EXORCIST AGE

act19.学院  アーシュラの挑戦

三連休の初日、颯爽と迎えに来た倭月と二人で待ち合わせの場所へ急ぐ。
ガルシア曰く別荘は電車では行けない山の上にあるため、駅で集合後、車で移動するとの事である。
「ガルシアさんの別荘に行くのはいいんだけど、そこで何やるんだ?」
「何って、庭でバーベキューしたりキャンプファイヤーしたり部屋でお話ししたりするんだよ」
バーベキューにキャンプファイヤーとは、些か季節外れではないのか。
拓のツッコミに倭月は「秋にバーベキューをやっちゃいけないって決まりはないでしょ」と笑った。
「あのね、ガルシアさんの別荘には裏山があるんだって!そこでスキーもできるって言ってた」
それで、か。
倭月に渡された持ってくる物リストの中に、スキー用具一式が含まれていたのは。
バーベキューやキャンプファイヤーよりは、スキーのほうが今の季節に合っている。
拓は勿論スキー用具など持っていなかったから、荷物は着替えしか入っていない。
鞄一つで身軽な拓に対し、倭月はキャスター付きの大きなトランクを転がしてきた。
きっと、この中には着替えの他にスキー用具や、女の子の身だしなみを整える小物がぎっしり詰まっているのであろう。
「もう雪が積もっているんだ、あっちのほう」
「北神岳は豪雪地帯だよ、お兄ちゃん。天気予報でも言っていたじゃない、明日は雪が降るでしょうって」
「そうだっけ?ここら辺の天気しか見てなかったよ」
「もう、しょうがないなぁ、お兄ちゃんってば。これから行く場所だってのに」
なおも倭月はクスクス笑っていたが、やがて「あっ、見て!ガルシアさんの車、もう来てるよ」と前方を指さした。
黒光りのする、見るからに高級車が駅に横付けされている。
その横にはガルシアを始め、今日一緒に行く面々が集まっていた。
集まった面々を眺め、倭月が「あれっ?」と小さく声をあげる。
「先生達もいる。一緒に行くのかな?」
彼女が驚くのも無理はない。
東野や長谷部が同行する件は、倭月にもガルシアにも言っていないのだ。
千早達、女の子グループから少し離れたところに立っていた長谷部が拓へ手を振った。
いつぞやの旅行の時と同じく、髪の毛を逆立てて白いバンダナを巻いている。
「拓〜、遅いぞ!」
「拓?」と親しげな名前呼びに怪訝に妹が眉をひそめるのにも、お構いなく。
拓は先生の元へ駆け寄って笑顔をみせた。
「ごめんごめん、寝坊しちゃって」
あぁ、そうそう、とガルシアへも振り返り、大人二人を紹介した。
「あのね、ガルシアさん。話すの忘れてたんだけど、この二人も一緒に連れていっていい?」
これには千早や倭月のみならず、長谷部や東野も同じく驚いて言葉を失う。
拓の奴、てっきり事前に話を通していたのかと思いきや、なんとまさかの当日許可申請とは。非常識にも程がある。
ガルシアも、やはり驚いたのか、面食らった様子で聞き返す。
「随分と急な話だね。そういうことは事前に言っておいてもらわなきゃ」
「駄目ですか?でも俺、長谷部先生と一緒じゃなきゃ行きたくないな〜」
ちらっちらと拓が流し目をくれると、ガルシアはすぐに前言撤回した。
「あぁ、いや、来るなとは言っていないさ。構わないよ、一人二人増えたところで空き部屋は幾つもあるからね」
「やったぁ!」と些か大袈裟に喜んだ拓が、長谷部の腕にしがみつく。
「おいおい、はしゃぎすぎだぞ。ガルシア大使、すみません」
拓を窘めておいてから社交辞令程度に長谷部が謝れば、ガルシアは余裕の笑みで受け答えた。
「いいえ、男性陣が少ないなとは思っていたんです。これで多少は釣り合いが取れるんじゃないかな、男女比の」
皆も、どっと笑って和やかな空気が戻ってきたのだが、一人だけ不機嫌な奴がいる。倭月だ。
先ほどまでの上機嫌は何処へやら、ぷぅっと頬を膨らませたかと思うと、そっぽを向いてしまう。
友人の佐奈が「どうしたの?」と尋ねるのに「別に!」と超ぞんざいな返事をして、さっさと車へ乗り込んだ。
どうしたんだ、倭月のやつ。
