EXORCIST AGE

act18.学院  倭月がピンチ!?妹を守れ、三連休

ティーガが局長らと寝る間も惜しんで特訓を始めてから、約一ヶ月が過ぎた。
その間、親善大使が何か仕掛けてくる事もなく平穏な学校生活であった。
ただ一つ誤算があったとすれば、それは妹の存在だ。
特訓は最初の頃こそ学校を休んでやっていたのだが、それが倭月を心配させるに至ったらしい。
一度はアパートを訪問されて、ごまかすのに大層苦労した。
それ以来、学校には顔を出そうという話になり、ティーガの特訓は一週間に二回と変更された。
正直どこまで自分が強くなったのやら、ティーガには、いまいちピンとこない。
GENや局長にしても同じ想いなのか、未だ動かぬ親善大使の様子に気を配ると共に後輩の調整を急いだ。


ここは天都の、とある貸しアパート。
ガルシア=ラレットことデヴィット=ボーンの借りた一室には、一人の来客が訪れていた。
「撤退しろだって!?冗談じゃない、もう少しで巫女の血が手に入るんだぞ!」
彼らしくもない大声で喚くと、デヴィットは机を激しく殴りつける。
癇癪を受け止めた来客は眉間に皺を寄せ、説教で返した。
「エクソシストと真っ向から戦って、また東西交流問題を悪化させるつもりか?」
東西大陸交流問題――
そもそも何故、桜蘭学院が西の親善大使を受け入れたのかというと。
東と西とで年々悪化していく大陸交流を、少しでも改善するためである。
悪化の原因は大陸文化の違いにおける理解の差。
やれ国土不法侵入がどうの、海域占拠がどうのと、連日ニュースを賑わせていた時期もある。
それだけじゃない。
エクソシストと悪魔遣いの不仲も、交流に暗い影を落としていた。
「東のエクソシストとは不干渉条約が結ばれているのを、あんたも忘れた訳ではあるまい」
そう言って、神経質にコツコツと机を突く。
来客はエイジ=ストロン。
デヴィットとは同業同社の仲間であった。
彼の背後に控える鎧甲冑は、もちろん部屋のオブジェではない。
エイジの遣い魔、ランスロットだ。
「判ったよ。なら、戦わずして巫女の血を得ればいいんだろ?」
不遜な笑みを浮かべるデヴィットに、エイジが片眉をつり上げる。
「何をするつもりだ?」
「人質さ」
ぬけぬけと答えた同僚へ、エイジの眉間に浮かんだ皺は、ますます濃くなった。
「ここ数日、天都で起きている失踪事件。あれは、あんたの仕業だろう。なのに、今度は誘拐事件まで起こす気だと……本気で大陸警察の厄介になるつもりか」
西の人間は原則、東の警察には取り締まれない。
だが、大陸警察が出てくるとなれば話は別だ。
大陸警察は出身地に関係なく、全ての人間を取り締まれる。
親善大使とて例外ではない。
デヴィットは軽く笑って受け流した。
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
エイジは尚も食い下がる。
「あんたの引き受けた依頼だが、あれは既に本社がクライアントへ辞退を申し出ている。つまり巫女の血を手に入れたところで、依頼料は手に入らない」
ずっと天都で活動していたデヴィットには、寝耳に水な話のはず。
だが彼は「へぇ」と笑って、肩をすくめただけだった。
「なら、僕が巫女の血を自分の物にしてしまっても構わないってわけだ」
「巫女の血を得ようとすれば、必ずエクソシストと衝突するぞ」
語気を強め、エイジが間を詰める。
「あんたは、そうでなくても問題を起こしやすいんだ……大人しくしてもらえないか?我が社の名誉を守る為にも」
仲間のお願いも、デヴィットは軽く笑って受け流す。
「嫌だね。だって念願の巫女の血だぜ?あれがあれば、君はもっと強くなれるんだ」
馴れ馴れしくポンとエイジの肩へ手を置き、耳元で囁いた。
即座に身をひき、エイジは怪訝に眉をひそめる。
「馬鹿を言うな、ランスロットは巫女の血など与えずとも充分強い。それに、あんたが所有するのであればアーシュラへ使うのが筋道というもの。俺に使う権限は、なかろう」
「おっと、これは失言だったか」
闇で動く気配を感じ小さく呟くと、デヴィットは薄ら笑いでエイジを見た。
「それより、僕にばかり気を取られていていいのかな?ラングリットやバルロッサも探しているんだぜ、同じモノを」
「ラングリットやバルロッサは、抑えようと思えば何とでもできる。一番心配なのは、あんただ」
じろりと睨み、エイジは一旦言葉を切った。
ラングリットやバルロッサもデヴィットと同様、会社の利益は二の次な処がある。
彼らは元々『巫女の血』へ高い関心を持っていた。
巫女の血を与えれば遣い魔は今の二倍、三倍にも強くなる。強さへの激しい憧れだ。
依頼を引き受けようがいまいが、この三人は最初から東へ渡るつもりだったのではないか?
誘ったのは、恐らく目の前の男デヴィットだ。
ピントの外れた天然ラングや始終恋愛話で頭の沸いたバルロッサに、東への入国方法が思いつけようか。
「心配?君が僕を心配してくれているのかい?嬉しいなぁ」
浮き立つデヴィットをジト目で睨みつけると、エイジは話を無理矢理締めくくる。
「空港からホテルへ移動する短い距離で五人ばかりのエクソシストとすれ違うような街だぞ、天都は。悪いことは言わない、やめておけ。もし警察に拘留されるようなことがあれば、社員カードは剥奪されると思え」
ニヤニヤ笑いを顔に貼りつけ、デヴィットが言った。
「エクソシストは、もう見つけたよ。巫女の血にベッタリくっついている」
言わんこっちゃないとばかりに緩く首を振り、エイジは再び諫めようとしたのだが。
デヴィットは、それを遮ると、彼の耳元で囁いた。
「向こう脛を押さえられるんだ。巫女の血の弱点も見つけてある。そして、その弱点はエクソシスト達にも通用する最強の切り札だよ」
さらに身を退き、ひきつりながら「最強の切り札?」とエイジが尋ね返す。
デヴィットは頷き、にんまり微笑んだ。
「僕が潜入した先の学校にね、通っていたんだ。巫女の血とエクソシストと、彼らに対する切り札の全てが」


