EXORCIST AGE

act2.学院  接触

津山 拓ことティーガが桜蘭学院へ来た理由とは、ただ一つ。
校内に紛れ込んだ悪魔を捜して、退治する事にあった。
だが、手がかりは何一つない。そこで彼は一番手っ取り早い方法に出た。
適当に生徒を捕まえ、根掘り葉掘り学内の様子を聞き出す。これしかない。
幸い、この学院には顔見知りがいた。異母兄妹の倭月だ。
というか倭月がいるからこそティーガに、この依頼が回されたのかもしれなかった。


貸し切るまでもなく視聴覚室は無人だった。
「じゃあ、まず最初の質問だけど」
教室へ入るなり、行儀悪くも机に腰掛けて拓が尋ねる。
「なに?お兄ちゃん」
対して倭月は兄の行儀作法を咎めるでもなく、ニコニコと受け応えた。
「この学校って、全部で何人ぐらい通っているんだ?生徒と先生、全部併せた数な。具体的じゃなくてもいい、ざっとでいいんだけど。知ってるか?」
「えっとねぇ……」
学院案内のパンフレットを見た限りだと、総勢五百四十名って書いてあった。
などと屈託なく言われ、拓は内心げっそりする。
冗談じゃない。五百余名もいる中から、たった一人を捜し出せというのか。
「んじゃあ、クラスは?」
「一年から三年まで、それぞれ十クラスずつあるよ」
ますます意識が遠のいていく。生徒だけでも、合計三十クラスを見て回らなければいけない。
「へぇ……噂に違わぬマンモス校ってわけか」
呟く兄の元気のなさに、今度は倭月が尋ね返す。
「噂って、どんなの?何処で聞いたの?」
「ん、あぁ。でっかいって聞いてたから、サ。友達に」
言葉を濁す兄に、倭月の追及は続く。
「そういえば、お兄ちゃん」
「何だ?」
「どうして、今月になってから編入してきたの?」
倭月ならずとも、これは当然の疑問だろう。
六月などというハンパな時期の編入は、どこの学校でも珍しがられる対象だ。
だが、倭月相手に下手な言い訳は通用しない。彼女は拓の家庭事情を、知っている。
編入の理由が、父親の転勤でも引っ越しでもない事を知っている。
彼女の言う「どうして?」には、今になって編入するぐらいなら、もっと早くに入ってくれれば良かったのに――という意味も含まれていた。
「ん……まぁ、学校ってのに興味を持ったのが最近だったし……お前にも、会いたかったし」
照れくさそうにして答えると、効果はてきめんで。
倭月は、たちまち真っ赤になって俯いてしまった。
「あ……ぅ、も、もう、お兄ちゃんってば。いきなり、何言ってるのよぅ」
「しょうがないじゃないか、ホントにそう思ったんだから」
軽く茶化して妹の肩を叩くと、情報収集に戻る。
「で……だ。次、クラブってのは全部で何個あるんだ?」
「クラブ?あぁ、部活のコト?えっとねぇ〜……あ、ちょっと待って!」
叫ぶなり視聴覚室を飛び出していこうとする倭月の腕を、拓は咄嗟に引っつかむ。
「っと、待った!ドコ行くんだ?」
昼休みは長いようで短い。三十分なんて、あっという間に終わってしまう。
昼休みが終わってしまえば、学年の違う倭月と会うには放課後まで待たなければならなくなる。
「えっと、教室。パンフレットを取ってこようと思って」
振り返る妹へ嫌と言わせぬ笑みで、拓が尋ねる。
「俺も一緒に行っていいかな?」
だが親愛なる兄上様のお願いに、倭月は「えっ……」と言ったまま固まってしまう。
なんだ、この反応。
兄が一緒に教室へくっついていったら、何の不都合があるというのだ。