そう思ったが、あえて拓は突っ込まなかった。
いや、正確には突っ込む暇がなかったというか。
「では参りましょう、津山くん」と生徒会長に仕切られて、妹と話す暇もないまま反対側から押し込まれて。
静かなエンジン音と共に、車は動き出した。

朝早くの出発にも関わらず、別荘へは夕暮れ時に到着する。
「ん、んー……っ、疲れたァッ」
大きく伸びをして、ぴょこんっと車から飛び降りると、佐奈は辺りを見渡して一人ではしゃぐ。
「ん〜、いかにも大自然!って感じだねぇ。見渡す限り、山、山、山!あっ、そうだ。ガルシアさん?」
「なんだい?」
トランクから荷物を降ろしていたガルシアが振り返り、佐奈は尋ねた。
「温泉とかって、あります?ほら、山の上だし露天風呂みたいなのがあると嬉しいんだけど!」
「あぁ、もちろん。あるよ、ただし天然の温泉だから猿や猪と混浴だけどね」
「わあ〜、やっぱりあるんだ!」と喜んだのは佐奈だけではなく、友人の智都や先輩達もだ。
いくら高級車で広いスペースだったとはいえ、何時間も車内で座りっぱなしだったのだ。
ガチガチに凝り固まった体をほぐしたい。
「温泉で月見酒を一杯、なんてのも風流だねェ〜」
「やだ、佐奈っちってばオッサンみたい!」
キャッキャとはしゃぐ女の子の群れに混ざりながらも、倭月は浮かない顔で歩いている。
彼女の機嫌を悪くさせた原因は一つしかない。背後を歩く男三人組だ。
「ねぇ、エイさん。温泉があるんだって、後で絶対一緒に行こうね!」
笑顔満面で拓が誘えば、長谷部先生も笑顔で返す。
「あぁ、いいとも。そうだ、東野先生もご一緒にどうです?」
その横を仏頂面で歩いていた東野先生は、僅かばかりに顎を引き「いいだろう」と偉そうに答えた。
ちらっちらと振り返っては三人の様子を伺いながら、倭月は心の中でブゥ垂れる。
何よ、お兄ちゃんってば。
誘ったのは私なのに、長谷部先生にベッタリなんだから。
夏の旅行でも、そうだった。
だから今回は先生には内緒で話を進めたのに、影で誘っていたなんて。
ひどい。私のこと、何だと思っているんだろ。
先生も先生だ。大人は親善大使がいるんだから気を遣って遠慮すればいいのに、二人してついてくる事ないじゃない。
「ねぇ、わっつん。荷物置いたら散歩してこようよ!」
倭月は自分の考えに没頭していたせいで、返事が遅れた。
「え?あ、あ、うん」
ワンテンポ置いて頷く倭月に気を悪くするでもなく、佐奈や智都はつれだって歩いていく。
別荘の入り口まで足を運んだところで、先頭を歩く親善大使が振り返る。
「今夜はバーベキューにしよう。庭に灯りをともして、本格的なスタイルでね。皆、疲れているとは思うけど、良かったら準備を手伝ってくれないかな?」
「は〜い」
女の子達は、意外や素直に声を揃えた。


山から秋の風が吹き込んでくる。
冬が近づいているだけあって、肌寒い。
「そんな格好じゃ寒いだろ。これでも着ておけ」
ぶるっと震えた拓へ上着をかけてやると、長谷部は行く先を懐中電灯で照らす。
鬱蒼と茂った木立が光の輪に浮かび、足下には微かながらの獣道を見つけた。
拓と長谷部先生――いや、ティーガとGENは、すっかり暗くなった山道を歩いている。
今頃、別荘では倭月達が給仕達と共にバーベキューの準備で忙しなく立ち回っている頃だろう。
その時刻に、何故彼らが山道を歩いているかというと。
呼び出されたのだ、悪魔に。
正確には遣い魔だ。
デヴィット=ボーンの遣い魔であるアーシュラが、拓と長谷部を名指しで呼び出した。
それも、特殊な者――例えばエクソシストにしか聞こえない、魔界の言葉で。
東野こと、VOLT局長は別荘に残してきた。
いざという時、子供達を人質に取られては困る。
GENとティーガの二人だけで、アーシュラを何とか出来るとは思っていない。
しかし、何とかしなければいけなかった。
相手はティーガを巫女の血と呼んだのだ。
ティーガが何者か判った上での呼び出しである。
巫女の血が何であるか、悪魔にどう影響を及ぼすのかぐらいは、GENもティーガも知っている。