休み時間になった。
「おに〜ぃちゃんっ!」
トイレを出た先の廊下で妹に呼び止められ、拓は大きなあくびを一つ。
休日返済で特訓しているもんだから、月曜日は眠いの何の。
おまけに宿題は毎日山ほど出るし、授業も拓に併せて進んでくれないのだから、学生でいるのも一苦労である。
「お兄ちゃん、最近お休みの日は何処に行っているの?全然電話、繋がらないよね」
兄と会えない余波なのか、寂しげな倭月の顔を見るのも忍びない。
が、こればかりは肉親といえど言うわけには、いかないのだ。
「ん〜、まぁ、友達と色々」
言葉を濁し逃げかけるが、倭月は執拗に追いかけてきた。
「そうなんだぁ……あ、あのね。ちょっといいかな、お兄ちゃん。聞いて欲しい事があるんだけど」
本音を言うと、休み時間は教室で寝ていたい。
しかし必死な倭月の表情を見れば、無下に断る事も出来ず、拓は立ち止まる。
「何?」
「あ、あのね!今度の三連休、皆で出かけようって話が出ていて……お兄ちゃんは三連休の予定、どう?空いているかな?」
嬉々として倭月が話すのを半ば右から左へ聞き流しながら、拓は脳裏にカレンダーを思い浮かべる。
そういや、さっきの授業で社会科の先生も冒頭で言っていた。
今週末は三日間、連続で休日が続くとか。
正確には金土日の三日間。うち土日は普段でも休日だから、あまり得した気分にならないな。と、思ったものだ。
「空いているっちゃ空いているし、そうでもないと言えば、そうでもないかなぁ……」
たぶん、三連休でもお構いなしに特訓をやるハメになるだろう。
いや三連休だからこそ、三日連続ぶっ通しで特訓をやる事態が考えられる。
それもこれも全てはGENさんの為、倭月の為、学院の平和を守る為。
とはいえ、さすがに三日連続はウンザリだ。
どっちつかずな拓の返答には、倭月のほうが焦れて何かを言いかけるも。
階段方面から歩いてきた人影に気づくと、はしゃいだ調子で声をかけた。
「あっ、ガルシアさん!こんにちは〜」
「やぁ、倭月ちゃん。いつも元気だね」
ガルシアも歯を見せて笑い、親しげな様子には拓のほうが「ん?」となる。
「あ、お兄ちゃん。親善大使のガルシアさんだよ」
この学院の者なら誰もが知っている人物だ。
ムッとしながら拓は言い返した。
「知ってる。つか、お前、いつの間に大使さんと仲良しになったの?」
言い方が少しぶしつけだったせいで嫉妬していると勘違いされたのか、どこか嬉しそうに倭月が話す。
「あのね、お兄ちゃんが休んでいた間、わたし達、いっぱい話す機会があったの。ねっ、ガルシアさん」
「そうそう」とガルシアが相づちを打つのを横目に、倭月は幸せいっぱいな笑みを拓へ向ける。
「ガルシアさん、この街の歴史に興味があるんですって。それでね、お父さんに尋ねたり、自分で調べたりしているうちに意気投合したっていうか」
悪魔遣いが天都に興味だって?一体何の興味やら。
もし本当に興味があるんだとすれば、地主の家系だった護之宮家を頼る手は悪くない。
訝しがる拓の前で、ガルシアが優雅に微笑んだ。
「倭月ちゃんの行動力には驚かされたよ。チヤホヤされて育ったお嬢様なのかと思っていたら、進んで周りの人にインタビューしたり、お年寄りには席を譲ったり、図書館で本を探すのは上手いし、施設に落ちているゴミは片付けるし。しっかりしたお嬢さまだったってわけさ」
肩に手を置かれ、その手を払うでもなく倭月が照れる。
「もうっ、ガルシアさん。そんなの、お嬢様じゃなくたって皆やっていることだよぉ」
我が愛しの妹ときたら、歴史探索以外の面でもガルシアと意気統合している。
まるで仲むつまじきカップルのようじゃないか。
ただでさえ親善大使には悪魔遣いのデヴィット疑惑がある上に、目の前でイチャイチャされては、たまったもんじゃない。
「それで?三連休が空いていたら、どうだっていうんだよ」
話を蒸し返すと、そうそう、と倭月は手を打ちガルシアを促した。
「あのね、三連休にガルシアさんの別荘へ遊びに来ないか?って話があがっていて」
「別ゥ荘ォ〜〜?」
思いっきり疑いの眼で見つめる拓を、真っ向からガルシアが見つめ返す。
「そう、僕のお爺様の代から使っている別荘があってね。そこに皆を招待したのさ。もし良ければ、津山くん。君も一緒に来ないかい?」
それを無視して拓は妹へ尋ねた。
「皆って?」
「佐奈ちゃんや智都ちゃんと、それから余所のクラスの女の子も何人か来るよ」と、倭月。
あ、それから、と付け足した。
「生徒会長さんも来るみたい。ほら、夏に一緒だったお友達と一緒に」
女の子ばかりがゾロゾロと、揃って悪魔の巣へ行くだって?
倭月の処もだが千早の親も、よく許したものだ。
だが、親が許しても拓は許すわけにいかない。
ガルシアがデヴィットなのは、ほぼ百パーセント間違いないのだ。
そんな奴の元へ倭月を行かせるなど、断固阻止せねば。
しかし下手な理由では、倭月や親善大使には怪しまれるだけだろう。
ならば、どうするか。こうするしかない。
「俺も行っていい?三連休、何の予定もなくって暇なんだ」
にっかと微笑む拓を見て「やったぁ!」と屈託なく喜ぶ倭月の横で、ガルシアもにんまりと微笑んだ。
「もちろん。歓迎するよ、津山くん」