……ハハーン。
もしかして、アレか?同じ教室にカレシでも、いるってか?
そいつを俺に見せたくないから戸惑っているんだな、倭月のやつめ。

サワヤカから一転して意地の悪い笑みに切り替え、拓は重ねて問いかけた。
「気を遣う必要なんかないぞ、倭月」
「……え?な、なに?何の話?」
「お前にだって彼氏の一人や二人がいても全然おかしくないと思うぞ、だから」
最後まで言う前に、倭月からは怒鳴り返される。
「そ、そんなのいないっ!何、言ってるの……?ひどいよ、お兄ちゃんッ!」
ひどいと言われるほど、酷いことを言った覚えはない。
しかし、見れば倭月は涙ぐんでいるし、拳をブルブルと握りしめている。
カレシというキーワードは、彼女にとって相当なNGワードだったんだろうか。
もしかしたら兄貴の知らないところで、誰かにフラれたりした苦い思い出があるのかも。
予想外な妹の反応に拓が呆然としていると、我に返ったのか倭月も慌てて言い直してきた。
「あっ……ご、ごめん、お兄ちゃん。怒鳴ったりして……」
「い、いや。俺も悪かった」
別に自分は悪くないような気がしないでもないのだが、倭月が謝ってくるので拓も謝り返す。
お互いに謝り倒し、気まずさからゴホンと大きく咳払いして、彼は場を取り繕った。
「で、一緒に教室へ行くのはオーケー?それとも、ダメなのか?」
「あ、うん……い、いいよ。いいけど、でも」
歯切れの悪い倭月の顔を覗き込むと、彼女はプイッと視線を逸らして小さく呟いた。
「できるだけ、皆とは話さないで戻ってね。特に女子とは」
「なんでだよ?」
わけの判らないお願いに、拓は首を傾げる。
話しかけるのも憚られるほど、性格の悪いワルガキ揃いなのか?倭月のクラスメートは。
桜蘭学院は名門校。それも超がつくほどの進学校と、社長からは聞かされているのだが。
「……だって。皆がお兄ちゃんに興味を持っちゃうもん。そんなの、ダメ」
どことなく拗ねたような、そんな妹の返事を聞いて。
「ハァ?」
素っ頓狂な声をあげたかと思うと、次の瞬間、拓は大爆笑した。
「なぁ〜に言ってるんだよ、お前は!皆が俺に興味を持つのは当然だろ?だって俺は季節外れの編入生なんだからサッ」
ガッハッハと馬鹿笑いする兄を、倭月は横目で睨みつける。
もう、バカ。お兄ちゃんの鈍感っ。
そんなことは、わざわざ拓に言われずとも、倭月だって承知している。
彼女が心配しているのは、そうじゃない。そういう意味ではない。
女子の皆が、兄に異性としての興味を持ってしまうのが怖いのだ。
桜蘭学院は共学校である。
しかし女子の皆が皆カレシ持ちというわけには当然ならず、フリーの子が大半を占める。
それでいて口にする話題は色恋ばかりときているのだから、そこへフリーの編入生が現われたりしたら。
拓にカノジョが出来る。それだけは、断固阻止しなければ。
せっかく一緒に通えるようになったのに、兄に特定の女性ができたんじゃ嬉しさも半減だ。
「まぁ、今はパンフレットを見るのが先だしな。お前の同級生との交流は後回しにしといてやらぁ」
永久に、後回しにしてくれればいいのに。
兄には聞こえぬよう、小さく溜息をついた倭月が頷く。
「いいよ。じゃあ、ついてきて」

