EXORCIST AGE

act1.学院  お兄ちゃんが、来た日

朝の通学路。
連れだって歩く女学生が、雑談に花を咲かせている。
「ねぇねぇ倭月ー、知ってる?今日、二年に編入生が来るんだって」
「えっ、編入生?こんな時期に?」
卒業式には程遠く、夏休みも、まだまだ先の話。
一年の、ちょうど半ばの六月だった。

護之宮 倭月。
今年で十六歳になる彼女は、ここ桜蘭学院の新一年生。
入学して半年経っているんだから、もう「新」と呼ぶのもアレだけど。

「二年生で編入って珍しいよね」と友達が振ってきたので、倭月も頷き返す。
「そもそも、うちの学校、編入生自体が珍しくない?」
「だよね〜」
「どんな人なのかな?どっから来たの?男の子?女の子?」
別の友達が、はしゃぎだし、最初に話題を振ったほうは肩をすくめる。
「知らないよー。噂で聞いただけだし。そんなに気になるなら見てくればぁ?」
「だね、そうする。ね、わっつんも見に行こ?」
「う、うん」
なんて、他愛のない会話をかわしながら。
予鈴のチャイムが鳴り響くのを、のんびりと歩きながら耳にした。


話題の編入生は、二年四組へ入ったらしい。
廊下は本来なら、いてはならないはずの人影で、ごったがえしていた。
ホームルームの本チャイムは、既に鳴った後だ。
にも関わらず一年や三年の姿が、二年生の教室が並ぶ廊下にいるというのは、ただ事ではない。
倭月も友達に誘われて、こっそり人混みの中に紛れ込んでいた。
ホームルームの時間をさぼるなど、入学して以来、初めての経験だった。
不意に、周りがざわめき出す。友達が、つんつんと倭月の腕を突いた。
「わっつん、わっつん、あれ、噂の編入生じゃない?」
指をさされ、その方向を見て。
倭月は、あれっ?と目を二、三度、ゴシゴシこすった後。パチパチと激しく瞬いた。
先生に連れられて歩いてくるのは、一人の男子生徒だ。
しかも、何故か見覚えがある……
いや、見覚えがあるなんてもんじゃない。あれは、お兄ちゃん!?

倭月には、兄が一人いる。
といっても、一緒に住んでいるわけじゃない。
彼は護之宮の家に住まず、一人でアパート暮らしをしている。
名前は、津山 拓。腹違いの兄だ。俗に言う、異母兄弟というやつである。

「こら、お前ら。本鈴は、もう鳴ったぞ?早く教室へ戻りなさい」
廊下にタムロする生徒達を、怒鳴りつけるでもなく。
穏やかな笑顔で叱ると、先生は先に教室へ入っていく。
続けて入ろうとする編入生を、廊下の皆が呼び止めた。
「名前、なんてーの?」
「どっから来たの?地方から?それとも地元?」
「なんで今頃来たんだ?親父の転勤か?」
「どうして、うちを選んだの?うちって私設なのにー。公共は嫌い?」
みんなして好き勝手に騒ぐもんだから、声が混ざって聞き取れない。
編入生はチラリと皆を一瞥すると、いやにハッキリ通る声で名乗りを上げた。
「名前は津山拓、生まれも育ちも天都の人間だ。これから一年半、この学院へ世話になる。よろしくな!」
「こらこら、そんなところで自己紹介しない」
教室へ入ったはずの先生が戻ってきて、拓の腕を引っぱる。
「お前のクラスは、こっちだぞ?こっちで自己紹介しなさい」
「は〜い」
あまり真面目と言えないような返事を残し、四組の教室へ消えてゆく拓の背中を見送りながら。
倭月はまだ、ぽかーんとしたまま突っ立っていた。
「わっつん、今の人、津山サン?けっこーイイ感じだったねぇ。ねぇ、わっつん?聞いてる?」
つんつん腕を突かれ、さらにはギュッとつねられて、ようやく倭月が我に返る。
「いっ……!」
つねられた腕を反射的に庇うと、友人は悪いとも思っていない笑顔で謝ってきた。
「あ、痛かった?ごめーん。だって、わっつんが聞いてくんないから」
「ご、ごめん……」
「どうしたの?さっきからボーッとしてぇ。今の人、津山サン。わっつんの知ってる人?」
と聞いてから、彼女は自らの質問を笑い飛ばす。
「なんて、まっさかねぇ〜。そんな偶然、フツーないよね」
「そんな偶然……」
「さ、もう戻ろ?早く戻んないと、一時間目が始まっちゃう」
友達は、さっさと歩き出し。後をついていきながら、倭月は小さく呟いた。
「そんな偶然……あるかも…………」