何もかも判った上での呼び出しならば、皆のいる前で襲われるよりは呼び出された場所で抵抗した方が被害も少なかろう。
一人で行くと息巻くティーガを宥め、GENも同行した。
「GENさん。俺達、勝てるかな?」
GENの上着にくるまり、ティーガがポツリと言った。
GENの返事はない。
さくさくと枯れ葉を踏む音だけが聞こえる。
「ねぇ……もし俺が負けちゃったら、GENさんだけでも逃げてよね」
もう一度話しかけると「馬鹿言うな」と、今度はすぐにGENが答え、ティーガは抱き寄せられる。
「お前を守るのは、教育係である俺の役目だ。大丈夫だ、俺達は簡単に負けやしない。自分の実力と……俺を信じろ」
ティーガは素直に「うん」と頷き、そっと体を放した。
「勝てる、とは言わないんだね」
小さく呟いたツッコミに、GENの顔も曇る。
「あぁ……まぁ、相手が相手だけに、な」
だが無理矢理笑顔を作ると、ティーガの背中を軽く押した。
「そうだな、戦う前から弱気は禁物だ。俺達は勝つ、勝って必ず一緒に山を降りよう」
「うん」
今度も素直に頷くティーガを見ながら、GENは考える。
初の長期依頼が、とんでもない方向まで進んだものだ。
社長は、こうなることまで見通していたのだろうか?
否、こんなに早くティーガが強敵と戦う事になるとは思っていなかったに違いない。
でなければ、ヘッドハンティングしてまで教育係をつけた意味がない。
ましてや、相手はアーシュラだ。
今いる遣い魔勢の中で一、二位を争う厄介な敵である。
ティーガには言っていないが、アーシュラとは自分も因縁がある。
エクソシストだった姉のあゆみが最後に戦って、命を落とした相手。それが奴だ。
目の前で奴に姉を殺された記憶は、鮮明にGENの脳裏に残っている。
結果的にはGENを庇って死んだのだが、弟が追いつくまで倒せなかったと考えると、案外手こずっていたのかもしれない。
全盛期の姉でも苦戦した悪魔に、今の自分は勝つことができるんだろうか?
もう一度ティーガへ目をやり、GENはポケットに手を突っ込んだ。
中に入れていた錠剤を、ぎゅっと握りしめる。
勝つことができるか、ではない。勝つんだ、どんな手を使ってでも。

山頂についた。
冷たい風が、真っ向から吹きつけてくる。
しかし、そんなのは、もはや気にならなかった。
目の前に、悪魔アーシュラが立っている。
人の姿を模していた。
長い髪の毛をなびかせ、黒いスーツに身を包んで。
『来たか』
人の言葉を発する悪魔にGENが尋ねる。
「一人なのか?ご主人様は、どうした」
アーシュラは鼻を鳴らし、GENとティーガの顔を順に眺めた。
『デヴィット=ボーンか?奴なら別荘に残っている。貴様らの相手など、我一人で充分だ』
VOLTを別荘に残してきたのは、正解だったようだ。
デヴィットが何かよからぬ行動を起こしたとしても、局長が必ず対処してくれるだろう。
「お前の用件はなんだ?」
再びGENが問い、アーシュラが答える。
『聞かずとも、判っているかと思っていたぞ。我の望みは、ただ一つ。巫女の血が欲しい。巫女の末裔を置いて、貴様は山を降りろ』
間髪入れずGENは叫んだ。
「断る!」
握りしめていた錠剤を口の中へ放り込むと、傍らのティーガへ合図を送る。
「先手攻撃をかける!!下がってろ、ティーガ!」
「うん!」
無数の霊気弾がGENの体を取り囲む。
そんな高等技術を使いこなせないティーガは、数歩下がって様子を伺う。
アーシュラもまた、彼らの動きをボーッと眺めていたわけではない。
GENに断られた直後には、動いていた。
一気に間合いを詰めて突っ込んでくる悪魔とGENがぶつかり合う。
いや、ぶつかる寸前で霊気の壁に弾かれて、アーシュラは後ろへ飛び退いた。
『こしゃくな真似を……』
ボッ、ボッと微かな音を耳にして、ハッとティーガが悪魔を見やると。
なんと、GENと同じ霊気の弾みたいなものがアーシュラの周りを取り囲んでいるではないか。
悪魔も霊気が使えるのか?