――かくして。
三連休の予定を局長達へ告げると、一も二もなく二人は同行を願い出て。
出発する日がやってきた。

act18.組織  闇との交渉

一ヶ月後――THE・EMPERORは異例の来客で話題持ちきり、社員という社員が全員浮き足立っていた。
悪魔遣い捜索に出ていたベテラン達が呼び戻され、警備に当たっているというのだから、皆がざわめくのも無理はない。
「まさか本人を間近で見るハメになるたぁな」と、扱いはまるで動物園の珍獣並だが。
社長に直接面会を申し込んできた来客の名は、エイジ=ストロン。
古くより、THE・EMPERORとは敵対関係にあるCommon EVILの社員である。
誰もが要求を突っぱねると思っていたのに、社長は何と面会を許可した。
そして、きたる一ヶ月後。面会の日がやってきたというわけだ。


『やはり、皆々に見られているような気がしてなりません……エイジ様』
慎み深く小声で訴える鎧甲冑を一瞥すると、横断歩道を渡るエイジは気軽に言い返した。
「気にするな。東では鎧など使わんからな、珍しくて仕方がないのだろう」
気にするなと言われても、道行く人全員に振り返られては、気にならない方がおかしかろう。
鎧甲冑の中で身のすくむ思いをしながら、遣い魔ランスロットは渋々あるじの後ろを従った。
今から、悪魔にとっては天敵ともいえるエクソシストの運営する会社へ行くのだ。
話を聞かされた時には勿論仰天したし、反対もした。
しかし何を言っても暖簾に腕押し、エイジの意志は全く変わらず、こうして出向くハメになった次第である。
『せめて、ラングリットかバルロッサをつれてくるべきでした』
それでも諦め悪くぼやくと、ビルの入り口前で立ち止まったエイジが振り返る。
「あいつらの手を借りるまでもない。今日は、ただの話し合いだからな……つれていくほうが余計に話も拗れよう」
『そうですか……あなたが、そう思うのでしたら、そうなのでしょうね』と頷き、ランスロットは小さく溜息をついた。
とうとう、目的の場所に到着してしまった。
ビルへ入っていく掃除スタッフや、今し方出てきたばかりの訪問者が珍しそうに、こちらを見ている。
もう視線は気にしないことにするとしても、相手方に会うのは気が重い。
できれば、ここで自分だけ置き去りにしてほしいものだが、何も言われないというのは、ついてこい。そういう意味だ。
ランスロットはガシャンガシャンと大仰な音を立てて、エイジの後ろにぴったり貼りつきエレベーターへ乗り込んだ。

社長室は五十六階、この上には見晴らしの良い展望台がある。
秘書に案内されて部屋へ入ると、ローブ姿の小柄な者が出迎えた。
この者こそが、THE・EMPERORの代表取締役。社長のERASEである。
「ようこそ、悪魔遣いに遣い魔の諸君」
「あなたがエクソシスト会社の創始者ですか。お目にかかるのは、お初でしたね。エイジ=ストロンと申します」
互いに会釈して、椅子へ腰掛ける。
ランスロットだけは座らず、エイジの背後に立った。
「私が全ての会社の先駆けになったわけではないよ。良いものがあれば皆も真似する。それだけの話さ」
エイジの社交辞令に眉一つ動かさず涼しい調子で受け流すと、社長はさっそく本題に入る。
「君が黒真境を訪れた理由は何だね?近頃世間を騒がせている、悪魔の回収でも行いにきたのかな」
「野良悪魔による被害に関しては、我が社の知る範囲ではありません」
エイジも社長の嫌味を軽く受け流し、じっとローブの奥を見つめた。
「我々は利益なき行動に悪魔を使役しない。それは、あなた方もご存じのはずですが」
「その通りだ。では、今日君が私の元を訪れた理由は?」
しばしの沈黙をおいて、エイジが答える。
「まずは、謝罪をさせて下さい」
社長に無言で促され、先を続けた。
「エクソシストを無益に傷つけた我が社の社員に関する、お詫びです」
「それを詫びるなら、うちではなくEX・ZENEXTに言うべきだろう」
EX・ZENEXTの連中がバルロッサの悪魔に手も足も出ないまま病院送りにされたのは、記憶に新しい。
「そちらとは、もう話をつけてあります。示談交渉で、まとまりました」
涼しい顔で応えるエイジへコクリと頷くと、社長も満足げに受け返す。
「ならば、私のほうからは何も言うことはないな。我が社は被害を受けていないし、謝られる筋合いもないよ」
一拍おいて、エイジが肩をすくめた。