昼休み。
「ココじゃ、わっつんって呼ばれてるんだ?」
なんとなく一人になってしまい、暇つぶしに図書室へ入った直後。
入口で、いきなり声をかけられたもんだから、倭月は、びっくりしてしまった。
「ひゃあ!」
悲鳴をあげた倭月を、皆が一斉に注目する。
図書室では静かにしろ、とでも言いたげな視線で。
一方、彼女を驚かせた元凶は屈託なく微笑んだ。
「あっと、驚かせちゃったか?悪い悪い」
「も、もう……声をかけるなら、かけるまえに一言、言ってよ」
などという妹の無茶な要求を、あっさりスルーし。
倭月が何か言うよりも早く、拓は彼女の耳元で囁いた。
「先に言っとくけど、ここじゃ『お兄ちゃん』って呼ぶのは禁止だかんな」
「えっ?」となって兄を見ると、思いの外、彼の顔は大真面目で。
つられて倭月も、ひそひそ声で囁き返した。
「どうして?」
「苗字が違う。あれこれ詮索されるのは、お前だって嫌だろ?」
廊下でも教室でも、拓は津山と名乗っていた。
護之宮の家に住んでいない以上、彼が倭月と同じ苗字を名乗らない理由も判らないではない。
父の話だと、拓は父と喧嘩して家を飛び出していったのだそうだが……
愛人の子。母は兄のことを、そう呼んでいた。
一緒に暮らせない本当の理由は、そこにあるのかもしれない。
「でも、私……」
伏せ目がちに、倭月が呟いた。
「なんだ?」と促す兄の顔を、見ようともせずに答える。
「……私、友達に、もう、話しちゃってるよ。お兄ちゃんがいるってこと」
小さく舌打ちが、聞こえたような気がした。
ハッとなって見上げたが、兄は怒っておらず、代わりに頭を撫でられる。
「そっか、カミングアウト済みじゃーしゃーねぇな」
「じゃあ、お兄ちゃんって……呼んでも、いい?」
「オッケー、許す」
言われて、ようやく倭月が、はにかむ。照れた笑いを浮かべて、兄を見た。
「良かった……嬉しい」
「嬉しいって、何が?」
拓には聞き返されたが、沢山ありすぎて言い切れない。
兄が怒っていなかったのも嬉しいし、お兄ちゃんと呼んでOKなのも嬉しい。
そして、なにより。これからずっと、学校で一緒なのが一番嬉しい。