慌ててGENへと視線を向ければ、彼は動じることなく霊気の弾を増やしながらティーガへ言った。
「慌てるな、ティーガ。悪魔も俺達と一緒だ、奴らは魔力を弾に変えることができるんだ」
エクソシストと悪魔が同じというのなら、この戦いは消耗戦になる。
先に霊気、或いは魔力を使い果たした方の負けだ。
何か、何か自分にも出来ることはないだろうか?
ただ黙って後ろで見ているだけじゃ駄目だ。
何か、アーシュラの気を逸らすことができればいいのだが……
「はぁぁッ」
GENが気を吐き、霊気の弾が一斉にアーシュラめがけて放たれる。
そいつを魔力の弾で弾きながら、アーシュラも再び低空飛行で突っ込んできた。
霊気弾が体を掠め、頬が切れて血が垂れても、お構いなしだ。
弾丸の如く突っ込むかたちのまま片手に淡い光を生み出し、人の言葉ではない言葉を短く唱える。
「――やべぇッ!」
何がやばいのか、GENが慌てて身を伏せる。
直後、それまで彼の頭があった場所を光の線が貫通していった。
続いて襲いくる爪の猛攻には反応が遅れたか、髪の毛が数十本引き裂かれて空を舞う。
たまらずティーガは叫んでいた。
「GENさん!」
だが一歩踏み出そうとした途端、「平気だっ、近づくな!!」とGENには怒鳴られて、びくりと足を止める。
アーシュラが再び大きく間合いを外し、舌打ちするのをティーガは見た。
余裕をふかしていた、あの悪魔が舌打ちを。
よくよく見てみれば、奴のスーツは今の攻防でやられたのか、片袖が破り取られている。
GENも頬から血を流し、肩で荒い息をついていた。
後ろ姿でも、シャツが汗でじっとり濡れているのが判る。
絶えず霊気の弾を作り出しているせいだ。
「さすがに、一筋縄じゃいかないな」
疲労をおして憎まれ口を叩くGENに、アーシュラが口元を歪める。
『我は貴様を侮っていたようだ、それは認めよう。一撃で仕留めるつもりが反撃を食らうとは思わなかったぞ』
「そいつは、どうも」
『だが』
アーシュラの切れ長の瞳がGENの背後、ティーガを捉える。
『貴様ではなく、こちらを狙ったら、どうでるか』
風向きが変わったのには、GENも気づいた。
「ッ!!ティーガ、逃げろ!」
しかし、ティーガが動くよりもアーシュラのほうが行動は迅速であった。
「げッふ!!」
何が起きたのか判らないまま、ティーガは後方へすっ飛ばされ、ニ、三度バウンドして木に激突する。
地面に這いつくばり、胃の中のものをゲェゲェと吐き出した。
吐瀉物にまみれて赤いものが糸を引く。
「ティーガ!よくもッ」
追ってきたGENの拳を寸前でかわすと、振り向きざまにアーシュラが反撃する。
爪はGENの前髪と顔の肉を一部削り取り、闇夜に血しぶきを飛ばした。
こんなの、勝てるわけがない――
殴られた腹を押さえ、朦朧とした意識でティーガは思った。
殴られたんだと判ったのは、猛烈な痛みに耐えきれず、血と胃の中の物を吐き始めた後だった。
穴が開いたんじゃないかと思うほど、腹が痛い。
幸い穴は開いていないようだが、ならば手加減されたとでもいうのか。しかし何故?
