりなのかシャツはヨレヨレ、汗で黄ばんでいる。
無造作に伸ばした髭が汚らしい。男からは煙草の匂いを強く感じた。
あまり、まっとうな職に就いている人間ではなさそうだ。
「道に迷った観光客を案内してやろうと言っているのさ。なぁ、デヴィット=ボーンさん?」
「……その名前を知っている、ということは」
すぅっ、とデヴィットの目が細くなる。
「ただの地元住民じゃなさそうだね、尾行者さん」
「いやいや、あんたのことは誰でも知ってるぜ?あんた、今度、桜蘭学院に入ってくる予定の親善大使だろ。デヴィットさん」
名指しで呼ばれ、はて、とデヴィットは首を傾げる。
「僕の名前は、どこかで発表されていたかな」
「学級新聞でね。俺の娘が桜蘭の生徒なんだ」
中年の言葉に、一度は納得しかけるも。
デヴィットは、すぐに自分で間違いを改めた。
「……いや、僕の名前はガルシア=ラレットで登録したはずだ。つまりデヴィット=ボーンの名を知る君は、僕の敵というわけか」
ひゅっ、と何かが風を切り、避ける間もなく中年が血を吐いた。
「がッ!」
何だ?何が飛んできた。
訳もわからず、中年は路地に蹲る。脇腹が痛い、燃えるように熱い。
たまらず手を当てた場所からは、生暖かい感触が肌に伝わってきた。これは……血?
「尾行者さん。僕が何者かを知っていたのなら、それこそ追跡するべきではなかったね」
薄暗がりの中で、にやけた目が笑っている。
「もし君が、無事に病院まで辿り着けたなら、THE・EMPERORの奴らに泣きついてみるんだね。悪魔の手先に襲われたって。彼らが君の話を信じてくれるかどうかは、僕にも保障できないけど」
脇腹の痛みが酷くなると同時に、視界は、どんどん暗くなってゆく。
デヴィットの顔も、よく見えなくなってきた。
畜生。
噂の出所を確かめる為に、ただ、会って話をしてみたかっただけなのに。
相手が親善大使を気取っている間は接触しても平気だと、編集長だって言っていたじゃないか。
流血のせいか、目眩が激しくて、うまく立ち上がれない。
それでも自分が死ぬとは思いたくなくて、中年はズルズルと明りのある方向へ這いずっていった。
誰か、誰かに早く、教えなくては。危険な奴が東大陸に入ってきてしまった事を――!