倭月が拓の存在を知ったのは、家で倉庫の片付けをしていた時だった。
はずみで、うっかり落としてしまった箱に入っていた、一枚の写真。
写っていたのは、倭月の知らない女性と小さな男の子だった。
裏には津山 祀と書かれていて、幼い倭月はショックを受ける。
まさか、いつも厳格な父が浮気を?
だとしたら、ひどい裏切りだ。母と、自分に対する。
その晩、彼女は父親を問い詰める。
大人しいはずの娘の剣幕に負けたか、父は、ぽつりぽつりと話してくれた。
津山 祀との関係は、すでに終わっている。
彼女が抱えている子供は、お前の兄でもある。名前は、拓。
拓は七歳になるまで、この家にいたが、ある日を最後に私と喧嘩して家を出た。
以降消息不明で、半年後に捜索も打ち切られた……
その兄と偶然出会ったのは、天都の一番大きな商店街にて。
彼は何かを追いかけていた様子だったが、倭月が呼びかけると足を止めてくれた。
話せば話すほど、あぁ、この人は私の兄だと確信するようになった。
目元と顔立ちが、父に似ている。
いや、それだけじゃない。
兄が全身から発する雰囲気も、父に似ているような気がした。
拓もまた、倭月に色々と話してくれた。
彼の母親、津山 祀は既に他界している。
だから今はアパートを借りて一人で住んでおり、夜の仕事で働いているといった事を。
護之宮の家へ帰ろうと誘う倭月に、拓は「あの親父と同居するのは嫌だ」と答えた。
わずか七歳で家を飛び出すほどだ。喧嘩の溝は深かろう。
それに、たとえ父と兄が和解したとしても、母が同居を許さないだろう。
母にとって、兄は愛人の子なのだから。
そう考え直し、渋々、倭月は諦める。
その代わり、いつかアパートに招待してねと約束を交わして、それ以降。
時々呼び出されては、一緒に買い物したり、お茶したりするようになった。
呼び出しは、いつも兄の方から一方的にだったので、不満といえば、それが不満だった。
でも、これからは心配ない。学校で、いつでも会える。
「で……だ、わっつんに質問が二、三あるんだけど、時間いいかな?」
さっそく用件を切り出してきた兄に、にっこり微笑むと、倭月は頷いた。
「いいよ、なんでも聞いて?あ、でも、ここだと皆の迷惑になっちゃうから、どっか開いてる教室へ行こうよ」
あと、と小さく付け足す。
「私のことは、いつも通り倭月って呼んでね。わっつんって呼ぶの木月さんだけだし」
「オーケー、オーケー、そんじゃ視聴覚室でも借りましょうか、倭月ちゃん」
馴れ馴れしくも倭月の肩を抱き、皆の注目の的となりながら二人は図書室を出て行った。

act1.組織  THE・EMPEROR

この世界には、海を隔てて、西と東に大陸が浮かんでいる。
天都を中心とした東の大陸、黒真境こくまきょう
ヨンダルニアを中心とした西の大陸、オズガルド。

この世界には、人ではない種族が人の世界に紛れて住んでいた――
人はそれを、悪魔と呼んだ。
困ったことに悪魔達は、興味本位から人間にちょっかいをかけてきた。
単なるイタズラなら放っておいてもいいのだが、時として死の訪れもあった。
やがて人間達は、己の生活を守るために悪魔退治の組織を結成するようになる。
それが悪魔祓い――すなわち、エクソシストと呼ばれる者達であった。
ティーガの所属する『THE・EMPERORジ・エンペラー』も、そうした理由で結成された組織の一つ。
多くの優秀な悪魔祓いを抱える大企業だ。彼にとっては、家でもある。
『THE・EMPEROR』は、天都にありながら、天都には存在しない。
天都の上空で結界を張り、そこに会社を建てて、悪魔や民間人の侵入を防いでいた。