「ティーガ、生きてるかッ!?」
ティーガは答えるかわりにゲーゲー吐いて、生きている証明をした。
『簡単に殺してしまってはつまらんからな』
小さく呟きアーシュラがGENを睨みつける。
『貴様の顔、どこかで見覚えがあると思えば……あの時の小僧か。ずいぶんと逞しい成長を遂げたものだな』
覚えていたのか。
あの頃の自分はエクソシストでも何でもない、単なる一般人だったというのに。
ティーガを守る位置で構えると、GENもアーシュラを睨みつける。
「そうだ。お前を倒せなかった人達の恨みも兼ねて、ここで決着をつけてやる」
そろそろ、さっきの薬が効いてくる頃だ。
全てのちからを引き出すために飲んだ薬が、やっと効果を発揮する。
霊気の弾で身を固めながら、GENは静かに息を吐き出した。

act19.組織  後始末と悪企みと

面白くない、ふざけている。
何度目かの思考停止に陥り、バルロッサは灰皿を床に叩き落とした。
「あいつ、何なのよ……!手伝えっていうから手伝ってやったのに、今度はやめて帰れですって!?私がいつ、あんたの手下になったっていうの!」
散らかった灰を吹き散らし、エイペンジェストが灰皿を机に置き直す。
彼の主バルロッサは先ほどから部屋を行ったり来たり、何度も往復しては詛いの言葉を吐き出していた。
撤退命令が出たのである。
といっても、本社からの通達ではない。
共に黒真境へ来た同僚、デヴィットが唐突に巫女の血探しを打ち切ると言い出したのだ。
「あいつの魂胆は判っているのよ!」
ドン、とテーブルを叩いてバルロッサが喚く。
エイペンジェストに言っているというよりは、独り言なのだろう。
「エイジよ……エイジが来たから、良い子ぶっているんだわ」
エイジもデヴィット同様、同業者であり同じ会社の仲間だ。
毎年業績ナンバーワンで不動の地位を誇る、エリート社員でもある。
「うぅん、もしかしたら巫女の血をエイジにプレゼントする気なのかもしれないわ……エイジへのプレゼント大作戦は、私も考えていたのにーッ!」
ただならぬ主の問題発言に、エイペンジェストの表情も険しくなる。
『バルロッサ様、それは御本心で……?』
鋭い目で睨まれて、「あっ……と、そうじゃないわよ、バカねぇ」とバルロッサは格好を崩した。
「もちろん、あなたにあげるつもりでいたわよ。ただ、そうね、ほんのちょっぴりランスロットにもプレゼントしようかな〜って!」
『ランスロットは巫女の血など、必要としていないと思います。あれは努力家ですから』
主を冷たく突き放し、それに、とエイペンジェストは続ける。
『血を分け与えるのであれば、ランスロットよりもアーシュラへ与えた方が我が社の利益に貢献できるのでは?』
「バカねぇ」とバルロッサが繰り返した。心なしか、眉間に皺が寄っている。
「デヴィットなんかに恩を売って、どうなるっていうの。あいつ、そのうちCommon Evilを抜ける気でいるのよ」
初耳だ。
主がデヴィットを嫌っているのは知っていたが、デヴィットはずっとCommon Evilに居続けると思っていた。
彼の使役するアーシュラが、退社を許すまい。
悪魔遣いと別行動を取っている間、悪魔だけでパーティを組む事もある。
そうした時、アーシュラ本人が語ってくれたのだ。
彼はCommon Evilという会社を、とても気に入っているのだと。
『……本当ですか?アーシュラは、特にそのような事を申しておりませんでしたが』
「アーシュラの気持ちなんか、知ったこっちゃないわよ!」
苛々とテーブルに八つ当たりしてバルロッサが怒鳴る。
「とにかくデヴィットってやつは、そういう奴なの。平気で同僚も裏切るんだから……あんたも油断しないでよね、あいつにだけは」
『では、我々は本国に帰還するのでしょうか……?』
「冗談じゃないって言っているでしょ!」
再びドンと激しく叩かれて、テーブルに小さな亀裂が走る。
借り物の部屋なのだから、もう少し丁寧に扱って欲しいものだ。
と、主に申し上げても無駄である。
彼女は今酷く苛立っており、意見を言おうものなら、こっちにまで被害が飛んでくる。
「巫女の血は諦めないわよ……でも、エイジがいる場所で暴れるのは危険よね」
ぶつぶつと口の中で呟いていたが、やがてバルロッサは顔をあげた。
「ラングと連携を取るわ」
思わず、エイペンジェストの片眉が跳ね上がる。