「……そうでしょうか?」
奇妙な態度には好奇心をそそられ、思わず社長も腰を浮かす。
「何が言いたい?」
しばらく沈黙した後、悪魔遣いは再び話し出す。
「あなたはご存じないかもしれませんが、我々悪魔遣いには古くからの言い伝えがあります」
「ほぅ?」
「巫女の血と呼ばれる者の存在です。彼ら一族の血を飲めば悪魔の魔力は数倍にも跳ね上がる、という」
「迷信だね」と一蹴する社長を見やり、エイジは意味ありげに微笑んだ。
「そうでしょうか?しかし、あなたは悪魔ではない、人間です。悪魔にしか実感できないものを、どうして我々人間が否定できるというのです」
「それは……」と社長が次の句を探す間にも、エイジの話は続く。
「実証できるのは悪魔だけです。そして彼らと友好を暖めてきた我々悪魔遣いには、それが真実であるかどうかを確かめられる」
「では、君が黒真境へ来たのは巫女の一族を捜すためなのかい?」
いいえと一旦は首を真横に振り、しかし、とも彼は続けた。
「私が来たのは、愚かな社員の暴走を止めるためでした。しかし、その愚かな社員は、どうも巫女の血を見つけてしまったらしいのです」
「まさか」
初めて、社長に動揺が走る。
その様子を眺めながら、エイジは話を締めた。
「彼は確信していました。そして私も、彼が嘘をついているのではないと確信したのです。巫女の血は現代にも存在し、彼は確実に居場所を抑えています」
今度の応答までには、かなりの空白を要した。
フードを目深に被りなおし、社長が慎重に尋ねてくる。
「それで……君の処の同僚は巫女の血の末裔を、どうするつもりだと?」
「決まっているでしょう」と、エイジはうそぶいた。
「遣い魔へ捧ぐのです、貢ぎ物として与えるのですよ」
実際には、きちんと用途を聞き出していない。
デヴィットは巫女の血を探していた。
けれど彼は巫女の血を、自分の遣い魔ではなくエイジの遣い魔へ与えたがっているようにも思われた。
欲深く利己的な彼にしては、奇妙な考えを起こすものだ。
何かまだ、こちらの知らない裏があるのかもしれない。
同じ会社の仲間ではあるものの、エイジはデヴィットへ完全には気を許していなかった。
「もし――もし、そうだとしても、それは難しいだろうね。彼らの側には、信頼できる護衛がいるだろうから」
平常心を装っているつもりだろうが、ERASEの手は微かに震えている。
エイジは直感した。
巫女の血を匿っているエクソシストは、やはり、この会社で間違いあるまい。
THE・EMPERORが巫女の血と関係しているのではないか、という疑念は前々よりCommon EVIL社内で持ち上がっていた。
何しろ、あそこの社長は会社を運営するエクソシストの先駆けであり、同朋をちゃくちゃくと集めてきたやり手でもある。
悪魔に対抗する為なら、どんな知識も揃えているのではないか――そう畏怖され、危険視されていた。
「彼は近いうちに行動を起こすでしょう。その時に、そちらの社員に迷惑をかけるような事がございましたら是非、私までご連絡下さい」
「止めないのか?止めに来たんだろう、彼を」
「最初は、そのつもりでしたがね。私も見てみたくなったのですよ、巫女の末裔とやらを」
一区切りするとエイジは席を立ち、ランスロットへ目で合図する。
そろそろ、おいとまの時間だ。
「さて……本日は貴重なお時間を私のために割いていただき、誠にありがとうございました」
「待て!」
ERASEも立ち上がり、扉を塞ぐかたちで立ちふさがる。
「結局、君の来訪理由を聞かされていないぞ!君は、何のために私へ会いに」
「謝罪と、ご報告です」
しれっとした顔で、エイジが答える。
「うちの社員が、そちらの社員へ迷惑をかけるかもしれない……だが、黙認していただきたい。けして政府へ通報したりしないよう。大ごとになっては困りますのでね。何か起きた時には、必ず私へご連絡なさって下さい」
それに、と社長が何か言い返す前に付け足した。
「巫女の末裔が公になったら、そちら様も困りますでしょう?かの一族は、悪魔に対する絶好の餌でもあるのですから」
「餌だと!違う、彼らは人間だッ!!」
「失礼。餌ではなく、囮でしたね。では」
いきり立つ社長に宥めるようなゼスチャーをしてみせると、遣い魔を従えてエイジは悠々出ていった。
閉まる扉を長いこと睨みつけていたが、やがて「くそッ」と悪態をついた社長は机を強く殴りつける。