だが廊下に出て早々、倭月と拓は足止めを食らう。
図書室でのやりとりは校内全体に広まっていたようで、二人は皆に取り囲まれた。
「ねぇねぇ、二人はどういう関係なの?肩抱いたりしちゃって仲が良いんだね〜」
「視聴覚室で何、お話ししていたの?皆には言えないようなコト?」
「なんなの?わっつん、津山サンと知りあいだったの?どうして言ってくんなかったし!」
なんと倭月の友達、木月の姿も見える。
「あ、えっと……」と、どもる倭月とは対照的に。
内心のイライラを押し隠し、表面上はサワヤカな笑顔で拓が受け答えた。
「俺達、兄妹なんだ」
「きょうだい!?」
廊下にいた全員が声をはりあげるのも、お構いなしに続ける。
「そ、兄妹。腹違いの兄妹だよ。だから苗字も違うってワケ」
「んじゃあ、んじゃあ、津山くんが護之宮家の跡取り息子なワケ!?」
名も知らぬ男子生徒へ首を振り「いぃや、倭月と結婚した奴が次の頭首様だよ」と拓は笑った。
その言葉に嘘はない。
腹違いの兄妹というのは、あくまでもDNA上の話である。
護之宮と拓の間に、家族の絆はないも同然だ。
護之宮の跡取りは倭月しかおらず、将来は倭月の旦那が護之宮家を継ぐことになろう。
「え、でも、兄さんなんでしょ?」と別の生徒の質問を受け、これにも笑って受け流す。
「腹違いの、ね。護之宮の家では育っていないから、俺は」
これで質問も終わりかと思いきや、今度は別方向から声が上がった。
「津山くんの家って、天都のどこらへん?護之宮家からは遠かったりする?」
「君のお母さん、もしかして愛人一号ってやつ?」
……あぁ、イライラする。
なんで、こんな立ち入った家庭の事情まで話さなければならないのだ。
しかも、知らない奴らに。
いくら編入生が相手といっても、皆、ちょっと好奇心が旺盛すぎだろう。
それとも、倭月が護之宮家の人間だからこその好奇心か。
護之宮は、かつては天都を治めていた地主の血筋だ。
政権が国に移った今でも、多少の支配力や影響力は残っていよう。
ちらと横目で時計を伺うと、もう五分も時間をロスしている。
肘で倭月を突っつくと、倭月も八の字に下がりきった眉で見上げてきた。
ダメだ。気弱な彼女では、このピンチを切り抜けられない。
ここは兄たる自分が何とかしないと。
「そんなことよりさ」と、拓は切り出した。
「俺、この学校に早く慣れたいんだ。誰か、学校案内してくれると嬉しいんだけどな」
途端にハイ、ハイ、ハイ!と騒ぐ女子達の甲高い声で、廊下は騒然とする。
もっとも恐れていた展開を兄自ら引き出してしまったことに倭月は顔面蒼白となり、そして――
すっと一歩前に出てきた女生徒を、ひと目見るや否や。彼女の顔は、ますます白くなった。
「それでしたら、わたくしが、ご案内いたしますわ」
長く伸ばした艶やかな髪の毛が、目を惹いた。
皆と同じ制服を着て佇んでいるだけだというのに、いやに清楚な印象を受ける。
整った顔立ちといい、言葉遣いといい、他の女生徒とは明らかに異なった雰囲気を備えていた。
「……君は?」
倭月が教えてくれそうにないので本人へ直接尋ねると、彼女は微笑んで会釈する。
「生徒会会長、三年一組の神無 千早かんなぎ ちはやと申します」
言葉遣いからして名家のお嬢様と踏んでいたのだが、神無の名に聞き覚えはない。
ないがしかし、生徒会長と、こうも早く接触できるとは。幸運だ。
生徒会なんぞをやっているからには、新一年の倭月よりも、もっと学内の事情に詳しかろう。
「三年生か。じゃあ、先輩ってお呼びしたほうがいいですか?」
軽く茶化す拓に、かわらぬ笑みを浮かべたまま千早が答える。
「かまいませんわ、君でも、あなたでも。お好きなように、お呼び下さいませ」
普通の男ならクラクラと他愛もなく参ってしまうほど、女神の如し暖かな微笑みだ。
だが学内中の人間を悪魔と疑っている拓には、生徒会長様の魅力も全くの無力であり。
もう一度チラリと時計を一瞥した彼は、千早に社交辞令で笑いかけた。
「じゃあ先輩、学校案内は放課後にお願いします」
「えぇ、承知いたしました。では放課後に、そちらの教室へ参りますわね」
二人のやりとりが、倭月の耳を右から左へ抜けてゆく。
なんてこと。
編入一日目にして、もっとも最強の虫が、お兄ちゃんについちゃった!
しかし妹の心兄知らずというやつで、呆然とする倭月の様子に拓が気づいた様子もない。
「んじゃあ、倭月。パンフレットを見なくても良くなったんで、お前一人で戻っていいぞ」
無神経な一言に、倭月の中で何かがブチッ!と激しい音を立てて、ちょん切れた。
「……なによ……それ……」
「ん?なんか言ったか?」
聞き返す兄に怒鳴り返せるほどの勇気はなく、倭月は下を向いたまま廊下を駆けてゆく。
言葉は後から倭月の心の中に浮かんでは消えていった。
なによ、バカ。お兄ちゃんの、バカ!
パンフレット、一緒に見たかったのに。入りたい部があるなら、教えてあげたのに!
一方、返事をするでもなく涙と共に走り去った倭月の背中を拓はポカンと見送った。
なんだ?あいつ。唐突に機嫌を悪くしやがって……
まぁ、いいか。神無の出現と倭月の退場で、周りの皆も毒気を抜かれている。
この分なら昼休みが終了する前に、教室へ戻ることができるだろう。
それでも一応は皆へサワヤカに挨拶すると、拓も廊下をブラブラと歩いていった。