「ティーガ、GEN。お前等には六月から、学院へ潜入してもらう」
社長室に呼ばれたティーガは、入るなり命令を受ける。
『THE・EMPEROR』の社長は、目深にローブを被った性別不明・年齢不詳の人物だ。
背丈はティーガの腰程までしかなく、常に音声装置を通して話をする。
怪しいこと、この上ない格好だが、社員は皆この社長を信頼、或いは尊敬していた。
「学院?」
聞き返すGENに、社長が頷く。
「そうだ。天都にある桜蘭学院。学力ランクはAだが、お前達なら大丈夫だろう」
再びGENが問う。
「学力は、まぁ、いいとして……俺も、ですか?」
学生と呼ばれる年齢は、最大でも十九歳まで。彼の歳は、それをオーバーしていた。
そうでなくても、GENの背は高い。
傍らのティーガと比べても、頭二つ分は軽く越えている。
学生と言い張るには少々無理のある、大人の肉体であった。
ティーガは、まだ十七歳だから、充分学生で通るだろう。
本来なら学校に通わなければいけない年齢なのだが、彼は学校に行っていない。
ティーガは『THE・EMPEROR』の研究施設で生まれ、育てられた。
社長が苦笑した。
「GEN、お前に学生をやれとは、いっていない」
続けて、ティーガを見やる。
「ティーガ、お前が先に学生として潜入しろ。GENは教師として半月後に潜入すれば、怪しまれずに済むはずだ」
同じ日に二人揃って編入してきたのでは、訝しむ学生も出てくるだろう。
だからバラバラに忍び込めと、社長は言っているのだ。
「なるほど、俺が先に入って様子見をしろってんですね」
ティーガは陽気に答え、GENが軽口を叩く。
「様子見ついでに、友達でも作ったらどうだ?」
ティーガが頷く。
「そっすね、ついでにカノジョを作っちゃうのも悪かないかもなァ〜」
「そうだな。学生の緊張を解いておくのは、いい作戦だ」と、社長までもが軽口に加わる。
不意に真面目な調子になり、GENが尋ねた。
「桜蘭学院に、いるんですね?」
いるとは、もちろん悪魔が……だ。
でなければ、任務と称して学院に行けなどと命じられるはずがない。
社長は即座に頷いた。
「察しが良いな。だが、ターゲットは一切不明。その辺の情報は現場で直接探ってくれ」
「不明!?せめて生徒か教師か、それだけでも判らないんですかァ?」
ティーガのクレームに、社長も怒ったような口調で返す。
「はっきり判っていれば、潜入なんて面倒な手段は取らない。判らないからこそ、お前等を学院に編入させようと言うんじゃないか」
「はぁ……判りました。判りましたヨ、頑張りまぁ〜す」
ぶぅっとふくれっつらの後輩の肩を、GENが軽く叩く。
「大丈夫だ。俺とお前の二人がかりなら、きっと見つけられるさ」
「頼りにしてますよ?GEN先生」と言いかけて、あっとなってティーガは尋ねた。
「そういやGENさん、学院では何て名乗るんすか?一応聞いとかなきゃ」
「ん?あぁ、そうだなぁ……」
首を捻るGENへ、社長が助言する。
「依頼主から名前を貰ってある。長谷部 英二だ。学院では、その名で通せ」
「はせべ、えいじ……ね。パッとしない名前だなぁ」
GENの顔を見上げティーガは文句を言うが、当のGENは気にした様子もなく。
軽く笑って、ティーガの頭を撫でた。
「お前は、いつも通り津山 拓、か?」
「そうっす。あ、そうだ、学院で出会ったら俺のことはタックンって呼んで下さいね!」
「あー、まぁ、考えとくよ」
曖昧な返事で誤魔化し、そういえばと思い出したようにGENが付け足す。
「そういや桜蘭学院っていやぁ、お前の妹、倭月ちゃんが通ってるんじゃなかったか?」
「えっ?」と固まり、天井を見上げて考え込んだのも一瞬で。
すぐにティーガは「あー!そう言われてみれば」と叫んで、社長を見た。
社長は口元に薄く笑みを浮かべて、ティーガを見つめている。
「学院の名前を聞けば、お前はすぐに思い出すかと思ったんだがな」
判ってて言わないなんて、社長も人が悪い。

GENもティーガも、本名ではない。
THE・EMPERORに所属する悪魔祓いは、全員がコードネームを名乗っている。
GENの本名を、ティーガは知らない。
自分の本名も彼は知らなかった。
母体と精子の提供者は知っている。
母体提供者は、津山 まつり
精子提供者は、護之宮 誠哉。
護之宮は天都に今でも残る地主の家系だが、津山のほうは既に生家がない。
ティーガというコードネームは、社長がつけた。
津山 拓は腹違いの妹、倭月と会った時にティーガが即興で思いついた名前だ。
愛人だの浮気相手だのと言われた津山 祀へ、同情したせいである。
津山 祀と護之宮 誠哉に、肉体の繋がりはない。断言してもいい。
施設で生まれたティーガ自身が言うのだから、間違いない。
護之宮の精子は津山の卵子へ人工的に組み合わせられた。それだけの話だ。
倭月とは以前の任務中、偶然天都で出会った。
少し眉毛の太い、だが大人しそうで可愛い少女だった。
胸が、やたらと大きく、本人も胸の大きさを気にしている風に伺えた。
彼女はティーガの存在を知っていたようで、会うなり「お兄ちゃんですか?」と尋ねられた。
目元や顔立ちが私の父に似ていると、倭月は言った。
写真でしか見た覚えのない誠哉の顔を、思い出そうと必死になっているうちに。
腹違いの兄がいるのだとも聞かされ、その時初めて自分に妹がいたことを知ったのだった。