一体、どこで嗅ぎつけられた?
デヴィット=ボーンがティーガと出会ったのは、本当に偶然だったのか?
こちらがティーガを派遣してくると、あいつは読んでいたというのだろうか。

――ふと、ERASEの脳裏に閃くものがあり。
彼女は手帳を取り出すと、猛烈な勢いで捲り始める。
校長だ。桜蘭学院の校長、佐倉 昭利。
九月に親善大使を迎え入れる約束を取り付けていながら、その傍らでは悪魔祓いを依頼してきた人物。
もしかしたら親善大使に起きた手違いについて、何か気づいているのでは?
親善大使は、元々デヴィットが来るはずではなかった。
本来ならガルシア=ラレットを本名とする人物が来るはずだったのだ。
でなければ、なんで悪魔退治を依頼する人物が、悪魔遣いを呼び寄せるというのか。矛盾しているではないか。
恐らくは何かの間違いが起きて、或いは謀られた作戦によって親善大使のすり替えが行われたのだ。
だが、佐倉の電話番号を見つけた社長は不意に思い直す。
確認を取るなら身内のほうが、より信頼できる。
おもむろに受話器を取ると、VOLTの携帯電話へ通話を入れた。
桜蘭学院に教師として潜伏している彼ならば、校長から何か聞かされているかもしれないと期待して。