act2.組織  パートナー不在

時計の針が十二の数字を回る頃。
THE・EMPEROR内にある食堂では、飯をかっこむ社員の姿が、ちらほら見受けられた。
「じゃあ、半月後には学院へ潜入?」
お茶くみ女性社員ミズノが言うのへ頷くと、GENは漬け物を二、三枚、一度に口へ放り込む。
「あぁ。結構長引きそうな依頼なんで、俺達がいない間のフォローは頼むよ」
「ターゲットは不明だっけか。よっく、そんな依頼を引き受けるよな〜社長も」
そう言って、真向かいに座った茶髪の同僚BASILが苦笑する。
チャラチャラした格好だけで判断するなら、天都の中央街にいる軽薄な若者達と大差ない。
だが、こう見えて、この男。
エンペラー社を切り盛りする社員の一人であった。
「でも、どんな依頼でも無下に扱わない。それで大きくなったような会社でしょ、ここって」
すかさずミズノがフォローに入り、GENは、もぐもぐ口を動かしながら手帳を片手に忙しない。
「だな」
「一日二日で終わりそうな依頼、あるのか?」
身を乗り出してきたBASILに手帳を見せてやると、GENは頷いた。
「ある。悪魔にストーカーされている女の子と、金貸しに化けた悪魔の件が一つずつ」
「ターゲットが判っているやつは、楽だよな〜」
「だな」
GENは、もう一度頷くと、ご飯と漬け物を、お茶で一気に流し込んだ。
その様子を眺めていたミズノは苦笑しながら、お茶のおかわりを注いでやる。
「先に行ったんだっけ?ティーガ」
「あぁ」
すぐに飲もうとして、アチッ!と手を引っ込めたGENが天井を見上げた。
「俺もすぐ行くって言っといたんだが……心配だよ。あいつを一人にしておくのは」
「そうね……単独行動は今回が初めてだものね、あの子」
つられてミズノも天井を見上げ、BASILはヤレヤレといった風に肩をすくめる。
「だから早くパートナーをつけてやれってのよ。お前だって、いつまでもガキのお守りなんかしてらんないだろ?」
「そうはいうけど」
自分にもお茶を注いで、ミズノが言う。
「こればっかりは相性の問題もあるし……たぶん社長が時期を見て、何とかしてくれるはずよ。GEN、あなたも早くパートナーを見つけないと、そのうち過労で倒れちゃうわ」
そこへ銅鑼声が乱入してくる。
「おいおい、食堂で仲良く茶ァ飲んで雑談か?かき入れ時だってのに随分と暇そうじゃねぇか、お前ら」
のっそりと入ってきたのは、背の丈二メートルぐらいありそうな大男。
褐色に焼けた肌と顔に入った古傷がギラギラした視線と相成って、余計凄みを感じさせる。
途端に、しまったという顔でBASILが立ち上がった。
「と、とにかく、早いうちにパートナー申請を社長に申し立てておけよ?じゃないと、男同士でタッグを組むハメになっちまうからな!」
忠告もそこそこに、慌ただしく出ていく彼を見送りながら。
先ほどまでBASILの座っていた席に、入ってきたばかりの男――ZENONは腰掛けた。
「なんでェ、あの野郎。俺とは相席したくねェッてか」と、ぼやいていたのも一瞬で。
すぐさまGENへ向き直ると、彼の手から手帳をひったくる。
「ケッ、こんなに仕事をため込みやがって。ガキのお守りなんかやってるから、テメェの首を絞めることになるんだ」
手帳には先ほど話していた二件の他にも、数十件の依頼が書き込まれていた。
その殆どが未解決、まだ手をつけていない状態だ。
「仕方ないだろ、新人育成は社長直々に頼まれたんだから」
手帳を取られても、GENは怒ることなく受け流す。
逆にZENONのほうが熱くなって、テーブルを激しく叩いた。
「新人なんざ、実戦形式で現場に直接放り込めばいいんだ!なにもテメェみてーなベテランに、お守り役を押しつけるこたぁねぇだろがッ」
「大体ベテラン社員が少なすぎるのよ、うちって。一応大企業なんでしょう?なんで増やさないのかしら」
ミズノも、くちを尖らせる。GENは肩をすくめた。
「知らないよ。一気に成長しすぎて、資金が回らなくなっているんじゃないのか?」
「んなわきゃーねぇッ。四六時中、俺達が身を粉にして依頼をこなしてるんだ、たんまり儲けているハズ――」
激高するZENONの横を、誰かが通り抜ける。
唐突に彼の声音が一オクターブは跳ね上がった。
「――って、バッニラすぁぁ〜〜んっ。バニラすぁんも、そう思いますよネッ?」
呼び止められた方は不機嫌に「アァ?」と振り返り、彼を睨みつける。
肩まで伸びた真っ白な頭髪。
ZENONの肩ほどもない背丈のくせに、やたら存在感のある老婆だ。
「何の話だいゴチャゴチャと!食堂で雑談している暇があるとは結構な余裕じゃないか、お前達」
「やだなぁ〜雑談していたんじゃありませんヨ、バッニラすぁぁん。社の体制について討論をしてたんスよ」
ささ、どうぞとばかりに椅子を引くZENONを横目で睨みつけ、礼も言わずに老婆は腰掛ける。
「GEN、例の依頼は片付けたのか?確か、もうすぐ期限が迫ってたはずだけどねぇ」
前置きもなしに切り出され、GENが慌ててZENONの手から自分の手帳を取り戻す。
パラパラとめくって彼女の言う依頼を見つけると、「あちゃ〜」と髪の毛をかきむしった。
「あちゃーじゃないよ、このバカチンが!チンタラやってるから、そうやって大事な依頼を見落としたりするんだ」
横から手帳を覗いたミズノが読み上げる。
「えっと、繁華街に現われたホストもどきの退治?え〜、ホストまがいの悪魔なんて雑魚中の雑魚じゃないですかぁ。どこが大事な依頼なんですか?バニラさん」
ドン!と激しくテーブルを叩き、怒鳴ったのはバニラではない。彼女の隣に座るZENONだ。
「バカヤロウ!依頼で人を差別しねーのが我が社のモットーだろうがッ。どんなゴミ依頼でも、迅速且つ丁寧に手を尽くす!!そいつが出来ねェ野郎は、エンペラーにいる資格はねェッ!」
だが偉そうに怒鳴った直後、バニラに頭をはたかれて涙目に。
「何がゴミ依頼だよ、このバカチン!!依頼は全て平等、依頼の影には必ず困ってる人間がいるんだ。あたしらは、そいつの気持ちを無下にしちゃいけない。どんな依頼でも軽んじちゃいけない。そう教えたはずだよ、お前らには!」
「す……すみませぇ〜ん」
ミズノとZENONは、しおしおと謝る。
GENだけが、マイペースにお茶を飲みつつ謝った。
「すいません」
「謝ってる暇があるなら、さっさと依頼を片付けな!」
食べ終わった食器をミズノへ手渡し、GENは去り際バニラへ頭を下げた。
「じゃ、行ってきます」
慌てるでもなく、のんびり立ち去る後輩の後ろ姿に、思わずバニラの口からは溜息が漏れる。
「……まったく。マイペースすぎるってのも考えものだねェ」