「可愛い妹を守る意味でも、頑張ってこいよ」
社長に見送られ、社長室を後にする。
「天都へ行くのも久しぶりだな。お前は、そうでもないんだろうけど」
意味ありげなGENの視線を、ティーガは平然と受け止めた。
「しゃーねーでしょ。倭月は俺の本業、知らないんだから」
エクソシストであることは、倭月には秘密にしてあった。
この世には悪魔を認識できる人と、できない人の二種類がいる。
ティーガの持つ悪魔認識能力は、母体提供者である津山家のDNAが濃い。
護之宮夫妻は、認識できない側の人種だ。
倭月も、きっと認識できないに違いない。あの二人の血を引く娘なのだから。
護之宮夫妻には何と取られても構わないが、倭月には。
彼女だけには、自分を異質と捉えられたくない。
故に、エクソシストであることは厳重に伏せなければいけなかった。
ティーガが、ちょくちょく会社を抜け出して、天都にあるアパートへ出かけるのも、そうした嘘を守り通すためだ。
「たまには、護之宮の家にも寄ってみたらどうだ?」
などとGENには言われたが、ティーガは気のなさそうな返事をしたのみ。
「ん〜、まぁ、気が向いたらね」
たぶん、気が向くなんてことは百に一つもないだろう。
護之宮 誠哉は精子提供者だが、父親と呼べる関係ではない。
あくまでも提供者だ。それ以上でも、それ以下でもない。
津山の血を受け継いだ子供を生み出すために、精子を提供してもらっただけなのだから……
「それより半月間は、ひとりでやるんでしょ?できるかなぁ〜、俺」
「何言ってるんだ、我が社のホープが」
即座にGENからは突っ込まれ、背中を強く叩かれる。
「社長も言っていただろ?妹を守るために頑張れって」
「でも一人で活動するの、これが初めてだし……なんかキンチョーしちゃうっすよ」
まさか緊張という言葉が、ティーガの口から出るとは。
思いがけない会話にGENは驚いた。
これまで教育係として、ティーガの任務では全てGENがフォローに回っていた。
GENが見ても、ティーガは若輩社員の中で一番頑張っていると思う。
なんといっても、やる気がある。悪魔に対する敵対心も人一倍あった。
悪魔と対峙しても戦意が衰えない。基本だが大切なポイントを、彼は本能で掴んでいた。
余りある勝ち気と猪突猛進な部分を何とかすれば、一人でも充分やっていけるはずだ。
今回の任務で、社長はティーガを独り立ちさせる予定なのであろう。
大企業だから仕事は山ほど入ってくる。ティーガにやらせたい依頼は、山ほどあった。
GENだって、いつまでも後輩のお守りをしている暇などない。
中堅エクソシストとして社内での立場を固めつつある彼も、仕事が山積みになっていた。
「情けないことを言うな。これまでの経験を生かせば、必ず結果は出せる。自分を信じるんだ」
「先輩は強いから、自分を信じられるんでしょうけどォー……」
じっと見つめ上げられ、GENは思わず狼狽えてしまった。
だって、ティーガの目ときたら。捨てられた子犬みたいに、頼りない。
今にも潤んでしまいそうな瞳で見つめられ、GENは後輩を力強く抱きしめて励ましてやる。
「大丈夫、半月だけの辛抱だ。半月すれば、俺も必ず行くから待っていてくれ」
抱きしめながら、彼は自分でも思った。
少し、甘やかしすぎじゃないだろうか。
ZENONあたりに、きっと後で冷やかされる事請け合いだ。
GENが甘やかしてばかりだから、ティーガは独り立ちできないんだ――などと。
ティーガが、ぎゅぅっとしがみついてくる。
寸前まで泣きそうだったくせに、すっかり安堵の表情を見せていた。
「絶対ですよ?約束っすからね、先輩……」
「あぁ」
やがて体を離し、GENは微笑む。
「それまでに同級生とは、仲良くなっておけよ?情報を集めやすくするためにも、な」
「ハイ!全力で仲良しゴッコしてきま〜すっ」
ティーガは勢いよく頷き、くるっと方向転換。
「さーて!そんじゃ、早速荷造りでもしますかァ」
駆け足ダッシュで走り抜ける背中を見送り、GENは、やれやれと溜息を漏らしたのだった。
「今から、あんな調子で大丈夫かねぇ……張り切りすぎて、失敗しなきゃいいけど」