『ラングリット様と……!?』
普段は滅多に感情を表さない悪魔の動揺に、バルロッサも苦笑した。
「そう嫌そうな顔を、するんじゃないの。仕方ないでしょう、あんなマヌケしか味方がいないんだもの」
『マヌケもマヌケ、あの二人では我々の足を引っ張りましょう』
「でも単独よりは複数のほうが、きっとうまくいくわ」
嫌がる遣い魔の気持ちなどお構いなしに、バルロッサには何か考えがあるようで。
仕方ない、とばかりにエイペンジェストは口をつぐんだ。
もう少しだけ、主につきあってやるとしよう。
巫女の血が手に入らぬ以上、彼としては、さっさと帰国したかったのだが。


その頃、エイジは桜蘭学院へ向かっていた。
本社が目を離している間にデヴィットが東で何かやらかしたのではないかという杞憂がエイジには、あった。
何しろ相手は社内一の問題児。
遣い魔が強くなかったら、とっくの昔に追い出されているような奴だ。
聞くところによればデヴィットはガルシアと偽名を名乗り、天都の私立校へ親善大使として迎え入れられたらしい。
無論Common Evilに潜入調査の依頼は入っていないし、大方デヴィットの独断による単独行動だろう。
一年経たずに見つかった処から推測すると、巫女の血がいるのは桜蘭学院内だ。
ただ、デヴィットが巫女の血探しだけに奔走していたとは、どうしてもエイジには思えない。
きっと学院内で奴の残した悪さの痕跡が見つかるはずだ。
幸いデヴィットは現在巫女の血をどうやって入手するかで頭が一杯のようだし、今の内に痕跡を消しておく必要がある。
エクソシスト社を牽制したのも、デヴィットの後始末をしているのも、全ては会社の為だ。
会社の名誉及び東西の不仲を、これ以上悪化させないが為にエイジは黒真境へやってきたのだ。
学院の入り口数メートル先で立ち止まり、背後に佇む悪魔へ命ずる。
「ランスロット、空間を切り裂いてくれ」
『どちらを先に探しますか?手前の校舎か、奥の宿舎か』と、鎧甲冑が応える。
「宿舎が怪しいな。先に片付けよう」
怪しい二人組が怪しい会話を繰り広げているのだから、当然、周りには人垣が出来る。
三連休で人通りが少ないとはいえ結構な見物客が集まる中、不意にランスロットが何もない空中へ槍を突き出した。
――と同時に二人の姿は、かき消すように消えてしまい。
「な、なんだ?消えたっ!?」
「何これ、マジック?」
大騒ぎする住民を入り口付近に残し、ランスロットとエイジは空間を渡って宿舎へ忍び込んだ。

壁であった場所が、ぱっくりと開き、中から二つの影が現れる。
エイジとランスロットは警備員に咎められることなく、桜蘭学院の宿舎へ降り立った。
「人の気配が少ないな……授業中なのか?」
呟く主へ、ランスロットが静かに答える。
『本日は三連休、すなわち休日であると駅で耳に致しました』
「休日か。ならば、もっと人がいても良さそうなものだが」
エイジは首を傾げている。
だが人が少ないなら、少ないに越したことはない。
捜し物をするなら誰もいない方が安全だ。
『何をお探しになるのでしょう、エイジ様』
ランスロットが促すと、エイジは即答した。
「デヴィットが残した痕跡を探せ。魔力の漂う場所だ」
『魔力……?エイジ様はデヴィットが学院に時限爆弾を残していかれたとお考えなのですか?』
エイジは頷き目を閉じると、意識を周囲の気配に集中する。
時限爆弾はデヴィットの得意とする戦法の一つだ。
何も本当に爆弾をセットするのではない。
他人の体に弱い悪魔を植えつける。
病人は植え付けられた瞬間、悪魔に支配されて操り人形となるが、健常者だと体が弱まった時に乗っ取られる。
タイミングにズレが生じるので『時限爆弾』というわけだ。
悪魔を用いるため、術を施した後には必ず微量の魔力が発生する。
魔力は悪魔がいる限り漂い続け、悪魔の消滅と共に四散する。
言うまでもなく、常人には判らない気配だ。
だがエクソシストや悪魔遣い、そして悪魔には感じることが出来る。
しばらくして、ゆっくりとエイジが目を開く。
「――感じたか?」
『はい。三カ所、残っておりますね』
手つかずで三つも残っていたとは、驚きだ。
デヴィットの見つけた巫女の血が学院内の生徒だとして、べったり張りついているエクソシストだかの護衛は何も気付かなかったのか。
デヴィットが三つとも使っていなかったのも意外である。