THE・EMPERORには、社則がある。
社員は必ず男女で組んで活動することが、社則として義務づけられていた。
とはいえ、男女比は必ずしも平等ではなく。
パートナー契約を組めずに余っている男性社員も、少なくない。
ZENONのように片方が望んでいても、相手が首を振らないという理由で組めない社員もいる。
デビューしたてのティーガはともかく、GENは社員になって長いのだしパートナーは必要だ。
それなのに、彼は未だソロで活動している。
社内での女性人気も悪くないし、会社にだって貢献しているのに、何故……?
何故パートナーを作らないのか?
不思議に思う声も少なくなかったが、本人に直接聞くのは躊躇われた。
「アレじゃねーか?あいつ、ホモなんじゃねーのか。だから女とは組まねーんだろ」
ZENONの戯れ言を華麗に聞き流し、ミズノがバニラへ話を振る。
「バニラさんのパートナー再申請は、まだでしたよね」
バニラのパートナーは、三年前に殉職した。悪魔との戦闘で、命を落としたのだ。
三十年近く組んでいた最強のパートナーでも、死ぬ時は一瞬で死ぬ。
人の命とは、あっけないものだ。
「どうでしょう、GENと組んでやってくれませんか?彼、このままじゃ過労死しちゃいます」
「駄目だ!!」と即座に反対したのはZENONで、両手を握りしめて力説する。
「バニラすぁんは俺と組むんだ!俺と組んでエンペラーの名を世界中に知らしめるんだからなッ」
「あなたには言ってないわよ!」
怒るミズノへ、冷たい一言が突き刺さる。
「あいにくだが、あたしだってガキのお守りは御免だね」
バニラの返答は実にそっけなく、一瞬は言葉を無くすミズノだが、すぐに立ち直って反撃に出た。
「どうして駄目なんですか?子供っていうけど、彼はもう立派な大人です」
「下も見たのか?」と混ぜっ返してくるのはZENON。ミズノは彼を存在ごと無視した。
「どこがさね。さっきの醜態を見ただろ?大事な依頼の期限をド忘れしやがって、あれでもベテランのつもりかね」
これ見よがしな溜息をつく老女へ、ミズノの声も自然と甲高くなる。
「あれだけ依頼が溜まっていれば、一つ二つ見落としたって当然ですッ。そういうポカをやらせない為にも、彼にはパートナーが必要なんです!」
その通り!と、またまたテーブルを手荒く叩いたZENONが無理矢理会話に混ざってきた。
「だからこそ!バニラすぁんは俺の嫁に、じゃなかった俺のパートナーになるべきなんス!!」
これには、ミズノも眉間に縦皺を寄せて怒鳴り返す。
「うるさい!花嫁募集なら、よそでやりなさいッ。今は、そんな話をしてるんじゃないのよ!」
「あんたもだよ、ミズノ。あんたも充分うるさい」
バニラは小さく嘆息し、派手に言い合う二人をジト目で見上げる。
「ほら、二人とも仕事に戻りな。あたしも、そろそろ戻るから」
「まだ質問に答えてもらっていません、バニラさん!」
見ればミズノは、うっすらと涙ぐんでいるではないか。
もう一回溜息をつき、バニラはキッパリ宣言した。
「……困った子だねェ。いいよ、判ったよ。理由を教えてやる。あたしのパートナーは生涯ただ一人。死んだ、あいつ……ゾラだけだ。だからGENと組まないし、ZENONとも組まない。それだけの話さ」
涙を拭おうともしないミズノへ、小さく笑いかけると。
「そんなにGENのことが気になるんだったら、あんたがパートナーになってやったらどうだい?あんたほどの器量よしなら、あいつだって嫌がったりしないと思うけどねェ」
そう言い残して、食堂を出て行った。
ぼろっぼろと零れる涙を拭こうともせず、ミズノは今の言葉を脳裏で反芻する。
「……え?器量よし……って、わ、私が?」
今頃になって赤くなり、ZENONへ聞き返すが、彼には逆に聞き返されただけだった。
「ミズノ、お前……まだパートナーがいなかったのか?てっきりBASILかウォンドと組んでるんだとばっかし思ってたんだけどよ」
ナンパ野郎で有名なBASILがミズノに粉をかけていないとは、意外だとZENONは思った。

女性社員の中で、ミズノはダントツな人気を誇る。
誰にって、もちろん売れ残った男性社員連中にだ。
彼女の隠し撮り写真は、その手の連中に高値で売れた。
そいつら相手にZENONも商売をしたことがあるのは、当然彼女には内緒である。
愛嬌があり、そこそこ可愛い。笑うと、えくぼが出来る。
彼女が動くたびに、ポニーテールも揺れる。
そんな些細な処までもが可愛くて仕方ないらしい、彼女に惚れている連中にとっては。
たとえミズノの能力がお茶くみ専用だとしても、彼らは問題にしないだろう。
いるだけで癒される。そんな存在として崇めているのだから。
馬鹿馬鹿しい、とZENONは内心吐き捨てる。
最高のパートナーとは、バニラさんのように強くて格好良く気高い女性を指すのだ。
可愛いだけじゃ足手まといだ。皆、判っていない。

「そりゃあ……組めるなら、GENとだって組みたいけど」
少しばかり勢いをなくし、しょんぼりと項垂れたミズノが応える。
「でも、お茶くみ係じゃ向こうが嫌がるでしょ」
一応は自覚があるだけ、マシといえよう。
「んじゃあ、やっぱアイツのパートナーはティーガで決まりか」
茶化して言うと、すかさずミズノはキレた。
「なんでそうなるのッ!?ティーガだって、どうせ組むなら女の子と組みたいはずよ」
「けど今は、新入社員にも女がいない。奴のパートナー決定は社長の気分次第ってワケだ」
そうね、とミズノも一旦は落ち着いたのか、窓を眺める余裕が出来た。
「来年の春に期待するしかないわね。GENも、ティーガも」