『アーシュラだけで充分だと思ったのかもしれませんね』
エイジの考えを察してか、ランスロットが気休めを言う。
「なら後片付けも行って欲しいもんだ。いくぞ、全部始末する」
『了解です』
気配は三つとも魔力に満ちていた。
すなわち、三人とも悪魔に乗っ取られていると見ていいだろう。
デヴィットの時限爆弾ぐらい、エイジならば外すのも造作ない。
作業は一つにつき一時間あれば、充分事足りる。
ただし移動中、誰とも鉢合わせしないことを願うしかない。
見つかったら厄介な事になる。
空間を移動してもいいのだが、あれは使うたびにランスロットの精神が消耗してしまうから多用は禁物だ。
他人の尻ぬぐいなんぞで、大切な遣い魔に無理をさせたくない。
従って階段を使う他ないのだが、気配は各階に散らばっている。
全く、面倒な真似をしてくれたものだ。
エイジはデヴィットへの悪態を口の中で呟きながら、一番近い気配の元へ急いだ。


遣い魔パーシェルがエクソシストとやりあった後、ラングリットは東の辺境で大人しくしていたのだが。
バルロッサの連絡を受け一路、天都のホテルで落ち合った。
そこで彼を待ち受けていたのは、寝耳に水な奇襲作戦の打ち合わせであった。
「デヴィットを襲うだって?お前、頭は正常か」
驚くラングの足下では、黒猫もギャイギャイ文句を言い立てる。
『仲間を襲うなんて正気じゃないのニャ!バルロはアホの子なのニャ!』
黒猫の正体はパーシェルだ。
よく見れば、尻尾が二つに分かれている。
エクソシストにやられた際の消耗が激しく、人型に変身するほどの魔力は漲っていない。
「正気よ。ついでに言うと、撤退しろって言われたからって素直に撤退する気もないわ」
「うぅむ……お前が襲うのは、てっきりエイジかと思っていたんだが」
「そうそう、ベッドで寝入っている処をコッソリ忍び寄って……って!何、言わせるのよ」
ラングリットのボケに併せたバルロッサは、すぐ真顔に戻って全員の顔を見渡した。
「将来を考えてごらんなさい。私達が今後も手を組んでいく相手はデヴィットではなく、エイジだと思わなくて?」
断言するバルロッサに、黒猫が首を傾げる。
『なんでデヴィットはダメなのニャ?』
「バカだからだろ」と答えたのはラングだが、バルロッサの声が上に被さった。
「ほっといてもクビになる問題児より未来のあるエリートにつくのは自然な流れでしょ」
『ですが』と異論を唱えたのは彼女の遣い魔で。
『エイジ様が、我々の協力を必要となさいますでしょうか……?』
バルロッサの声がヒステリックに跳ね上がる。
「必要だと思わせるためにも、巫女の血を使うのよ!」
「だが、巫女の血の所在を知ってんのはデヴィットだけだろ?」と、ラング。
彼へ頷くと、バルロッサは自信ありげに答えた。
「えぇ、だからデヴィットの行き先を突き止めて、もし戦っているようなら様子を見て、決着がついた頃に横から巫女の血をかっさらってやるのよ!」
『えぇー、酷いニャ!』
「外道かよッ!」
ハゲと猫がブーブー言うのは無視して、バルロッサはエイペンジェストを睨み付ける。
「どう?これなら楽に巫女の血を入手できて、且つデヴィットの鼻もあかしてやれるわ」
勝ち気なご主人様を見つめ、エイペンジェストは仕方ないとばかりに肩をすくめてみせた。
『……手段は何でも構いませんが、しかし問題はエイジ様とランスロットが巫女の血を必要としているかが』
「あんなの格好つけだわ。本音は彼らだって欲しいはずよ、喉から手が出るほどにね」
フンと鼻で笑い飛ばし、バルロッサが決めつける。
「下手に欲しがったりしたら、デヴィットの思惑通りで悔しいじゃない」
「まぁ……エイジ達が不要なら、俺達が使えばいいだけだ」
さっきまで外道だの何だのと文句をつけていた割に、ラングリットの切り替えは早く。
パーシェルも主が主旨替えした途端、らんらんと瞳を輝かせた。
『パーシェルもご相伴にあずかりますのニャ♪』
「いいわよ、エイジが拒否したら二人で分けましょう。ともかく、そういう作戦で行くからエイペンジェスト。あなたとパーシェルでデヴィットの行方を捜しなさい」
『この者と一緒に行けと申されるのですか?』
またまた心底嫌そうに眉をひそめたエイペンジェストだが、彼に拒否権は与えられておらず。
嬉々として『さっそくゴーなのニャ、ゴ〜!』と張り切る黒猫に押し切られるようにして、闇に姿を消した。